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137 超、紳士

(およそ3,100文字)

「我らは最強だぞ! 負けなどせん! もう少しだ! 気張れ誇り高き戦士たちよ!」


 エアプレイス飛竜戦士隊長ドラグナル・ラマハイムは、残り少なくなった隊員をずっと鼓舞し続けていた。


「……いったん、空中城塞に戻って体勢を立て直した方がいいんじゃないかしらね」


 上級飛竜スペリオル・ワイバーンのオズワルドが、周りに聞こえないぐらいの小声でドラグナルに進言する。


「その間にも、ヤツは“数を増やす”。戻って準備していては、回復の暇を与えてしまう」


 ドラグナルの不本意だと言わんばかりに、下で蠢いている“生きている森”を睨む。


「でも、このままじゃミーたちが先に参っちゃうわ」


「わかっている。この国に少しでも戦う力があれば……俺たちが少し休息する時間さえくれれば……」


「この先の町にそれがあると? そんなの希望的観測だわよ」


 オズワルドの言う通りだと、ドラグナルも思う。


「とにかく、定期的に数を減らすぞ。敵の攻撃が届かないところから、一斉にブレス攻撃を仕掛ける。そろそろ──」


 ドラグナルは自身の上に“影”が被さったのに気づき、目を見開く。


「俺たちより上に、だと……?」


 “影”は無数の葉が風に揺れる時のような音を響かせ、その理解が正しいと言わんばかりに、沢山の木の葉がドラグナルの目の前に散る。


「まさか、“空”を……」


 ドラグナルは大剣の柄を握りしめる。


「オズワルド! 反転だ!!」


 そう叫ぶと、オズワルドは勢いよくターンし、ドラグナルの大剣が翻り、オズワルドの吐く火炎が上に居るであろう“影に”向かって放たれ──



 

□■□



 

 ネグレインの大群が、ペルシェの中へと雪崩込んで来る。


 レンジャーたちは各個撃破を試みるが、倒しても倒しても、倒した連中が実を落とし、そこから新たなネグレインが誕生する。


 生まれたてのネグレインは小さく、イエローランクやグリーンランクのレンジャーでも倒せたが、ある程度の時間が経って大きくなるとブルーランクでも苦戦するという有様であった。

 

 ネグレインたちは何か目的があって暴れているという雰囲気ではなく、ただ目の前にあるものを破壊していく。


 彼らが通った後は、木の根のようなものが張り巡らされ、そこからまた新たなネグレインが発生する。まさにイタチごっこだった。



 蘭芙庭の前には強固なバリケードが張られ、レンジャーでなくても、多少なりとも戦える者たちがネグレインを撃退する。


 店の奥では、従業員の女の子たちだけでなく、多数の人々が肩を寄せ合って息を潜めていた。


「大丈夫。水飲める?」


 サニードはその中にあって、心が折れてしまいそうな人たちに積極的に声を掛けて回っていた。


(ウチ、こんなことしてる場合じゃないのに……)


 そんなことを思いつつも、「ありがとう」と水を受け取る人がいると優しく笑いかける。


「サニードも無理しないで。代わるよ」


 金髪をアップにした、背の高い女の子のひとりが声を掛けてきた。


 それがオクルスに初めて会った時に連れて来られた女性だと、その大きな胸と顔を見てサニードも気づく。


「マシェリーよ」


「あ、うん」


 名前を知らないことを見透かされたのに、サニードは気まずそうにする。


 渡そうともしてないのに、マシェリーはサニードの手からコップと水差しを取った。


「あ、ありがとう」


「お礼を言うのはこっちの方よ」


「え?」


 サニードが不思議そうにすると、マシェリーはニコッと笑う。


「ずっとお礼言いたかったの。でも、あなたはすぐにお店辞めちゃったから……」


「お礼? ウチに? なんで?」


「あなたを買ったお客さん……」


「オクルス?」


「ええ。あのお客さん、ちょっと、怖くてさ。……正直、あの時、あなたが選ばれてくれて、私は助かったの」


 サニードは目を瞬く。


「選ばれてくれたって……それ、ウチが何かしたわけじゃないし」


「ふふ。それでも、結果的に私は助かったの。だから、ありがとう」


 ぎこちない笑顔を浮かべて、「どういたしまして」とサニードが答える。


「でも、その後さ。ずっと気がかりだったの。あなたのことを、怖い人たちが買い取りに来たんだって聞いて」


「あー」


 ベイリッドの屋敷の出来事を思い出して、サニードは天井を見上げる。


「それって、その、“あの夜”……のことがあって。男の人に“よかった”ってことは、あなたが逆にとてもイヤなこと、されたんじゃないかって……」


 派手で気が強そうな見た目に反し、マシェリーは婉曲に話す。


「あ。その、ごめんね。悪い意味じゃないの。そういう仕事しているわけだから、イヤなこととか言うのはおかしいんだけど」


 サニードはマシェリーが自分の身を案じてそう言ってくれていることを知り、首を横に振る。


「ううん。大丈夫。それより……」


 組んだ親指をモジモジとさせ、サニードは言い出しにくそうにする。


「実は、ウチは……ウソついてたんだし」


 サニードは、項垂れて肩を落とした。


「ウソ?」


「うん。ウチ、あの時、オクルスと何もなかったんだ」


 マシェリーの大きな目がパチパチと瞬く。


「何もないって……」


「指1本触れられないってこと。買われた後もね」


「ええ? そんなことある?」


「普通はないよね」


 サニードは、ウェイローの真似をして「タハハ」と笑った。


「超、紳士じゃん」


「そう。超、紳士」


 サニードがわざとらしく肩を竦めると、それがなんとも滑稽に見えて、マシェリーは噴き出す。


「……あー、だから、さっきメンターと言い合いになってたのって、その素敵な人のところに戻りたいから?」


「うん?」


 サニードはキョトンとする。


「そうじゃないの? だって、あなたに見返りを求めず、養ってくれる人なんでしょう?」


「ちがうよ!」


 マシェリーにそう言われ、なぜかサニードは腹が立ってつい大きな声を出してしまう。


「見返りとか、養ってくれるからとかじゃなくて……その、そういう契約みたいな……いや、ウチとオクルスは契約結んでるんだけど、それだけじゃないっていうか!」


 顔を真っ赤にして説明するサニードを見て、マシェリーは口元を抑える。


「それって……」


 言い終える前に、大きく建物が揺れて、天井のタイルが落ちてきて、周囲に悲鳴が上がる。


「こ、攻撃!? グリン!」


 サニードが暖炉の方に向かって声を上げると、観葉樹の後ろに隠れていたグリンがピョンと飛んでやって来る。


「さ、サニード」


「大丈夫。マシェリー、ウチの後ろに隠れてて。みんなも。ウチは弱っちいけど、テイマー見習いだから! 多少は戦え……」


 そこまで言って、サニードの額に外の光が当たった。


「え? ウッソだろ……」


 幾つもの窓を破り、指の形をした根が上枠を掴む。

 そして、まるで、こじ開けるようにして、“2階から上の部分を引っペ返し”、強引に建物をこじ開けたのだ。


 建物の上部は地滑りを起こし、開いた側の反対の方へ滑って崩れていく。


 けたたましい地響き、そして悲鳴、喚く声が辺りに木霊した。


「ネグレイン……?」


 サニードが疑問に思うのも当然だった。開いた部分から顔をのぞかしたのは、獣の姿ではなく、人型をした“緑の巨人”だったからだ。


「空にも?」


 そして青空の下、“緑の飛竜”が何匹も大きく旋回していた。


「なんなんだ……よ。これ」


 ネグレインと思わしき敵たちに囲まれ、サニードたちは絶体絶命の危機を迎えたのだった。

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