4001話
4000話達成記念の為、今日は2話更新となります。
こちらに直接来た人は、前話からどうぞ。
「おはようございます、レイ教官。ガンダルシアに戻ってきてるって本当だったんですね」
ガンダルシアに戻ってきた翌日、レイはセトと共に冒険者育成校に向かっていた。
その最中、何人もの生徒達から声を掛けられる。
(あれ? 俺ってこんなに好かれてたっけ?)
生徒達の様子に、挨拶を返しつつもレイはそんな疑問を抱く。
レイにしてみれば、教官として働いてはいたものの、そこまで慕われてはいなかったと、そう思っていたからだ。
勿論、嫌われているという訳ではない。
……いや、何人かの生徒、冒険者を希望しているものの、戦いには積極的でなかったり、苦手としている生徒達からは怖がられてはいたと思うが。
「レイ教官、おはようございます。セトちゃんもおはよう」
「ああ、おはよう」
「グルゥ」
再びの挨拶に返事をしながら、レイの疑問が晴れることはない。
もっとも、これで生徒達に嫌われているのならともかく、好意的に接されているのだから、特に問題はないだろうとは思えるのだが。
そんな疑問を抱きつつ、レイは冒険者育成校に到着し、職員室に向かう。
「おはようございます、レイさん。……ギルムはどうでしたか?」
職員室に入ったレイを真っ先に見つけたマティソンが、笑みを浮かべてそう声を掛けてくる。
久しぶりにレイと会えて嬉しいというのもあるが、同時に貴族派のアルカイデ達に対し、レイは自分の派閥に所属しているのだと、そう示す狙いもあっての行動だった。
「ニラシスから聞いてないのか? ……少し騒動があったのは間違いないが、それでも悪くなかったと思う。もっとも、俺がニラシス達と行動を共にした時間はそんなに長くないから、生徒達のことはそこまで分からないけどな」
そう言いつつ部屋の中を見渡すが、そこにニラシスの姿はない。
「ああ、ニラシスはまだ来てないのか」
てっきりニラシスは先に来ていると思っていただけに、レイは少し意外だった。
言動は乱暴でいかにも冒険者といった様子のニラシスだったが、それでも教官としての仕事はしっかりとやっているのを知っているからだ。
「ニラシスは今日は少し遅れてくるらしいですよ。その……レイさん達がいない間に、パーティで何かあったようで」
「……大丈夫なのか、それ?」
レイもニラシスのパーティについてはそこまで詳しくはない。
ダンジョンの中で何度か会ったり、あるいはニラシスのパーティのうち、女二人がセト好きだというくらいだ。
(あ、そう言えば昨日ギルドに行った時に集まっていたセト好きの中に、ニラシスのパーティメンバーがいたような、いないような?)
セトの一件の時は、自分がもっとセトと遊びたいと思う者がいたので、そちらに意識をとられていたこともあって、レイはその辺りについてはうろ覚えだった。
ただ、セト好きである以上、そしてパーティメンバーのニラシスが自分と一緒にギルムに行っていた以上、しっかりとした活躍をするのは難しいだろうと思ってはいたので、もしニラシスのパーティメンバーの女達が昨日セトを愛でに来ていたとしても、レイは特に驚いたりはしない。
「彼も一流の冒険者です。何かあっても、何とかすると思いますよ」
「……だと、いいんだけどな」
レイにしてみれば、もしニラシスのパーティがニラシスがいなかったことで起きた何らかの問題によって、例えば解散するとか、もしくは誰かが追放されるといったようなことになった場合、洒落にならないと思ってしまう。
もしそうなったら、後味が悪すぎる。
……とはいえ、ニラシスがギルムに行ったのは別にレイが誘った訳ではない。
フランシスから提案があってニラシスが引き受けたのか、それともニラシスが自分からやると言ったのかは分からないが、とにかくレイがニラシスを誘った訳ではないのは明らかだ。
であれば、その件についてレイは自分がそこまで深く考える必要もないのか? とも思う。
「取りあえず、ニラシスが頼ってきたら、俺もそれに応じるとするよ」
「そのくらいでいいかと」
そうしてニラシスの件についての話が終わり……
「それで、レイさん。ギルムに行って何か特別なことはありましたか?」
期待を込めたようにマティソンがレイに尋ねる。
(ああ、なるほど。他の連中にせっつかれた訳だ)
同じ派閥に所属する者達……あるいは派閥は違っても、それなりに親しくしている相手から……もしくは、それこそアルカイデ率いる派閥の者達からもせっつかれた可能性はあった。
「俺はギルムに行ってからはニラシスや生徒達と別行動だったから、詳細については分からない。ただ、ギルムに行く途中と帰る途中で盗賊に襲撃されたりとかはあったな」
そんなレイの言葉に、マティソンの派閥の者に限らず、冒険者……それも商人等の護衛をしたことがあり、その途中で盗賊に襲われた経験を持つ冒険者は『うわぁ』といった表情を浮かべる。
アルカイデやその派閥の者達は、それらの冒険者と似たような表情を浮かべてはいたが、そこには嘲笑や呆れの色がある。
……せめてもの救いは、その嘲笑や呆れの対象がレイではなく、盗賊達に向けられていたことだろう。
アルカイデ達にとって、レイは既に積極的に触れるような相手ではない。
自分達にとって、レイが天敵のような存在だというのは今までの経験からも既に理解している。
それこそレイが少しの間ガンダルシアにいなかったからといって、レイに対する苦手意識……いや、それは既にそのような表現は相応しくない。畏怖や恐怖といった表現の方が相応しい思いが消える訳ではない。
もっとも、レイにいらないちょっかいを出して、最終的にはレイの殺気を浴びることにより失禁したり気絶したりして、教官を辞める羽目になった者達がまだここにいれば、実力差を考えもせずレイにちょっかいを出していた可能性は十分にあったが。
「盗賊ですか。……厄介な相手ですよね」
マティソンも自分の経験を思い出したのか、しみじみといった様子で呟く。
「そうだな。金儲けにはなったが、後味が悪い出来事もあったし」
レイが思い浮かべたのは、ギルムからガンダルシアにむかう途中に襲ってきた盗賊達だ。
……より正確には、その盗賊達のアジトに捕まっていた者達。
その中でも数人の女は、盗賊達によって汚され、目が死んでいた。
勿論、そのような光景を見たのは今回が初めてという訳ではないが、それでも後味が悪いのは違いなかった。
(まぁ、あの盗賊達は犯罪奴隷として使い潰される未来しかないんだから、そういう意味では自業自得なのかもしれないな)
そう思っていると……
「おう、おはよう。少し遅くなってしまったみたいだな。……でも、まだ朝の会議は始まってないから問題はないだろ」
ちょうどそのタイミングで、ニラシスが職員室に入ってくる。
ニラシスはレイの姿を見つけると、真っ直ぐ近付き、声を掛けてきた。
「よう、レイ。……昨日、どうだった?」
「別に何かあった訳でもないしな。そっちこそ、何か問題があったって?」
ライグールやギランの件について聞いたりしたことは、レイの中では特に何かがあったという中には入らなかったらしい。
ギルドの中でレイが受付嬢のアニタと二階に消えていったことも、冒険者達の間ではそれなりに騒ぎになってはいたのだが。
「あー……まぁ、そうだな」
口籠もるニラシスの様子からすると、その件については詳しく話をしたいという訳ではないらしい。
レイとしては色々と気になるところではあったが、それを口にするよりも前に朝の会議が始まってしまったので、その件についてそれ以上詳しく聞くことは出来なかったのだった。
「あ、本当にレイ教官がいる!」
「うお、本当だ。ってことは……あ、やっぱりな。セトもいる」
朝の会議では、レイとニラシスが戻ってきた件については少しだけ触れられた。
その会議が終わってから、教官達はすぐに訓練場に向かって生徒達を待っていたのだが……入ってきた生徒達は、レイとセトの姿を見ると多くの者が驚きの声を上げる。
昨日、レイ達が帰ってきたのは午後になってからだ。
多くの生徒達はダンジョンに挑んでおり、校舎に残っていた者はそんなに多くはなかったので、レイ達を見た者は少なかった。
もっとも、ギルドの前でセトを目当てに多くの者達が集まっていたので、偶然ダンジョンを早めに出た者達はその時にレイやセトを見ていたが。
その為、噂ではレイ達が帰ってきたと聞いていたし、同じ生徒のアーヴァイン達を朝に見たという者もいたが、それでもやはりこうして実際に直接レイやセトの姿を見ると、久しぶりだと思うような者も多かったのだろう。
「ほら、並べ! 模擬戦の授業を始めるぞ!」
生徒達がざわめいているのを見た教官の一人が、大声で指示を出す。
その声を聞いた生達は、すぐに我に返って並び始めた。
「今日の模擬戦は、教官二人と生徒五人ずつで行う」
ざわり、と。
模擬戦の内容を説明した教官の言葉に、生徒達がざわめく。
教官と一口に言っても、それこそ千差万別だ。
例えばマティソンを始めとした冒険者の派閥に入っている者達は実力派と言ってもいいだろう。
また、アルカイデの派閥の教官は、強いことは強いものの、実戦経験の少なさから意表を突くことが出来れば十分に勝ち目はある。
レイや……教官ではないが、出番を待っているセトと戦うことになった者達は、他のクラスメイトからご愁傷様と言われるだけだが。
ともあれ、教官によっては十分に勝ち目があると思える模擬戦ではあるが……問題なのは、これがあくまでも模擬戦であるということだろう。
勿論勝利すれば成績に影響はするだろうが、あくまでも模擬戦である以上は、楽に勝てる相手と模擬戦をしても決して好ましいことではない。
それこそ、ダンジョンでモンスターとの戦いを想定した場合、出来るだけ強者と戦った方が成長の糧となるのは間違いないのだ。
……だからといって、絶対に勝ち目のないレイやセトと模擬戦をやりたいと思う者は少なかったが。
「さて、じゃあ始めるぞ。誰が誰と当たるかは、こっちで決めさせて貰った」
『えええええええ』
教官の言葉に生徒達の口から不満の声が出る。
生徒達にしてみれば、誰が誰と戦うのかというのは自分達で決められると思っていたのだろう。
だというのに、実際には教官側の方で全て決めてしまっているというのだから、それを不満に思うのはそうおかしなことではない。
「静かにしろ。お前達に任せると、どの教官と戦うのかを生徒同士で駆け引きをしたりするから、時間が掛かるだろう」
そう言われると、生徒達もそのつもりがあったのか、気まずそうな表情を浮かべる者が何人もいた。
「なお、今回の模擬戦の最難関だけは前もって言っておこう。……レイとセトだ」
しん、と。
教官の言葉に、生徒達は沈黙する。
当然だろう。レイとセト、どちらか片方だけであっても非常に厄介な相手であるというのに、その一人と一匹が組むというのだ。
そのような相手との模擬戦ともなれば、勝利の芽はどこにもない。
模擬戦というのは、あくまでも模擬の戦いであって、負けても構わない。
寧ろ本当の……命懸けの戦いではない分、自分よりも強者と戦うというのは悪くない考えだろう。
だが……それでも、レイとセトというのは有り得ない。
強者との戦いを命の危険もなしに体験出来るというのが模擬戦の良いところなのだが、それでもレイとセトという相手は強すぎた。
強い相手と戦うにしても、その強さがあまりにも上すぎるのであれば、対処のしようがない。
「レイ教官とセトは嫌だ、嫌だ、嫌だ」
「セトちゃんは好きだけど、だからこそ戦うのは……」
「レイ教官とセトのどちらかだけでも勝ち目がないってのに、その両方となんて……」
そんな生徒達の声がレイにも聞こえてくる。
(やっぱり少しやりすぎだよなぁ……とはいえ、模擬戦として考えれば、絶対に悪い事だけって訳でもないんだが。……生徒達の立場になってみれば、どうしようもないと思うのは仕方がないかもしれないけど)
レイはそう思うし、教官達の中にもそれは少しやりすぎなのでは? と思う者もいた。
だが、ここが冒険者育成校であると考えれば、そのような無慈悲なまでの……どうしようもない強者との模擬戦も経験するべきだろうと言われると反論も出来ず、レイとセトのコンビで模擬戦をすることになった。
……その際、アルカイデやその取り巻き達が悲壮なまでの表情を浮かべていたのは、レイからの殺気について思い出したからだろう。
今も、アルカイデやその取り巻き達は、生徒達に哀れみの視線を向けているのだった。




