こげ茶のブーツ
「久しぶり……」
「な、なかったことにしないでよ……バカ」
その日の夕方、乃亜が約二週間ぶりに悠の家へとやってきた。
ドアを開けても目を合わせてくれない乃亜に、悠はとぼけた反応をしてみせるが、それが気に入らなかったようで少しむくれてしまった。
——乃亜がそれ以上何も言ってこないため、とりあえず上がるように促してみる。
彼女はコクっと頷いて玄関で靴を脱ぎ、居室へ着くとテーブルの前に腰を下ろした。
いつもは真っ先にベッドの方に座るのだが……恐らく面と向かって話したいことでもあるのだろう。
(内容についても見当はつくしな……)
悠はそれに応えるように、乃亜の向かいに腰を下ろした。
——少しの沈黙の後、乃亜が口を開く。
「あ、アレは……誘われただけというか」
「うん」
「えっとね! た、たまたま去年あのお店の前を通りかかって、メイド服の人がいっぱいいるな~って気になって見てたら無理やり勧誘されて!」
「そうか」
「ちゃんと聞いてる!?」
「聞いてるよ。まぁ……あの時は急だったし確かに俺も驚いた。でも、別に恥ずかしがることでもないだろ」
悠にとってメイド服のインパクトが大きかったのは間違いないが、そもそも知人がバイトしている場面に出くわせば、それだけで多少なりとも驚きはする。
それが偶然、学園のアイドルにして最近やけに交流の多い乃亜だから……というだけのことだ。
「で、でも……」
しかし、乃亜は納得がいかないようだ。
「星月さんはメイド服のことどう思ってるんだ?」
「……か、可愛いなって」
「ならいいじゃん」
「そ、そうだけど! ……そうじゃなくて」
モジモジとして歯切れの悪い乃亜。
そんな様子を悠が首を傾げながら見ていると——視線に気づいた乃亜の顔が赤く染まっていった。
「何でもない!」
そう言って、プイっとそっぽを向かれてしまう。
自分で衣装を恥ずかしいと思わないならいいじゃないかと思う悠だが、それと実際知り合いに見られるのとはまた別の話なのだろう。
(これ以上へそ曲げられても困るし……ひとまず話題変えるか)
そう考え、悠は一つ気になったことを聞いてみることにした。
「そういえば、桜井さんには猫被ったりしないんだな」
「え? あぁ……なんていうか、美月にはそうしてる暇すらなかったから」
「......暇?」
「良くも悪くも正直過ぎるっていうか……」
「なるほどな」
悠が何か察したように苦笑していると、乃亜は呆れたように溜息を漏らした。
「私がバイト始めてすぐ美月も入ってきたんだけどね、初対面のくせに『のありん相槌ロボットみた~い』って言われたの」
「はは……想像出来るな」
「それで、色々バカバカしくなっちゃって——」
美月にはありのまま、素っ気ない態度で接するようになったらしいが、それでも彼女は臆せず乃亜に絡み続けたようだ。
からかわれてばかりでうんざりすると言う割に、その表情は満更でもなさそうだ。
——そう安心したのも束の間。
乃亜は再び、不機嫌そうに眉を顰めた。
「その美月の彼氏がまさか和倉君だったなんて……おかげで今日は……!」
口をへの字にして睨みつけてくる乃亜。
(俺のせいじゃないんだけどな……)
思わぬ地雷を踏んでしまい、悠が後悔していると——助け舟の如くインターホンが鳴り響いた。
「ちょ、ちょっと行ってくる」
そう言って、悠は玄関へと駆けていく。
——しかし、全くもって助け舟などではなかった。
「急にごめんな、みーちゃんが悠と話してみたいってから……」
「さっきぶりだね、もがみん!」
噂をすればなんとやら……そこにいたのは、少し困ったような綾人と無邪気な笑顔を向けてくる美月だった。
「こ、こんばんは。えっと……話っていうのは?」
「やだな~、そんなに身構えないでよ! ほら、さっきは仕事でちゃんとお話し出来なかったでしょ? だから普通に話してみたいな~って!」
「それならまぁ、俺も話したいのは山々なんだが……」
「取り込み中か?」
「一応、な……」
何とも煮え切らない返事をする悠。
——すると、美月がたたきへと視線を落としてニヤリと笑った。
「もがみんってさ、一人暮らしなんだよね?」
「そ、そうだけど」
「じゃあその明らかにレディース用のブーツ、もがみんの?」
少し厚底になっているこげ茶のブーツ。それも玄関側に向かって置かれたスニーカーとは逆向きに置かれていて、男一人しかいない家の玄関としては不自然な光景だ。
(しまった……隠しておくんだった)
「お前、普段ブーツなんて履くっけ?」
「えっと……実は客が来てて——」
「もしかして彼女さん!?」
「い、いや! 知り合いというか何というか……」
「え~、なんか怪しい関係?」
このままでは妙な誤解を与えかねない。
ああでもない……こうでもない……と、悠が適当な言葉を探しておどおどしていると、美月がクスっと笑い声をこぼした。
「な~んてね! てか、モロ見えだし」
「え?」
——美月は悠から視線を外すと、その奥へと向けた。
「さっきからこっそり覗いてるみたいだけどバレバレだよ~? のーありん!」
まさかの言葉に悠もバッと後ろを振り返るが、そこに乃亜の姿はない。
「え、まじ!?」
急いで身を潜めたのだろうが……さすがに手遅れだ。
この状況で上手い言い訳など思い浮かぶわけがない。
(けど……そもそも綾人が星月さんの友人である桜井さんと付き合ってる時点で、どのみち何かの拍子でバレてたのかもな……)
要は時間の問題。
悠はひとまず、そう割り切ることにした。
ご近所の手前もあるし、何より説明しないと収拾がつかなそうであるため、悠はやむなく二人を家に上げたのだった。




