26話「がんばらます」
「今…何と言った?」
「犯人は、お前だ!」
耳が悪いのかな?
指をさし、再度真実を突きつけた。
「貴様、ザミド王子に向かって何たる無礼だ!」
王子の横にいる騎士が剣を抜き、こちらへ向かってくる。
「『魔刺』」
あ、転んだ。
何が起きたのか理解できないようで、膝をついたまま面食らった顔をしている。
「今のが新技か、凄いな」
騎士が転んだ理由は、サチの新技による効果だ。
魔力の針を飛ばし、体の一部を怯ませる事で着弾部位だけを麻痺させる技らしい。
腕や足に当たるだけでも充分な効果があるのだが、サチは魔力操作と見解者による恩恵で的確に関節を狙える。
王子の護衛騎士と言うことは相当レベルが高いのだろうが、サチの『魔刺』には敵わなかったようだ。
「控えろ。それより、犯人とは何の事だ?」
王子が騎士を落ち着かせ、冷静に聞いてくる。
「いや、お前がミーナを暗殺しようとした犯人だろ」
「!」
俺の言葉に一瞬目を見開きつつも、すぐに表情が戻った。だが、魔力操作は不得意らしいな。
「ミーナを見た瞬間から、お前の魔力が乱れまくってんだよ。俺に事実を突きつけられた時なんてガタガタだったぜ」
サチも俺の横でうんうんと首を縦に振っている。『見解者』による効果で、王子のガタガタ魔力が見えているのだろう。
「おいおい、なんの騒ぎだよ」
すると突然、王子の後ろからガタイのいい大男が現れた。
「タケオ、余の側に居ろといつも言っているだろう」
「わりぃわりぃ、ちょっと遊んでたわ」
黒髪な上に、この世界ではあまり見ない顔立ちをしている。タケオと言う名前といい、こいつもサチと同じ日本人勇者か。
「そんで、何の騒ぎだ?」
「この者が余に無実の罪を着せようとしてきたのだ」
「へぇ、てめぇも勇者か?」
「いや、違う」
俺の否定に皆驚いている。全員俺が勇者だと思っていたらしい。だが、俺のスキルに『勇者』は無い。
旅の途中でサチに聞いたのだが、召喚された異世界人には『勇者』という身体能力向上のレアスキルが付与されているのだと言う。
その事実を聞いたあと欲しいと望んだのだが、幾ら願っても手に入らなかった。
羨ましい。そんな目で見んな、俺だって勇者って名乗りたいわ!
「なるほど、隠さねばならぬ事情があるようだな。他国の勇者よ」
ザミド王子が得意げに呟いたが、何言ってんだこいつ?
全然違うぞ、本当に勇者じゃ無いだけだからな。
「んなこたぁどうでもいい」
てめぇが聞いたんだろ。
「俺様の雇い主に文句あるんだってな。って事はつまり、俺様に喧嘩売ってるって事でいいんだな?」
タケオから膨大な魔力が吹き上がる。
周りに控えている騎士達は身を硬直させた。
そして、俺様って言葉使うやつ初めて見た。
「またぬか!」
玉座で見守っていた国王、ゴルドから制止がかかる。
「無益な争いは好まぬ。決着をつけたいなら、法に則った方法で決めよ!」
高い身分の者同士が争う場合、それぞれの代行人が決闘を行う事で決着をつけるのだとサチが教えてくれた。
分かりやすくていいな。今の魔力量的にタケオとか言う勇者は大した事なさそうだし、俺なら問題ないはずだ。
「互いに条件を提示せよ」
国王が仕切り始めた。
もう決闘する事は決まっているのか。
「余が勝てばそこの無礼者は打ち首。そしてミーナよ、お前の王位継承権も剥奪させてもらう」
「王位継承権は構いません。ですが、ユージの首は…」
「何を言っておる、余に無実の罪を着せようとしたのだ。当然ではないか。不敬罪で今すぐ打ち首になってもおかしくないのだぞ?」
小声で、ミーナに「その条件で構わない」と伝える。
多分勝てるし、打ち首程度じゃ俺は死なない。
「分かりました…それでは、私が勝てば兄上に『真実』を使用させていただきます」
「いいだろう」
『真実』とは、相手が嘘をつけなくなる下級の精神操作系魔術らしい。
精神操作系は禁忌なのだが、こう言った特殊な場面でのみ使用が許されているそうだ。
「私が立会人となりましょう」
国王の背後から初老の男性が現れた。
黒髪で和風な顔立ち、この人も勇者か。
「ミーナ姫は帰還した直後です。決闘は明日の正午に執り行う事にしましょう」
国王の側近らしき勇者が場をまとめ、勝手に日時も決まった。
ま、今すぐでも構わなかったのでいつでも問題ない。
「よし、気合い入れて頑張るとするかな」
「そそそ、そうですね…」
サチがガチガチになっている。どうしたんだ?
「それでは、剛田猛男と水島幸の両名は明日の正午に闘技場へ来られよ。時間までに来ない場合は不戦敗とみなす」
は?
国王の締めの言葉でお開きとなったが、そんな事よりも、代行人がサチ?どう言う事だ?
「王族が決闘を行う場合、仕えている勇者が代役を務める決まりとなっているのよ」
ミーナが教えてくれた。
それって…
「が、がんばらますぅ!」
がんばらます?
◇
「良かったのか?負けたら『真実』を受けるなんて言っちまってよぉ」
きらびやかな装飾の施された廊下を悠然と歩く2つの影があった。
第一王子ザミドと、その勇者たるタケオである。
「どうせ貴様なら勝つであろう?」
「あたり前だろが」
タケオが自信を持つのも当然である。この国にいる4人の勇者の中で、サチは最弱なのだ。
それに対し、タケオは国王に仕える勇者シゲルに匹敵する程の実力を持つと言われている。つまり、この国で2番目に強い勇者なのである。
「勇者の損失は国力の低下に直結する。殺してはならぬぞ」
「わーってるよ。だが、それ以外なら何やっても構わねんだろ?」
下卑た笑みを浮かべながら、タケオはザミドへ問う。
「ふっ、やり過ぎるなよ」
無駄だと思いつつも、ザミドは念を押しておく。
「前からあいつの裸を拝みてぇと思ってたんだ、まずは服を剥いで…」
タケオはザミドの言葉を受け止めず、戦いの最中にどんな辱めを与えようかという下劣な計画に考えを巡らせていたのだった。
◇
「さてとっ、外の空気でも吸ってきますかね」
「まてまて、そこはクローゼットだ」
謁見後、明日の決闘が決まってからサチはずっとこの調子だ。
ミーナは自分の騎士団や支持してくれている一部の貴族の元へ挨拶に向かった。護衛にスゥも付いて行かせたので、今はコゥと一緒にサチを見守っている。
「そんなに緊張しなくても気楽にやればいいよ。たとえ負けてもミーナが王になれないわけじゃないし」
継承権が剥奪された場合、強行手段に出ようと思っている。
この世界には魔王と呼ばれる厄介な存在が7人いるらしく、それぞれが強大な力を持ち、並大抵の勇者では歯が立たないレベルなのだそうだ。
だからこそ、1人でも仕留めることが出来ればとてつもない栄誉を手に入れられるらしい。
それを利用し、今回の決闘でサチが負けても魔王狩りで挽回しようと考えていたのだ。
まぁ、魔王の1人はすでに倒したんだけどな。
「私が負けたら、ユージさんが打ち首にあうんですよ!当の本人が、どうしてそんなに呑気なんですか!?」
サチが気にしていたのはその問題だったか。
そういえば、俺が不死身だと言うことは伝えていなかった。知っているのはスゥだけだ。
いい機会だし話すとするかな。
「ユージ様、サチの事は我に任せてはもらえないでしょうか?」
「え?あぁ、構わないぞ」
コゥが急に声をかけてきたお陰で話すタイミングを失ってしまった。だが何か考えがあるようなので、コゥに任せるとする。
「サチ。お主は、あの勇者を斬れるか?」
「…」
コゥの言葉に、サチは俯いた。
旅の中でわかった事だが、サチは優しすぎる。自己犠牲の精神と言うのだろうか、自分よりも人の事を思い遣りすぎるのだ。
それは美徳だが、争いの多いこの世界では致命的な隙でもある。
実際、サチは他の勇者と比べてレベルの上がり具合が遅いらしい。召喚されて4年になるが、この前やっと40レベルに到達したと言っていた。
通常なら、勇者のスキルを所有していれば2年程度で40レベルには届くらしい。つまり、倍近く成長が遅いのだ。
「サチ、分かっていると思うが、今のままでは勝てん」
「師匠…」
師匠?
いつの間にか師弟関係が出来上がっていたらしい。
「レベルの話ではない、心の問題だ。そんな気概では、何度戦っても結果は変わらない」
「…」
師匠の言葉が響いたのか、サチは黙り込んでしまった。
俺も人と戦ったことはないが、人型の魔獣と対峙した事はある。そのため、人との戦いにも抵抗は無い。
サチは狂猪戦で魔獣相手には吹っ切れたようだが、人との戦いにはまだ抵抗があるのだろう。
タケオとか言う勇者はレベル50以上で、この世界では相当な強者だ。サチと比べると10レベル以上の差がある。
レベル差だけでも絶望的なのに、戦う覚悟も無いのではコゥの言う通り勝ち目は無いだろう。
「サチ、勝ちたいかどうかはどうでもいい。だが、ユージ様とミーナを大切に思うのなら…我に付いてこい」
小さなネコの姿だが、なんかかっこいいな。
サチは俺を見やり、すぐにコゥへと視線を戻した。
「お願いします、師匠!」
1人と1匹は険しい表情を浮かべながら、部屋を後にした。
「お前ら…」
どこ行くのかは言ってけよ。
翌日
「まだ、来ないの?」
まだ正午前だが、サチが未だに現れない。そのため、ミーナは焦り始めたのだろう。
「まだ時間はあるし、たぶん大丈夫だろ」
そう言いつつも、俺も少し焦ってきた。
打ち首ならたぶん生き返れるが、できれば受けたくない。
死の瞬間に訪れる喪失感、次は生き返れないかもしれないという不安感。あれは何度味わっても慣れないものだ。
「遠くに行ったわけじゃないし、危なくなったら俺が迎えに行くよ」
結局昨日は戻ってこなかったので広域探知で探したのだが、サチとコゥは城の敷地内にある訓練用の森の中にいた。
場所は把握しているのだ。
「それにしても、なんでこんな事になってんだ?」
「凄い観客ですね」
まだ時間には早いのだが、闘技場は見物人で埋め尽くされていた。圧巻の光景に、スゥも驚いている。
貴族連中やそれに付き従う臣下、王宮に勤めている騎士達が詰めかけ、祭りのような賑わいと化しているのだ。
「たぶん兄上の策ね。私たちが負けた時に逃げられないように目撃者を増やしたのよ。そして、自分を支持してる人はこんなにいるのだと知らしめたいのね」
なるほど、そんな意図があったのか。
ミーナの暗殺を企てたように、ザミドとか言う王子様は中々の策士らしいな。
「兄上は貴族からの指示も厚く、 機転も利くわ。兄上が王になっても、この国を導いてくれるでしょうね」
今日のミーナはテンションが低い。
ザミドが暗殺の首謀者だと知り、これほどまでの支持率を見せつけられれば当然だろう。だがーーーー
「それでも俺はミーナを支持するけどな。兄上とやらはこの国を導いてくれるかもしれないが、この国や世界を|良い方向へ導いてくれるのはミーナだと思ってる」
ミーナが俺の言葉を聞き「ありがとう」と呟いた。
国どころか世界を平和にしようと考えてるのだ、こんなところで挫折してもらっては困る。
「私もそう思うよ。ミーナの夢に賛同してくれる人達も、みんなそう思ってると思う」
「「サチ!?」」
いつの間にか横にサチが居た。気付かなかった。
「ふふっ、少し驚かそうと思って気配を消してたの。そしたらミーナが暗くなってるから、逆にこっちが驚いちゃった」
こっちも驚いたけどな。
探知を切っていても大抵の異変には気付けるのだが、そんな俺が気付かなかったと言う事は、それ程までに完璧な気配操作だったのだろう。
ここまでのレベルだとは思わなかった。
「ごめんねサチ…そうね、少し弱気になっていたわ。世界を平和にするんだもの、こんな小さな事をうじうじ悩んでたって仕方ないわ!」
「うん、ミーナはそうじゃなくっちゃ。その為にも、私の戦いを見ててね」
そう言い残し、サチは闘技場の階段を降りて行った。昨日までの緊張が嘘だったかのように、なにか自信に満ちている。
いつの間にかコゥも戻って来ており、俺の隣にちょこんと座っていた。
「どんな特訓したんだ?」
「特に何もしておりませんよ。大切なものは何かということを、改めて自覚させたのです」
よく分からないが、気持ちの整理をつけさせたと言うことなのだろうか。
「まぁ、気楽に見ていてください。サチなら大丈夫です」
サチとコゥを信じていないわけではないが、少し不安はある。
タケオとか言う勇者はこの国で2番目に強いらしい。そして、この会場にいるほとんどの観客はタケオの勝利を疑っていない様子なのだ。
俺と同じ不安をミーナとスゥも抱いているらしく、祈るように両手を組んだまま、舞台へと降りていくサチを見守っている。
スゥ、手を組めたんだな。いや、羽か。
そんなことよりも。
「…応援の言葉、かければよかったな」
「そうですね…」
「ええ…」
咄嗟だったので言葉をかけ忘れた。
そんな僅かな後悔を抱きながら、サチの戦いを見守ることにした。
◇
闘技場に並び立つ両雄に向けて国王からの言葉が振る舞われ、決闘開始の儀が無事に終了した。
決闘開始直前。
向かい合う両者の姿を緊張の面持ちで見つめる人間は、この闘技場には少ない。なぜなら、誰もが勇者タケオの勝利を疑っていないためだ。
ザミド王子派閥の貴族や騎士達は、自らが支持する王子が王の地位へと近づく瞬間を、そして、ミーナ姫派閥の者達の悔しがる表情を心待ちにしていたのである。
そんな思惑と期待が乗せられた視線を一身に受けている勇者タケオは、自分の事では無いかのように全く意に介していない。
(なんかムラムラしてきたぜ、さっさとあの服ひん剥きてぇーなぁ)
大剣を肩に担ぎながら、自分の欲望の赴くままに決闘の流れを思案していたのだ。
そんなタケオへと、サチは静かに声を掛ける。
「タケオくん、ごめんね」
「…あ?」
いきなりの謝罪に、タケオは間の抜けた返事をしてしまう。
そんなタケオを見ながら、サチは言葉を紡ぐ。
「タケオくんの事は苦手だけど、同じ国に召喚された勇者として、仲良くしたいと思ってたんだ」
「…」
特に何かを思ったわけではないが、タケオは静かにサチの言葉を聞いた。
「でもね。大切な人と大好きな人の為ならーーーー」
「両者、見合え!」
サチの言葉の間に合うようにして、審判である勇者シゲルが言葉を挟んだ。決闘開始の時刻である。
「それでは、決闘始め!」
その言葉の直後、サチの呟きがタケオの耳に届く。
「ーーーータケオくんを殺せるよ」
次の瞬間、タケオに突然の目眩が襲う。
「ぐっ!」
大剣を持たない左手で咄嗟に頭を抑える。
「なにが…がはっ!」
目眩はすぐに収まったが、次は胸に痛みを感じる。呼吸も何処と無く苦しくなり、自らの胸を掴みながら思わず膝をついてしまう。
その隙を逃す筈もなく、サチは既にタケオへと接近していた。
「ちぃっ!」
膝をついた体制のまま右腕だけで器用に大剣を操り、首を狙うサチの斬撃を受け流す。
そんなタケオを見下ろしながら、サチは言葉をかけた。
「やっぱりタケオくんは強いね。一瞬でも躊躇った自分が情けないよ」
その言葉を聞き、タケオは冷や汗を流しつつ手足の震えを必死に抑える。
タケオが恐怖を感じた理由は簡単だ。サチが躊躇わなければ、今の一撃で確実に絶命していたのである。
(なんなんだ、何が起こってんだよ!)
ザミドの計らいにより、タケオはサチのレベルを知っていた。そのレベル差は10以上もあり、ザミドから聞いた直後には自分の勝利を確信していたのだ。
だからこそ、この状況が訪れる事を全く予想していなかったのである。
「ぐぅっ、がぁっ!」
手に持つ西洋剣を巧みに操り、至近距離から立つ暇も与えない程の斬撃をサチは放つ。
距離が近すぎる為に大剣の真価が発揮できず、タケオは防戦一方となった。
「火よ、がっ!」
魔術を発動しようとしても喉が詰まったような感覚に陥り、声を出せなくなる。
息を整えようとすれば肺に痛みを感じ、逆に呼吸が乱れる。
立ち上がろうと膝に力を入れれば、突然の震えで足が言うことを聞かなくなる。
反撃の隙を見つけられないタケオは、今の状況を整理しようと必死に考えるが、それすらも突然の目眩によって阻まれる。
この状況を想像すらしていなかったのは、タケオだけではない。観客とザミド王子は、目を見開きながら絶句していた。
それは、息を飲んで見守っていた者たちも同様である。
予想とは真逆すぎる光景に、呆然と口を開けている者もいる。
そんな中、タケオは右手の腱を切られ大剣を落とし、首元に西洋剣を突きつけられた。
「そこまで!勝者、水島幸!」
勇者シゲルの言葉とともに、戦いは静かに幕を閉じた。




