悠の想い
七月初旬。
雨天がなりを潜める一方、肌を刺す熱気が日増しに厳しくなってきた。
キャンパス内を見渡してみても、半袖の学生が目立っている。
本格的な猛暑はまだ先のはずであるが、長時間屋外にいることがあまりない悠にとっては堪え難く、うだうだ嘆いていると隣を歩く綾人がからかってきた。
しかし、当の悠はそれどころではなかった。
「どうした? 珍しく悩まし気な顔して」
「人を能天気みたいに言うな。……まぁ、ちょっとな」
暑さとは別件で、悠は思い悩んでいた。
彩乃の来訪から約一週間、スッパリ乃亜が来なくなったのだ。
たかが一週間。そう思いもするが、これまでの頻度を考えれば単なる気まぐれとも思えないし、メッセージ一通すらないことが気にかかった。
その上、大学での様子もおかしい。
すれ違う度、顔を伏せて急ぎ足になったり……かと思えば、こちらの様子を窺うようにやたらとチラチラ見てきたり。
避けられているのか、何か思うところがあるのか。
「あ、星月——」
「え?」
ふと綾人が指さした方に視線をやってみる。
しかし、そこに乃亜の姿はなかった。
「——って思ったけど違ったわ」
「なんだよ……」
「な~にちょっとイラついてんだよ。……お前さ、星月と何かあったんだろ? 今朝から妙にテンション低いし、普段なら絶対しないのに目で追ってんのバレバレだぞ」
「別に……そんなことは」
そう否定しながらも浮かない表情の悠を、綾人は珍しく神妙な面持ちで見つめた。
何かあったのかと言われればよく分からない。喧嘩をしたわけでも突き放されたわけでもなく、むしろ懐かれたような節まであった。
それでも、異変の原因は直前の出来事に——この間の一件にあるとしか考えられない。
最終的には彩乃の芝居ということで片付いたが、よくよく考えればそれで一件落着というわけにはいかない。あんなことがあった後だ。以前にも増して居づらさを感じるかもしれないし、乃亜にいたっては姉への嫌悪感を強めてしまった可能性すらある。
考えるほどに良い結果に転がる想像なんて出来ず、悠は罪悪感を募らせていた。
彩乃の芝居が悠の真意を探るためのものであるなら、少なくとも彩乃の意向には沿えたのかもしれないが、問題は乃亜がどう感じたのか。
彼女にとっては他人に知られたくなかった事情のはずで、それを偶然とはいえ知ってしまった上に、部外者であるはずの自分が余計な口を挟んでしまった。
本当はツッコまれたくない部分だとしたら、とんだありがた迷惑だったに違いない。
その後の"ご褒美"も、あの時は冷静さを欠いて見たままで判断してしまったが、いわゆる吊り橋効果に近いものだったのかもしれない。普段は優しい姉の変貌ぶりと、立て続けに繰り出される心ない罵倒のせいで、正気を保っていられなかったという可能性もある。
——そうだとすれば、思い上がりも甚だしい。
愚かな勘違いをしていた自分に、悠は大きくため息を吐いた。
(てか、そもそもなんで気にしてんだよ……)
元々、望んで乃亜と会うようになったわけじゃない。きっかけを与えたのは確かに悠自身かもしれないが、結果的には彼女が自分の意思で会いに来ていただけ。
実際、彼女が来なくなったからと言って何か不自由しているわけでもない。
むしろ食費は浮くし、厄介ごとに巻き込まれる心配もしなくて済むんだから、良いことはあっても悪いことなんてないはずだ。
そう思うのに、心が付いてきてくれない。
「まぁ相談くらいならいつでも乗るからな」
「……おう」
講義は終わったし、今日はバイトもない。
でも、家に帰る気にはなれなかった。




