028 亜人と魔物の違い
(およそ4,500文字)
「ホント、スライムの身体って便利なんだねぇー」
外出前に、オクルスが自分と同じ形をした“分身体”を留守番に残したことをサニードは言ったのだった。
「自分を何体も作れるの?」
「いいえ。人間形態を維持する分身は1体までです。それにあまり離れると、魔力の制御ができませんので。それに私自身の能力も半減するというリスクもあります。あまり好んで使いたくはない」
オクルスが留守番を用意したのは、いま作っているものが貴重な物だからだと曖昧に説明する。
「メディーナとかも人間の姿になれるの?」
「変身は司令塔である私だけの固有能力です。私から分裂した“準体”も、同化させた“異体”も…“サクリフィシオ”たちにはできません」
「“サクリフィシオ”?」
「メディーナを含む、私の身体に同居している部下たちの事です」
「へー。オクルスとメディーナ以外には何体くらい…」
オクルスは、後方を歩くサニードをジロリと見やる。
「質問ばかりですね。サニード」
「ん? そりゃ聞くでしょ? 魔物を扱う商人になるんだから」
「…私のような特殊個体のことを知ってもあまり役立ちません」
「えー。じゃあ、イチから教えてよ。それにこれからどうするの? 魔物を仕入れに行くの? それとも売りに行くの?」
「どちらでもありません。魔物を売り買いするというのは簡単にできることでもないのです。まずは売る相手というものを作らねばなりません」
「? どういうこと?」
「サニードは、亜人と魔物の違いを理解していますか?」
サニードは首を傾げて少し考える。
「亜人は…森人や窟人とか? いいヤツ? 魔物は…怖くて悪いヤツ?」
「では、潜人、人魚や翼人は?」
「えーと、亜人」
「豚人、牛人、土鬼は?」
「えー、亜人…いや、魔物?」
「魔人、馬人、腐人、屍鬼などは?」
「い、いや、待って! ゾンビとかグールは完璧に魔物じゃん!」
サニードは、不気味で腐った彼らの顔を思い出して身震いする。
「実のところ、亜人と魔物の正しい区分は存在しないのです」
「そうなの?」
「そもそも亜人という言葉そ使い出したのは、標人です。彼らは自分たちの種族が、人間の“標準”であるとして、それに近い存在は亜人と。それ以外を魔物と呼ぶようになったのです」
「なんかヒドくね? ヒューマン?」
ジト目で冷たい顔をするサニード。
「最も多い種族がヒューマンですからね」
「でも、弱いでしょ?」
「弱い?」
「ドワーフより力はないし、エルフより遅いし、魔力だって…あんまない?」
「シヒヒ!」
「ゲッ! 邪悪な笑み!」
「…失礼。しかし、魔王を倒したのはヒューマンですよ」
「そ、そうなの? 魔王って?」
「だいぶ昔の話ですがね。“英雄はヒューマンから出る”という言葉もあります」
「いや、いま魔王のこと聞いたんスけど…」
「もう着きました」
「へ?」
町でも一番大きな建物を見上げ、サニードは目を瞬く。
「“ペルシェ商業ギルド”?」
オクルスは迷う素振りもなく建物の中に入り、サニードもそれに続く。
「へー。冒険者ギルドみたい」
「造りはどこもほとんど同じです」
入口からすぐ近いところにカウンターがあり、オクルスたちを見ると受付女性が立ち上がる。
「いらっしゃいませ。本日はギルドにどのような…あ、大変失礼致しました。ギルドメンバーの方でしたか」
オクルスの胸のバッジを見て、女性は微笑む。
バッジを見るまでわからなかったのは、オクルスの格好がパッと見で行商人には見えなかったせいだった。
「ペルシェ市場での出店をご希望ですか? 町内での商取引についての申請手続きはこちらで…」
「いえ。ルデアマー家から、私の商業許可証が降りているかと。それを受け取りに参りました」
ルデアマーの名前が出たことで、受付嬢の笑顔が途端に引きつったものに変わる。
「し、失礼ですが…お名前をお伺いしても…」
「オクルス・マーチャントです」
「か、かしこまりました。少々お待ちを…」
受付嬢は転けそうになりながら、奥の部屋へと向かった。
サニードは口の中で「オクルス・マーチャント」とモゴモゴ呟く。
「……人間は何かコミュニティに所属することを好みます。名字、肩書、立場…そういったものに固執する。覚えておくといいですよ。それは信用に繋がりますから」
オクルスは胸のバッジを見せて言うのに、サニードは頷く。それは彼の言ったことに納得したというよりも、オクルス自身がそれを単なる“商売道具”として割り切って見ているのだと知れたことに頷いたのだった。
「お、お待たせ致しました。マーチャント様!」
恰幅の良い壮年男性が、受付嬢と一緒に全速力で駆けて来る。
「当商業ギルドのマスターを勤めさせております、アブダル・ブチャードと申します! 以後、お見知りおきを!」
揉み手をしつつ頭をヘコヘコさせる彼を見て、なんとなしにクズリに似ているとサニードは思う。
「本来、私どもが伺わなければならないところをご足労いただき…」
「畏まらなくても大丈夫です。単なる商人のひとりに過ぎませんから、普通に話して下さい」
「またまた! ご謙遜を! セルヴァン商業ギルド本部のメンバーかつ、ルデアマー家と太いパイプをお持ちなのですから! ベイリッド様からもくれぐれもよろしくとも承っていますゆえ!」
サニードは小さくアクビした。
「それで、マーチャント様…」
「オクルスで結構です」
「はい。オクルス様。こちらがペルシェの町…またその近辺で自由に取引をするための許可証となります。本来ならば、入会金や月会費があるのですが、そちらはベイリッド様にお支払い頂けるというお話でしたので…」
アブダルが恭しく、手の平サイズの金属プレートを差し出す。
「紙ではないのですね」
「ええ。雨の多い地域柄、強度や携帯性、利便性などを考えましてこのような形になりました。約款は別にございます。写しをお渡しできますが…」
「貰いましょう」
オクルスは、受付嬢の差し出した書面にサインしながらそう言う。
「それでオクルス様。差支えなければ…その、どういった商品を扱われるかだけでもお教え頂けないでしょうか?」
「基本は武器防具などですが、他にも薬草類も少々。ただ、顧客需要に応じて取り扱う物を変えることもあります」
「なるほど。幅広くやっていらっしゃるのですな。それならば問題ございません。…いや、こんなことをお聞きしたのは、もし奴隷などを扱っておられたらと思いまして…」
「奴隷が認められてない地域ではないでしょう?」
「いやその、なんと申しますか、奴隷売買は一種の独占事業となっていまして…。ギルドが立ち入れない不可侵領域と言いますか…」
「なるほど」
オクルスはすぐに、ヴァルディガやドゥマが仕切ってるのだろうと理解する。
人身売買や麻薬取引など、後ろめたさのある“負”の側面が強い商売は、必然と暴力を生業とする者の管轄下になりやすい。これは別に珍しいことでもなかった。
「いくつか他にも聞きたいことがあります」
「ええ。なんなりと」
「冒険者ギルドとは提携していますか?」
「冒険者ギルド? いえ、林業関係者が森に入る際に護衛をお願いしたり、仕留めた魔物の部位素材を買い卸したりはしますが…その時々のものなので、まあ、それを協力関係にあるといえばそうなるかも知れませんが」
「その買い卸しの品に、魔物の“核”は含まれていますか?」
「“核”? 討伐の証明にレンジャーが持ち帰る部位ですか?」
「ええ。そうです」
アブダルと受付嬢は顔を見合わせる。
「希少でもありませんし、利用価値もないので…買い取るどころか破棄しているはずです。当ギルドでは関知していませんが、回収業者に代金を払って廃棄を依頼しているところもあると聞きます。ペルシェ冒険者ギルドではどうかまでは、あいにくと存じませんが」
「なるほど。それは都合がよい」
「あのぅ、オクルス様。畏れ多きことながら、先程から話の内容が見えないのですが…」
「魔物の核を引き取りたいのです。貴ギルドがその仲立ちをして下さると非常に助かります」
「え? 核を…ですか?」
「ええ。なにも無料でとは申しません。魔物の種類に応じて、それなりの金額を出しましょう。冒険者ギルドどう話をつけるかはお任せします」
「はあ? それは、オクルス様が直接取引をされてはマズイことなので…?」
「前はそうしていたのですが、核が売れると知ったレンジャーが、冒険者ギルドへではなく、私や仲介業者などに直接持ち込むようになった事がありましてね。冒険者ギルドには依頼の報告義務がありますから、その支障になると敬遠されまして…」
「ああ、それで商業ギルドを通したいと?」
「そうです。こちらも個人取引のような面倒は御免被ります。商業ギルドが他の素材と一緒にまとめて買い上げ、私がそれに掛かる支出を上回る金額で買い上げる…いかがでしょう? お互いにメリットがあると思いますが」
アブダルは「うーん」としばらく考え込む。
「すぐにお返事しないといけませんか? 冒険者ギルドとも話がしたいのですが…」
「急いではいませんので、返答は後ほどで結構です」
「ありがとうございます。それとその大量の核は一体何に使われるので…?」
「核は例外なく魔力を宿しています。しかし、未だにそれを活用する術が見出だせていないせいで、処分する他ないのが現状です」
「その口振りだと、オクルス様は活用方法を…」
「そうです。私はそれを再利用する方法を見つけ、それを魔法道具などに転用することができるのです」
「お、おお…」
アブダルの目の奥に、商売人としての火が灯ったのを見てオクルスはしてやったりと思う。
「その成果の1つを、ギルドマスター・アブダル様に…」
「あ、あの、オクルス様。お嬢様が…」
オクルスはチラッと横を見やる。そこには目を閉じて、ヨダレをたらして前後にユラユラしているサニードがいた。
「……サニード」
「……はっ! ウチはオムライスッ!」
意味不明な叫びを上げるサニードに、オクルスもアブダルたちも沈黙する。
「……失礼。室内だと眠くなる様です。少し建物の裏を使わせて頂いてもよろしいですか?」
「え、ええ。もちろん。どうぞ…」




