43話「おい、てめぇか!?」
「はぁ…わしゃクズじゃ、クソ以下の存在じゃ」
「おじいちゃん。急に自虐して、どうしたの?」
ここは、フレイア王国の王都にある魔道具店『魔道具屋ジノ』である。その店内では、頭を抱えながら体育座りをする店主ジノと、その様子を心配する孫娘、リノの姿があった。
「わしはな、自分に課した戒めを、破ってしまったんじゃ…」
「戒め?」
「うむ。もう二度と、争いに関わるような魔道具を作らないという、戒めをな……」
ジノは昔、とある大国に使える国家魔導技師だった。
貧困家庭に生まれた彼は、苦労する母の姿を思い、生活に便利な魔道具の開発に携わりたいと願いながら過ごしていた。
そんな思いが通じたのか、彼には魔道具開発の才があった。生まれながらに授かった『造』のスキルは、瞬く間に『創造者』へと昇華し、数多くの革命的魔道具を創り出したのだ。
しかし、人々の生活を豊かにするために作成した筈の魔道具は、人殺しの道具としても世に広まってしまった。
勇者の知識を借りて作成したコンロやレンジは、多くの兵士を焼き払った。人や物を運ぶ車は、砦すら砕く戦車として利用された。
それ以降、彼はすべての地位を捨てたのだった。伝説とまで謳われるほどの魔導技師であった、過去の自分すらも…。
「じゃが……魔道具を作る事だけは辞められんかった。絶対に軍事利用などされない、安全で便利な魔道具を作ると考えておったのに……」
「また作っちゃったの?」
「うむ、ユージに頼まれてのぉ」
それこそが、彼が頭を抱えている理由だった。『快適家づくり計画』の仲間であるユージの頼みを断りきれず。と言うより、用意された最高級の木材と魔石を見せられ、魔導技師としての血を抑えられずに作成してしまったのである。
「でも、ユージさんなら大丈夫だと思うよ?私は1度しか会ったことないけど、おじいちゃんの魔道具を悪用するような人とは思えないし」
「たしかに、そうじゃが…」
「大丈夫だよ。おじいちゃんも、そう思ったからこそユージさんに魔道具を作ってあげたんでしょ?」
「そう、じゃな……」
ジノは、愛する孫娘の言葉で、自己嫌悪から立ち直る。
しかし、魔道具の作成を後悔する大事件が起こる事を、彼はまだ知らない。
◇
「城内に賊が進入しました!また、賊のリーダーはザミド王子の専属勇者であるタケオ殿と思われます!」
王室にて公務に励んでいたフレイア国王、ゴルドの元へ、不吉な報告がもたらされた。
「賊の数は何人だ?」
「タケオ殿を含め、7名だと思われます。その中には、熟練の勇者に匹敵する者も何名か確認されています!」
その報告に、ゴルドは信じられないといった表情を浮かべる。熟練の勇者に匹敵するレベルを持つ者など、世界でも限られている。そんな者が本当に攻めてきたのだとすれば、この国の危機だ。
「賊の目的はなんだ!?」
「わかりません。ですが、現在は第二王子イルガ様の私室へ向かっているようです!」
「くっ……儂の事は騎士団が守る。シゲル、息子を頼む!」
「はっ!」
第二王子イルガの元には、専属の勇者がいない。フレイア王国の騎士団は優秀だが、勇者クラス相手には多少の足止めにしかならないはずだ。
そう考え、ゴルドは自らを危険にさらしてでもイルガを守ろうと、勇者シゲルを向かわせた。
◇
「賊が進入だと?」
側近を務める大貴族、イノスの報告に、イルガは眉をひそめる。
「賊はこちらへ向かってきているとの事です。騎士の奮戦虚しく、犠牲者も出ているとの事。賊は相当な手練れ揃いのようです。早くお逃げください!」
「……いや、我はここに残る」
予想に反した返答に、イノスは困惑する。
「何を言っておられるのです!?ここに居ては、殺されるだけですぞ!」
「ありがとう、イノス。だが、賊の狙いは王族である可能性が高い。我を狙う意味など、ないからな」
「イルガ様…」
イルガには、才能がなかった。
長男であるザミドは政略に優れ、魔術師の才もある。長女のレインは隠密戦闘の才があり、人望も厚い。そして、妹であるミーナはその2人を出し抜き、王位継承権第1位とまで噂されるほどの何かを持っていた。
対して、イルガは戦いに関する才も、政略の才も、人望すらも持ってはいなかった。勇者の誰からも選ばれず、支えてくれる貴族も、今となってはイノス以外にいない。騎士の数も、王族の中で最も少ない。
王位継承権を得るための秘策。凄腕の冒険者を雇い、ロード大森林の大規模開拓を決行するという策は、目を付けていた冒険者チームの誰も集まらずに終わった。イルガには運すらも無かったのだ。
そんなイルガの悩みを知っているイノスは、掛ける言葉を選べずに、押し黙る。
「イノス、わかるだろう?我が時間を稼げば、他の王族が助かる可能性が上がる。それが、この国にとって最も良い選択だ」
「イルガ様!それでは、それでは残されるリアナ様が悲しみます!」
「それは…」
愛する女性の姿を思い浮かべ、イルガの決意が揺らぐ。だが、意見を変えることはなかった。
「この国が無事でなければ、彼女も危険にさらされる。我の犠牲が、間接的にでも彼女の無事に繋がるのであれば、喜んで犠牲となろう」
「……イルガ様」
「だからイノス、お主は逃げろ。ここまでよく仕えてくれた。心から礼を言う」
「いえ、私も共に参りましょう」
その決断に、イルガは驚愕する。
「何を言っておる!お主が共に残る必要などない!」
「……平凡ながら、魔術は使えます。少しであれば、時間稼ぎのお役に立てるかと」
「だから、お主が共に残る必要など…」
「お願いします。最後まで、お側に仕えさせてください」
イノスの瞳にこもった強い意志を、イルガは変えられないと悟った。
そして、静かに感謝の言葉をつぶやく。
「……礼を言う」
直後。2人は、けたたましい足音を感じ、私室の入り口へと目を向けた。
扉を突き破り侵入してきたのは、6人の獣人戦士とザミド専属の勇者であるタケオだ。
彼らの装備には返り血が付着しており、ここまで来る間に行われた戦闘の激しさを物語っていた。
「やっと辿り着いたぜ、ここが王子様のお部屋か?」
「ああ、あいつがイルガだ。まずはこいつを仕留める」
彼らはガルドの騎士ではない。どんな仕事でも請け負うことで有名な、とある傭兵団の精鋭である。もちろん、金額次第では王族の抹殺すら拒まない。依頼主の情報も漏らさない。
そのため、モードンの秘策とも言える『獣化薬』を秘密裏に運用できる、最も適した人材なのだった。
ただ1つ欠点があるとすればーーー
「ずっと潜伏してたせいで、欲求不満だわ。さっさと終わらせて人族の女を味わいてぇよ」
「俺は姫様とヤッてみてぇなぁ。リーダー、殺す前に楽しむ時間くれよ」
「安心しろ。そのために、先に王子を片付けとくんだ。次は国王、最後が2人の姫だ。その時、嫌という程楽しませてやるよ」
ーーー彼らの性格が野蛮であるということだけだろう。
「今の話を聞いた後では、時間稼ぎだけで終わらす訳にはいかないな」
自分が先に狙われた理由がそんな下衆じみたものだった事を知り、イルガは憤りとともに覚悟を決める。少なくとも、1人は道ずれにすると。
「んだよ、こいつやる気じゃん。めんどくせっ」
「レベルは…両方とも20以下だな」
「ぎゃはははは!ゴミじゃん!」
レベルを測るスキル持ちの傭兵が、2人の大まかなレベルを知らせた。進入した傭兵達は、全員が40レベルを超える。故に、イルガとイノスの2人に勝ち目などなかった。
傭兵の1人が、2人の元へ向かってくる。
「先に一発撃たせてやるよ」
完全に舐めた行動だが、倍のレベル差とは、それ程の愉悦すら可能にするのである。
「その言葉を発した事、後悔させてやる!火よ、弾けろ、『火弾』!!」
「 風よ、『風』!」
イルガの魔力操作では、2文字の下級魔術が限界である。しかし、その覚悟と渾身の魔力を込めた一撃は、イノスの放った初級の風魔術を取り込むことで中級に匹敵する威力となり、傭兵へと放たれた。
「おお、中々やるじゃねぇか」
だが、傭兵は避けるそぶりを見せない。たとえ中級魔術だとしても、半分以下のレベルを持つものが放つ一撃では致命傷にすらならないためだ。
着弾と同時に、爆煙が吹き荒れる。煙が晴れた先には、無傷の傭兵が立っていた。
「ん?」
しかし、レベル差によって魔術を耐えきった訳ではない。その本当の理由は、放った魔術が別の存在へと着弾していたためである。
「お前、誰だ?」
傭兵の眼前には、頭に白い猫を乗せた仮面の騎士が立っていた。
『力加減ミスった、天井5階分もぶち抜いちまった』
「ですが、進入してきた賊がいますよ。さすがユージ様です」
その場にいた全員が、状況を読み込めず絶句する。
「ユージ様!背中に攻撃を受けた痕があります!マントが少し焼けていますね。おそらく、火の魔術でしょうか」
『なっ、いつの間に!?このマント結構高いんだぞ!おい、てめぇか!?』
その仮面の騎士は、正面にいた傭兵の1人へと掴みかかる。
「んだよ、離せ……って、何だこいつ!?びくともしねぇ!」
抵抗する傭兵の打撃を受けても、仮面の騎士は微動だにしない。
『やっぱりてめぇが攻撃しやがったんだな。後ろの野郎どもも同罪だ。全員、地獄を見せてやる!』
瞬間。放たれた莫大な殺気を浴び、その場の誰もが震え上がった。
週一と告知しつつ、更新が大幅に遅れてしまい、誠に申し訳ありません。
そして、遅くなってしまいましたが、レビュー書いてくださった方、評価やブックマークをしてくださった方々、本当にありがとうございます!
100も無かった評価が、10倍以上に!とても嬉しいです!
もう一作で学んだノウハウを活かしつつ、『不滅の英雄』の投稿も続けていこうと思います。
投稿期間がまた開いてしまうかもしれませんが、これからも応援していただけるとありがたいです。
今後も不滅の英雄を、よろしくお願いします!




