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24話「おい、犬」





 爆炎が鳴り響き、火柱が吹き上がる。

 あれから小一時間、未だに狼との勝負は続いていた。


「くらえ!『爆炎砲』!」

「はい『気炎万丈』」


 砲弾の如く迫る爆炎を右手でキャッチし、空へと受け流す。


「『爆炎波』!」

「はい『気炎万丈』」


 波のように迫る爆炎を右手で払い、空へと打ち上げる。


 戦いが始まってからずっとこの調子だ。

 戦闘開始直後、狼が炎を飛ばす事で攻撃して来たのだが、『気炎万丈』が突然発動してその炎を支配した。

 おそらく、『気炎万丈』は相手の炎であっても支配できるスキルなのだろう。その証拠に狼の放った炎が手足のように操れる。


「『砕炎弾』!」

「ほい『気炎万丈』」


 無数の炎の散弾を右手に集め、金平糖のような形に作り変える。綺麗だ。


「あんた、一体どんな魔術を使ってんだよ!なんで俺の炎がきかねぇんだ?!」


 魔術じゃなくてスキルなんだけどな。


「そろそろ俺の番でいいか?」

「…いいぜ、俺の攻撃は効かないみたいだしな。かかって来い!」


 中々の自信だ。

 それでは、手加減しつついかせてもらおう。


「よっと…!?」


 一瞬で距離を詰め、ペシっと叩いたのだが、感触が無かった。


「へっ、どうだ!あんたの攻撃も俺には効かないぜ!」


 なんと、狼は体を炎にする事で俺のビンタを無効化したのだ。

 かっこいい、まるで麦わら帽子の主人公のお兄さんみたいだ。

 その後も何度か叩いてみたが、全く効かなかった。物理攻撃は全て無効化できるらしい。


「へへへっ、これじゃあ引き分けだな」

「いや、これならどうだ?」


 デコピンの衝撃波に魔力を乗せて飛ばした。

 すると、狼の片足が消し飛んだ。


「いってぇ!なんだ?何したんだ!?」


 傷口から炎が吹き上がり、消し飛んだ片足は元に戻った。

 凄い、再生までできるのか。だがーーーー


「今ので攻略法はなんとなくわかった。これも効くだろ」


 つま先で地面を2回突く。すると、狼の足が全て消し飛んだ。


「があっ、いってぇ!何なんだよそれ!?」


 狼がぼやいているが、別に特別な事はしていない。衝撃波に魔力を乗せて流しただけだ。狂猪(ジャンキーボア)を狩った時と同じ要領である。

 

 つまるところ、魔力を含まない物理攻撃は効かないが、含む攻撃は効くのだろう。

 魔術も効くはずだ。最初は無敵かと思って少し焦ったが、攻略法が分かれば恐れる事はない。


「ほれほれほれ」

「がっ、ぐはっ、ごはっ!」


 つま先で地面を何度も突く。狼はボロボロになりながら転がっている。

 この技と衝撃波を飛ばすデコピンの2つは、狂猪(ジャンキーボア)の群れを倒す際に編み出した技だ。

 デコピンは空気中に、つま先で突く技は地面に衝撃を伝達させて攻撃する技である。

 原理は撫でながら脳を破壊する技と同じだが、デコピンは遠距離の狙撃が可能であり、つま先で突く技は壁越しの相手も攻撃が可能だ。

 

 威力はご覧の通り、王クラスの魔物も手玉に取れるほどである。


「そろそろ降参するか?」

「くっ、まだ戦える!」

「そうか、限界の時はいつでも言えよ。ほれ」

「がはっ!」


 さらに狼を転げ回す。

 中々根を上げない。再生にはそれなりに魔力が必要だろうに、結構根性があるな。


「もういいんじゃないか?このままやったら死ぬかもしれないぞ?」

「…まだ、だ。まだ俺は戦える!」


 根性があり過ぎるのも面倒だな、どうしたもんか…。


「そうだ!お前の全力の一撃を放って来いよ、それを受け切ったら俺の勝ち、耐えられなければ負けでいい。もちろん『気炎万丈』は使わない、純粋な身体能力と強化魔術で受け切ってやるよ」

「…いいぜ。手を抜かれるのは癪だが、それで負けちまったら流石に納得できる。俺も死にたくはないからな」


 分かってくれて何よりだ。

 『気炎万丈』の効果や新技の有用性など、ここまで色々学ばせてくれた相手を俺も殺したくはない。


「言っとくが、これで死んじまっても恨むなよ。俺の全力はマジですげぇからな」

「もちろん恨まねぇよ。むしろ手を抜かれるほうが困る、全力でこい」


 次の瞬間、狼の体の炎が鎮火し、体が鈍く光り始めた。

 背中の辺りから黒い斑点が生まれ、その間から眩しいほどの光も見える。それが全身へと徐々に広がり、姿が変わっていく。


「これは、俺が耐えられる限界まで火力を上げた姿だ。この状態じゃうまく体の制御ができないんでな、突進するしかできねぇ。だが、俺の持つ全ての技の中で間違いなく最強、最大威力の技だ」


 変身が終わった。

 その姿はまるで、溶岩だ。狼の形をした溶岩となった。


「死んだらごめんな。いくぜ、『炎王進衝』!」


 溶岩の狼が目にも留まらぬ速度で突進してきた。

 突進による風圧が溶岩の熱と反応し、さながら隕石のようである。


「『完全強化(パーフェクトフォース)』」


 スゥに教わった中で最強の強化魔術を自身に施す。

 色々なものを強化できるのだが、今回は自分自身と装備品を強化する。


「グガアアアァァァァ!!!」


 地面が揺れるほどの咆哮とともに突っ込んできた隕石を、抱えるようにして受け止めた。


「あっつ!」


 『不滅ノ王』には耐性上昇効果があり、属性や状態異常、全てに対する耐性を上げてくれる。それに加えて『気炎万丈』による火耐性まであるのだが、熱さを感じるのだ。

 この2つのスキルが無ければ一瞬で灰と化していただろう。


「…凄えな。この状態の、俺を、受け止めたのは…あんたが初めてだ。だが、このまま、押し切らせて、もらう!」


 だいぶ無理をしてるのか息が切れ切れだ。それでも負けん気からくる根性なのか、狼がさらに一歩踏み込んできた。

 密着すると今まで以上の熱を感じる。

 地面は融解し、辺り一面が溶岩と化しているため息も苦しい。

 体は無事だが、『完全強化(パーフェクトフォース)』で強化した服や靴が焦げそうだ。


「これ以上はキツイな、そろそろ諦めてもらうぞ」


 この世界に来てから一番長く着ている服だ。だからこそ愛着がある。

 これを燃やされるのは本気で辛い。


「よっこいしょっと!」

「グガァッ!」


 5メートルはあろう溶岩の狼を普通に持ち上げ、地面へと叩きつけた。

 体の半分ほどを地面にめり込ませ、気を失ったようだ。叩きつけられた衝撃ではなく、限界を超えた反動なのだろう。

 溶岩状態が次第に解け、狼の姿へと戻った。


「気絶しちゃったけど、どうするかな…」


 周囲を見渡すと、魔物達は頭を垂れている。こいつらは俺を王だと認めたようだ。

 あとは、この狼を目覚めさせてから話し合いだな。


「『回復術(ヒール)』、『覚醒(ウェイク)』」

「わんっ!」


 回復させた後、無理やり起こした。

 今使ったのは意識を覚醒させる魔術だ。幻術で混濁状態の相手も覚醒させられる便利な魔術らしいので一応覚えたが、早速役に立った。

 それにしても「わんっ!」って…こいつ犬だったのか。


「おい、犬」

「犬じゃないっすよ、俺は炎狼って呼ばれてるっす」


 狼で合っていたらしい。それにしてもーーーー


「なんで急に敬語なんだ?気持ち悪い」

「気持ち悪いって酷くないっすか!?約束通り子分になるんで、敬意を払ってるんすよ!」


 なるほど、やっと負けを認めたのか。

 だが、どう聞いても敬意を払ってる言葉遣いではない。敬語が下手すぎる。

 ま、人に敬意を払わない俺が言えた義理ではないので、それはいいとしよう。


「それじゃあ、お前はこれからどうするんだ?」

「お前じゃなくて炎狼と呼んでほしいっす。どうするも何も、兄貴について行くっすよ」

「誰が兄貴だ。それと、ついてくるのはダメだ」

「ええっ!!」


 驚いているが、当然だろ。


「お前は人の世界じゃ目立ちすぎるから連れてくのはダメ。あと、俺は兄貴じゃない」

「大きさは変えられないっすけど、火は消せるっす!あと、兄貴は兄貴っす!」


 むしろ大きさをどうにかしてほしい。あと、こいつめちゃくちゃ頑固だな、もう兄貴でいいわ。


「大きさを変えられないならダメだ。それに、縄張りの仲間をほっとくわけにはいかないだろ」

「まとめて兄貴に着いてくのはダメっすか?」

「ダメだ」


 耳と尻尾をシュンと垂らして落ち込んでいる。

 そんなに落ち込まれても、ダメなものはダメだ。

 こいつらをジーニアスへ連れて行ったら、どんな騒ぎになるか予想もつかない。


「なんと言われてもお前らは連れていけない。その代わり、ウチの縄張りに住んでいいからそこで大人しくしてろ」

「うぅ、了解っす。兄貴はいつも縄張りに居るんすか?」

「いや、居ないよ。今は旅をしてるから、いつ顔出せるかもわからん」


 さらに耳と尻尾が下がった。そんなに落ち込まれても困る。


「縄張りに偉い魔物が3匹いるから、そいつらの言うこと聞いて、お前が大人しく待ってたら顔を出しに帰るかもな」

「ほんとっすか!?絶対っすよ!?」


 尻尾を物凄い速度で振っている。その風圧で火の粉が舞っている。熱い。

 それにしても、会って間もないのに随分と懐かれたもんだ。


「ああ、ほんとだよ。ほれ、これ見せればたぶん俺の意図がわかるらしいから、燃やさないように持ってけよ」


 ゴブリンジェネラルと同じように髪の毛を3本渡しておく。

 炎狼が持つと燃えそうなので、二本足で立つ狼が代わりに受け取った。たぶん、ファンタジーで聞くところのコボルトだろう。


「ありがとうございます兄貴!王である兄貴が帰ってくるまで、縄張りの見張りは任せてくださいっす!」

「ああ。ま、ほどほどにな」


 

 その後、道中の街を襲わないように、ゴブ達に迷惑を掛けないようにと念を押し、炎狼達を見送った。

 俺の匂いを辿れば簡単にたどり着けると言っていたので、道に迷う事は無いだろう。


 ゴブ、へび吉、フー、あとは任せた。






 見送った後、馬車で援軍が到着したので、その馬車に揺られながらジーニアスへと帰った。


 倒れていた冒険者4人も回収されたらしい。

 俺はチートじみてるので余裕だったが、普通のレベルなら炎狼を倒す事は困難だろう。

 そんな化物を仲間の撤退の為に抑えた4人は凄い奴らだと思う。俺が普通のレベルなら絶対逃げる。

 だからこそ、無事で本当に良かった。名前は知らないが、これからも冒険者として頑張ってほしいと思う。


 


「ユージさん!大丈夫ですか!?」

「ユージ、怪我はない?無事!?」


 宿へ帰るなりサチとミーナが飛びついてきた。心配を掛けたらしいな。

 あと、柔らかくていい匂いがする。いかん、ダメだダメだ、煩悩退散。


 どうやら、俺が空へ受け流していた爆炎は雲を割るほど高く昇っていたらしく、ジーニアスからでも見えるほどの火柱となっていたそうだ。

 それが小一時間も続いていたため、とんでもない化物との接戦が繰り広げられていたと勘違いしたらしい。

 実際は終始余裕の戦いだったが、次からは心配を掛けないように気をつけて立ち回るとするか。


「おかえりなさいませ、ユージ様」

「主様、ご無事でなによりです」


 眷属の2匹はあまり心配していなかったらしい。僅かに感じる魔力の波動から、俺に敵うほどの敵がいない事は把握していたみたいだ。

 少しは心配しろよ。


「そういえば、ユージはギルドに寄ってきたの?」

「いや、逃げてきた」


 ジーニアスへ到着するとギルド会館へ連れていかれ、状況説明と各種手続きを求められた。

 炎狼の行方や戦闘方法などを簡単に説明すると「信じられない…」といった表情でギルド職員達が固まったので、その隙に逃げて来たのだ。


 手続きなどは常識のあるミーナやサチに任せている。俺がやると何か問題が起きそうだし、面倒だからだ。


「そしたら、後でミーナと顔を出さなきゃいけませんね」

「…ご迷惑をお掛けします」


 ミーナとサチとコゥにギルド会館へ行ってもらい、あとの手続きは任せた。

 俺は、少し疲れたので寝るとする。











「『ピースメーカー』か、なかなか馬鹿げた名前じゃないか」

「ですが、ジーニアスにおいて恐ろしいほどの人気を得ているチームです。なんでも、わずか数日で3級冒険者となり、ジーニアスの危機を救った事で1級冒険者に至ったと聞いております」


 煌びやかな装飾の施された王宮の一室で、品のある佇まいの青年と老人が話し合っていた。

 青年の名は『イルガ・フィーレ・フレイア』、フレイア王国の第2王子である。

 老人は『イノス・ファルガ』、第2王子を支持する大貴族の筆頭だ。


「ジーニアスの危機、魔物の群れが進行してきたと言う例の事件か」

「はい。ジーニアス全ての冒険者が事態の収拾に向かったのですが、群に高レベルの炎狼がいたようで、冒険者に多くの被害が出たと聞きます」

「炎狼!?」


 第2王子であるイルガが驚くのも無理はない。

 炎狼は上級の魔物の中でも特筆した力を持つ特殊な魔物なのだ。

 特筆した力とは、自らを炎と化す『炎化』である。物理攻撃は意味を成さず、効いたとしても直ぐに再生される。

 もし出会ってしまったら、決して戦ってはいけないと言われるほど危険な魔物なのだ。


「その炎狼を、ピースメーカーのリーダーはたった1人で倒したそうです」

「なんだと!!?」


 驚きを抑えきれず、イルガは喰いかかるような声量で返してしまう。

 それも無理のない事だ。炎狼は勇者すらも単独では敵わないと言われる存在なのである。


「それは、本当なのか?其奴が自らの手柄のために嘘をついているだけではないのか?」

「いえ、事実のようです。ジーニアスの冒険者ギルド長であるリーニア殿が『遠見の魔鏡』で戦闘を見ていたので、確かかと思います」


 ジーニアスのギルド長が嘘をつくメリットは思い浮かばない。だとすれば、真実である可能性が高い。

 イルガはそう考えた。


「チームグラファウスは無事なのか?」

「はい、4人とも無事であると確認は取れております。ただ…」

「ただ、なんだ?」

「今回の一件では王宮へ支援要請が来ていました。ですが、我々は快い返事をしませんでした。その所為でジーニアスの冒険者達が不満を募らせているようなのです」


 ジーニアスへの魔物の群れの進行。

 事態が起こる数日前から、状況を把握していたギルド長のリーニアが王宮へ支援要請を出していた。しかし、王宮は騎士団の派遣を先延ばしにしたのだ。

 次女のミーナ姫が行方不明となったため、王族の警戒心は高まっている。それ故に、暗殺を恐れた王族の誰もが直属の騎士団を派遣しようとはしなかったからだ。


 結果的に、ジーニアスに住む民や冒険者達は王族への不信感が増しているのである。


「まぁいい。報酬に色でも付けてやれば従うだろう。冒険者など、金を積めばどうとでもなる」


 冒険者とは、クエストによって問題を解決してくれる便利屋のような職業だ。その反面、過酷で死と隣り合わせの日常を送る者が多い。その為、素行の悪い者も多いのだ。それによって冒険者には野蛮なイメージがある。

 王宮での生活しか知らないイルガも、例によって冒険者に同じようなイメージを持っていた。


「それよりも、その『ピースメーカー』とやらの情報を集めるんだ。グラファウスと共に例の計画へ向けての協力を得る為にな」

「はっ。すぐに手配して参ります」


 イルガの言葉に従い、イノスは部屋を出て直ぐさま行動に移った。



「我には勇者が居ない。その埋め合わせがここまで面倒だとはな…」


 次男であり、王の3番目の子供であるイルガには、仕えてくれる勇者がいない。

 王である父、王候補である兄と姉、行方不明の妹には、それぞれ1人づつ勇者が付いていた。だからこそ、戦力で劣るイルガは冒険者を引き込む事でその穴を埋めようと画策していたのだ。


「あの夢見がちな妹にまで勇者がいるというのに…」


 妹であるミーナを思いながら、イルガは苦い表情を浮かべる。

 世界平和などとのたまっている妹にすら勇者がいるのに、自分には居ないという事実ゆえの嫉妬からだ。


「だが、結局あいつは負けた」


 確定ではないが、状況から示唆するにミーナは無事ではないだろう。

 たとえ無事だとしても、アーミットとの友好を反故にした責任から継承権争いに復帰するのは厳しいはずだ。


「兄上と姉上。どちらが仕掛けたかは分からないが、恐ろしい一手だな…」


 自分に仕掛けられていたらと思うと、背筋が冷たくなる。だが、そんな恐怖を押し殺す為に、イルガは改めて決意する。


「たとえ勇者など居なくとも、我は王になる。そして…リアナと共に暮らすのだ」


 イルガは静かな決意と共に、自らの計画を進めるのだった。







 



「そういえば、私たちは今日から第1級冒険者だと言っていました」

「おお!やっとか」

「やっとって…普通なら生涯かけてもなれるか分からない称号なんだけどね。それを、僅か2週間って…」


 朝食を摂りながらサチがギルドでの要件を教えてくれた。

 ミーナは俺の発言に呆れているが、今は素直に喜ぶとしよう。


 なぜ今報告を聞いているかというと、ミーナ達に手続きをお願いした後に俺は爆睡してしまったためだ。

 『不滅ノ王』によって常に体は最良の状態に保たれているが、修行や炎狼退治などの慣れない活動で精神的な疲れがたまっていたのだろう。

 快眠だった。


「それと、ギルド長のリーニアさんがお礼を言っていましたよ。遠見の魔道具で状況を一部始終見ていたらしくて、ユージさんの強さに驚いていました」


 遠見の魔道具?

 お礼の内容よりそっちのほうが気になる。

 

 サチが言うには鏡の形をした魔道具であり、『遠見の魔鏡』という道具らしい。

 設定した相手の周辺映像を映し出す効果があり、炎狼を抑えていた4人組のリーダーに魔鏡を設定していたようで、俺の戦闘が見えていたのだと言う。


「魔道具凄えな」


 『家屋生成(ハウスクリエイト)』の強化にも使えるかもしれないので、機会があれば作り方を学ぶのもありかもしれない。



「それはそうと、そろそろ出発するか」

「そうね、結構目立っちゃったし」


 ジーニアスに滞在して既に2週間は経った。もう王都へ戻っても怪しまれないはずだ。

 それに、昨日の戦いで別の問題が発生している。有名になり過ぎたのだ…。


 ミーナは回復魔術のセンスがあり、スゥの指導で上級の回復魔術まで使えるようになった。そのため、怪我をした冒険者達を治すのに大活躍だったらしい。

 サチはコゥの特訓のお陰で中級魔獣も相手取れるほどの腕前になっている。その実力を活かし、殿(しんがり)の冒険者達を手伝って下級魔獣をバッサバッサと斬り伏せていたようだ。

 お陰で2人は超有名人となったらしい。

 ギルド会館では助けられた冒険者達から称賛と感謝のオンパレードを受けたと言っていた。

 そして、空を割るほどの激戦を制した俺は英雄と呼ばれるほどの知名度と化している。

 顔バレはまだしていないので気付かれないと思うが、2人と歩いていれば直ぐにバレるだろう。


 ミーナの生存が帰還前にバレた場合、他の王様候補に対策を練られる可能性がある。

 ただでさえミーナの現状は悪い。アーミットとの友好失敗、約1ヶ月間の行方不明。ここからの挽回すら難しいのに、対策など練られたら溜まったものではない。


「ま、考えても仕方ないか。さっさと出発して、さっさとミーナを王様にしよう」

「簡単に言いますね…」

「ユージなら本当に出来そうで心強いわ」


 細かい作戦などは無いが、何としてでもミーナを王様にするつもりだ。

 ミーナが王になる事は夢の第一歩でしか無い。こんなところで躓いている暇など無いのだ。


「それじゃあ、準備を終えたら出発だな」

「はい」

「うん」

「了解です、主様」

「かしこまりました、ユージ様」


 

 王都フィーレへ向け、ピースメーカーは旅立つのだった。










「んあ、ここは…」


 いつもとは違うふかふかのベッドに、彼は少しだけ戸惑う。

 軽く横目で見渡すと、白一色で統一されたシンプルな作りの部屋に寝かされている事に気付いた。


「目が覚めた?ここはジーニアスの教会にある病室よ」


 そんな彼に、リーニアがほっとした様子で語りかけた。


「そうか。俺は、助かったのか」

「本当に心配したんだからね」


 ガイファスは直ぐに状況を理解し、警戒を解く。

 炎狼との戦いの後、誰かがここまで運んで来てくれたのだろう。

 

「あいつらは、無事か?」


 あいつらとは、チームグラファウスの3人の事である。

 ハンス、ラドラ、エドガー。10年以上も連れ添った最高の仲間達だ。


「全員無事よ。隣の病室でみんな眠っているわ」

「そうか。よかった」


 ガイファスは心から安堵する。

 体を動かすと、驚くほど快調だ。戦闘の傷も一切ない。

 助かるとは思えないほどの怪我を受けていた気がするが、優秀な魔術師が治療してくれたのだろう。奇跡的に助かったようだ。

 他の3人も同じような状態であるのだろうとガイファスは思い、胸をなでおろす。

 しかし、大きな不安が彼の頭をよぎった。


「炎狼はどうなった!?」


 隣にいるリーニアへくいかかるような声で答えを求める。

 あんな化け物がいればここも安全ではない。

 彼の経験による推測ではあるが、あれは、並みの上級魔物をも超えるレベルの化け物だ。

 一匹で一国を落とせる程の化け物であると、彼は予想していた。


「炎狼は、どこかへ逃げていったわ。ピースメーカーのリーダーが1人で追い払ったの」

「!!」


 ガイファスは意識が途絶える寸前の記憶を思い出す。確かに、突然降り立った白い影はピースメーカーと名乗っていた。あの男がリーダーだったのだろう。


「それよりも、あんな化け物を1人で追い払ったのか!?」


 ガイファスは純粋な疑問を口にする。

 国家をも揺るがす化け物を、たった1人で追い払ったと語るリーニアの言葉を信じられなかったためだ。


「…正確には、倒した後に治してあげて、別の所へ行くように説得したみたいだわ」

「は?」


 リーニアの言葉を、ガイファスは理解できなかった。

 追い払うまでの過程が、よく分からない。


「その気持ちはわかるわ。私も遠見の魔鏡で見ていて、自分の目を疑ったもの。ピースメーカーのリーダーは炎狼を倒して、治してあげて、説得して、追い返したのよ」

「…」


 信じられないと思いつつも、ガイファスはリーニアの言葉を飲み込んだ。

 冷静に疑問を整理し、順に詳しく聞いてい事にしたのだ。


「まず、炎狼を倒したのか?」

「そうよ。炎狼の放つ爆炎を掴んで、空へ受け流していたわ。そして、突進して来た炎狼を地面へ叩きつけて、気絶させたの」


 詳しく聞いても理解できない。爆炎を掴む?炎狼を叩きつける?、ガイファスの経験では想像すら出来ない状況だ。

 だが、ガイファスは諦めて次の質問に移行する。


「その後、治したのか?」

「そうよ。回復魔術も使えるみたいで、ボロボロの炎狼を簡単に治していたわ。あなた達の怪我を治したのも彼の回復魔術よ」


 あの化け物を治してやる程の胆力とはどれ程のものなのか。そして、空間魔術だけでなく回復魔術までもが熟練の魔術師を超えるレベルであると知り、ガイファスは驚きを超え、恐怖をも感じた。


「そして、追い払ったのか」

「ええ。魔獣語を話せるらしくて、ロード大森林に行くように伝えたと言ってたわ」


 魔獣語を話せる!?

 ガイファスは今日何度目かと思うほどに、改めて耳を疑った。

 魔獣語など、言語学の専門家ですら話せる者はそう居ない。そんな知識まで有しているという事は、炎狼を倒せるほどの力と専門家を上回る知識まで有している事になる。

 本当にそうなのだとしたら、英雄という表現すら生温く感じるほどの存在だとガイファスは思う。


「そしたら、私はもう行くわね。仕事が溜まっているの」


 リーニアはそう言い、目を軽く擦りながら立ち上がる。

 薄っすらとだが、目の下には隈ができていた。ガイファスが目覚めるまでずっとそばに居たのだろう。

 それに気づいたガイファスは、湧き上がる嬉しさを必至に隠す。


「ふふっ」


 そんなガイファスの努力虚しく、長い付き合いであるリーニアにはお見通しだった。

 それを知って顔を赤らめるガイファスを見てリーニアは再度微笑み、仕事へと戻ったのであった。


「ピースメーカーか…次会ったら、礼を言わねぇとな」


 勇者であろうと英雄であろうと、ガイファスの恩人である事に変わりはないのだ。

 今のリーニアの笑顔を見れたのも、その恩人のお陰である。そう思いつつ、ガイファスは礼の言葉考えるのであった。

 



 


 


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