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053 ジェニトリ

(およそ2,500文字)

「この先、道がデコボコしてまさぁ! しっかり掴まっててくだせぇよ! でねぇと、屋根に頭打って舌噛むことになりますやね!」


 御者が覗き窓越しにそう言ってガハハと笑った。


「冠水しちまうと、いくら整地しても土が盛り上がっちまっていけねえ! 最初からヘヴィロックを使えばいいのに、材料費や工賃をケチってライトペブルなんて使うもんだからこんなことになるってんだ! あらよ!」


「キャッ!」


 馬車が大きく曲がったので、一瞬だけ片輪走行になりガタンと揺れる。


「いやはや! 悪いねぇ! お嬢さん! 大きな窪みを避けたんでね!」


「…ううん。大丈夫だよ」


「なんだって!? 聞こえねぇよ!」


「大丈夫って言ったの!」


 サニードは力なく笑い、手すりに掴まり直す。


「顔色が悪いね! ホントに大丈夫かね!? 休憩所まではしばらくあるよ!?」


 少し悩んだ後、サニードは覗き窓へ近付く。それはこれ以上、大きな声を出す気になれなかったからだ。


「そのまま進んでいいよ。ちょっと疲れただけだから。悪いけど、少し眠りたいんだ。この揺れだと眠れないかもだけど…目をつぶってたい」


 話しかけないでほしい雰囲気を出すと、ようやくそれを察したのか、御者は「そうかい! できるだけ平坦な道を行くよ!」と言って覗き窓を閉める。


 サニードは静かに息を吐くと、チラッと対面に座るオクルスの顔を見やってから、さっきまでしていたように憂げな様子で外の方へ向いた。


 オクルスはサニードの様子には興味を示さず、セフィラネに渡された手紙を読んでいた。


 ルデアマー本家からの招待状はセフィラネ宛。セフィラネはそれに『自分の弟子』を向かわせると応えたようで、そこには『オクルス』の名前はなかった。そして、セフィラネからの取引依頼の文面も『オクルス』に宛てたものではなかった。


(確かにサニード宛だった…と、解せないこともない)


 サニードは、ルデアマー本家への取引依頼はオクルスに向けられたものではなく、自分宛てだから受けるのだと急に言い出したのだった。


 セフィラネの狙いがどこにあるかは定かではないが、商人見習いにそういった試練を課すことが度々あった。

 厳密にはサニードは彼女の弟子というわけではないが、オクルスに師事するということは孫弟子になる。だからこそ、その資質を試そうとした可能性は高い。


(もしくは…)

  

 サニードのことを思わしく思わないセフィラネが当て付けに面倒な依頼を押し付けただけかも知れない。わざわざオクルスの利敵相手を選んだことからも、そちらの方がセフィラネの性格上もっともあり得そうに思われた。


(セフィラネの気まぐれだとしたら応じる理由はない。ベイリット・ルデアマーとの取引をこのまま進めた方が堅実的だろう。だが、もしかしたら私が気づいていないリベートが……)


「サニード。もう一度確認します」


「…もう。わかったって。何度目?」


 うんざりした様にサニードはため息をつく。


「大事なことです」


「はいはい。…ひとーつ、“罪与の商人オクルスのことは口にしない”、ふたーつ、“顧客情報を漏らさない”」


「具体的には?」


 サニードは苦い物でも口にした様な顔をする。


「はー。“取引内容については口外しない”でしょ。今回のことであれば、“魔物取引の件は絶対に話してはならない”」


「そうです。それが今回、私が協力するにあたっての守って頂きたい条件です」


 サニードは軽く口をすぼめて見せる。


「……理由は聞かないんだ?」


「理由? なんの理由ですか?」


「ウチがいきなりルデアマー本家に行くった理由だよ!」


 悪い事をしたような子供の顔をして、サニードは膝の上で拳をキュッと握った。


「それを聞いたとして、貴女は話すのですか?」


「……話したくはない」


「であれば、聞いても無駄でしょう」


 オクルスの言葉に、サニードはショックを受けた顔を浮かべる。


「ならどうして…」


「私が今回、同行することに決めたのはセフィラネがなにかを掴んでいる可能性を考えてのことです」


「セフィラネ?」


 オクルスは手紙を左右から挟み込む形に指先を合わせる。


「彼女の情報網は広い。底浚いのスクィクが動いていることも周知していることでしょう」


「え? なら、なんでそれ教えてくれなかったんだよ…」


 あの気味の悪いゴブリンの顔を思い出し、サニードは身震いする。


「“商売敵”だからですよ。協力し合うことはあっても、私と彼女は師弟という以前に商人として競う相手でもある」


 オクルスとセフィラネの関係は一言で言い表せるような単純なものでないとサニードも理解してはいたが、それはなぜか彼女を不快な気持ちにさせた。


「無償の提供…そんなものは相手に対する侮辱です。ポーターなどの魔法道具に至っても、私は相応の価値を彼女に払っています。情報もまた然り」


 オクルスは手紙に目を落とす。


「…そして、これはセフィラネからの“警告”」


「警告?」


「私に対してか、貴女に対してか…それは不明ですが、“なにかを見落としている”という彼女からのメッセージだと私は考えました」


「……いま商売敵って言ったばっかじゃん」


 不貞腐れるサニードに、オクルスは耳の端まで裂けたような笑みを浮かべる。


「シヒヒ。…失礼。それが“ジェニトリ”というものでしょう」


「ジェ…なに?」


「“親”と言ったのです」


 サニードは唇を噛む。


「以前、セージに言われたことがありました。セフィラネと私は親子関係に近いのだろうと。言われた当時は意味が理解でき…」


「そんな話! 聞きたくない!!」


 いきなりサニードが怒鳴り、それに合わせるかのちょうどよいタイミングで馬車が大きく揺れた。


 覗き窓が開き、御者が顔を出す。


「大丈夫だったかい!? 岩コロを避けた先が大きく窪んでてさ! 危うく脱輪するとこだったさね! …ケンカかい?」


 御者は面白いものでも見るかのような目で、そっぽを向いているサニードとオクルスを交互に見やる。


「いえ、舌を噛みそうになっただけですよ」


「そうか? これからディバーに向かうまでこんなことが続くからな! もう一度言うが、ちゃんと掴まっててくだせぇよ!」


「承知致しました」

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