4009話
レイは自分に向かってゆっくりと下降してくるカブトムシ……いや、セトと同じくらいの大きさであることを考えれば、巨大カブトムシと評する方がいいのだろうが、その巨大カブトムシをじっと見ていた。
巨大カブトムシは自分が有利だと思っているのか、その動きにはどこか余裕があるように思える。
ピキリ、とそんな巨大カブトムシの様子に、レイは苛立ちを覚える。
まるで侮られているように思えた為だ。
「飛斬!」
鋭い叫びと共に、デスサイズのスキルを発動する。
レイにとっては既にお馴染みのスキル。
真っ直ぐに空を飛ぶ斬撃は、一直線に巨大カブトムシに向かう。
「ギャアアアアアアス!?」
巨大カブトムシにとっても、今のレイの一撃は予想外だったのだろう。
初めての鳴き声……どこからどう聞いてもカブトムシが出すような鳴き声とは思えない鳴き声を発しながら、飛斬の一撃を回避しようとするが……巨大カブトムシはそれなりに素早く動けるものの、それでも飛斬で放たれた斬撃を完全に回避することは出来ず、次の瞬間には羽根が斬り裂かれる。
巨大カブトムシにとって不運だったのは、羽根は羽根でも展開した甲殻の部分ではなく、その下の薄い……防御力という意味では決して期待出来ないような場所に飛斬の斬撃が命中したことだろう。
自分の方が有利だと判断していた巨大カブトムシにしてみれれば、完全に予想外の一撃。
そんな一撃を食らい、薄羽根は斬り裂かれ……そうなれば、当然ながら空中でバランスを崩す。
それでも何とか残りの羽根でそのまま空中に留まろうとしたのだが……
「グルルルルルゥ!」
巨大カブトムシが飛んだのを見て、こちらもまた飛んでいたセトが、より高い位置から急降下してきて、胴体に向かい前足の一撃を放つ。
巨大カブトムシにとってこれもまた不幸だった。
普段なら頑丈な甲殻によって胴体が守られているのだが、現在その甲殻は空を飛ぶ為に展開されていた。
結果として、防具としても効果的な甲殻のない部分を、セトの前足による一撃に打ち据えられたのだ。
それも、ただの一撃ではない。
マジックアイテムの剛力の腕輪が発動しており、パワークラッシュのスキルが発動し、高い場所からの落下速度と、グリフォンとしての身体能力。
これらが全て合わさった一撃が、甲殻のない部位に命中したのだ。
パァン、と。
そんな表現が相応しいだろう音が周囲に響き、それによって巨大カブトムシの胴体の半分は肉片と化す。
そうして胴体の半分を失いつつも、巨大カブトムシは何とか地上にいるレイに向かって角を向け……
「悪あがきは止めろっての!」
鋭く叫び、レイは素早くその場から跳躍する。
次の瞬間、巨大カブトムシの上下に二本伸びている角の間から、細長い竜巻が放たれ……数秒前にレイのいた場所を貫く。
数m近い、細長い穴を地面に開けた巨大カブトムシだったが……それが最後の力だったのだろう。
それ以上は何も出来ず、地面に落下していき……べしゃり、と。そんな音を立てながら絶命するのだった。
「……随分と生命力の強いモンスターだったな。いやまぁ、カブトムシのモンスターだとすれば、それもおかしくはないんだろうけど」
地面に落下したことで……いや、最後の攻撃を行ったことで死んだ巨大カブトムシ。
胴体の半分を失ったにも関わらず、それだけの動きをすることが出来たのは、強い生命力を持っていたからだろう。
レイにしてみれば、十六階とはいえ……そのような階層でこのような相応以上に強力なモンスターが出てくるのは、完全に予想外だった。
ダンジョンという場所であると考えれば、そんなにおかしくはないのかもしれないが。
「グルゥ」
「敵の不意を突いてくれてありがとな、セト。……まぁ、ちょっとやりすぎって気はするけど」
レイがそのように思ったのは、やはり巨大カブトムシの胴体の半分近くが失われているからだろう。
特に甲殻……羽根となる部分の甲殻を失ったのは、残念なことだった。
鋭い棘が生えていたのもあって、巨大ムカデとはまた違った良い防具になるのではないかと思ったのだが。
(まぁ、魔石が無事なだけマシか。……あれ? 無事だよな? これで無事じゃなかったら、ちょっと洒落にならないんだが)
セトの破壊した半身部分に魔石がありませんように。
そう思いながら、レイはデスサイズと黄昏の槍と入れ替えるようにドワイトナイフをミスティリングから取り出す。
ドワイトナイフに魔力を流しつつ、巨大カブトムシに近付いていく。
(あ、でもそう言えば……どの階層だったか忘れたけど、毛皮に穴が開いたモンスターをドワイトナイフで解体したら、穴が開いていた毛皮が直っていたことがあったな。そう考えれば、この巨大カブトムシも……)
そう思いながら、巨大カブトムシの死体を見る。
だが、胴体の半分程が失われているのを見れば、幾らドワイトナイフでもどうにかなるとは思えなかった。
そもそも身体が半分程になっているモンスターの死体をドワイトナイフで解体して、それぞれ半分ずつで一匹分の素材が出て来たら、それはレイにとって一匹を倒したら二匹分の素材を貰えるということになる。
ドワイトナイフが幾ら高性能なマジックアイテムでも、さすがにそれは無理だろうと思いつつも、今度試すだけは試してみようかと思うレイ。
出来ないだろうと予想はしているものの、もし……本当に万が一だが出来た場合、それはレイにとって画期的なことだ。
素材もそうだが、特に魔石が二つ手に入るというのは大きい。
そうなれば、一匹のモンスターを倒しただけで、セトとデスサイズの両方分の魔獣術用の魔石を入手出来るということなのだから。
とはいえ、レイもそこまで自分に都合良く出来るとは到底思えなかった。
「よし、じゃあ……頼む。最低でも魔石だけは出てくれ!」
そう思いつつ、レイはドワイトナイフを巨大カブトムシの死体に突き刺す。
すると眩い光が周囲を照らし……その光がなくなると、そこには巨大カブトムシの角が二本、少しの甲殻、そして……魔石があった。
「ふぅ」
素材もそうだが、魔石があったことに心の底から安堵するレイ。
巨大カブトムシはそれなりの強さを持っていたので、このモンスターの魔石を入手出来なければ、レイは心の底から残念に思っただろう。
また、レイにそのような思いをさせてしまったということで、セトもまた自分のやりすぎに落ち込んでいた可能性が高い。
そのようなことがなかったのは、レイとセトのどちらにとっても幸運な出来事だったのだろう。
「さて、そうなると次の問題はこの魔石をデスサイズとセトのどちらが使うかだな」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは迷った様子で喉を鳴らす。
セトにしてみれば、攻撃の時にやりすぎた結果、巨大カブトムシの胴体の半分近くがなくなってしまったのだ。
そう考えると、自分が魔石を使いたいと主張するのもどうかと思う。
だが同時に、魔獣術によって強くなりたいと思うのは、セトにとっては半ば本能とでも呼ぶべきものだ。
その狭間でセトは悩んでいるのだろう。
悩むセトを見ながら、レイはどうするべきかと考える。
(こういう時、魔獣術で生み出された存在がモンスターだけなら、考えるようなことはなくモンスターに魔石を与えればいいだけなんだろうけど。俺の場合は違うしな)
レイの魔力量の関係で、魔獣術の魔法陣を使った時、セト以外にデスサイズも生み出された。
モンスターを生みだした時に魔力が残っていればかならずマジックアイテムになるのか、それともレイの場合は偶然そうなったのか。
それはレイにも分からなかった。
(まぁ、その件はいいとして……この魔石をどうするかだな。あの巨大カブトムシは色々な攻撃方法があったから、魔石を使ってもどのスキルのレベルが上がるのか、あるいは新たなスキルを習得するのか、分からないのが痛い。痛いけど……)
悩みつつも、レイは魔石をどうするべきか決める。
「ほら、セト。魔石を使ってもいいぞ」
「グルゥ?」
レイの言葉に、いいの? と喉を鳴らすセト。
「ああ、セトが使っても問題ない。今までにも何度か言ってるけど、俺はデスサイズのスキル以外にも魔法であったり、マジックアイテムだったりと、攻撃手段は他にもある。けど、セトの場合は基本的に生身の攻撃以外はスキルだけだろう?」
そう言うレイだったが、セトの場合は生身での攻撃が下手なスキル以上の攻撃力を持っている。
「グルゥ!」
レイの言葉に、嬉しそうに喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトに笑みを浮かべ……
「じゃあ、魔石を使うぞ。準備はいいな?」
そう言うと、セトはすぐに準備を整える。
「グルゥ!」
いいよと、喉を鳴らすセト。
レイはそんなセトに向かって魔石を放り投げる。
セトは慣れた様子で魔石を咥えると、そのまま飲み込み……
【セトは『翼刃 Lv.七』のスキルを習得した】
脳裏に響くアナウンスメッセージ。
その内容は、レイにとっては少し意外なものだった。
(翼刃か。てっきりウィンドアローやトルネード、もしくは風系の何らかのブレスを習得するのかと思ってたんだが)
翼刃というのは、セトの翼の外側部分が刃のように斬れ味を持つスキルだ。
つまり、翼で敵を……標的を切断することが出来る。
(となると、もしかして巨大カブトムシの羽根となった甲殻部分の外側とか、刃になっていたのか? セトの一撃でその辺が効果を発揮する様子は全くなかったが)
もしレイの予想が正しければ、それこそ巨大カブトムシはジャングルの中を移動するだけで多くの植物を切断していた可能性があった。
「グルルルゥ」
スキルがレベルアップしたセトは、レイに近付くと嬉しそうに喉を鳴らす。
レイはそんなセトを撫でつつ、セトの身体から生えている翼を見る。
「この翼が刃となるのか。……こうして触っているだけだと、特に何もそういう風には感じないんだけどな。スキルを使ってないから当然かもしれないけど。……じゃあ、セト。早速レベルアップしたスキルを使ってみてくれるか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、セトは分かったと喉を鳴らしてレイから離れる。
そうして十分に離れたところで……
「グルルルルルルゥ!」
翼刃のスキルを発動する。
そして周囲に生えている木々に向かって突っ込むが……翼刃は、木々をあっさりと切断する。
とはいえ、レベル六の時点で既に魔法金属ですら切断出来るだけの威力を持つ。
レベル七に上がった今、木々を切れたのは寧ろ当然のことでしかない。
「グルゥ……?」
レイの前まで戻ってきたセトは、どのくらいスキルが強化されたのかが分からないといった様子で戸惑ったように喉を鳴らす。
「取りあえず、スキルが強化されたのは間違いないし、それをしっかりと把握するのはまた後でだな」
「グルゥ」
レイの言葉に、セトは残念そうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、もっと分かりやすい何らかの効果があって欲しかったのだろう。
「取りあえず……今日はもうこれでいいとして、そろそろ地上に戻るか? 宝箱を開ける依頼をする必要もあるし」
「グルゥ……グルルルルゥ!」
レイの言葉に、セトは少し迷った後で、分かったと喉を鳴らす。
セトにしてみれば、少し前にまだもう少し探索を続けたいと思っていたのだが、巨大カブトムシとの戦闘も終わったので、それもいいだろうと判断したらしい。
セトにとっても、ジャングルの中を歩くのは面倒になってきたという思いもあるのだろう。
「よし、じゃあ戻るか。時間的には……夕方にはまだちょっと早いし、ギルドにも人はあまりいないだろうし、楽に素材を売ったり出来る。宝箱を開けるのを募集しても、探索を終わってギルドに来る冒険者達が募集してるのを見ることが出来るだろうし」
忙しい時……それこそ夕方になった頃にギルドで宝箱を開ける者を募集しても、冒険者がそれを見る機会はどうしても少なくなる。
また、依頼を受理するにしても、忙しい時に依頼を受理するとなると、ギルドも忙しく依頼の受理もそう簡単には出来ないだろう。
だからこそ、レイとしては少し早めに……冒険者がギルドにやって来るよりも前に、ギルドに戻りたかった。
セトもそんなレイの言葉には特に異論はないのか、レイの言葉に喉を鳴らす。
「グルルルゥ!」
そうしてレイとセトは十六階にあるジャングルの探索を途中で切り上げることにする。
十五階に続く階段までは、セトの身体の大きさによって自然と道が出来ており、迷ったりするようなことはなかった。
……もっとも、ダンジョンの中には修復機能がある。
であれば、こうしてセトの身体で潰れた草も、明日には元に戻っているのだろうが。
【セト】
『水球 Lv.六』『ファイアブレス Lv.七』『ウィンドアロー Lv.七』『王の威圧 Lv.五』『毒の爪 Lv.九』『サイズ変更 Lv.四』『トルネード Lv.四』『アイスアロー Lv.八』『光学迷彩 Lv.九』『衝撃の魔眼 Lv.六』『パワークラッシュ Lv.八』『嗅覚上昇 Lv.七』『バブルブレス Lv.四』『クリスタルブレス Lv.四』『アースアロー Lv.六』『パワーアタック Lv.二』『魔法反射 Lv.一』『アシッドブレス Lv.八』『翼刃 Lv.七』new『地中潜行 Lv.四』『サンダーブレス Lv.八』『霧 Lv.三』『霧の爪牙 Lv.二』『アイスブレス Lv.三』『空間操作 Lv.一』『ビームブレス Lv.二』『植物生成 Lv.二』『石化ブレスLv.一』
翼刃:翼の外側部分が刃となる。レベル一でも皮と肉は斬り裂ける。レベル二では肉を斬り裂いて骨を断つ。レベル三ではそれなりに太い木も切断出来る。レベル四では岩も切断出来る。レベル五では鍛えられた鋼であっても切断出来る。レベル六では魔法金属であっても切断出来る。レベル七で魔力で生み出された障壁も切断出来る。また、翼だけではなく翼の周辺に一種の力場を作り、それに触れた存在も切断出来る。




