第二十七話
首輪による理不尽な罰が終了したので、地べたから起き上がりもう一度コケの上に腰掛けなおす。
兵士達は相変わらずだらけているが、おかげでこの後は俺も休めるし、全部が全部悪いことでもないだろう。
気持ち的には不愉快だが、身体はへとへとなので少しでも休めるのはありがたい。
そう思い、すわり心地の良いコケの感触に身をゆだね、ようやくのんびりできた。
腰掛けてぼーっとする。
足を包み込むようにぐるぐる巻きになっている蔦が皮膚とこすれて痒みを感じる。
足の裏の傷は力を掛けていない今の状態なら大して気にならない。
ふと、この高さからなら今まで居た施設の全体像が見えるんじゃないかと思い、足は痛いが立ち上がって、登ってきた山道の方を眺めてみた。
しかし、残念なことに上から見ると施設のあるはずの場所は木立に隠れてしまい、全然見えない。
折角立ち上がったので、ついでに周囲の風景を見ておくことにした。
今まで居た施設だけのことかと思っていたが、ここら一帯の特色なのか、それとも実は俺の目がおかしいのか、見える範囲の植物も木も葉っぱの色が真っ黒だ。
登ってきた山道を後ろとするなら左手側が山頂へ続く尾根で、反対の右手側がふもとへと続いている。
登ってきた山道をそのまま前に進めば、その先に下っていく道が見えるので、ここで引き返すので無いなら多分この後はここを下っていくのだろう。
ここからなら何か人工物が見えないか? と見える範囲を大雑把に見回してみると、ふもとの方に何かが見える。
どう表現するのが正解かはわからないが、小さな要塞というか砦が柵で繋がった……こういうのをなんて言うんだろう? 防衛線?
正体はわからないがとりあえず防衛線と呼ぼう。それが見える。
ここから見るとミニチュアにしか見えない防衛線だが実際はかなりの大きさに違いない。
それが俺達の居る尾根の終わりから両隣の尾根の終わりまでを繋げるように構築されている。
位置的にその先が更に続いているのか、そこまでで終わっているのかは見えないのでわからない。
防衛線の向こう側には何本かの道と防衛線に張り付くようにして幾つかの建物が見える。
道は地面がただむき出しなだけに見えるが、周囲の植物が真っ黒な所為か地面の茶色が物凄く目立つので、ベタ塗りの黒の中に白い線を引いたみたいにはっきりと見える。
しかし、こちら側には建物も道も見えないので、あの防衛線は俺達を捕まえている兵士達と敵対する何者かの建造物の可能性が高いだろう。
少なくとも、あれを作った者たちは防衛線より向こう側を守るのが目的に見える。
防衛線から向こうに続く道はかすんでその先が見えなくなるほど遠くまで続いているが途中に町や村があるようには見えない。
もし、逃げ出せる機会が訪れたらあの防衛線を目指す事も候補に入れておこう。
ただ、悪いほうの可能性としては、俺達の捕まって居た場所が眼下の防衛線の連中にとっての開拓村の様な存在で、未開発の場所に突出している施設だという可能性も有るので油断はしないほうがいいだろう。
折角逃げ出せても、助けを求めた先で又捕まるという間抜けな失敗はしたくない。
可能なら数日をかけて防衛線を築いている連中がどのような存在なのか、どんな風にその場所が運営されているのか位は確認した方がいいかもしれない。
防衛線を運営している組織が、今俺が捕まっている組織とは別だとしても、俺に親切にしてくれる保障なんて何処にもないのだから。
まあ、その辺は実際に逃げ出せた後に考えればいいか。
取り合えず、今は休もう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
尾根に到着して2時間くらいだろうか?
俺としては十分休憩できた。
今が何時かはわからないが、頭上の太陽は真上を通り過ぎ今はゆっくりと落ちていくところだ。
太陽……そうだ、今度日時計を作ってみよう。
そんなことを考えていたら、寝転んでいた兵士達がようやく三々五々起き出し、伸びをしてだるそうに移動を開始した。
早速付いていこうとして一歩踏み出したら、一寸予想外のトラブルが発生した。
端的に言うと、歩きにくいのだ。
足首まで蔦で固定してしまった所為で殆ど足首が動かせない。
それだけならまだマシだったのだが、靴底に相当する部分が棒2本なので全く柔軟性が無く、運動靴のような快適さが全く無いのだ。
実際に歩こうとすると普通に歩くとアキレス腱に物凄く負担がかかるので、仕方なく歩きやすい歩き方を研究しながら兵士たちについていくことになった。
予想通り、登ってきた山道の先にあった下りの山道を通る事になったのだが、これがかなりきつい。
素足の時みたいに足に何かが突き刺さるという事は今のところ発生していないが、中敷に使ったコケは俺の体重で既に粘土の様に状態を変えてしまい、大部分は足裏から押し出され何処かへと行ってしまった。
その際、瓢箪から駒ではないが、削りきれなかった棒の毛羽立ちの残りを粘土状になったコケが埋めてくれた事は助かった。
基本的に足首が固定されている所為で股関節と膝で歩くことになる。
かくかくとかなりおかしな歩き方になっているとは思う。
歩きにくいが、登りよりは多分マシなはずだと自分に言い聞かせて懸命に兵士たちについていく。
そうやってしばらく歩いているうちに、だんだん足元に気を使って歩くのが面倒くさくなり、雑な歩き方をしたら早速蔦が一本切れてしまい冷や汗をかいた。
これは……なかなか大変だ。
何時素足に逆戻りかビクビクしながら下り坂を下っていたら、いつの間にか目的地に着いたようだ。
そこは、俺達が捕まっていた場所と良く似た巨大な柵で囲まれた施設だった。
変な歩き方を続けた所為で普段使わない筋肉を酷使してしまい足がつりそうだ。
早く中に入って休ませてほしい。
喉も渇いた。
そういえば、出てくる時には疑問に思わなかったが、この施設、外側には見張りが居ないんだな。
中の人間に声を掛けて扉を開いてもらうのだろうか?
おっと、扉が開きだした。
いつ合図をしたのかさっぱりわからなかったが、兵士が俺達に声を出さずに命令を送ってくる時点で余り考えても仕方が無いだろう。
これでようやくきちんと休める。
開いた扉の向こうも俺達がさっきまで居た施設と同じような作りなのか興味があったので、扉が開ききる前に少し体を傾けて中を覗き込んでみた。
すると、なぜか扉の前には肉の壁が……。
なんだこりゃ?
扉が開ききった時点で、なぜか正面から向かい合う2種類の裸の集団とそれぞれを引率している兵士の構図になる。
兵士達同士はなにか打ち合わせでもあるのかその場で会話を始めた。
俺達には特に命令が出なかったので今は「ついて来い」が継続しているが、兵士が動かないのでこの場で待機している状態になった。
早く休ませてくれよ。
目の前の連中は、あの部屋でみた金髪白人とは違い、赤毛に碧眼の逞しい筋肉もりもりの集団で、命令に従っている所為だろうとは思うがニタニタと幸せそうに緩んだ表情で立っている。
はっきり言おう、物凄く気持ち悪い。
客観的に見ると俺達も同じ状態なんだろうが、こうやって別の集団を間近に見ると良くわかる、物凄く気持ち悪いな、これ。
疲れて足がつりそうになっていたのを一瞬忘れるくらいインパクトがあった。
思わず怪我をしているほうの右手で口元を覆ってゲロを吐くジェスチャーをしそうになって動かした右手の痛みで我に返った。
話しかけるチャンスじゃないか! アホか俺は!
「誰か、日本語わかりませんか?」
初めて見る集団だったので念のため声を掛けてみたが、残念ながら返答は無かった。
逆に外国語で話しかけられたとしても俺も答えを返せないが。
彼らの見た目は何人だろう? ドイツ人? と馬鹿なことを考えていたら奇妙なことに気がついた。
あの部屋で見た裸の集団は金髪の白人ばかりだった。
俺達は黒髪黒目で目の前には赤毛に碧眼……これは偶然なのか?
身体的特徴を記号化したみたいに同じ条件の者ばかりが揃っている。
もしかすると、あの片腕の男が殺された部屋で人間が出現する条件に何かの制約があるのか?
今まで余り気にしていなかったが、自分達の集団をもう一度良く観察してみた。
特徴的なのは尻尾が生えてるやつ、腕が長いやつ、歯並びが肉食獣の物になっているやつ、よく見れば皮膚の表面が象の皮膚みたいに硬そうな質感になっているやつも居る。
単に個性かと思って見逃してきたが、ちゃんと見ると全員が違う特徴を持っている。
共通しているのは逆に黒髪黒目であるという部分だけだった。
どういうことだ?
今度は正面の集団を観察してみた。
俺達よりも体に傷跡が多いのがまず気になった。
特徴は赤毛で碧眼、体格が良いやつしか居ないのはなぜだろう?
体に傷跡が多いので体格で不利な個体はすでに淘汰されてしまっている?
いや、今はそのことは良いや。
それよりも特徴だ、よく見れば俺達の集団と似たような構成になっている。
尻尾が生えてるやつ、腕が長いやつ、皮膚の表面が象の皮膚みたいに硬そうな質感になっているやつ、口は開いていないので確認できなかったが多分歯並びが肉食獣の物になっているやつも居るんじゃないだろうか?
不思議な一致だと流すよりも、ここまで一緒だとこれは……これこそが本質なのか?
小屋で感じていた疑問。誰とも会話をしない仲間達、それが実は誰とも会話が出来ないのだったら?
実は俺達はそれぞれが別のところから集められた別々の世界の人間……さすがに突拍子も無さ過ぎるか。
疲れすぎて変な思考回路が働いてしまったみたいだ。
ここに来てからわからない事ばかりが積みあがっていく。
いい加減何が起こっているのか真実を知りたい。
ああ、疲れた、今日は色々有りすぎてほんとに疲れた。
今なら立ったまま眠れそうだ。
兵士達の話はまだ終わらないみたいだ。
体中が痛い、早く休ませてくれ……。
誤字脱字、文法表現での間違い等ありましたらお知らせいただけるとありがたいです。




