059 宝箱の鍵
(およそ2,000文字)
案内しようとするカイマイロを、「ひとりになりたい」とオレシアは拒否する。
それでも主君の命にしつこくも従おうとするのに、「私はレディですよ」と先ほどのゼリューセに嗜められた件を引き合いに出すことで、カイマイロはようやく引き下がった。
カイマイロが離れたことでより監視の目が厳しくなった感じはあったが、オレシアからすれば接近して来ないなら特に意に介するものでもない。
宛もなしに庭園内を散策し、人気のないところでオレシアは空に浮かぶエアプレイスを見やる。
「あえて姿を晒して抑止しているのか。魔力の乱れは微細だ。悪魔50体程度で動くとも思えないが」
彼らが警戒しているのは、“魔王の誕生”だ。いくら上位悪魔が集まったところで、シャクルモーグのような手に負えない様なレベルの悪魔が出て来ない限り、軍を派遣したりはしないだろうとオレシアは考えていた。
オレシア自身、火種となる気配は感じてこそいるが、具体的になにが起きるのか把握しているわけではない。ただ、エアプレイスが出てきたということは、自分の勘も、またスクィクの言っていた事も合っていたのだと強く感じざるを得なかった。
「……しかし、いったいサニードはなにをしようとしているのか」
オレシアは、サクリフィシオをさっきの室内に仕掛けなかったことを少し後悔していた。“商売人としてのプライド”が、サニードの取引を邪魔することを止めたのである。
オレシアは静かに眼をつむり。自身の中のスライムの1体に意思情報を委ねる。
(──あらあらあら、オクルス♡ アナタから連絡が来るなんて! どうしましょ! お化粧もしてないのにィ!)
聴こえてくる黄色い声に、音声を伝達するスライムがわずかに怯んだ。
(セフィラネ。聞きたいことがあります)
(あら、なにかしら? ルデアマーのお屋敷には辿り着いたのォ?)
(単刀直入に聞きます。貴女はサルダン小国でなにか情報を掴んでいますね?)
一瞬だけあの喧しい声が止まるのに、オレシアは通信が途切れたことを疑う。しかし、次にはセフィラネの小さな欠伸が聴こえてきた。
(……掴んでいたとしたらァ?)
(貴女の言い値で情報を買いましょう)
(ウフフフッ! すこ〜し遅かったわねェ)
(? 遅かった? どういう意味です?)
(サニーちゃんはぁ? 側にいるのかしら?)
(サニード? 彼女は……)
(そうね。サニーちゃんの性格を考えるなら、今頃はひとりでルデアマーと対峙してるかしらね ェ〜)
オレシアは怪訝そうにする。
(……遅かったとは?)
(ん? ああー。そうね。オクルス。アナタがァ、ペルシェに居る段階で聞いてきたのなら教えてあげなくもなかった…そういう意味かしら)
(不明瞭です。明確な返答をお願いします)
(サニーちゃんは有価値と言ってるのよ)
(……セフィラネ)
(怒らないで。アナタは気づいていない。だから、アタシに連絡を寄越した…そうでしょう?)
(……貴女はサニードを始末する気だった)
(そうそうそう。私には無価値だもの。でも、違うわ。そういうことじゃないの。そうね。言うなれば、その娘は宝箱の鍵。アナタはそれのことに気づいていない)
(宝箱の鍵?)
(オクルス。人間はアタシたちとは違うわ。アナタは何十年、何百年という長い計画の中で物事の成否を考えてしまう。だけれども、人間の寿命は短い。短い時で大きな成果を遂げようとする。これが“欲望”よ。そしてこの“欲望”こそが、人間の原動力。商人はそこを上手く利用できなければならない…)
(……まるで私が商人ではないと言いたげですね)
(そうね。そう言っているのよ、オクルス。今回、サニーちゃんは自分の価値に気づいた。そして交渉を有利にするはず。その裏側にある“欲望”に気づかずにね)
オレシアは、なぜかセフィラネが猛毒の息を静かに吐いている様を思い浮かべた。
そしてオレシアは確信する。セフィラネはサニードがなにかの犠牲になるのだということを知っていて、敢えてこの取引に向かわせたのだと。
(巧妙な罠ですか)
(とぉんでもなぁい。…でも、オクルス。失敗はアナタの糧となる。それはアナタはより人間を識る。これは悪いことでないわ。それもまた成長の過程なのだから)
期待していた答えを得られなかったことに、オレシアはわずかに顔を曇らせる。
(……あ! 最初に良い忘れてたけれど、女の子の姿もなかなか新鮮ね♡)
(? 姿まではわからないはずですが…)
(忘れた? アタシが使い魔を使役できるってこと…)
オレシアは眼を開く。そうしなくても視えたが、そうすることで遠くからコウモリがキィッと一鳴きして飛び立った。
「……ずっと見ていたと。悪趣味な」
(だから怒らないでェ。心配だっただけなんだから…。アナタの鋭い感覚を掻い潜るのも一苦労なのよ♡)
オレシアは小さな憤りを感じたが、それは自分の不甲斐なさに向けられたものだ。セフィラネは決して油断していい相手ではない。サニードに意識を向けていなければ、こんな事態にはなっていなかっただろう。
(…それでェ、アタシからの最後のアドバイス)
「なんですか?」
(もう少し、胸は大きくしなきゃ、単なる小さな女の子として侮られるわよォ♡)
「……」
今回の件の情報を貰えるとばかりに思っていたオレシアは帽子を深く被り直す。
(じゃー、またね〜♪)
そう言って会話は途切れ、監視されている気配もすっかり消えた。
「……無価値な」
そう呟いたオレシアの胸は、わずかに膨れ上がったのであった──。




