恋の終わりを遮る音色
ままならない恋~年下彼氏~第27部の徹Sideです。
唇が離れると、俺は何と言っていいか分からずに逡巡した。
「もちろんすぐにとは言わないから。考えてみて。お願い」
少し潤んだ森口さんの瞳を見て、俺は静かに頷いた。
彼女は何て前向きなんだろう。無理だと分かっていながら、それでもめげずに行動を起こす。拒絶される辛さを知った今では、それがどれほどの努力を必要とするか俺にも分かる。
自惚れているわけではないけど、今まで俺に近づいて来た女の人達は、本当の意味では俺に興味が無かった。俺の中見じゃなくて、外見を見ていた。だから、俺が断ると「やっぱり駄目だったか」と、未練を残しながらもアッサリと身を引くか、「私を振るなんて信じられない」と怒ってとっとと次へ行ってしまう。
だけど、森口さんは違った。何度交わしても、何度断っても諦めない。自分に自信があるからだろうと言ってしまえばそれまでだけど、それでも拒否された時に感じる痛みは誰でも同じだ。
彼女への想いは、今はまだ、恋ではない。
言ってしまえば、友情。そして尊敬。……俺は逃げ出すことしか、出来なかったから。彼女は強くて、美しい。眩しいくらいに。
これから彼女のことを考えてみよう。
そしてちゃんとした答えを返すんだ。それが俺の、彼女に対する―――〝敬意〟。
「そう。勉強が大変なんじゃ、仕方ないよねえ」
「……はい。すみません」
俺は困り顔の店長に向かって頭を下げる。勉学に勤しむ為、それが俺の辞職の理由。我ながら陳腐な理由だなとは思うけど、他に思いつかなかった。留学の予定も無いし。
うちの店では、辞める1か月前に申請することが義務付けられている。引き継ぎや求人の都合が必要だからだった。
まぁ、実際には入って3日も経たずに連絡も無く来なくなる人もいるけど、それは例外中の例外。その話を聞いた時は、何て無責任なんだと思ったけど、カズに言わせれば、どうせ辞めるなら仕事を教える前に辞めてもらった方がこっちも楽、らしい。なるほど、せっかく仕事を教えて辞められたら、教え損だ。教えた方の時間と労力がすべて無駄になるし、気力も削がれる。
だから、突然辞めるという考えは俺には無かった。
丁度年度末だし、4月になれば新入生達がバイトを始めようと職探しをするだろう、とのことで、店長と相談して4月いっぱいまで働くことに決まった。渋って何とか引きとめようとする店長に、俺は何度も謝った。
風化するのを待とうと思っていたけれど、その願いはここにいたらいつまでも叶わない。森口さんのことも、考えられない。
そして、3月に入り、スタッフミーティングが行われることになった。
俺はスタッフリーダーでは無いけれど、偶然仕事が休みだったので参加している。後で内容を聞くよりも直に参加した方が話は早いからだ。もうすぐ辞めることになるから、少しでもこういう行事に参加しておきたかった。
すると、始まっていくらも経たない内に、電話が掛かって来た。えっ! という店長の驚いた声に、皆が何だ何だと注目する。
「さ、榊さん、大変だよ! 榊さんのお父さんが、た、倒れたって!」
「え……?」
店長の言葉に、皆がざわめく。俺は咄嗟に綾乃さんを見た。
もともと良くなかった顔色が、今では血の気が引いて真っ白に見えた。落とした資料に目もくれない。
「携帯が繋がらないからこっちの方に掛けてきたらしい。すぐに向かいなさい」
「で、でも、まだミーティングが―――」
「そんなのいいから!とりあえず3日間有給出しとくよ。長引きそうなら連絡してくれればいいから」
「で、でも……」
せっかくの店長の言葉にも、彼女はその場を動こうとしない。
携帯ではなく、店に電話して来たということは、余程のことに違いない。
急がなきゃ、彼女が後悔することになるかもしれない……。
その時、俺の体が動いた。
理由は分からない。それぐらい無意識で、夢中だった。
そして、気付いたら店長から受話器を奪い取っていた。
「すみません、病院はどこですか」
相手は綾乃さんの母親らしい女性で、動揺した声で口早に病院名を告げる。
「分かりました。今からそちらへ向かいます」
俺は受話器の向こうにいる相手を安心させるように、断言した。
彼女の了承も、得ていないままで。
音色=電話の音




