33話「お嬢さんじゃないニャ!」
サチの話では、北方連合とはフレイアの北にある10の小国が合わさった連合国らしい。
多様な文化が入り乱れており、世界中から人々が訪れる有名な観光国だったそうだ。
「だったってことは、今は違うのか?」
「はい。10の小国それぞれの代表者によって結成された連合委員会によって連合国の方針は決まっているのですが、数年前にハーベックという女性が委員会に入ってから一転して閉鎖的になったんです」
その事を怪しく思い、調査のために各国が連合国へ使節団を遣わしているのだが、全員が行方不明となっているらしい。
こわっ、怪しすぎるし危険すぎる。
「そんな危ない国になんで行きたいんだ?」
「うふっ、女の子の秘密は詮索するものじゃないわよぉ」
うふって、女の子て。
「なにか失礼な事を考えてなぁい?」
「い、いや別に…」
やべっ、さすがはミーナの姉だ。勘が鋭いな。
「話を戻しましょう姉様。それで、私が王になった際に北方連合へ行く許可を与えると約束すれば、その情報をいただけるという事ですか?」
「情報は前金みたいなものだからタダであげるつもりだったのだけどねぇ、話が早くて助かるわぁ。これからはミーナに協力するつもりだから、今後ともよろしくねぇ」
「協力するって、私の派閥に入るってことですか?」
「そうよぉ〜」
継承争いする筈の相手が派閥に入るってどうなんだよ。と思ったが、北方連合へ行かせてくれるという条件で今まではザミドに協力していたそうだ。
しかし、この前の決闘でザミドが負けて以来ミーナが継承権第1位と囁かれているらしく、乗り換えに来たのが今回の本当の目的だったらしい。
「姉上は知っているかもしれませんが、サチには『見解者』というスキルがあります。そのスキルで嘘を言っていない事を確認して、それから派閥への参加を認めるという事でいいですか?」
「もちろんよぉ。私は北方連合へ行けるなら王位なんてどうでもいいものぉ」
まだ仮だが、ミーナとレインの同盟がここに結成された。
さっそくザミドの動向を聞くとする。
「ミーナはぁ、兄上が怪しい魔道具をいくつか所有している事について知っているかしらぁ?」
「怪しい魔道具ですか?」
「そうよぉ。数年前から贔屓にしている旅商人に流してもらっているそうなのぉ。策略を浮かびやすくする指輪とかぁ意見が通りやすくなる首飾りとからしいわぁ」
「それって…」
そんな便利な魔道具があるのか!と思ったが、ミーナとサチの顔色が良くない。どうしたんだ?
「おそらく、精神に干渉する『禁忌の魔道具』よぉ」
「禁忌の魔道具?」
「精神操作系の魔術が禁術に指定されているように、精神に作用する魔道具も禁忌とされているんです。今レイン様が仰った魔道具は効果からして、どちらも精神に作用する魔道具でしょうね」
サチが疑問に答えてくれた。作るのも面白そうだと思ったが、禁忌なのか、それならダメだな。
「兄上が今のようになったのも、その魔道具が原因なんでしょうか?」
「そうかもしれないわねぇ、明らかに昔と性格が違うものぉ」
「え?昔は違ったのか!?」
「うん、昔の兄上はとても心優しい人だったわ…」
数年前までは人望の厚い好青年で虫も殺さぬほど慈愛に満ちていたらしい。想像がつかん。
わずか数年で実の妹を暗殺しようとするようなやつになるなんて…禁忌の魔道具は恐ろしいな、作ったりするのはやめておこう。
「それとぉ、ミーナ」
「姉様、どうしたんですか?」
一通り情報を話し終えたあと、レインが急に真剣な表情になった。急な豹変にミーナも驚いている。
「まさか兄上があなたを暗殺しようとしているなんて知らなかったの。いえ、知らなかったとはいえ、止められなくてごめんなさい。あなたを危ない目に合わせてしまって、本当にごめんね」
「姉様…」
先ほどまでののほほんとした雰囲気が嘘だったかのように、レインはミーナへ真摯な謝罪を伝えた。
嘘も言っていないようだ。本当に暗殺については知らず、それでも止められなかったことに対して罪悪感を抱いているらしい。
それと、口調変わってるぞ。
「大丈夫です、レイン姉様を恨んではいません。知らなかったのなら仕方のないことです」
「でも…」
「それよりも、私のことを想ってくれているとわかった事が嬉しいです。本当にありがとうございます」
実の兄に暗殺されかけて、自分の家族に対して少し疑心暗鬼になっていたのだろう。その疑いの気持ちが、今のレインの謝罪で薄れたのかもしれないな。
レインは「家族だものぉ、心配するのは当然だわぁ!」と嬉しさを隠しながら部屋を後にしようとしている。仲良いことは良いことだ。
「あ、姉様待ってください。お願いがあります」
「なぁに?」
妹に頼られて嬉しそうだな。
「部屋、片付けてってください」
「…はい」
あ、落ち込んだ。
その後、レインは騎士団の皆と共に煙幕で汚れた部屋を掃除していった。
◇
「なんの計画もしてなかったけど、ミーナが順調に王様に近づいてるな」
「そうですね。おそらくですが、スキル『天佑神助』が働いている可能性があります」
「天佑神助?」
最初にステータスを確認した時スゥが言ってたな。運が良くなる的なスキルだった気がする。
「私や主様と同じく神獣であるコゥも『天佑神助』を有しています。そのため、私たち3人がミーナを王様にしたいと願っているせいでミーナの運命が修正されているのでしょう」
「えっ!それって大丈夫なのか?」
このスキルって他人の運命に作用できるのかよ!
「大丈夫でしょう。悪い運命ならまだしも、王になる事はミーナの目的でもあります。むしろ良いことだと思いますよ」
「たしかに…」
だが、将来的に運命が修正された副作用とか皺寄せとかきたりしたら怖いな。
「ま、俺の目の届く範囲にいれば大抵の理不尽はどうにかなるだろうし、今後はあまり目を離さないようにしよう」
「そう言いつつさっそく目を離しているではありませんか」
たしかに…。
今、俺とスゥはガルドへ続く街道を駆けている。
あの後、ザミドが怪しい魔道具を持ってガルドへ向かったという話を聞き、事が起こる前に止めるため、俺が向かうこととなったのだ。ガルドへの入国証はレインが用意してくれていたので問題ない。
「ま、保険は残しておいたから大丈夫だろう」
「たしかに。あの保険があれば魔王クラスが攻めてきても時間稼ぎには充分です。その間にコゥなら何処にいても駆けつけられるでしょうから、ミーナとサチに危害を加える事は出来ないでしょうね」
スゥが苦笑いしながら答えた。作るのに相当苦労した保険だからな、いざとなったらしっかりと働いてもらいたい。
そういえば、この旅にはもう1人同行者がいる。
「保険、なのです?」
「あぁ、こっちの話だ。気にしなくていいぞ」
レインと一緒に襲撃してきた白髪くノ一、エマだ。しかもこいつ、勇者なのだそうだ。
「そういえば、エマはどこから召喚されたんだ?日本か?」
「フランスなのです」
なるほど、だから顔立ちでは分からなかったのか。異世界召喚は日本からだけじゃないらしい。それにしてもーーー
「エマ、お前も速いな」
全力ではないとはいえ、俺とスゥの速度は100キロ近く出ていると思う。その上、数時間は走り続けているのだが、それについてこれているのだ。明らかに人間離れしている。
「私には『走破者』というスキルがあるです。短距離ならもっと速いのです」
ほへ〜、いいスキルだな、後で手に入るか試してみよう。
「あと、レベルは45なのです。なので、まだ走り続ける事はできるのです」
45レベルなら数時間走り続けるのも問題ないのか。こういう常識は覚えておこう。
「そしたらサチよりも強いんだな」
サチはこの前の決闘で41レベルになったと言っていた。
「あなたに比べれば全然なのです」
「えっ、俺のレベル知ってるのか?」
「当然なのです。隠密騎士団の情報収集能力を舐めてはダメなのです。あなたがレベル80だという事は周知の事実なのです」
そっちか、800越えがバレてるのかと思った。
ミーナたち以外には言っていないはずだから、冒険者ギルドの登録資料とかを見たのかもしれないな。
そんな事を考えつつ、ガルドへ向けて爆走するのだった。
◇
「それで、お前は何者ニャ!?」
「僕の名前は陰陽だよ、ネコミミお嬢さん」
「私は今年で15ニャ!お嬢さんじゃないニャ!」
ガルドへと続く街道の途中、マントを羽織った少年とネコミミの少女が言い争いをしていた。
その2人の周囲では様々な獣の特徴を有した騎士達が少年へと剣を構え、2人の動向を見守っている。
「それよりも、いきなり襲ってきた理由を説明してもらうニャ!」
「ああ、そのことか。理由は単純だよ。君たちにガルド?へ戻られるとちょっと邪魔になっちゃうらしいんだよね。だから、処分するためにちょこっと馬車を止めさせてもらったのさ」
ネコ耳少女は馬車を引いてくれていた魔獣を見やる。
ガルドでは『狼牙』という狼型の魔獣が馬の代わりとして用いられているのだが、その魔獣の首は見事に切断されていた。
決して弱い魔獣ではない。そんな魔獣を何の気なしに両断できる剣術の技量を想像し、ネコ耳少女とその周囲にいる獣人の騎士達は警戒心を強めた。
「こちらは4人だが、卑怯だとは思わないでほしいニャ」
「え?たったの4人で僕とやりあえると思ってるの?」
「いくニャ!」
その言葉を合図に、獣人の騎士達と少年との戦闘が始まった。




