異端を理解すること能わず
円卓の周囲に配された五つの席。しかし、その一つは主座ることなき空席となってしまった。
四名のダンジョンマスターたちは一様に厳しい顔付をしている。
「何故だ、何故、このようなことに!!」
激昂した序列第6位『巨人の食卓』が、円卓に拳を叩きつける。
ダン! と大きな音が響いたが、そのようなことで体を震わせるような者はこの場にはいない。
変わらず厳しい顔付を崩さずに、沈黙するばかり。
巨人の食卓は、キッと盟主である『龍王の巣穴』に視線を向ける。まるで睨み付けるかのようだ。
もっとも、巨人の食卓も、竜王の巣穴に怒りを覚えているわけではなかったが。
「盟主よ、何故、マスター殺しの眷属が樹海のダンジョン上空に現れることが出来たのか! 眷属のダンジョンの位置から、あれほどまでに離れていたというに!」
龍王の巣穴は目を閉じる。深々と溜息を吐いた。
「……天翔ける船だ。あの大戦時に猛威を奮った、マスター殺しの宝物たる天翔ける船、それしか考えられまい」
「馬鹿な……。それがありえないことは、あなたが一番知っている筈だ、盟主よ。それとも、包囲網を抜けられたと?」
「いや。彼奴の天翔ける船を始め、如何なるモノも、我が包囲網を抜けてなどいない」
「それならば……」
龍王の巣穴は首を振ることで、巨人の食卓の言葉を制する。
「地上に一隻伏せていたのだろう。一度も使用することもなく、秘匿し続けた。あの大戦の最中にも使用せず、温存し続けたのだろう。完璧なる奇襲の為に」
「何と……」
巨人の食卓は絶句する。
かの大戦時、降臨せし異邦の軍勢は、七隻の天翔ける船を以て、戦場の空を駆け回った。その内三隻は、龍王の巣穴が撃墜している。
三隻を撃墜された、降臨せし異邦の軍勢は、序列2位から3位に転落するほどの膨大なDPを消費して、二隻を追加建造し、六隻の天翔ける船で戦闘を続けた。
しかし最終的には龍王の巣穴に押し込まれ、宙の上にあるコロニー型ダンジョンまで撤退。
以降、龍王の巣穴が単独で、コロニーを包囲し、降臨せし異邦の軍勢が地上に出てこられないようにしている。
その包囲網が崩されていないにもかかわらず、天翔ける船が地上に現れたのならば、それは初めから地上に天翔ける船を伏せ続けていたとしか考えられなかった。
「……拙いぞ。あの船に対処できるのは、龍王種のドラゴンのみだ。それが、包囲網の内側にあると? 包囲網を崩すわけにはいかぬ以上、あれが野放しになってしまうではないか!」
超高速で飛ぶ天翔ける船、これにまともに対抗できるのは、魔物の最強種であるドラゴンの中でも頂点に君臨する龍王種のみであった。
各ダンジョンは、それぞれの属性に見合ったドラゴンのみはクリエイトできたが、それ以外のドラゴンをクリエイトできない。無論、龍王種などもっての外である。
唯一の例外が、『龍』属性を有する龍王の巣穴だけであった。『龍』属性は、全てのドラゴンをクリエイトできる属性であった。
つまり、天翔ける船に対抗できるのは、龍王の巣穴だけであったが、彼には包囲網の形成という役目があった。
これも龍王の巣穴にしか不可能な役目だ。というのも、大気圏外でも活動可能な魔物なぞ、それこそ龍王種だけであったから。
かつての大戦でもそうだった。
降臨せし異邦の軍勢と戦うことが出来たのは、龍王の巣穴のみ。
同盟の意義とは、龍王種という最高戦力を全て出払わさせて、防衛能力を著しく低下させた龍王の巣穴を、降臨せし異邦の軍勢の眷属始め、他の地上のマスターたちから守るためであったのだ。
何せ、龍王の巣穴は序列第一位のマスター。彼を倒せば、膨大なDPを我が物とできる。
敵はおろか、どっちつかずの第三勢力すら、龍王の巣穴を襲いかねなかったのだから。
「打つ手なし……か」
円卓の間に、重い溜息が零れる。
「……あの天翔ける船の速度に付いて行けるモノなぞ、龍王種しかいない。つまり、彼奴等は地上の空を好き放題、か」
巨人の食卓が嘆息混じりに言うと、序列第4位『蝕む黒き病魔』が反論する。
「しかし、天翔ける船では、地下のダンジョンに侵攻できますまい。それに一隻に乗り込んでいる戦闘員の数なら、たかが知れておりましょう」
「確かに、防衛面では何とかなろう。が、好き放題する彼奴等に手を出せない事実は痛い。……地上型のダンジョンは全て狩りつくされるぞ」
「致し方ありますまい。不幸中の幸いと言っては何ですが、樹海殿以外の地上型ダンジョンマスターは皆小物です。DPが奪われたところで大勢に影響はありません。それよりも……これ以上、ここの面子が欠けるのは拙い」
この言葉に、全員が頷き合う。
龍王の巣穴を守る、強大なマスターの一角が崩れた。これ以上崩れることは、命取りになりかねなかった。
第三勢力、特に現在の序列第二位のマスターの動向が気掛かりである。それが、この場の全員が共有する危惧であった。
これ以上、龍王の巣穴を守るマスターが減れば、彼のマスターが欲望を露わにするかもしれなかった。
「消極策だが、暫くは守勢に回るとしよう。あちらも攻め手に困れば、何某かの無理を強いられるだろう。そこを逆襲する」
結論が出た。これにて、大連合の方針は決定された。その余りに愚かな方針が。
大連合と敵対する彼の主従が、常識の埒外の行動に出ることを警戒すべきだったというのに。
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