修行の成果を見せようと思います
「あの化け物をどうにかするなんて……いや、カノンちゃんならできると思うけど……とても、危険だと、そう思う」
「わたしの渾身の魔法が、片手でぱーんって弾かれちゃったの!わたしじゃどうにもならなかったけど、カノンならどうにかできるの?」
デイジーは大きな身振り手首を用いて、ギリアムとの戦闘を表現する。その様子は恐ろしいと言うより、むしろ楽しそうであった。
「私、この前同じようなのに会ったことあるんですけど、あの時はなんとかなったので、なんとかなるんじゃないかなって思います!人を元気づけたり、落ち着けたりするのは、得意なので!」
「……ここから東南に居る大きいのが、そうなのかしら。カノンちゃんは自信たっぷりみたいだけど、デイジーがどうにもならない相手となると不安ね」
ルーティが探知魔法を展開させると、大きな魔力反応があった。セルゲイと同じような規模に思えたそれは、ルーティにとって大きな心配要素となった。しかしながら巨大な魔力を有したタカシを完全に行動不能にしたのがカノンであったのをルーティは思い返しており、ルーティの脳内はカノンならあるいはという期待と、カノンの魔法が発動する前に圧倒的な力でねじふせられるのではという不安が入り混じっていた。
「それだったら、みんなといっしょに行きたいです!たまには私のすごいところ、見せたいなって思うので」
カノンは一度”調律”が決まった相手にはおそらく二度目も通用するだろうと思っていたので、今回はいつにも増して楽観的であった。
「そうね……壁役が居ないのは不安ではあるけど、ここで待っていても仕方が無さそうだものね。なんだか、だんだんとこちらに近づいているようだし」
「被害が出るまでに、止めなきゃなのは……それは、そう」
ギリアムに会った瞬間、自身の能力で「逃げるしかない」という”啓示”を受けたフェーベは、恐怖からか伏し目がちにそう言った。
「私どもの兵力はその地域の伯爵の合意がなければ動かせません。フォルトゥナ近辺が危ない今回は、皇帝ハドゥスケス四世の許可が必要になりますが……中央まで情報が伝わるころには、手遅れになっているでしょう。申し訳ありませんが、私からもお願いしてよろしいでしょうか」
「任せてください!それじゃあ、早いとこ止めちゃいますね!」
「この場をなんとか出来るのはカノンちゃんしか居ないと思うの。頼んだわ……今から、即席で作戦を考えるわ。アテーナさん、馬車が手配してもらえるところを教えてくれるかしら」
そう言うとルーティはこれからギリアムが通るであろうルートと、今から自分たちが行くルートを紙の上に描いていく。
「勇気ある皆様の行動に、感謝致します。そうですね、このルートですと……」
一行はルーティの先導のもとギリアムの進行方向の側面から近づき、カノンの”調律”を発動させることにした。
フォルトゥナから東南に1時間ほど馬車に揺られると、ルーティの魔力探知に大きな反応があった。アテーナの紹介で乗った馬車は、マルスが操るそれと比べてかなりの揺れを感じるものであった。おおよそ、日本のディーゼル車の倍くらいは揺れていた。
カノンは次第に乗り物酔いをしてきたので、自分を含む馬車内全員に効果が及ぶように「リスト 12の練習曲 3」を再生し、調子を整えていた。
「カノンちゃん、そろそろ巨大な魔力反応の元にたどり着くのだけど……調子の方は大丈夫そうかしら」
「は、はい……なんとか」
「この国の運命は……カノンの”調律”に、かかっているから……がんばって。カノンなら……できるから」
「こ、こんな日のために、いっぱい練習してきたので。大丈夫だと思いますっ!」
いざ国がかかったことを自分が前面に出てやるとなるとこれまでにないプレッシャーを感じたカノンは、空元気ぎみに声を張り上げた。
「たぶん、このへんから発動できると思います……”調律”」
「いよいよね……すみません、このへんで一旦止まれますか」
「お、おう……このへん、なんかスゲェ爆発してる音してっけど、大丈夫か?」
「カノンが多分なんとかしてくれるから、そこで見ているといいの!」
カノンは以前ギリアムに向けて”調律”を発動した距離で馬車から降り、キーボードを構えた。
カノンがギリアムから聞こえてくる音に耳をすませると、以前よりも激しく、暴力的な感情のメロディがカノンの脳と鼓膜を揺さぶった。辺り一帯を前に見た時よりも無造作に、視界に見たもの全てを破壊し散らかすといった様子は、カノンが最後に見た良き父親のような風貌とは真逆であった。
「ギリアムさん、本当はいい人なんですよね……私、知ってますよ。今、私が落ち着かせますから──」
カノンは”調律”ボタンを押すと、ギリアムの以前に増して暴力的になった感情に沿うように、「リスト 12の練習曲 3」を楽譜が示すとおりの高速のBPM、160で演奏する。ネット上ではハイスピードな曲で知られる「終末歌姫アポカリプス」よりも少し遅い程度である。
ギリアムが周りのものを全て”破壊”しながらこちらに向かっていくのにも構わずカノンは、一心不乱に曲を演奏していく。徐々に、徐々に感情が収まるように、なだらかな草原のごとく感情が落ち着くように、テンポを下げながら、ギリアムの感情に寄り添えるよう、徐々に、徐々に、音色をギリアムの感情に合わせ、それを荘厳かつ静的に整った元のギリアムへと”調律”できるような音を鍵盤が奏でることのできるように、全身の神経を指に集中させていく────
曲が進むにつれだんだんと遅くなるように演奏した「リスト 12の練習曲 3」は、曲が終わる頃にはBPM88程度になっていた。プリセットに登録してある通りの、カノンが丁度いいと判断した速度である。
カノンは曲を弾き終え、馬車の方に会釈をするようなお辞儀をした。
その後ろには──ドン、ドンとゆっくりと足音を立てながら、ギリアムが近づき、また彼もお辞儀をしていた。その目には、彼の毛並みに2つの線が浮かび上がるほどの、大粒の悔し涙が浮かんでいた。
「吾輩は、また……また、不覚を取ってしまった!あやつに、セルゲイに!!」





