29 南からの"コンケロ"
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"解放軍"を送り出した2日後、マルテル王国の都モンドールに諜報部隊"ティーグル・ノワール"の隊員が帰着。
隊員からの報告を受け、ティーグル・ノワールを統べるペルネル・プティジャンは王宮にある宰相アデール・ヴィラールの執務室を訪れた。
「サンタクルス王国が"南方"からの侵攻を受けています」
ティグリ大陸には大国として北のマルテル王国のほか、南のサンタクルス王国と西のシエロ王国がある。
「サンタクルス王国の南だと…アマージエンの魔族どもめ、南からもこの大陸を侵略するのか?」
サンタクルス王国の南は海に面しているため、アデールは真っ先にイルミナ率いるヴェルトヴァイト帝国のマリーネを思い浮かべた。
「奴らも関わっている可能性は高いですが、表立ってサンタクルスを攻めている勢力はアウェス大陸から来たらしいです」
想定外の答えが返ってきたが、アデールは表情を変えなかった。
「アウェス大陸は我が国から遠く、未知の要素が多い。
そこから来た敵勢力の情報は、万が一の場合に備えてできるだけ得ておきたい。
状況によっては、サンタクルスに生き延びてもらうよう"援助"をしないといけないかもな」
「南の情勢については、今後も逐次報告いたします」
ペルネルが退室すると、アデールはひとつため息をついた。
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マリーネとデー・クラフトの先遣隊がティグリ大陸へ向かう前の年に、イルミナはアヴァロニア大陸の南にあるロアベーア島へ、アウェス大陸を統一した"サンゴ帝国"の幹部である"ディアンティーノ"を招いていた。
2人はこれまで何度もロアベーア島で会っており、それが両国の友好関係の維持に寄与している。
だが、今回の会談でイルミナはサンゴ帝国にティグリ大陸への侵攻を要請。
しかも、イルミナ配下のマリーネが文字通り水面下でできる限りの援助をするという。
突然の提案にディアンティーノは当然驚いたが、イルミナは至って真面目な顔で言葉を続けた。
「わたしの母は、自分が生きているうちに"あること"の道筋をつけたいと願っています。
それは、"この世界"から人間が支配する地をなくすこと。
わたしたちにとって、ヴェルトヴァイト帝国による"世界征服"が最も好ましい結果であることは言うまでもありませんが、それを成し遂げるには、最終的に貴国との争いが避けられません。
両者の争いによって人間が漁夫の利を得る最悪の事態はどうしても避けたいと考えた結果、"今回の提案"に至りました。
にわかには信じられないでしょうが、貴国に持ち帰って検討をお願いします」
「私個人の感想としては、我らにとって悪くない話だと思いました。
陛下がどうお考えになるかはわかりませんが、"次の機会"に必ず陛下からの返事をお伝えします」
イルミナからの提案がディアンティーノ、宰相の"イリディーノ"を経てサンゴ帝国の皇帝"ラウリーノ"に伝わると、ラウリーノは側近にヴェルトヴァイト帝国の提案について諮った。
賛否両論があったものの、終始"提案を受け入れるべき"という意見が優勢だったため、ラウリーノも提案受諾を決断。
ディアンティーノがそのまま遠征軍の総司令官に任じられ、準備を進めた。
そして、イルミナの"ヴァッサーヴェルト"でティグリ大陸の一部が"ズーセ・インゼル"として切り取られ、そのニュースでティグリ大陸の各地が恐慌状態に陥っている最中、軍備を整えたサンゴ帝国軍がマリーネからの支援を受けて海を渡り、ティグリ大陸の南端に上陸。
サンタクルス軍を一蹴したサンゴ軍は、ティグリ大陸に橋頭堡を築いた。
ティグリ大陸南端にサンゴ軍が設けた前線基地には、サンゴ帝国の軍服に身を包んだ"カリュプディス"のウルズラが何度も出入りし、アウェス大陸からの人員や物資の輸送を手伝っていた。
サンゴ帝国の進軍速度がどのくらいになるかは現時点で不明だが、ティグリ大陸をめぐるヴェルトヴァイト帝国・サンゴ帝国連合と人間たちとの本格的な戦いは南から始まった。
<2023/ 9/10修正>1か所、「サンゴ帝国」という国名が抜けていたため追記しました。
※執筆当時未定だったところが、決まっても入力されないまま公開されてしまいました。




