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村時雨

 壬生誘拐の現場を訪れ、その後一度大学に戻った冬野目一行は再び鎌田と接触した。そして美作の言動について尋問し、彼が壬生の写真を欲していたことや、フィギュアの受注生産をしている造形師を紹介したこと、そして造形師が既に受けてる注文に割り込む形で、いくつかのフィギュアを発注したこと等を聞き出した。

「美作さんはどうしてもすぐに手に入れたいフィギュアがあるって言ってたんだ」

 鎌田は再び訪れた一条に萎縮していたが、砧の「お兄ちゃん、教えて」の一言で簡単に籠絡した。

「それは……壬生さんのフィギュア?」

 冬野目の言葉に、鎌田は頷く。

「今考えるとそうだね。だから、なるべく大量の写真が要るって言ってたのか……」

 話を聞いていた一条が口を開く。

「つまりその変態は、このぷよっと君に壬生はんを盗撮させて、その写真を元に人形を作らせたっちゅうことか?」

「そうですね……それで、フィギュアでは満足できなくなって、とうとう壬生さん本人を誘拐したと」

「なんちゅう変態やねん……きっしょいなぁ……」

 鎌田は全身をぷるぷると震わせ乍ら話に割り込んだ。

「ま、待ってくれ。壬生さんが、ゆ、誘拐って、どういうことなんだい?」

「ウチらがお前をとっちめてる間に、逃げ出した壬生はんが連れ去られたんや。目撃情報からするに、犯人は確実にそのミマサカって変態や」

 それを聞いた鎌田は、柔らかそうな両手で自分の頬を包んだ。 

「そんな……それって、犯罪じゃないですか」

「せやから、こうして探しとるんやないかい!阿保!」

 声を荒らげる一条をなだめつつ、冬野目は鎌田に向き合う。

「そういうわけなんだ。何か他に知っていることはない?美作さんに電話してもつながらないし、警察に届けてもいつ動いてくれるかわからない。だから、なんとかして自分たちで壬生さんを探し出さないと」

 鎌田は少し考え込んでから話し出した。

「それなら、フィギュアの造形師に聞いてみよう。彼なら美作さんに作品を送っているから、住所がわかるはずだ」

 一条は声のトーンを上げて言う。 

「それや!ほんで、直接乗り込んだろ!」

 砧は眉根を寄せている。

「お姉ちゃん、大丈夫かなぁ……」

 鎌田は携帯電話を操作して、件の造形師に電話をかけた。初めは住所を教えることに抵抗があるらしく、渋っている様子だったが、一人の女子大生が誘拐されたことを説明すると話が進んだ。鎌田は造形師に礼と謝罪を伝え、電話なのにも関わらず相手に頭を下げてから通話を終えた。

「メールで送ってもらいました。これです」

 鎌田が提示した番地を確認し、自分の携帯電話に入力する冬野目。

「ありがとう。じゃ、行ってくるよ」

 立ち去ろうとする一条や冬野目や砧。その後ろ姿に鎌田は声をかけた。

「あの……」

 一行が振り返ると、鎌田が申し訳なさそうに佇んでいる。

「知らなかったとはいえ……本当にすみませんでした。僕のせいで、壬生さんが大変なことに……」

 目を潤ませて謝罪する鎌田に、一条は笑って答える。

「今から、助けてくるわ」

 見送る鎌田を背に、一行は通りへ出てタクシーを拾った。 

 

 




 冬野目一行が目的地にたどり着いたとき、辺りはすっかり夜の暗さに包まれていた。空には、より一層雨雲が垂れ込め、ぽつりぽつりと雨が落ちている。

 目の前にあるのは、二階建ての建物だ。小奇麗なアパートで、全部で四部屋ほどの小規模なもの。傘を持たずに来たので、服や髪の毛は濡れている。一条はキャスケットを目深に被りなおした。

「ここやな」

 鋭い目で口を開く。それに対して冬野目は短く肯定の言葉を吐き、緊張の面持ちで明かりがついている部屋の窓を見上げた。それ以外の窓は暗く、外から見ても部屋の中に人気がないことがわかった。

「行きましょう」 

 明かりがついている部屋があるのは二階。一条、冬野目、砧、吠木の順番で階段を上り、部屋の前で息を潜めた。

 一条がすうっと息を吸い込みドアノブを回すと、あっけなくドアは開いた。

 玄関の奥には正面に一部屋、右にはバスルームらしきすりガラスの扉、そして左手にも一部屋ある。

 一条は真っ直ぐに進み、正面の部屋の前で止まった。

 そして、怒号と共にドアを蹴飛ばした。

 

 冬野目が部屋の様子を目にしたとき、俄かには信じられなかった。照明は薄暗く、ぼんやりと照らし出された壁には無数の写真が貼ってある。被写体は全て壬生で、その構図から写真が盗撮されたものであるのは明白だった。

 そして視線を移すと、部屋の中央にある大きなベッドの横には美作が立っていた。彼は驚愕とも憤怒ともとれる表情をしていて、まるで芸術品のようなその顔を歪めている。

 しかし冬野目が一番信じられなかったのは、ベッドの上に広がる光景だった。

 人形のような無表情を張り付けて、手足が縛られた状態の壬生が冬野目を見ている。どろんとしたその目に意思は感じられず、自我があるのかすら怪しく思える。

 しかし。

 そんな状態の壬生に、冬野目は確かに呼ばれた。

 助けを求められたのだ。

 一条が美作に罵詈雑言を吐き、砧はどこから持ってきたのか、フライパンを両手で握りしめ乍ら険しい顔だ。吠木は後詰めとして後方に控えている。

 自分は、何ができるのか。冬野目はそう考えて、ようやく胸中に浮かんできた言葉を口にした。

「壬生さん、助けに来ましたよ」

 人形のような壬生の顔に、少しだけ笑みが浮かんだ気がした。

「何なんだよ君たちは!」

 美作の怒声が響く。普段の優雅な立ち振る舞いからは想像できない迫力だ。

「何なんなんやはこっちの台詞や!この変態!スケベ!冬野目二世!」

 腕をぶんぶんと振り回して、一条は美作に相対した。正面から睨み合う美男美女。非常に絵になる構図だが、そんことを考えている場合ではないと、冬野目はベッドに近づいた。

「やめろ!近づくな!」

 途端に、美作が冬野目に飛びかかる。しかし横から割って入った一条に阻まれ、美作と一条はつかみ合って床に転んだ。

「今のうちに、壬生さんを!」

 後ろから吠木の声がした。

「砧、この人やっつける!」

 砧は手にしたフライパンを美作に振り上げた。

 冬野目はベッドの上に乗り、壬生の手足につながれた枷を外そうとした。しかしそれには鍵が掛かっていて、とても外れそうにない。

「駄目です!外れない!鍵が必要です!」

 それを聞いた一条は美作に跨り、馬乗りの状態で胸ぐらをつかんだ。

「鍵、出せやぁ!」

 力任せに美作を揺らし、恫喝するような口調で迫る一条。しかし美作はそれをものともせず、むしろ部屋に踏み込んだ当初より落ち着いた様子で言った。

「嫌だね。それに、枷を外しても無意味だ。なっちゃんは自分の意思でここにいるんだから」

「阿保!そやったら束縛する必要なんて無いやないか!ええから鍵出せや!」

 ぐっと美作の上半身を持ち上げる。しかし美作は動じない。

「あれは、僕の趣味だ」

 次の瞬間、鈍い音と共に言葉になっていない声が部屋に響いた。

「気色の悪い……なんぼ殴っても足らん。気がすまん」

 それから、二発三発と美作の頬に一条の拳がめり込み、その度に苦悶の声が漏れる。最後にはどこか切れたのか、一条の拳には血がついていた。

「ウチ、手加減でけへんねや。早く鍵出さんと顔の原型無くなるで」

 美作は口内の血を床に吐き出し、真っ直ぐに一条を見て言った。

「嫌だと言っただろう。君のように知能が低い人間と話すのは疲れるね」

 一条が目を見開いて拳を振り上げたとき、先程とは違う鈍さの音が響いた。

「お姉ちゃん、返して!」

 砧がフライパンで美作を殴ったのだ。

 思わず顔をしかめる一条。

「お前、自分が何したんかわかっとんのか!誘拐やぞ!それに監禁や!」

 しかし、それを聞いた美作は笑い出した。そして、可笑しくて仕方がないという様子で言った。

「誘拐?監禁?なら、なぜなっちゃんは嫌がらない。どうして大人しくベッドの上にいる? 今だって、君たちが来ても全く喜んではいないじゃないか!」

 一条達は思わずベッドの上に目を向ける。

 壬生は何も言わず、何の感情も無いような目で虚空を見つめている。まるで、今部屋の中で起きている事には何の興味も無いように見える。

「お前……何をした!あの子に何をしたんや!」

 何発目かの拳が、美作を痛めつけた。

「君たちには関係の無い事だ」

 口の端から垂れる血を舐め乍ら、美作は平然とそう言った。

「こいつ……!」

 一条は血が付いた拳を握りしめ、殺気立った目で美作を睨み付ける。

「一条さん」 

 吠木が動いた。

「鍵はどこかにあるはずです。僕が探してきます」

 一条は美作から視線を外し、吠木に向かって頷いた。

「頼むわ。ウチらはここでこの変態を見張っとく。それに……」

 ベッドの上に目を向ける。

「壬生はん、なんか様子おかしいし……。それも調べとくわ」

「わかりました。では」

 吠木は部屋から出て行った。と言っても、小さなアパートなので探す場所は限られている。もし吠木が見つけられない場合、美作がどこかに鍵を隠していると考えるのが妥当だろう。そう考えた一条は再び美作へ視線を移す。

「お前、手遅れにならんうちに鍵出したほうがええで。骨の一本や二本、簡単に折れるんやからな」

 それでも、美作は血まみれの笑顔を張り付けたまま変わらない。

「一条さん……壬生さんが」

 冬野目の言葉に、一条が振り返る。

「なんか、さっきから様子がおかしいな。壬生はん、助けに来たで。おーい!」

 しかし、反応は無い。そればかりか、一条や冬野目を認識できているのかもわからない。

「どないなっとんねん……」

「でもここに来たとき、確かに僕の名前を呼んだんです」

「そうなんか?」

 一条は突撃時、すっかり頭に血が上ってしまっていてたので、よく覚えていない。目の前に広がる光景や、一連の騒ぎの首謀者である美作に対する怒りでいっぱいだった。

「なんか、変な薬でも飲まされたんやろか……」

 心配そうに壬生を見る一条の下で、美作が口を開いた。

「着替えやすいように、眠くなる薬を飲んでもらったんだ。強い薬じゃない」

 それを聞いた一条が睨み付ける。

「あのきっしょい服、お前の趣味か。ええか、これは犯罪やねん。人間には人間のルールがあるやろ。それくらい守れや腐れ変態が!」

「君のように無粋な人間にはわからないだろう。なっちゃんはあれが一番素敵なんだ」

「お前……ええかげんにせぇよ」

 一条は左手をポケットに入れた。そして右手で、被っていたキャスケットを床にたたきつけた。それは壬生や砧と服を買いに行ったとき、二人に勧められて買った耳隠しだ。

 あのとき、壬生は「とってもカワイイです」と言って笑っていた。まさに、笑顔が咲いたのだ。その顔を見た一条も、なんだか楽しい気分になれたのに。

 それが。

 あんな、人形のようになってしまうなんて。

 キャスケットの下から見えたのは、二つの金色に輝く三角形の耳。それがふるっと揺れて、ポケットに入れた左手が金色に輝き始めた。

 美作は一連の動作を呆けた表情で見ている。

「お前だけは、許せへん」

 ポケットから出された一条の左手には、銃が握られていた。細身の彼女が持つには似つかわしくない、ごつごつとして重厚感のあるものだ。

 銃口は美作の額に向けられている。

「ダメです! 相手は普通の人間です!」

 冬野目の言葉には耳を貸さず、一条は引きがねに掛けた指に力を込める。

「壬生はんは、砧の大事な友達や。それをこんな……」

 一条の言葉が終わる前に、美作が口を開いた。

「君達は……そうか、そうだったのか」

 そう言うと、高い声で笑った。

「君たちがそうか……そして、そこの小さなお嬢さんが砧さんだね。成程、これは良い」

 何かを察した様子の美作。しかし、冬野目達にはなんのことだかわからない。

「何やねん!撃つで!」

 一条は銃口を額に押し付けた。しかし美作はそれを気にした様子も無く、当然のように言った。

「わかった。鍵を渡そう。なっちゃんを開放する」

「な……」

「だから、まずはそれをしまってくれないかな? おもちゃだとしても気分が悪い」

「おもちゃやと……」

「そうだ。おもちゃだろう? まぁそんなことはどうでも良い。鍵は僕が持っている。ほら」

 そう言うと、美作はポケットから小さな金属を取り出した。

「渡そう」

 美作はベッドに向けてそれを放った。冬野目は金属を拾い上げ、壬生の手足を固定している枷の鍵穴に差し込む。

 軽い、金属音。

「一条さん、開きました!」

「よ、よし!おーい、はじめくん!」

 一条の声に、別の部屋を探索していた吠木が答える。

「鍵が開いたで!さっさと帰ろう!」

 吠木はすぐに戻ってきて、ぐったりとしている壬生を背負った。

「何か知らんけど、壬生はんは連れて帰る。もう二度とこの子に近づくんやないで」

 一条は捨て台詞を吐くようにして言った。

 しかし美作の視線は砧に向いている。

「君が……砧さんか」

 美作の言葉を無視して、壬生を奪還した冬野目達は美作の部屋を後にした。

 部屋の主は終始その様子を黙って眺めていた。しかし一行が完全に部屋から出た直後、携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。

「もしもし、僕だ。君たちの目的のものは見つけた。それと一緒にいる例の連中が、なっちゃんを連れて行ってしまったよ。もう一度なっちゃんを僕のところに連れてきて欲しい。それと……」

 美作は窓の下に出てきた冬野目達を見た。

「今度は連れ戻しにこれないように、徹底的にやって欲しいな」


 


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