いらない子
「すごいわねぇ。三年目でプロジェクトリーダーだなんて!」
「ああ、さすが私の娘だ」
——まるで、違う家にいるみたい。
お父さんと、お母さんと、私と……三人で囲む食卓はいつもシンとして、会話なんてほとんどないのに、今日は和気あいあいとしている。
まぁ……それもそっか。
「まだまだ経験不足だし、頼りないと思うけど」
久しぶりだもんね、お姉ちゃんいるの。
——国内でも有数の名門大学を卒業して、誰もが知っている超大手IT企業へ就職して。
それだけでも十分すごいことなのに、お姉ちゃんはたまにこうやって帰ってくると、その度にびっくりするような出世話を持ち帰ってくる。
今度は異例の若さで会社のプロジェクトチームを任されることになったらしく、私の横で照れくさそうにしながら会社のことを話している。
本当にすごい。
細かいことは難しくて分からないけど、あの寡黙なお父さんが目を輝かせて聞いているところからして、私には到底出来ないことなんだろうな。
両親はお姉ちゃんの話に夢中で——私になんて見向きもしない。
私も私で、気にせず箸を進める。
ちょっと息が詰まる感じはするけど、これが小さい頃からの我が家の日常で、さすがに慣れてしまった……というか、諦めるしかなかった。
お姉ちゃんは昔から優秀で、何をやらせても完璧にこなしてしまうし、謙虚で人当たりも良いから皆に頼られている。
本当に、模範のような人だ。
一方で私はと言うと……鈍くさい上に愛想もない。
昔はよく怪我をして泣いていたし、不器用なせいで作業の進捗が遅くて周りに迷惑をかけたり、自分の思いを素直に伝えることも苦手だった。
怪我以外は、今もさして変わらない。
それでも小さい頃は、お父さんとお母さんに喜んで欲しくて、料理をしてみたり、家庭科で作った縫物をプレゼントしたりと、我ながら健気に頑張っていた気がする。
でも結局、失敗ばかりで上手くいかなかった。
それに加えて、同じことをやってもお姉ちゃんの方が何倍も出来が良かったから、私は見向きもされなくなった。
そんな感じで、勉強も運動も何もかも……年を重ねるにつれて差は開いていくばかりで、そのうち私とお姉ちゃんは比べられるようになった。
その度に、姉妹なのにな……って思って、最初は純粋に尊敬していたお姉ちゃんのことも、少しずつ妬むようになった。
「ごちそうさま」
ずっと話している三人を差し置き、私は一言も発することなく食事を終えた。
そのまま部屋に戻ろうとしていると——『おい』と、今までとは一変してドスのきいた声がかけられた。
「聞いていただろ、彩乃は本当によく頑張っている」
だから、なに……。
「大学に行きたいというわがままを聞いてやったんだ。お前に彩乃のような期待はしていないが、将来のことは考えているんだろうな?」
うるさい。
「……うん」
さっさと就職して、出て行ってくれるのか。
つまりはそういうことでしょ。
確かに、今思えば私がバカだったのかもしれない。
どうせ何をしても身にならないなら、言いつけ通りに高校を卒業してすぐ就職するべきだったのかもしれない。
なのに、どうして期待なんかしちゃったんだろう……。
——もしかしたら……何か一つでも私一人で成し遂げることが出来たら、お父さんたちも少しは認めてくれるんじゃないか。
高二のある日、そう思い立って大学受験を決意した。
学費は奨学金の範囲内で、小遣いは自分で稼ぐこと。お姉ちゃんとは違って条件付きだったけど、それでもよかった。
勉強も得意ではないけど、体調を崩したりしながら必死に頑張った。
さすがにお姉ちゃんみたいな名門大学というわけではなかったけど、何とか学費の安い国公立の大学に合格した。
苦手なことでもやれば出来るんだって、私は素直に嬉しかった。
それなのに——
『中途半端な大学に行くくらいなら、就職してくれた方が良かったんだがな』
『全くよ~、早く独り立ちしてくれないかしら』
その日の夜、たまたま聞いてしまった二人の会話。
リビングのドア越しに聞いていた私は唖然として、そっと部屋に戻ると堪えていた涙が零れ落ちた。
——全部、無駄だった。
やっぱり所詮、私は私。何をやってもお姉ちゃんみたいな結果は出せないし、そんな私がどれだけ努力をしても認めてなんかもらえない。
……悔しくて、悲しかった。
だから、これ以上あんな思いはしたくなくて——
ほら、これで分かったでしょ?
私はいらない子なんだ。
もう、諦めよう。
——そう何度も何度も、言い聞かせてきた。
だから、もう大丈夫。
「就職出来ないなんてことになっても、大学を卒業したら出てってもらうからな」
これだって何回も聞いた。
落ち着け、私。
歯を食いしばって、声を荒らげないように。
「分かってる……」
何とか声を殺して、ドタドタと床を踏み鳴らしたくなるのを我慢しながら、リビングを後にした。
扉を閉めて、深呼吸をする。
——別に、いらない子でもいい。
いつものようにそう言い聞かせて、私は外に出た。
前までもこうして、気晴らしに外を出歩くことはよくあった。
散歩をしたり、ウィンドウショッピングをしたり……転々としていたけれど、最近では行く場所も決まっている。
今日は何してるかな……。
家の前で、彼にメッセージを送信した。
——すると、後ろからドアが開く音がした。
「どこ行くの? 乃亜ちゃん」
振り返ると、お姉ちゃんが立っていた。
「別に、どこでもいいでしょ……」
「お母さんから聞いたよ? 最近このくらいの時間になると出かけてくって」
「お姉ちゃんには関係ない」
「関係大ありだよ、お姉ちゃん心配なの」
私が黙っていると、お姉ちゃんが近寄って来た。
そして、私の頭にポンと手を置いて優しい声で言った。
「大学からもそう遠くないし、やっぱり私の家においで」
「……いやだって言ったでしょ」
私が大学に入学する時にも、お姉ちゃんは同じ提案をしてくれた。
お姉ちゃんは基本的に家でのやりとりには口を出してこないけど、本当は心配してくれていたんだと思う。
それ自体はありがたいし、お姉ちゃんに何ら悪気がないのも分かる。
だけど……やっぱり嫌だった。
優秀なお姉ちゃんとずっと一緒に居たら、ますます自分のことが嫌いになりそうだし、何より惨めになるから。
——お姉ちゃんは、頭から手をどかして口元を引き締めた。
「ならせめて、どこで何してるのか教えて。危なげないなら何も言わないから」
「そ、それは……」
「言えないようなことなの?」
昔から、お姉ちゃんに嘘をついてバレなかった試しがない。
単に私の言い方が悪かったり顔に出やすいっていうのもあるかもしれないけど、本気になったときのお姉ちゃんの圧には勝てない……。
今だって、足がすくんでしまっている。
「し、知り合いの家……」
「"知り合い"なんだ。男の人? 女の人?」
「……」
俯きながら口を結んでいると、お姉ちゃんの目つきが鋭くなった。
これ、もう絶対バレてる……。
「同じ学部の……男の子」
「知り合いってことは、彼氏ではないんだ?」
これまでに聞いたことのない、お姉ちゃんの低くて脅迫的な声。
——私は頷いて返すことしか出来なかった。




