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071 ベイリッドVSトロスカル

(およそ4,000文字)

 ペルシェの町。ベイリッド・ルデアマーの屋敷の応接間では、長テーブルを前に難しい顔が付き合わせられていた。


 テーブルの端の主催者席には、ベイリッド・ルデアマーが、いつもの農作業エプロンではなく、きちんとした正装をして椅子に深く腰を掛けている。


 それに向かうかのように、冒険者ギルドのドミニク・ストン…薄ら頭に大きな鷲鼻の神経質そうな初老の老人が、今にも噛みつきそうな顔でおり、その横に商業ギルドのアブダル・ブチャードが心配そうな顔でしきりに額の汗を拭っていた。


 その他にも職人ギルド、調薬ギルド、神殿からの使者、毎年多額の税金を納めている町の有権者が数人も集まっている。


「……こうして集まったのは他でもない。我々はディバーとの戦を望まん。領主ハイドランド様と和解すべきと忠告しに来たのだ」


 ドミニクは額の血管をピクピクとさせながらも冷静にそう話す。


「なるほど」


 ベイリッドは頷くが、その表情は固かった。


「前町長ダラブロ・メットメーはその点、上手くやっていた。コディアック様は気難しいところもあったが、伝統と格式を重んじたペルシェの気風を愛しておられた。同じ風にやってくれとまでは言わん。武力による争いだけはしないでほしいだけだ」


 アブドル以外が頷く仕草を見せる。アブドルはキョロキョロと周囲を見回すと、やがて小さく頷いてみせた。


「前にも説明したが、私はこの町に迷惑を掛けるつもりはない。戦いをするにしても、この町から徴兵する気はないよ」


 ドミニクは深く唸ると、奥歯で何度か噛み締めるような仕草をした。


「そういうことじゃない。ベイリッドさん。アンタが戦うこと自体が困るんだ」


「私がこの件でこの町の冒険者ギルドのレンジャーを必要としたかね?」


「論点がずれとる。それに、これは内紛だ。冒険者ギルドがそういったものに加担しないのはアンタがよく知っているだろう」


「ああ。だが、レンジャーを個別に引き抜くことは規約には違反しない。やろうと思えばやれたし、実際には君のギルドから私の元へ来たいという話もあった」


 ドミニクは目を丸くする。


「…だが、私から断った。この町の者を巻き込みたくないという本心からだ。

 今回の戦いは私個人、私が連れてきた者たちだけが行う。繰り返し言うが、君たちになんの迷惑を掛ける気はない」


「黙って聞いていれば解せないね」


 ドンッ! と、机を大きく叩き、ちょうどベイリッドの真向かい、テーブルの反対端に座った巨漢が身を乗り出した。その圧に部屋の空気が震撼する。


「ミスター・トロスカル」


「“ミス”だよ」


「失敬。言い直そう。ミス・トロスカル」


 鬼の形相に皆が震え上がる中、ベイリッドだけはその圧を物ともせずに悠々としていた。


「蘭芙庭はオーナーではない君が出席しているのかね?」


「ウチの代表は胃に穴が空いて今は神殿だよ。アーシが代理人だ。なんか文句あるか?」


「いいや、そんなことはないとも。それでなにが解せないと?」


「アーシがまず言いたいことは、まず兄弟ゲンカなんか馬鹿2人だけでやんなってことだ」


 ドミニクが「んぁ」と口を開いて、入れ歯がズレる。


「耳が痛いね。もっともな意見だ」


「そしてアータの喧嘩ってなら、アータがペルシェの町に戻ってくることはなかった。アータだけで、元レンジャーの部下だかなんだか知らないが、賛同する馬鹿を引き連れて、惨殺でもなんでも勝手にやればいいさね。ここじゃないどっか遠くでね」


「……それも君たちの立場であれば、私も同じく思う」


「理解したかい? それならとっとと荷物をまとめてこの町を出て行くことだね」


 トロスカルが外を指差す。


 だが、ベイリッドは机の上に手を置いたまま動くことはない。


「この町を守る意見としては正しい。だが、君たちはサルダン小国全体のことが見えていない」


「サルダン小国だって?」


「そうだ。兄はこの国を切り分け、ライラードに明け渡そうとしている。いずれ主導権をすべて奪われ、属国となるのは時間の問題となるだろう」


「な、なんの根拠もない話をするな!!」


「根拠ならあるが、それを出されると困る人はこの場に多いのではないかな」


「な、なにを…」

 

 ドミニクの声色が急に弱くなり、この場にいる全ギルドマスターだけでなく、神殿使者や、成金たちの数名が居心地悪そうにするのに、トロスカルは「はんッ!」と呆れたような声を上げた。


「するとなにかい、アータは売国奴と戦う英傑というわけかい?」


「自分で英傑を名乗るほど傲慢じゃないさ。それに君は、私と私の仲間だけが戦えばいいと言っていたが、私は蛮族じゃない。ペルシェという正統な領地があってこそ、正当な理由で渡り合える」


「ペルシェに住むアーシたちにはただ傍迷惑な話さね! つまんない言い訳のために、命を危機に晒せってるのと同じだよ!」


「そうだな。だから自分が正義だとも思わん。私の行為が正当だったかは、後の時代の者たちが決めればいい」


「達観してるつもりかい? アータの手勢はせいぜい数百。対してディバーは数千から数万。ライラードが援軍を出し、向こうの冒険者ギルドが“侵略に対する正当防衛”と見做してレンジャーとして加わったとすりゃ差はとんでもないものになる」


「そうだ! ワシもそれが言いたかった!」


 ドミニクがそう言うのに、トロスカルは「おだまり! いまアーシが喋ってるでしょうが!!」と一喝したことで、鼻水をくったらかして押し黙る。


「これで敗けたとしたら、時勢も戦況も見極められない大馬鹿として歴史に名を刻まれることになるよ」


「敗けることなどありえないさ。その覚悟で私は恥を忍んで、このサルダンに戻って来たんだ。約束を守るためにね」


 ベイリッドはそう言って、自身の胸元の銀色をした懐中時計を掴んで握る。


「……話はどうやら平行線みたいだね」


「悪いが私も譲るわけにはいかなくてね」


 しばらくベイリッドとトロスカルの無言の睨み合いが続くが、この中で口を挟める胆力のある者はひとりもいなかった。


「……はー。もうひとつ聞きたい。アーシがどうしても納得できない点だ」 


「……なにかね?」


「罪与の商人オクルス」


 トロスカルがその名を口にした瞬間、アブドルの背筋がピーンと伸びる。


「そんな怪しげな闇商人とアータは取引しているだろ。隠しても無駄だよ。ウチんところにも来た。よりにもよって、これから一番の稼ぎ頭になるかもしれない逸材を横取りした上で、まるでそれを見せびらかせでもするみたいにね」


 ベイリッドは顔色ひとつ変えずに「ふむ」と頷く。


「彼は真っ当な商人だよ。直接に話してみたが、理知的で冷静だ。仕事には実直な印象を受けた。アブドルさん。それに彼は素晴らしい商品だけでなく、画期的なアドバイスもくれたのだろう?」


 いきなり話を振られて一瞬だけキョトンとしたが、すぐにアブドルは首が千切れそうな勢いで頷く。


「まあ、見た目は怪しいのと、買った家からは少し異臭が漂っていたとの話は聞いたが……近隣の人々が苦情を言うほどでもない。彼は法を逸脱した行いはしていないだろう? 取引相手として選んだのは優秀だからに他ならない」


 再び、ベイリッドとトロスカルは睨み合う。


「ウチの娘を買ってった点は?」


「別に珍しい話でもないだろう。貴族に見初められ、家族に恵まれた例も私は知っている。その買われた女の子は不幸そうだったのかね? 虐待を受けたり、残虐非道な扱いをされている形跡はあったのかい?」


 ベイリッドの問いかけに、トロスカルは目を細める。

 オクルスに買われたサニードは栄養状態も良好であったし、店にいた時以上に快活で饒舌だったからこそ、トロスカルもその場で何事もなく帰したのだった。 


「……この国でなにをどうしようとアータの勝手だ。ここにいる私腹を肥やすだけのクズ男どもが、苦痛にのたうち回って死のうが、アーシは一向に構いやしないよ。けどね…」

 

 この場にいた偉い連中は全員が男だった。ひとりだけ“乙女”のトロスカルは全員が敵だとばかりに睨みつける。


「ウチの娘たち…仮にそれが闇商人に買われて行っちまった女の子だったとしても、アーシにとっては実娘同然の可愛い子に変わりないさ」


 トロスカルは全身の筋肉を盛り上げ、髪の毛を

逆立たせる。それを見たアブドルは危うく気を失いかけそうになった。

 

「……あの娘を泣かせるようなことがあったら、アーシがアータをブチ殺してやるッッッ!!!」


 トロスカルが拳でドンッと長テーブルの端を叩くと、何十キロとあるその脚が衝撃で跳ね上がって持ち上がった。

 机に肘や手を掛けていた者たちは危うくその場で椅子ごとひっくり返そうになるのを、ベイリッドは片手を伸ばしてテーブルを押さえ込む。


 ズッドォォンッッッ!!!


 跳ね上がる力、そして押さえつける力がそれぞれ両端に掛かったことで、分厚いはずのテーブルが真ん中でボッキリと折れて崩れる。


「……肝に銘じよう。その娘とは面識はないが、もし会うことがあれば配慮することを誓おう」

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― 新着の感想 ―
ギャグサイドとシリアスサイドの人物が一堂に会すると緊張感がありますな…
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