5話「そしたら、名前をやるよ」
ゴブリンキングに連れてきてもらった『一角熊』は、こっちの世界で目覚めてすぐに襲ってきた熊だった。
意図せず三体いる長の内の二体に遭遇していたらしい。
罪悪感があるのか、睨むとプルプル震えだしたのでこいつも見逃してやる事にした。
「王ヨ、呼ンデ、感謝」
「ヨバレ、ガンジャ」
「あ、普通に話して大丈夫だぞ、分かるから」
「「!!??」」
二匹とも驚いていた。やはり、自分達の言葉を話せる人間は珍しいのだろう。
こいつらのような獣型の魔物は『魔獣語』を用いるらしく、それを理解できたので俺のスキルは魔獣語にも対応できるらしい。
話は逸れたが、ゴブリンキングと共に二匹にも人の文化について語って聞かせた。
半日ほど費やしたが、結局理解させる事はできなかった。
そもそも、この世界の文化は元の世界と異なる部分もあるだろう。
なのでこれでお開きだ。決して面倒になったからではない、方針は決まったのでお開きにするだけだ。
方針とは、以下の命令だ。
1、人を襲わない
2、襲われたら襲ってもよい
3、それぞれの種族同士助け合う
この3つの命令だけは厳守させる事にした。
本当なら文化を教える過程で襲ってはダメな理由や助け合う意味を理解して欲しかったのだが、実践しながら学んでもらう事にする。
「清潔な身なりで親切に接すれば、女は寄って来るのですか?」
「うん、たぶん」
「しかしのぉ…」
「エルダーゴブリンよ。貴様、王の御言葉を疑うというのか!」
エルダーゴブリンの発言にゴブリンキングがキレている。正直、俺のアドバイスも正しいか分からないのでそんなに怒らないであげてほしい。
人を襲わないという命令は、人や亜人の女との間に子を作らなければいけないゴブリンにとってはとても厳しい条件だ。種族の存亡がかかっている。
なので、いつの間にかエルダーゴブリンやゴブリンプリンスが話に混ざってモテる方法を必死で学んでいるのだ。
彼女居ない歴イコール年齢のこの俺から…。
「まず服を手に入れなければならぬの。行商人を襲えば…」
「人を襲ってはならぬと王が仰っただろう!」
「お金で買えば良いのです。旅人を襲えば…」
「襲うのは無しだ!」
エルダーゴブリンとゴブリンプリンスの発言にゴブリンキングがツッコんでいる。
あとはゴブリンキングに任せても大丈夫そうだ。ダメだった時は、ごめんなさい。
「まぁ、そういう事だから。お前らも無闇に人とか襲うなよ」
「畏まりました。無知なる者共はどうすれば宜しいでしょうか?」
炎蛇の言う『無知なる者』とは知能が低い魔獣の事だ。そういった魔獣も『魔獣語』を話せるのだが、「コロス」や「喰ウ」といった単語しか使えず、本能のまま生きているため話が通じないらしい。
「そいつらはほっといていいよ。人とか襲ってたら止めてあげて、そしたらお前らも感謝されるだろうし」
「無知共、止めると、何故、感謝?」
一角熊が首を傾げながら聞いてくる。いくら説明してもこの調子だ。
「ま、そういうものなんだよ」
実践して学んでくれ。
「ふふふっ」
すぐに旅立つ予定だったが、子分の教育で夜になってしまい、明日の朝出発する事にした。
今は廃都市内の家でスゥに食事を作ってもらっているのだが、突然不気味に笑い出した。
「なんだ?頭がおかしくなったのか?」
「おかしくなってません!」
ツッコミは健在だ、どうやら無事らしい。
「主様は優しい方なのだと思いまして」
「は?」
やはり頭がおかしくなったのだろうか。
「ゴブリンや魔獣達に人を襲わぬよう命令を与え、ゴブリンが滅びてしまわぬように手を差し伸べてあげる。素晴らしい行動だと思いました」
「あのなぁ。別に人助けやゴブリン助けの為にやった訳じゃないぞ。全部俺のためにやった事だからな?」
命令を与えたのは後々責任を取らされるのが嫌だったからだ。ゴブリンに知恵を与えたのは、いつか役に立つかもしれない子分が滅亡するのは勿体無いと思っただけだ。
俺は、この世界で好き勝手生きると決めたのだ。
元の世界とは違い、自分の為に生きると。
だからこそ、全て自分の利益の為の行動である。
「だとしても、主様を選んで良かったと感じました」
「あっそ」
むず痒くなり素っ気ない返事をしてしまったがスゥは嬉しそうだ。
そんなスゥを横目に、晩御飯を堪能した。
「王よ、おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう、ござい、ます」
心地よい太陽の光を浴びようと扉を開けると、ゴブリンキングと炎蛇、一角熊が並んでいた。
その後ろには配下のゴブリンや魔物がひしめき合っており、地獄絵図と化している。
夜中の間に集まったのだろう。
「お前ら、ずっとここに居たのか?」
「はい、僭越ながら王をお守りしておりました」
三匹は一晩中警備していたらしく、無事な俺を見て達成感を感じている。
まぁ。寝込みを襲われても不死身なので平気だが、今は感謝しておこう。
「ご苦労」
「礼には及びませぬ、当然の勤めにございます」
ゴブリンキングにはそう返されたが、俺の命令でこの三匹はこれから大変になる気がする。
特にゴブリンキングは大変だろう。
礼ではないが、何か残してやるのが親分の勤めかもしれない。
「そいえばお前らって名前はあるのか?」
「ありませぬ、普段は長と呼ばれております」
「私にもありません」
「名前、無い」
ゴブリン語と魔獣語でそれぞれに話しかけると、思った通りの回答だった。
なるほど、魔物や魔獣は親が名前を付けてくれないらしい。
「そしたら、名前をやるよ」
「「「!?」」」
「お前は、ゴブリンキングだから『ゴブ』」
「!」
「お前は蛇だから、『へび吉』」
「!!」
「お前はホーンベアだから、熊の『ホー』さんで」
「!!!」
三匹は驚きのあまり身を震わせている。名前が気に入らなかったのだろうか?
「主様!?」
そんな事を考えていると、スゥが屋根を突き破って飛んで来た。
「どうした?」
「どうした?ではありません!莫大な魔力の奔流を感じたので飛び起きたのです!まさか、名をお与えになったのですか?」
「ああ、いま三匹に名付けたところだ」
「!!!」
スゥも驚きのあまり絶句した。
その直後、名前をつけた三匹が光り出し、何も起こらなかった。
「またか、びっくりさせやがって」
「びっくりしたのは私です!主様はなんともないんですか!?」
スゥがなぜか心配してくるが、なんともない。むしろ調子がいい気がする。
「主様は名前を与える意味を理解していません!従属を求める者に名を与えるという事は、私と同じように主様の眷属にするという事なんです!」
「ん?こいつらもスゥと同じで、俺の眷属になったってことか。何かまずいのか?」
「相当まずいんです!」
あちちっ
スゥはだいぶ興奮しているのか、炎の勢いが凄い。スゥ先生、扉が燃えてますよ。
「眷属契約とは魂を繋ぐ行為なんです。なので、強い力を持つ者と多重契約を交わすと主側の魂が引き裂けてしまう恐れがあるんです」
「ええっ!?」
怖っ、そんな危ない橋を自覚なく渡っていたとは。
「ちょっとまてよ、お前はそんな危ない契約持ちかけて来たってことか?」
「私は『契約』の魔術で主様の魂に負担の無いよう契約しました。なので問題はありません。ですが、そういった魔術の補助無しに行うと危険だったのです。次からは気をつけてくださいね」
「すみません…」
スゥにはお叱りを受けだが、本当に何事もなくて良かった。体は不死身だが魂はどうか分からないので今後は気をつけるとする。
「王、いえ、主様。今更ではありますが、お名前をお聞きしても宜しいでしょうか?」
光終わったゴブリンキングが聞いてきた。そういえばこいつらには名乗ってなかったな。
「神谷優二、ユージって呼んでくれ」
「ユージ様。どうか、我等の忠誠をお受け取りください」
三匹は俺の名前を聞いた途端、恭しく頭を下げてきた。
「ま、頑張ってくれ」
他人事のような労いの言葉をかけておいた。俺はもう旅立つからだ。
種の存亡とか人との付き合いとか、せいぜい頑張ってほしい。




