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055 パルマフロウの僧兵

(およそ4,000文字)

 オレシアとサニードは都の中心部へと向かい、小高い塀の延々と続く階段を上り続けていた。


 グリンを抱えたサニードが汗を拭きつつ振り返ると、彩り鮮やかな旗がはためく巨大な市場や、さっき入ってきた巨大な門が手に収まってしまう程に小さく見えた。


「とてもこれが“小国”だなんて思えないね」


「サルダンは小国などではありませんよ」


「ええ? だって…」


「ガットランドでは2番目に大きな国です。大森林も含めれば南方域に置いてはもっとも広大で、乾季であれば土地面積自体は主国ライラードよりも大きい」


「はあ? ならさ! なんで小国なんて言うの?」


「ライラード古代王朝が、かつてサルダンを含む他のカッドランド諸国を属国だと称した時の名残です。主国より大きな国があっては示しがつきませんからね。名前だけでも“サルダン小国”と呼ぶようにしたのです」


「へー。変なの。それでサルダンに住んでる人たちも自分たちで小国だって呼んでるわけ?」


「国力はライラードには及びませんから、そういった負い目があるからの自嘲ではないでしょうか」


「んん? 国力? いましてたのって、国の大きさの話じゃないの?」


「領地の大きさでは小国ではないと答えたまでです。兵力や経済力であれば、小国と言って差し支えないでしょう」


「はあ? わけわかんない…」


 サニードがため息をつくのに、オレシアも首を傾げる。


「そんな難しい話をしたつもりもないのですがね」


「それにしたって、この階段どこまで続くんだよ。右行って左行って、まだ上につかないよ」


 サニードは少し身を引いて先を見ようとするが、角度の関係から階段がどこに続いているのかは見えなかった。


「半分は過ぎた頃でしょう」


「これで半分!?」


「門の裏手からは馬車でも上れそうですが、こちらは急斜面になっている様ですね」


「は? 馬車で上れたの? なら、なんで馬車にしなかったのさ!」


「迂回する方が時間が掛かると思っていました。貴女の体力低下で、歩行速度がこんなにも遅くなるとは…。もう少しその点を考慮すべきでした」


 オレシアは日の高さを見てそう言う。まるで自分ひとりならもう着いていたと言わんばかりの言い方にサニードは不機嫌になる。


「歩けばいいんでしょ! 歩けば!!」


 サニードは吹っ切れでもしたかのように腕を大きく振って大股で歩き、オレシアの横を追い越して行く。


「そうですね。歩かねば辿り着きませんからね」


「ふんだ! イジワル!!」


 意固地になったサニードがさらにペースを上げ、右上から左上へ続く階段を折り返そうとした時だった。空を見上げて目を丸くし、慌てて引き返そうとしたもので、危うくオレシアと正面衝突する寸前となる。


「オクルス! …じゃなくて、オレシア! あれ見て! 空!」


「空?」


「なんかデカい浮かんでる! 大岩! 上に建物乗ってる!」


 サニードが指差す雲の先を見て、オレシアは目を細める。


「いま気づいたのですか?」


「いま!? ってことは、オレシアはもうあれが飛んでること知ってたの!?」


「ええ。あれが世界三大守護門番と呼ばれるもののひとつ、蒼き門番こと“空中城塞エアプレイス”です」


「空飛ぶ城…マジかよ」


 サニードは呆気にとられてエアプレイスを見る。目を凝らすが、あまりに遠すぎて岩肌に建物が薄っすらと列なっていることしかわからなかった。


「あそこには最強との呼び名が高い飛竜戦士隊が居ます。そして、城そのものが地表の魔力を吸う機能を有しているのです」


「魔力を吸う?」


「ええ。あの様に世界中の空を監視しています。イレギュラーな巨大な魔力の発生を抑制し、“次なる魔王”の誕生を防ぐ。シャクルモーグ侯が自力で復活できない理由です」


「へー。なら、いまこの国の側に来たってことは…」


「行きましょう」


「え?」


「問題がなければ地上に降りて来ることはありません。見ていても何にもならない」


 サニードはオレシアの横顔をそっと盗み見たが、その表情にはなんの感慨も生じてはいなかった。


(魔物にとって、“敵”…なのかな。なら、オクルスにとっても…)


「…サニード。置いて行きますよ」


「ま、待ってよ!」




□■□




「うあー。セフィラネのお屋敷も大きかったけど、それよりも大きい。ズローグ城塞くらい? 屋根がまん丸だねー」 


 宝珠を模した変わった屋根を指差し、サニードはこれから入る未知の建物に興奮冷めやらぬといった調子だった。


「大きさはそこまではありません。シャーニカ宮殿は現在はルデアマー家の物となっていますが、かつてはライラード王朝の避暑地として…いえ、避暑地ではおかしいですね。避“雨”地…とでも言えばいいのでしょうか。とにかく、王族が使っていたから大きいのは当然です」


 オレシアは立ち止まり、サニードに先に行くようにと促す。


「なんで?」


「貴女が今回の主役です。私は付添人です」


「え? なんて言っていいのかわかんないんだけど…」


 門兵がジロリと睨んでくるのに、サニードは愛想笑いを返す。


「セフィラネの紹介と言えば大丈夫です」


 お願いしてもオレシアは先に行ってくれないだろうと、サニードは諦めたようにして頷く。


「ペルシェの兵士と違う格好だ…」


 門は大きく開いており、その横にある監視塔の前に立つ2人の門兵は、ターバンを頭に巻き、立派な黒々とした髭面で、革の胸当てとスカートパンツのような物を履いていた。腰にはワイバーンを模したナックルガードのついたカットラスを下げ、手には人の丈よりも長い棒を持っている。


「「イサモノノセイッ!!!」」


「えっ?」


 サニードたちが近づくと、門兵がいきなり声を張り上げて棒を床畳に叩きつけた。


「イサモノノセイ!」


 オレシアがそう言うのに、サニードも目を丸くする。オレシアが「同じように」と言うと、サニードは困惑したまま「いさもののせい…」と応える。


「彼らは“パルマフロウ”の僧兵です。今のは彼らの挨拶です」


「パルマフロウ?」


「風と森と光の神エルアバスという古代神を信奉し、棒術を主体とした武術を極めているそうです」


「は、初めて聞いたんだけど…」


「元々はサルダンのものではありません。海を越えた遥か南国、今では海底に没した古代神の名を冠した都市から流れ渡り、ガットランドに寄留するようになったのです。宗教としての側面はもはや形骸化し、その武術だけが今なお細々と受け継がれているとか…。状況から鑑みるに、今ではルデアマー家が彼らを囲っているのでしょう」


「囲うってどういうこと?」


「門外不出の戦闘技術は、権力者にとって切り札になります」


「そういうもんなの?」


「そういうもんです」


 オレシアはつまらなそうに頷いた。


「「シュッイレ!!」」


 門兵は持っている棒を片脚を上げつつ、互いに交差させて打ち付け合い、そのまま地面に下ろしつつしゃがみ込み、履くように棒の先端を門の奥の通路の方へ向ける。


「こ、今度はなに?」


「…さあ?」


 頼りのオレシアが首を傾げるのに、サニードは不安そうにする。


「えーと、こんちはー。ウチたちはセフィラネの代わりに来たんだけど…」


 サニードは門兵に話しかけるが、しゃがんで棒を伸ばした姿勢のまま動かない。


「あー、なんか通っていいのかな? 真ん中がガラ空きだし〜、兵士さんはウチらのこと見えないみたいだしぃ」


 サニードはわざとらしくそう言って口笛を吹いて歩き出す。オレシアも無言のままそれに従う。


「えーと、本当に通っちゃうよ?」


 門兵の横で最終確認とばかりにそう言ったが、彼らはやはり動く事はない。


「もう知らないよ!」


 サニードはグリンを抱えたまま大きくジャンプし、監視塔の間に引かれていた赤い境界線を飛び越える。


「……入っちゃったよ」


「そうですね」


 オレシアは横目に門番をチラッと見て通り過ぎるが、門兵はやはり姿勢を崩さなかった。


「なんか簡単というか…」


 サニードが笑おうとした瞬間、門兵たちがバッと直立になる。


「「トッマレーリッ!!」」


「は? なんだってのよ?」


 カァンと長棒を打ち付け交差させてバッテンを作る。今度はその姿勢で止まった。


「……帰さないという意味に思えますね」


「え? それってどういう…」


「ウララララァー!!!」


「え!?」


 いきなり響く叫び声に、門兵を見ていたサニードたちは正面、宮殿のある方を見やる。


「グリンを決して離さぬように」


「なになになに?!」


「攻撃が来ます。退いて下さい」


 オレシアがサニードを庇うように前に進み出ると、前庭にあった石造りの大きな噴水を飛び越え、何者かが飛んで来たのだった。

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