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34話「ケモ耳かぁ…」




「くらえ!」


 弓使いの獣人が先制に矢を放つ。


「狙いはいいけど、そんなんじゃあ僕は倒せないよ」


 弓使いの獣人が放つ矢を、陰陽と名乗る少年は難なく躱す。回避不能な矢は右手に持った片手剣で難なく弾き落とした。しかしーーー


「隙ありだ…」


 矢に気を取られている隙に背後まで迫っていた短剣使いの獣人が、陰陽の首を落とさんと斬撃を放つ。短剣使いは大柄な獣人だが、恐ろしいほどの隠密技能備えていた。


「すごいね、気づかなかった。でも、どこに隙があるの?」


 獣人の騎士達は驚愕する。陰陽はマントに隠し持っていたナイフで難なく短剣を防いだのだ。

 弓使いと短剣使いの連携は騎士達の中でも随一の実力を有し、初見で防ぐことなど出来ないとまで言われていた技だった。

 それを難なく防ぐ陰陽の実力に、騎士達の緊張が高まる。


「じゃっ、次はこっちの番かな」


 そう言うと同時に陰陽はマントの中からもう一本ナイフを取り出し、投げの体制へと移る。

 短剣使いのフォローのために駆け出していた双剣使いの獣人が陰陽へと接敵する寸前、2本のナイフは目にも留まらぬ速度で2人の獣人達を貫いた。


「くっ…」

「ぐあっ」


 短剣使いと弓使いの2人は即座にナイフを抜き止血を試みるが、思ったほどの傷では無いことに疑問を感じる。


「プランシェ、フェルトン、早く解毒剤を飲むニャ!」


 ネコ耳少女の叫びに気づき、2人は急いで解毒剤を服用する。


「別に毒なんて塗ってないよ。ま、毒よりも酷いかもだけどねー」


 接敵した双剣使いの技を平然と躱しながら、陰陽はつぶやく。

 その直後、弓使いと短剣使いの獣人、プランシェとフェルトンの2人が頭を押さえて呻き始めた。


「ど、どうしたのニャ!?」

「ダルタニャン下がれ!」


 2人へ駆け寄ろうとするネコ耳少女、ダルタニャンへ陰陽と接敵していた双剣使いが制止の声をかける。

 そして、プランシェとフェルトンの2人は何事もなく立ち上がり、ネコ耳少女と双剣使いの2人へ武器を構えた。


「…洗脳魔術か」

「うーん、50点ってとこかな。正解はね、スキルだよ」

「スキル、だと?」

「そっ。僕はね、傷つけた相手を操ることができるんだ」


 双剣使いはその事実に目を見開くと同時に、陰陽から距離をとる。そして、背後から迫ってくる短剣使いのプランシェを躱しつつ、ダルタニャンの側まで戻った。


「シェフィールド、怪我は無いかニャ?」

「あぁ、大丈夫だ。ダルタニャン、あの陰陽とかいう少年の攻撃はくらってはいけない、傷つけた相手を操ることができるらしい」

「ニャ!?」


 シェフィールドと呼ばれた双剣使いは、得た情報をすぐさまダルタニャンへと伝える。


 ダルタニャンのもとへと戻る途中、プランシェは短剣を用いてシェフィールドを襲った。今もなお自分たちへと武器を向ける仲間の姿に、操るスキルというのが真実であることをシェフィールドとダルタニャンは実感する。


「でも、このスキルには欠点があってさ。1回傷つける毎に1分くらいしか操れないんだよねー」


 その陰陽の呟きの直後、ダルタニャンとシェフィールドは戦慄する。

 プランシェとフェルトンは陰陽へと近づいて行き、斬り付けられたのだ。何度も、何度も。

 黙ったまま斬りつけられる2人の体は鮮血に染まっていく。


「や、やめるニャ!!」

「落ち着けダルタニャン!お前も操られる!」


 怒りのままに駆け出そうとするダルタニャンをシェフィールドは必至に押さえつける。


「安心しなよネコ耳ちゃん、命に別状は無いから。殺しちゃったら操れないしさ」


 陰陽の言葉通り、2人は血まみれではあるが傷自体はそこまで深くない。


「これで30分くらいは大丈夫かな。それじゃあ始めようか」

「貴様ぁ!」

「絶対に許さないニャ!」


 仲間が傷つけられた事。そして、陰陽にとってまだ戦いが始まってすらいなかった事に2人は憤りを感じつつ、謎の少年とガルドの騎士達の戦いが始まった。









 今、俺たちは街道沿いの開けた場所で休憩をとっている。


「うまっ」

「お、美味しいのです!」

「気に入っていただけてなによりです」


 少し早めだが、スゥの手料理で夕食をとっていた。

 今日のメニューは前に獲った狂猪(ジャンキーボア)を使ったカツサンドだ。少し抵抗はあったが、脂が程よくのってて相当美味い。

 食べてみると、普通に豚肉だな。それも、相当高級な肉だ。噛めば噛むほど肉汁が溢れてくる。スゥ特製のソースも深みがあってカツと非常によく合っている。


「王宮の料理よりも美味しいのです。本当にあなたの眷属が作ったのですか?」

「本当だぞ。ミーナを王宮まで送る道中もスゥが料理を担当してたからな」


 おかげで道中、街の料理屋にはあんまり行かなかったな。スゥの料理が基準になりつつあるため、王宮で出された料理の感動も薄かった。

 下が肥えてきてしまっている。ヤバイな、でも美味いからいいや。


 


 夕食後は腹休めをしつつ、獣人について思案に暮れていた。


「ケモ耳かぁ…」


 獣人の特徴については事前にミーナから聞いていた。人を超える身体能力を持つかわりに魔力操作が苦手な種族なのだそうだ。

 そして、外見でわかる特徴として様々な種類の動物の耳や尻尾が生えているらしい。


「なにをニヤニヤしながらつぶやいているのですか、気持ち悪いのです」

「酷っ!」


 エマの苛烈なツッコミを受けつつも、ニヤニヤが止まらない。

 俺は、猫耳や犬耳少女が結構好きだ。前にいた世界では好きなケモ耳キャラが結構いた。そういったコスプレを見るのも好きだった。

 それが、この世界では現実に実在するのだ。

 カチューシャやヘアピンによる付け耳では無い、本当に地肌から耳が生えているケモ耳だ。


 是非とも会ってみたい、あわよくば触ってみたい。


「…にひっ」

「「…」」


 思わず笑い声が漏れてしまった。エマとスゥが若干引いているが、気を取り直してそろそろ出発するとしよう。


「さて、休憩終了だ。出発するぞ」


 そう言いつつ広域探知を発動する。道に沿った細く長い広域探知だ。

 円状に薄く広げると、全力でも10キロメートルほどしか探知できない。しかし、細く長く伸ばす事で最大30キロ先まで探知する事が可能なのだ。


「ひとまず20キロくらい先まで見とくか」

「主様は相変わらずですね…」

「20キロの探知って…どんな鍛錬をすればそんな事ができるのですか…」

 

 2人は呆れているが、気にせず探知する。

 俺とエマが爆走するという異様な光景を見て他の通行人達を驚かせないように、こうして定期的に道沿いを探知しているのだ。

 商人などの通行人がいた場合は森の中を迂回して避けるようにしている。


「んー…ん?」


 20キロ先、探知範囲ギリギリのところで争っている人達がいる。


「何か見つけたのですか?」

「んー、も少し感度上げてみるわ」


 広域探知は遠くを見るほど感度が下がるため、20キロは個人を識別できるギリギリの距離なのだ。少し集中する。


「…3対2、子供1人とケモ耳2人対ケモ耳2人で戦ってるみたいだな」

「ケモ耳ケモ耳って、獣人と呼んでほしいのです」

「あぁ、すまん」


 ケモ耳愛が溢れてしまった。


「どうやら、獣人同士で戦ってるみたいだな。服装が同じだから、仲間割れっぽいぞ」

「それは不思議なのです」

「ん?なんでだ?」

「獣人はなによりも絆や仲間を重んじる義に熱い種族なのです。仲間割れで戦うなんて、余程のことがない限りないのです」


 へぇ、それは確かに妙だな。

 探知で観察する限り、多勢のほうは相手を殺す気満々に見える。


「ひとまず行ってみるか、このまま進めば会う事になるしな」

「そうですね」

「了解なのです」


 事情は分からないが、もしかするとザミドが関係している可能性もある。日が沈む前に到着できるように少し速度を上げて進むとするか。


「ちょっ、は、速いのです!」

「おっと、すまん」


 さっきまでの速度がエマの限界だったようだな。

 …仕方ない、担いで行こう。


「ちょっと失礼」

「へ?」


 エマを小脇に抱え、速度を上げた。


「なあああああぁぁぁぁぁぁあ!」


 エマの絶叫が響き渡った。










 獣国ガルドの首都には、荘厳な王宮がそびえ立っている。

 その王宮の一室、魔獣の素材からを作られた最高級調度品の数々が飾られた部屋では、ガルドの獣王とザミド王子の会談が行われていた。


「ザミド王子、これは何です?」


 金に茶の混じった獅子を思わせる美しい髪をなびかせ、少女が疑問を投げかける。


「それは我が国に伝わりし国宝級魔道具『勝者なき王冠』にございます」


 その疑問に答えるザミド王子の頬には、一筋の汗が流れていた。

 なぜならば、ザミド王子の目の前にいる女性こそが獣国ガルドの獣王『テュマ・アレクサンドル』なのである。


 ガルドは獣人奴隷の反乱によって生まれた国なため、力と信頼を何よりも重んじる。その象徴たる獣王は国の誰からも信頼され、誰よりも強い者がなるしきたりなのだ。


(20歳にも満たない少女だが、なんという威圧感だ)


 ザミド王子の背後には自らが率いる騎士団の中でもトップの実力をもつ2人が控えている。獣王の背後にも、同じく護衛の騎士が2人、そして、宰相の地位を有するモードンという獣人が控えていた。

 しかし、そんな彼らよりも獣王『テュマ・アレクサンドル』こそがこの場で最も強い存在なのである。


(だが、今さら後に引くことは出来ない。)


 ザミド王子は覚悟を決め、話を続ける。


「この王冠は、装備した者の身体能力を格段に上昇させるという魔道具なのです。多少魔力は使いますが、強化による身体への副作用はありません」

「身体強化の魔道具ですか…」


 獣王は興味深く王冠を眺める。

 獣人は魔力操作の苦手な者が多い。そのため、製作時に精密な魔力操作を必要とする高位の魔道具はガルドでは珍しいのだ。


「獣王陛下にお納め頂きたく、本日は持ってまいりました」

「これを、私にですか?」

「はい。王である父上からも許可は頂いております。今後のフレイアとガルドの友好の象徴として、受け取ってはいただけないでしょうか?」

「そんな価値のあるものを、受け取れません」

「獣王陛下、ここは遠慮などせず受け取るべきかと」


 断ろうとする獣王を、宰相であるモードンが止める。


「…わかりました。それでは、ありがたく受け取らせていただきます」


 獣人の感覚は人よりも遥かに優れている。ザミド王子は順調に進む計画を悟られないよう、表情を変えずに話を続けた。


「是非とも付けてみてください、そのお姿を報告すれば、父上も喜んでくれると思いますので」

「でもそれは…」


 獣王は僅かな警戒心を抱きながらも、義に熱い種族たる本能故にザミド王子の提案を受け入れる。


「獣王様、調査系のスキルを持つものに調べさせてからの方が…」

「わざわざ国宝級の魔道具を王子自らが届けてくださったのだ。それはあまりにも失礼だろう」

「たしかに、そうですね」


 警戒する騎士をモードンが止め、獣王も同意する。

 フレイア王国で王位継承争いが激化していることは獣王の耳にも入っていた。そのため、国が変わろうとしているこのタイミングで獣国へ何かを仕掛けてくる事など無いはずだと獣王は考えていたのだ。

 普段であれば徹底的に調査し、安全を確認してから事を行うが、今回はザミド王子の提案通りに獣王は王冠を被ってしまう。


「よくお似合いですよ」


 そして、悲劇が始まった。


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