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061 ルデアマー家の一員

(およそ4,000文字)

 オクルスと、悪魔50体の話題は避け、サニードはヴァルディガとのやり取りを説明した。


 ところどころ感情的になるサニードの話は要領を得ない点も多かったが、ゼリューセは沈黙を保ったまま聞き続けた。


「……あなたがベイリッドの娘であると?」

 

「証拠は額の傷しかないし、本当かどうかはわかんない。ヴァルディガがそう言っただけだし…」


 部屋の隅で寝てしまったらしいグリンを見やり、サニードは「お前も聞いてたのに」と小さく口の中で呟いた。


「でも、あなたは真実だと思っている」


 サニードは図星を突かれて黙りこくった。


「…ベイリッドを憎む根拠としては強いですね。あなたがベイリッド側ではなく、ペルシェの町を守りたいという義心から、ここにやって来たことだけはわかりました」


「なら、ウチのこと…」


「ですが、これはヴァルディガの罠とも考えられます」


「罠だって!? ウチはそんなつもりない!」


「あなたがどういうつもりであれ、ヴァルディガの意図するところが今のところわからないのです」


 ゼリューセは小首を傾げて見せる。


「それは…ウチもそうだけど…」


 ヴァルディガの行動は、ベイリッドの不利益になるものだ。本人は面白さについて口にしていたが、それだけでこんな真似をするものかとはサニードも感じていた。


「ベイリッドの娘という話が本当であろうとそうでなかろうと、あなたはヴァルディガからすれば自分たち側に恨みを抱く相手です。そんな人物を敵側にわざわざ送るという違和感がどうしても拭えません」


「そんなの、たまたまじゃ…」


 セフィラネからの紹介は、ヴァルディガからその話を聞かされる前だ。ましてやここに来たのは自分で選んだからだ。そこに繋がりがあるとはサニードには思えなかったのである。


「そうですか? 私には仕組まれているようにしか見えませんが…」


(仕組まれてる…? なら、セフィラネが? そんなこと…)


 セフィラネに好印象を持たれてはいないサニードは少しだけ不安に感じる。


(でも、それならオクルスが気付くだろうし…。あー、もうわかんないよ…)


 ゼリューセにこのことを話したのは失敗だったのではないかという後悔がサニードの胸中に拡がる。


「そうですね…」


 ゼリューセは少し考え、そして続ける。


「あなたがベイリッドの娘だとしたら、その次に起きる問題を考えましたか?」


「問題? なんも問題なんか…」


 不貞腐れたように言うサニードに、ゼリューセは「わかってませんね」と深くため息をつく。


「あなたがベイリッドの血を引いているということは、ルデアマー家の一員と見做されるのですよ」


「ウチが…ルデアマー?」


 そんなこと少しも考えていなかったサニードは目を瞬く。


「ええ。私はハイドランドとベイリッドの妹…病により若くしてこの世を去りましたが、そのミュンヘン・ルデアマーの娘が私。つまり、私とサニードさんは従姉妹となります」


「ウチが…ゼリューセ…さんの従姉妹? まさかぁ…」


 サニードは苦笑いするが、ゼリューセは顔色一つ変えない。


「……聞いていてどう思いましたか?」


 ゼリューセがサニードから視線を逸らしてそう口にすると、先程、彼女が入ってきた奥扉が開いて何者かが入って来る。


「どうしたもこうしたもないにゃ。ベイリッドに娘がいるなんて寝耳に水もいいところだよ」


「シャルレド!」


「名前を呼ばれるほど親しくなった覚えもないんだけどね」


「シャルレドさん。サニードは…」


「わーってるにゃ。チルアナ」


 シャルレドは頭を搔く。メイド服から普段着になったチルアナが、シャルレドの義足側を支えるようにしていた。


「このサニードって娘は、バレない嘘をつくほど器用じゃないにゃ」


「ええ。サニードはとてもいい人です」


「チルアナ…」


 サニードは思わず涙ぐみそうになった。


「姫様。アテもそう思うよ。サニードはお日様のニオイがするし、好きだ。キキキッ!」


 ふたりと一緒に入ってきたキキヤヤが親指を立てる。


「……なるほど。サニード・エヴァンという人物評についてはわかりました。奇しくも、あなたの顔見知りがふたりもこの宮にいるのはなにかの縁かも知れません」


 信用を勝ち取ったとサニードはホッとしかけたが、ゼリューセは親指の爪を中指でカチッと音を立てた。それが思ったよりも大きな音だったので、サニードはわずかに肩を震わせる。


「罪与の商人オクルス」


 ゼリューセがその名前を口にすると、シャルレドもチルアナも気まずそうな顔を浮かべる。

 サニードは自分の手の平が自然と汗ばむのを感じた。


「不思議と、あなたの名の裏にこの闇商人の名前が見え隠れしています。まだなにか隠していることがあるのでは?」


「そ、それは…ウチとは…」


「なにも証拠がなく話しているわけじゃありません。ペルシェの商業ギルドにツテがあり、そこで目撃情報がありました。そしてシャルレドさんやチルアナの話にも件の男と思わしき存在がある…」


「あの!」


「そして娼館にいたあなたを買い取ったのは誰か。買い取られたはずのあなたが、欠如なき魔商の代理人としてやって来た。…ここまでくれば、その関係性を疑うのは当然ですね」


「…おい」


 シャルレドが嗜めるように声を出すと、ゼリューセは髪を掻き上げる。


「アアシが思うに、あの男は善意で人助けをしたりするタイプじゃない。サニードがベイリットの娘だと知って…」


「オクルスはそれを知らないよ!」


 思わずそう口にしてしまったサニードは慌てて自身の口を抑える。


「ベイリッドが罪与の商人と取引をしたという話は本当でしたか…」


 ゼリューセは落胆したように肩を落とす。


(どうしよう…。全部話すしかない? オクルスが魔物であること。オクルスとベイリッドの契約が強い悪魔50体の引き渡しで、このディバーを狙っていることを…全部)


 頭の中で思考が巡る。洗いざらい話したいという気持ちと、オクルスとの約束は守るべきとの考えが激しくせめぎ合った。


「ウチは…ウチは……話せない。話したら、オレシアに殺される」


 ゼリューセはわずかに身を引き、シャルレドは目を細め、チルアナは真っ青な顔をしていた。


「オレシアは、欠如なき魔商…もしくは罪与の商人が遣わした護衛兼監視役と考えてよいのでしょうか?」


 サニードはしばらく考えてから「そう」と頷く。オクルス本人であるということ以外は正解に思われたからだ。


「……あなたの置かれている状況は理解しました。私はサルダンの領主代行として、あなたを保護して守ることを誓いましょう。

 それで交換条件というわけでもありませんが、こちらがあなたを守るためにも、どうか情報提供をしては頂けませんか?」


「……無理だよ」


 サニードは俯いて首を横に振る。


「なあ、サニード。ここにはアアシ…片脚になったとはいえ、元レッドランクだ。それにキキヤヤやカイマイロも手練れだにゃ。そう易々とは…」


「オクルスがどんな男か知らないからそんなこと言えるんだよ!」


 サニードは、オクルスの後ろにいるシャクルモーグやイゼリアのことを思い浮かべて言う。あの人外の怪物相手では、彼らであっても太刀打ちできないと思わざるを得なかったのだ。


「……ドラゴンスレイヤーが相手というだけでも厄介なのに、罪与の商人という存在までその味方についた。これは頭の痛い問題ですね」


「姫様! 弱気、ダメだよ!」


「いいえ、キキヤヤ。弱気になったわけではありませんことよ。こういう時にこそ現状をありのままに見つめ、打開の道を探さねばならないのです」


 ゼリューセは肘置きを開き、そこから書面を取り出して開く。


「欠如なき魔商は中立としての取引を保証してはくれましたが、内乱に直接の加担はしないとのこと。罪与の商人も同じ考えかどうかはわかりますか?」


「えっと…」


「答えられる範囲で構いません。答えられない質問なら首を横に振って下さい」


「た、たぶん、そう。商品のやり取りだけだと思う」


「なるほど。ということは、ベイリッドは強力な魔法武器か魔物を調達した可能性が高いということですね」


 サニードは目を瞬く。


「オレシアがどういった立場かは存じませんが、彼女と交渉することは可能ですか?」


「え? あー、うん。話は聞くと思う。けど、契約とかお客の情報は話さないと思うけれど…」


「結構。話ができるならそこから読み取ることもできそうです」

 

 チルアナが「あんな怖そうな人から…」と呟く。


「えっと、ならウチは…」


「取引は致します。しかし、その詳細についてはもう少し考えさせて下さい」


「それは大丈夫だけれど、たぶん時間が…」


「差し迫っていると?」


 サニードは頷く。


「……あなたとベイリッドの関係をオクルスに伝えたとしたらどうなると思いますか?」


「えっと…わかんない。ウチに興味ないみたいだし」


「興味がない? 興味がない相手を交渉相手に寄越したのですか?」


「オクルス自身はこの取引に乗り気じゃない。ウチに価値があると思っているのは、魔眼の件だし…」


「魔眼…」


「ウチのことは…特にベイリッドのことは、あんまオクルスには話したくはない…」


 ゼリューセはしばらく考え込み頷く。


「まだまだ聞かねばならないことが多そうですね…」


 そう言って、全員の顔を見回して、ゼリューセはポンと手を合わせる。


「ここは親交を深める手を打つとしましょうか」

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