35話「ハッピーセットだ」
「すんません、ちょっと道をお尋ねしたいんすけどー」
「誰だ貴様は!?」
「君たち、だれ?」
黒豹の獣人と剣を持った少年から疑問の声があがる。なんて話しかければいいかわからず道を尋ねるフリをしたのだが、警戒心が増してしまったようだ。
無理もないか、小脇に気絶した白髪少女を抱えて肩に赤い鳥がとまっている男が空から降ってくるなんて、怪しすぎるもんなぁ。
「まぁ、ひとまず武器を置いて話し合おう。平和が一番だよ」
「…だれでもいっか、邪魔だから死んでて」
少年がそう言うと、仲間と思われる弓使いの獣人が矢を放ってきやがった。
「躊躇なさすぎだろ」
エマを抱える手とは逆の手で矢を掴み、そのまま少年へと投げ放つ。
投げた矢は弓で射出したかのように綺麗な直線を描き、少年の足へと飛んでいった。
「うわっ、あっぶな!」
短剣使いの獣人が矢の射線上に入り、短剣で弾き落とした。
チッ、当たらなかったか。
「す、凄い反射神経なのニャ…あなたは何者なのニャ?」
背後から声がかかる。語尾がニャって、一体どんなやつ…ね、猫耳美少女!
「…」
「な何ニャ?」
おっと、思わず見とれてしまった。
可愛いとは思うが、別に惚れたわけではないぞ。ペットショップの猫コーナーで思わず立ち止まってしまうような、美女を思わず目で追ってしまうような、そんな感覚が合わさったような感じだ。
「人の顔をじろじろ見て、本当ににゃんにゃのニャ!?」
ゴフッ!モノホンの猫耳少女が放つ「〜ニャ」は中々の威力だ。耐性異常は『不滅ノ王』で効かないはずだが、目が離せない。
『不滅ノ王』で防ぐ事のできない魅了効果があるのか!?
「ダルタニャン、どうやらこいつも敵らしい。ニヤニヤと此方を睨んで何かを企んでいるようだ」
「ちょっ、誤解誤解!」
「主様…」
双剣使いの黒豹イケメン獣人が猫耳少女に警戒を促している。
ついでにスゥのジト目も凄い。
「俺達は通りすがりの旅人だよ、今あの少年に攻撃されたの見ただろ?」
「確かにそうニャ」
「旅の途中で争っているあんたらが見えたから止めに来ただけだって。ひとまず、事情を説明してくれないか?」
猫耳少女の説明によると、あの少年に突然襲われて仲間が斬られ、操られてしまったそうだ。
傷つけた回数×1分間、相手を操れるスキルらしい。直接斬られるだけでなく、投げナイフなどの間接的な攻撃でも操られるとの事だ。結構厄介だな。
「そして、あの少年自身も相当な手練れニャ。プランシェとフェルトンが操られてからは動きが悪いけど、近接戦闘は危険ニャ」
「なるほどなるほど」
「というより君達は逃げた方がいい。君は強いのかもしれないが、奴のスキルは危険すぎる」
「そうニャ、ここは危険ニャ。早く逃げるニャ!」
ピンチなのに此方の心配をしてくるとは、いい奴ららしいな。
「ま、逃すわけ無いけどね」
痺れを切らしたのか、少年が獣人2人を連れて斬りかかってきた。
「あぶねっ」
この程度の攻撃なら寝起きでも躱せるが、今は気絶したエマを抱えているので少し気をつけなければいけない。
「おい、エマ、起きろ」
「へ?何なのです?って、矢が!矢が飛んできてるのです!斬りかかられてるのです!」
獣人達と少年の攻撃を避けながらエマを起こした。
忍者目指してるくせにうるせぇな。
「エマとスゥは後ろの獣人2人を守っててもらえるか?ついでに治療してやってくれ。あの少年は俺が相手するから」
「状況はよく分からないのですが、了解したのです」
「わかりました主様」
全身の切り傷と矢傷、猫耳と黒豹はなかなかの重症だ。それでも操られていないということは、あの少年から受けた傷では無いということなのだろう。少年に傷をつけられると操られるが、操られている相手に傷をつけられても大丈夫ということか。
それにしても便利な能力だ。数の差も簡単に覆せる上に、操った相手を自殺させれば一撃必殺じゃないか。
『不滅ノ王』による耐性強化でレジストできるか分からないので、少年の攻撃には気をつけるとする。
「雑談は終わりかな?そろそろ攻撃しても良い?」
「あ、待っててくれてたのか?ビビって大人しくなってるのかと思ったわ」
「…殺す!」
あらあらブチ切れてらっしゃる、煽り耐性低いな。
この世界には見た目が子供なのに数百年も生きているような長命種がいるらしい。なので、目の前のガキもその類かと思ったのだが…精神年齢は少なくとも子供だな。
「切り刻め!」
少年が叫ぶと短剣使いの獣人が鋭い斬撃を放ってきた。
「ごめんなっと」
斬撃をかわしつつ、獣人の鳩尾に拳を振るう。
通常なら間違いなく気絶するレベルの一撃だ。本気で打ち込めばこの獣人の上半身が消し飛ぶので、もちろん加減はしている。
しかし、短剣使いの獣人の攻撃は止まなかった。
「すでに意識がないのか?」
軽めの雷魔術もぶつけてみたが、一瞬動きが止まるだけで効果はない。
呼吸はしているし脈拍もあるので死んではいないようだ。やはり、意識のない状態で操られているのだろう。
「無駄だよ、僕を止めない限り彼らは止まらない。文字通り僕の手足になっているからね」
「えっ、お前を気絶させれば洗脳は解けるのか?」
「そうさ」
魔力の揺らぎもないから本当のことを言っているらしい。こいつ…バカやん。
術者がやられれば自殺するとかだったら厄介だから躊躇っていたのに、まさか自分からネタばらしをしてくれるとは。
せめてものお礼に一瞬で楽にしてやろう。
「近づいたら危ないのニャ!」
少年に接近を試みる俺に猫耳少女が忠告をしてくれるが、構わずに突き進む。
「かかったね!」
少年の声と同時に俺の足元で魔術陣が輝きだした。
踏むことで発動する罠のような魔術か?こんな魔術もあるのかと少し感動を覚えつつ、魔力を流して術式を乱し無効化する。念の為に魔術陣が描かれていた地面も踏み砕いといた。
「「「!!?」」」
少年どころか猫耳少女達まで驚いている。
術式に沿って魔力を逆流させるだけなのでそんなに難しい技じゃ無い筈だが…まぁいいか。
術式を踏み砕いた勢いで少年へと距離を詰める。
「気に入ったよ、僕のコレクションにしてやる!」
「あぶねっ」
接近してそのまま鳩尾に一発と思っていたが、マントの下から取り出した投げナイフを至近距離でばら撒かれ、阻まれた。
少年のスキルを『不滅ノ王』で防げるかわからないので全て避けたが…。
「思った以上に面倒だな」
掠るだけで終わりなので、通常なら何でもないデタラメな攻撃も避けなければならない。近づくだけで結構神経を使う。
少し距離を置いて様子を見ようかと思ったのだが、少年は細い針やワイヤーを駆使した先の読みづらい攻撃を仕掛けてきた。その間にも弓使いの矢や短剣使いが集中を乱してくるので、たまにヒヤッとするような瞬間もある。
近づけばそれだけ攻撃の密度も上がり危険だ。遠すぎると操られている獣人が盾になるので攻撃しづらい。
猫耳少女が見ている手前、操られている獣人も助けたい。なのでできる限り傷つけたくは無い。
…このままだとジリ貧だな。
「仕方ない、『樹木生成』!」
この魔術は忍者戦で使った『木樹牢』の上位魔術だ。
イメージした植物(主に木)を生成し、自在に操作できる。家づくりの目的でスゥから学んだ上級魔術である。
「ああ!僕のコレクションが!」
少し苦戦したが、操られている獣人2人を見事捕獲した。だが、短剣使いの方は腕が折れたっぽいな。
この魔術は力加減が難しいので、捕獲にはあまり向かない。なので、本当は使いたくなかったのだ。
それにしても人をコレクション呼ばわりとは、どんだけ捻じ曲がった性格してんだよ。
「その性根、文字通り叩き直してやる」
「ちっ、いいさ別にっ。コレクションない方が動きやすいし!」
操られている獣人の邪魔はもう入らないので、次こそワンパンで…と思ったのだが、先ほどとは少年の動きが明らかに違う。
「これならどうだっ!」
鋭利なワイヤーと投げナイフを巧みに使いながらこちらを翻弄してくる。木々を飛び交いながら距離をとったかと思えば、急に接近して鋭い斬撃を振るってくる。
「なるほど、さっき操ってる獣人をおれの手足だとか言ってたが、文字通りそういう事だったわけか」
「ふーん、気づいたんだ」
「ああ。自動的に操れるわけじゃなく、手足のように意識して操らないといけないんだろ?さっきまで、お前は3人分の体を同時操作してたわけか」
「正解だよ。だから今の方が動きやすいんだよ、ねっ!」
体の感覚を取り戻しつつあるのか、どんどん動きが良くなっていく。
剣を振りながら隠し持っていた針を飛ばしてくるようにもなった。かろうじて躱しきれてはいるが、危ない場面も多くなってきた。スキルも厄介だが、それを差し引いてもサチやタケオよりも強い気がする。レベルは60くらいだろうか?
俺の紙一重の回避に、後方で観戦しているエマやケモミ…獣人達も固唾を飲んで見守っている。
「あははっ!手も足も出ないって感じ?」
「ああ、少し舐めてたわ」
これ以上調子に乗って操られでもしたら目も当てられない。終わりにするとしよう。
「『強化』」
『強化』は下級の強化魔術で、『完全強化』の下位互換である。旅の間にスゥから教わった魔術の一つだ。
「強化魔術?無詠唱なのは凄いけど、下級じゃん。そんなので僕に勝てるわけーーうわっ!」
軽く横にステップしてから接近して背後を取っただけなのだが、少年には視界から俺が消えて背後から一瞬にして現れたように感じたらしい。
背後を取ったついでに軽くジャブをかましたのだが、予想以上の反射神経で躱されてしまった。だが無駄だ。
「ちゃんと足元注意した方がいいぞ」
「え?いてっ!」
接近する寸前に、回収しておいた針を地面に刺しておいたのだ。針は撒菱の役割を果たし、少年に一瞬の隙を作り出した。
達人級の腕前を持つ少年に生じる隙など僅かなものだがーーー
「それだけありゃ充分だ」
『強化』で強化した身体能力をフルに使い、摺り足で撒菱にした針を蹴飛ばしながら急接近する。
鳩尾と顎に一発づつのハッピーセットだ。少年は10メートルほど吹っ飛び、ピクリとも動かない。確かな手応えを感じたので完全に意識を失っているだろう。
「よし、これにて一件落着だな」
後ろを振り向くと、スゥ以外の皆が唖然としていた。




