会えない時間が愛を強くするっていってもこれはやりすぎたかなと思います
カノンはなるべく前髪が乱れないように歩くスピードに気を使いながら、ネプテュヌス港に向かう。「目眩ましの指輪」を装備したままであるので、街を歩いている人からはほとんどカノンは認識されない。ゆっくり歩いていると、最初は高い頻度で人とぶつかりそうになったものだが、今ではすっかり人を避けながら歩くのがうまくなっていた。
そうしてカノンは、小さめの一軒家のようなサイズの待合室に入る。全面が毎朝几帳面に磨かれたガラス張りになっており、そこからは忙しなく行き交う人や貿易船、灯台の明かりが動的な風景を醸し出していた。カノンにただ座って待っていることを、退屈に思わせなかった。
そうして海の方に気を取られていると、カノンは頬をつん、とされる感触を覚えた。痛くもなく、不快にも思わない、ピアニッシッシモのような手付きで触れられたそれは、ミケのものであった。
「よ、カノンちゃん。最近どう?…目、キラキラしてるし、なかなか楽しい悪魔ライフ送れてる感じかな?」
ミケは悪魔の幹部とは到底思えない、屈託のない笑顔でカノンにそう言った。さっきまでは隣の席には誰も居なかったのだが、稲妻のようにミケは突然現れていた。
「あ、ミケさん!はい、それはもう。この国、なんか音楽やってる人に優しいし、ごはんはおいしいし、それから、それから…お姉さんたちが、すっごくよくしてくれて」
カノンはネプテュヌス共和国の感想を端的に述べる。この国に来てからは勇者がありえないくらいキモかったことしか悪いことは無かったな、とカノンは振り返っていた。
「はは、そいつはよかった。この仕事ずっとやってると、悪魔に転生するなんて冗談じゃない!っつって自分から地獄に飛び込んでくヤツとかけっこう居るんだけどさ、あいつらバカじゃね?」
「そんな人が居るんですか?もったいないなあ…悪魔、こんなに楽しいのに」
「でしょでしょ!だからアタシも頑張ってオススメしてるんだけどさぁ、これがなかなかうまくいかなくて。あと一人、"イデア"を持った悪魔を転生させないといけないんだけど、それっぽい人見つからないんだよねぇ」
どうやら、死神にもノルマがあるらしい。いろんな人を相手にしないといけなさそうだし、いい人ばっかりじゃなさそうだし、つらそうだなぁ…とカノンは思った。
「お仕事、大変なんですね。私も、頑張らないと…あ、でも、キモい勇者はあんまり相手にしたくないですね。お金には困らなくなりそうですし、なんか戦いとかもういいかもって」
「まぁ~大抵はあっちから勝手に攻めてくるよね。あいつら、自分が正義だと思いこんでるからさ。ここに悪魔が居るぞ~っつって、ぶっ殺せばそいつは英雄!みたいな思考回路のヤツが多いこと多いこと」
「あぁ~……でも、普通はそうなんじゃないですかね。ほら、ゲームとかだと、悪魔とか魔物とかをいっぱい殺して、レベルアップしないとおはなしが進みませんし」
悪魔側が主人公だったり、悪魔を仲間にして攻略する評価が高いゲームもちらほらあるのだが、カノンはそういうゲームに手を出していなかった。バーチャルアイドル運営会社から案件としてプレーすることになるゲームは、王道のものがほとんどで、たまに冗談のようなクソゲーを遊ばされていた。
「実際悪魔になったらさ、ゲーム感覚で殺されたらたまったもんじゃないよね!人を殺してレベルが上がるような感じのトコじゃないしさ、ここ」
「あぁ~そうですね!みんなの前でライブして、普通にスキルレベルが上がったのはびっくりしました。なんか、全然戦わなくても強くなっちゃえそうですよね」
「あ、そういう見方もあるか!カノンちゃんの魅力でさ、みんなを虜にしちゃって、それでどんどん強くなっちゃうってムーブだね。いいじゃんいいじゃん、カノンちゃんらしくって…ほら、こ~んなにかわいいんだし、さ」
ミケはカノンの頬を撫で、顔を近づける。カノンは、シラフの人にこんなに顔を近づけられたことは生前からカウントしてもそんなに無かったので、恥ずかしくなって目を逸らしたくなった。しかしその視線は、カノンの意志とは裏腹に、ミケの紫色の蠱惑的な瞳に釘付けになっていた。
「あぁ…はい、そうですね。今の私は、『カノン』なので。なんだって、人の心だって、思い通りになっちゃいます、ね…」
カノンは羞恥心から紡ぐ言葉がたどたどしくなっていくが、吸い寄せられるようにその顔はミケのそれに近づけられていく。カノンは、"契約"のときのいけないことをしているような感情を思い出していた。
「やっぱりカノンちゃんって、悪魔のセンスあるよね。イケナイことに憧れてて、でも生きてた頃はそれができなかった。…楽しいよねっ、今の人生」
ミケは額をこつん、とカノンのそれに合わせる。カノンは、ミケから最初感じた掴みどころのなくうさんくさい印象とは違う、優しく魅力的で、引き寄せられるようなメロディに、心を奪われる。人の心の中がメロディになって流れてくるカノンの耳に、ミケの様々な感情が含まれた愛のメロディが、つんざくような音量で流れてきた。
「はい…とっても。とっても楽しくて、気持ちいいです」
カノンはミケの額から顔を離し、にこ、としてそう言った。
「はは、そいつぁよかった。死神やってて報われたなーってことはあんまりないんだけどさ、カノンちゃんと契約できてよかっ───」
その瞬間ミケの唇に、強引にカノンのものが重ねられた。カノンはミケの首に手を回すと──離れたくない一心から、強く、強く──しかしミケを気遣うように力を加減しながら、その接吻を継続させていく。
30秒ほどのち、紅潮したカノンの顔がミケに向けられ、ミケはそれに、とろりとした表情で応える。
「──あの、これ。私からの、"契約"ってやつってことで、……どうですか?」
カノンはやってしまった、という思いをごまかすように、早口でミケにそう言う。
「へへっ…カノンちゃんってやっぱり、悪魔の才能あるわ」
若干ロリおね気味になってしまいました。反省してますが、後悔はしていません





