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教わるのも教えるのもとっても難しいなあと思います


カノンがフォレンティーナ帝国の歴史をだいたい理解した頃には、ケーキを7皿平らげていた。この日は奏乃子としての人生も含めて、彼女にとって最も糖分を摂取した日になった。しかしカノンの胃袋にもたれるような感覚はまるでなく、まるで食べたそばから異次元にケーキが飛ばされたがごとくすっきりとした腹具合であった。カフェ・デ・グラスを退店したときには、時刻は20:19となっていた。



「今日は色々教えてくれて、ありがとうございました!その、アテーナさんのこともよくわかったので、これも曲の参考になりそうですね!明日の練習が楽しみです」

「私の説明が役に立てたのなら、何よりだわ。フォレンティーナ帝国の首都・フォルトゥナは、元々アテーナさんが祀られていた祠を中心に発展したと言われていて、国が発展するにあたっての大体の知識はアテーナさんがもたらしたものである…ジョセフから教わった内容はこんなところだったわね。帝国に住んでる人の大半がアテーナさんのことを人々を裁く戦の神だって誤解してるのは、クロさんに聞いて初めてわかったことだったけれど…」

カノンは一度頭のスイッチが切り替わるとてきぱきと歴史の内容を覚え始めたため、ルーティは孤児院でジョセフに叩き込まれたフォレンティーナ帝国周辺史を丁寧に教えていた。



アテーナに伝え聞いた生活知識で発展したフォルトゥナは、ネアムヌス一世の治世の時に周辺の国と連合してフォレンティーナ帝国を名乗ることを提唱する。始めは五カ国の小さな都市国家による緩い連帯だったものが、ネアムヌス二世の治世になると版図を大幅に拡大し、さらに8の都市国家がフォレンティーナ帝国に取り込まれることとなる。戦の神・アテーナを抱えたこの国は武の象徴として周辺国家に強く出ることができるとネアムヌス二世が喧伝し、その恩恵にあやかろうと多くの都市国家がこの国の一部となった運びであった。それからも徐々に帝国の一部となった国は増えていき、現在では18の都市国家の連帯から帝国は成り立っている。



以上のことをおおむね理解したカノンは、始めはアテーナの優しさから始まったフォレンティーナ帝国の歴史が、アテーナの名前を利用した小狡い政治になっていることに憤りを感じていた。


「そうなんですよね。アテーナさん、こんなに国のために頑張ってるのに、怖い人だと勘違いされちゃってて、かわいそうです。私達に何か、出来ませんかね」

「一度そう思った人の考えを変えさせるのは、中々難しいことだと思うわ。あの国では、そもそも歴史を語り継ぐという文化が無いみたいだから…あんまり気負わずに、私達は私達の音楽を伝えることに集中しましょう」

「そう…かもしれませんね。こう、音楽でアテーナさんの思いをそれとなく伝えられればいいなって思うんですけど。メロディが伝わらないってなると、どうやったらいいのかなあ…」

「クロさんと話せば、その辺りをもう少し突き詰められるかもしれないわね」

「そうですね!宿に着いたら、次のライブで弾く曲といっしょに、アテーナさんの曲のこともちょっとだけ考えてみます。私が知ってるリズムも、何か役に立つかもしれないので!」




「ブルネルスキの別荘」に入った二人は、以前「雪解けレーヴァテイン」のメンバーで泊まった時よりも丁寧な接客で出迎えられた。チェックインが終了すると、三人がかりで「フォレンティーナ帝国の使者様、本日はごゆるりとおくつろぎください」と言われ、今までそこそこの暮らししかして来なかったカノンとルーティはぎこちない反応をせざるを得なかった。






「この部屋…かなり高度な結界が張られているわ。外からの魔法の干渉は、デイジー程のものじゃない限りほとんど受けないんじゃないかしら」

「外からの音も全然聞こえてきませんね!どういう仕組みかはわかりませんけど、これで思う存分曲の練習ができそうです!早速さっき作った楽譜と照らし合わせて、どうやって演奏するか相談しましょう」

言うとカノンは「メッセージ」を開き、クロッシュと共同制作した楽譜をルーティに見せる。するとルーティからは「…?」という疑問の音が流れてきた。



「悪魔の間ではこういう楽譜が使われるの?なんだか…こざっぱりとしているわね」

「あ、ルーティさんはこの五線譜、初めて見るんですか?慣れたら簡単なので、一緒に覚えちゃいましょう!まずここがえーと、ドです、ド」

カノンは右手で楽譜の上の「ド」を指差しながら、キーボードの「ド」の音を鳴らす。ここでもルーティはよくわからない、というような音が返ってきた。

「これが、ド、って音なのね…?」

「それでここからいっこ上がると、レ、です。それで、上に上がっていくと音も上に上がってって、ミ、ファ、ソ、ラ、シってなっていくんですけど。えーっとですね、例えば………」

カノンは「メッセージ」の上に、カノンが生まれてはじめて習った曲、「スケールとカデンツ」の楽譜を書いていく。

「できました!これで、ドレミファソラシド、レ、ソ、ド!です」



カノンが幼少期に学んでいたピアノの教師、軽井沢照子かるいざわてるこがピアノの基礎を学ぶために作曲した「スケールとカデンツ」をカノンは、懐かしい気持ちになりながら演奏した。カノンが異世界に来て最初に演奏した曲──ギリアムという周りの全てを破壊し尽くす獣に狙われながら、一心不乱に弾いたものである──「カデンツ」も、これに近いものであった。



「ここがド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド…音に対する指示はどこに表されているのかしら?私達がいつも使う楽譜だと、音符がこの形なら弱く、この形なら普通で、この形なら強くという風に分けられているのだけど──この形なら、末尾を強く、ね──」

ルーティは三角形、バツ印といった図形を紙の上に書いていく。

「ふんふん…そういう楽譜もあるんですね!私達が使ってるのだと、えーっと、下のあたりのここにこんなのが書いてあったら弱く、こんなのが書いてあったら強く…みたいな感じですね!」

カノンは楽譜にピアノの記号、フォルテの記号を書き足していく。

「へえ…一々書き足さなきゃならないなんて、不便な楽譜を使っているのね」

「私は音符がいろんな形をしてると、ぱっと見どんな音かわかんないなあって思うんですけど…人それぞれ、ですかね?」

「ふふっ、そうなのかもね。基本的なことは私達のものよりわかりやすいみたいだし、そっちに合わせてみようかしら?ちょっとその楽譜に、興味が湧いてきたわ」

「はい!じゃあ、次はシャープとフラットなんですけど…」



そうしてカノンはルーティに地球で使われていた五線譜の読み方を解説していく。カノンの説明はところどころつたないところがあったが、ルーティは「これってつまり、こういうことかしら?」という風に質問を交えながら、1時間ほどで五線譜の読み方をマスターした。ヘル・シンパシー・チェーンの力もあり、カノンがぼんやりと伝えたいことは全てルーティに伝わったようであった。



カノンは幼い頃2週間ほどかけて、必死で楽譜の読み方を覚えていた。特に、ヘ音記号とト音記号が切り替わると途端によくわからなくなってしまっていたのがカノンの頭を悩ませていたのだが、ルーティはそれを10分ほどで理解したようであった。ルーティみたいに要領よく覚えられたらなあ…とカノンはルーティの飲み込みの良さを羨ましく思うのだった。


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