いつもと違うキミ
七月十五日。
誕生日を迎えた悠は二十歳となった。
そんな悠は珍しく洗面台の前に立ち尽くし、念入りに髪をセットしている。重たい前髪を持ち上げ、スッキリ爽やかな仕上がになっていた。
普段バイトの日に軽く整髪する程度であり、こうした本格的なヘアセットは面倒くさいからとサボってきた悠だが、今日ばかりはそうもいかなかった。
乃亜から誘いを受けた翌日——綾人への相談の結果、即答でデート判定を下されたためである。
そこからは綾人によるデート特別指導。デート中の細かな気配りであったり会話のネタだったり……突き詰めればキリがないらしいが、当日は緊張で実践するのは難しい。そのため綾人は誰でも出来る最低限のマナーとして、身だしなみを徹底させることにした。
そうすることで清潔感はもちろん、普段あまり着飾らない悠だからこそギャップを生み出せるのだと調子のいいことを言っていた。
「よし、こんなもんか。……いや、ちょっと変か?」
しかしこの点、悠はもともとファッションやオシャレというものには無頓着で、ポイントを教えられたところで服の選び方やヘアセットが急に上達したりはしない。
そこで、今回に限っては綾人のフルプロデュースということになり、今まさに彼からの教えを忠実に再現しているところであった。
完成したかと思えば何となく気になって微調整——そんなことを繰り返していると、準備自体は数十分前に済ませたはずなのに、気付けば約束の時間になっていた。
——ピンポーン
「や、やば……! もうこんな時間かよ!?」
悠は整髪剤を片付け、バタバタと戸締りを済ませる。
そして玄関で呼吸を整え、ドアを開けた。
「ごめん、お待たせ」
「な、何かすごい音したけど、大丈——」
ドアの向こうにいた乃亜は言葉を中断させ、ゆっくりと顔を上げる。
やがて悠と視線が交わると、目を大きく見開きながらボーっと固まってしまった。
「な、何か変……?」
「あっ……い、いや」
自分の格好に驚いている様子だけ見受けられ、悠が緊張の面持ちで尋ねると、乃亜は焦ったように目を伏せ、頬を染めながら口を開いた。
「に、似合ってるじゃん」
「そ、そう……?」
悠はホッと胸を撫でおろし、はにかみながら頬を掻いた。
綾人の助力があったところで結局自分では良し悪しが判断できなかったため、こうして面と向かって褒められると意外にも嬉しいものだった。
しかし、それは悠だけではない。
乃亜は『そっちも何か言いなさいよ』とでも言いたげに、おもむろに髪を耳にかけながら、チラチラと上目遣い気味に悠を覗き込んできていた。
「星月さんも普段と雰囲気違うっていうか……。そ、そういうのもいい……と思う」
水色のカットレースカーディガンに、透け感のある白のワンピース。夏らしい清涼感のある服装に、軽くウェーブのかかった髪はリボンで飾られている。
いつも大学や悠の家ではデニムや幅広のパンツを着回している印象だったから、今日のようにフワッと可愛い系のファッションは珍しい。
悠がその点を褒めてみると、乃亜は進行方向に体を向けてボソッと呟いた。
「まぁ……頑張ったし」
その言葉にドキッとして無言で立ち尽くす悠だが、乃亜は何事もなかったかのように歩き出してしまった。
ドアの鍵を閉め、乃亜の後ろを付いて進む。
一見して素っ気ない反応はいつもと変わらないようにも思えるが、その肩は力んでいるせいか少し上がっていて、足取りもどこか覚束ない。
そんな緊張の窺える後ろ姿に、悠はこっそり頬を綻ばせた。
★ ★ ★
悠の家から歩きで十五分ほど。
バイト先の喫茶店がある通りを抜け、その先に見えるアーケード街は今日も多くの人で賑わっている。
——うわ、あの子めっちゃ可愛い。
——やっば、芸能人とか?
——一緒にいるのって彼氏?
——ちょっと聞いて来いよ。
絶え間ない雑踏の中、道行く人々は乃亜を一目見るなり足を止め、五月雨のように羨望の眼差しを浴びせている。
「ほ、星月さん」
「なに?」
悠にとっては人混み以上に居心地の悪い視線だが、乃亜と外を歩く以上は仕方のないこと。ある程度の想定はしていたし、我慢すればいいだけだと割り切っていた。
しかし、聞こえてくる会話から気になったことがあった。
「街中とか歩いてて、ナンパに遭ったこととかないの?」
「な、なに急に。……まぁ、あるけど」
「強引に連れてかれたりしたことは?」
「んっと……今のところはないかな」
「そ、そっか。……ならいいんだ」
納得したような口ぶりの割に、どこか不安そうな表情を浮かべる悠。
これまでが大丈夫でも、今後しつこくナンパしてくる輩が出てくるかもしれない。力で押し切ろうとするやつも、しつこく付け回してくるやつなんかもいるかもしれない。
その場合、乃亜はどう対処するつもりなのか——
「そんなに心配なら、最上君が守ってよ」
——そんな悠の心配を見透かすように、乃亜が微笑みながら言った。
付き合ってるわけでもないのに、ナンパされないか心配だなんて……そんな傲慢な想いを口に出せるわけもなく胸に閉まっていたが、どうやら表情に出ていたらしい。
顔が少しずつ熱を帯び、胸が締め付けられていく。
「そ、そんなの——」
「あ、ここだよ!」
悠が上の空で歩いていると、どうやら目的地に到着したようだ。
小動物を思わせるゆるっとした装飾の外観と、ガラス越しに覗く店内は想像よりも広そうで、そんな店内をわちゃわちゃと動き回るモフモフの気配があった。
「行こ!」
「お、おう……!」
張り切る乃亜に続き、悠も入店する。
受付で店員とやりとりする乃亜の横で、悠は安堵のため息を漏らした。
——俺なんかでいいのか?
危うくそんな言葉を口走りかけた自分に、急に恥ずかしさが込み上げてくる。
冗談ならもっとそれっぽく言ってくれと、そう思う悠であった。




