母の執念天にも通ず? ~娘を助けたかっただけの母に何かが起きたらしい~
目に止めて頂きありがとうございます。
短編となっております。
相変わらずジャンルが何になるのか悩んでますが、お暇潰しに読んでいただければ幸いです。
「かぁちゃん!かぁちゃん助けて!」
今日も夢の中で娘の叫ぶ声が聞こえる。
娘が行方不明になってから3年、毎日と言っていいほど見る夢。
どんなに手を差し出して掴もうとしても娘の手には届かない。
娘が行方不明になったのは3年前、娘が17歳の夏だった。
いつものように部活が終わり友人達と別れた後の足取りが消えたのだ。
娘の鞄がポツンと落ちていたのは家から50mしか離れていない場所だった。
親戚、友人、学校関係者、警察と頑張って探してくれたけど、何の手掛かりも見つからずで捜索は2年後には打ち切られた。
それでも私は諦めていない。
夢であれだけ助けてと訴えているのだから、きっと生きていて私の助けを待っているのだろうと思うから。
最初の1ヶ月は娘が行方不明という現実を受け入れる事が出来なくてただただ茫然と無気力な日々を過ごした。
その後はひたすら探しまくった。
娘が行きそうな場所、行く可能性がある場所、誘拐犯が潜んでいそうな場所や迷子になりそうな山の中。
何度かヤバイんじゃないかって目にも遭遇したけど、娘はもっと怖い思いをしているのかもしれないと思えばどうと言う事はない。
気が付けば1年が過ぎ、2年が過ぎ、3年目目が過ぎ4年目に入った。
周囲からはこれだけ探して見つからないのだから諦めた方がよいのではとも言われた。
それ他人事だから言えるんだよね?
我が子だったらあなたは諦められるのかと言いたい。
私が諦めるとしたら、娘の夢を見なくなった時だよ。
「かぁちゃん!助けて!かぁちゃん!!」
今日もまた夢の中で娘が叫んでいる。
いつもいつも手が届かない。
けれど今日はなんだか手が届きそうな気がする。
「瑠衣!こっち!手を伸ばして!」
「かぁちゃん?!」
「ほら、頑張って!かぁちゃんの手掴んで!」
「かぁちゃん!無理これ以上伸びないよ!」
「無理でも頑張って伸ばして!」
いつもなら叫んでも声が出ないのに、ちゃんと声が出て会話が出来ている。
いつもと違うパターンなのは私の願望が見せた夢だからなのだろうか。
だったら、私の願望だと言うのなら、娘の腕掴ませなさいよ!
肩が脱臼するんじゃないかと言うくらい腕を伸ばした。
指先が当たったような気がする、もう少し…もう少し伸びれば!
んぐぐっ
掴んだ!と思ったら私の体は奈落の底へと落ちていくような感覚に襲われた。
それでもせっかく掴んだこの手を放してなるものかと必死だった。
やがてドサッと何かにぶつかる音がして右半身に激痛が走った。
「か、かぁちゃん、大丈夫?」
娘の声が聞こえてくる。
そりゃこっちのセリフだよと言いたかったけど、私はそのまま意識が遠のいた。
あぁぁ、やっと娘の手を掴む事が出来たのに夢から覚めるのか。
それにしてはリアルな夢だったな、なんて思いながら…
目が覚めてすぐに自分の手を確認した。
けれどそこに娘の手がある訳もなく、やっぱり夢だったのかと落胆する。
けれどもすぐに違和感に気付いた。
なんか包帯でぐるぐる巻きになっている。
そう言えば着ている服も見慣れないネグリジェの様なものだ…
こんなの私持ってないんだけどな。
部屋を見渡せば、いつもの部屋じゃない。
あれ、病院? 私病気かなんかで運ばれたのだろうか。
でも病室にしては華やかなような…
起き上がり廊下に出て確認してみようと思った。
よいしょ…っといったぁぁい。
肩や背中、腰と激痛が走った。
痛みを感じるって事は夢では無い?
とにかく現状の把握をしなければ…
「かぁちゃん!何してるの。まだ動いたら駄目だよ」
「瑠衣!本物?夢じゃなくて?」
「うん、本物の瑠衣だよ。夢じゃないよ」
「良かった無事だったんだね。諦めなくて良かったよ」
「え?3日くらいで諦めて貰っても困るんだけど」
「は?何言ってるの、瑠衣が居なくなって3年だよ?」
「は? へ? え?うそぉぉぉぉぉ」
「と言うかね?無事なら連絡くらいしなさいよ」
「いや連絡しようと思ったけどスマホの電波無いのよ。
と言うかね、ここ日本じゃないと言うか地球じゃ無いと言うか…」
「ん?… ごめんちょっと何言ってるのかわかんない」
「だよねぇ、あたしも最初同じ反応だったもん」
「解るように言ってくれる?」
娘の説明曰く、小説やアニメなどにあるような異世界転移とやらをしたらしい。
まさかの異世界転移だなんて誰も思わないわよ想像しないわよ!
警察に言ったって誰も信じないわよ!むしろとうとう頭がイカれたかと思われるわよ!
「で? もしかして聖女だの勇者だのって言われて召喚されたの?」
「それがちょっと違うくてね?」
「違うパターンもあるんだ」
「桃太郎みたいにパッカーンと神樹の実から出て来たらしいのよ」
「桃太郎みたいに? パッカーンと?」
「うん、パッカーンと」
「 …… 」
ここからはいつの間にか近くに立っていた自称王子様とやらが説明してくれた。
数百年に1度の割合で魔物の大量発生による大災害が起こる。
それに合わせて神樹の実とやらから救世主が生まれるのだけど、その時々によって聖者だったり勇者だったりと色々なのだとかで今回はうちの娘でしたよと。
「それで? うちの娘は何だったの? 聖女?勇者?賢者?大魔法使い?」
「浄化の聖女らしいよ」
「浄化の聖女…って事はさ、他の聖女も居るって事?」
「ご母堂殿は理解が早くて助かります」
ご母堂とかそんな言われ方された事がなくて鳥肌が立った。
聞けば韓国のOLさんが癒しの聖女としてこちらに来ているらしい。
2人も連れて来られたの…
この誘拐犯!と怒鳴りたかったけど彼等の意思で呼んだ訳では無く、神樹に選ばれたらしい。
たぶんその神樹ってのが神様みたいなもんなのかな、よく解らないけど。
「でね、かぁちゃんどうやって此処にきたの?」
「それは私が聞きたいね。
3年間ほぼ毎日瑠衣が夢の中で助けてって言っててさ。
今日やっと手を掴む事が出来たのよ。
そしたらそのまま引っ張られて?落ちて?今に至るみたいな?」
「まぁじでぇー…」
「んで瑠衣、あんた何が助けてだったの?
見た所元気よね?怪我もしてなさそうだし」
「そりゃまぁこっちに来てまだ3日だしね?
確かに何度もかぁちゃん助けてとは思ったけど・・・」
「いやだからさ、何に対して助けてなのよ」
「ご飯がね?」
「ご飯が?」
「ゲロマズなのよ…」
「ゲロマズ…」
「韓国のお姉さんもね、美味しくないって泣いてるのよ」
「泣くほどなの?…
それにしてもゲロマズとか作ってくれた人に失礼じゃない?」
「あの、ご母堂殿。
我々の食事は生肉か生魚なので…」
「はい?」
「普段はこの様に人に近いなりをしておりますが我等は竜族でして…
聖女様方のお食事は一応火を通してはみているのですが…」
「あー… 作った事が無いからって事かぁ。
え、もしかしてそれだけで助けてとか言ってたの?
大怪我したとか命の危機があるとかじゃなくて?」
「あたし的には大ピンチだったのよ…」
娘の必死のSOSは料理がゲロマズだからって事?なんてこったい…
ふしゅるるると魂が抜けそうだった、というか気が抜けてまた意識が遠のいた。
遠くで娘と王子様の焦った声が聞こえた気がする。
次に気が付いた時には娘と一緒にもう1人の聖女であろう女性もいた。
自動翻訳なのか神様チートなのか知らないけど会話は普通に成立したのでそれはよかったと思う。
名前はソユンさんと言うのだそうで23歳、出勤途中でこちらに来てしまったらしい。
ソユンさんは瑠衣よりも先に来ていて、1ヵ月経つのだとか。
癒しの聖女、つまりは治癒師なので私にも治癒を試みたけど魔法が効かなかったらしい。
どうやら私は全身打撲に右肩の脱臼、鎖骨にはヒビが入っているのだとか…
脱臼ならちょっと力を入れてぐいっと戻して欲しいんだけどな。
「かぁちゃん、竜族の力って凄く強いんだよ」
「そんなに力あるの?加減とか出来ないの?」
「加減が難しいみたい・・・」
一応は治そうと試みてはくれたのだとかで、力加減が難しくて鎖骨にヒビが入りましたよと。
ん?… 鎖骨のヒビは落下?の衝撃ではなくて竜族が力加減出来ずにって事?
おぉぅ… まぁ故意にやった訳じゃないから仕方がないね。
「ところでさ、どうやったら元の世界に帰れるの?
魔物による大災害を片付けたら帰れるの?」
「帰れないみたい…」
「過去の記録にも帰ったと書かれた人は居ないみたいなんです」
チーンッ
マジで?過去に元の世界に帰った人っていないの?嘘でしょぉ。
と軽く衝撃を受けていたら食事が運ばれてきた。
匂いは別に悪くないと思う。
見た目も別に悪くは無いんじゃないかな、ちょっと野性味があるけども。
一口食べてみれば、私の魂は何処かへ飛び立ったようだった。
「ぅわぁぁぁかぁちゃん!」
「アジュモニー!!」
なにやら爽やかな香りのお陰で私は正気を取り戻した。
「ね?」
「うん、あれはいかんわ… 見た目や匂いはそうでもないのになぁ」
「かろうじて食べられるのは果物だけなんですよ…」
瑠衣はまだしもソユンさんは1ヶ月も果物だけならさぞキツかろう。
これは寝ている場合ではないのでは?
大災害に対応する前に体がもたないでしょ…
「よし解った。こんなのが毎食出て来たらそりゃ助けてってなるね。
ちょっと台所に案内して」
「いやかあちゃんまだ動くのはきついでしょ?」
「しっかり食べなきゃ治るもんも治らないわよ!」
とギクシャクとぎこちなくも移動を開始する。
瑠衣とソユンさんが両側から支えてくれている。
「かぁちゃん、なんか逞しくなった?
筋肉質というか体付きがゴツくなってない?
それによく見たらアチコチ傷だらけじゃない?」
「そりゃ瑠衣を探してアチコチ行って格闘もしたからね」
「は?格闘って何と?」
「ん? 猪とか熊とかチンピラとか?」
「いやいやいやいや、なにやってるのよ」
「だから瑠衣を探しまくったんだってば」
そう、私の体はこの3年間ですっかり鍛えられて筋肉質になっていたし傷も増えた。
サバイバーですか傭兵ですかって感じにも見えるかもしれない。
仕方がないじゃない、必死だったんだもの。
廊下に出た所で護衛の兵士だか騎士だかの人に抱きかかえられてしまった。
重いので降ろして欲しいと言ったのだけど、葉っぱより軽いと言われてしまった。
そんな事は流石にないと思うのだけど。
そして連れて来て貰った台所、というか調理場だねこれ。
食材を見せて貰った。
何かの肉や何かの魚の身、そして見慣れぬ野菜らしき物。
それらを1口ずつ口にしてみる。
まず肉や魚は下処理が行われていないようだ。
そして野菜類はエグイ。あく抜きの必要がありそうだった。
まぁ食材のクセは解ったので調理をしていこうかと思ったのだけど、脱臼した肩が邪魔くさい。
まずは肩をはめようかな…
木の柱に肩を押し当てて歯を食いしばってぐいと押し込む。
(良い子はマネしないように)
ゴキュッと鈍い音が響いた。
「かぁちゃん大丈夫?!」
「アジュモニ大丈夫ですか?!」
「ご母堂殿?!」
大丈夫だとサムズアップして見せる。
っくぁー… 涙が出て来るけど、なんとか肩は戻ったようだ。
「よし、作るか」
肩を廻して動きを確認しようとしたけど包帯で固定してあって動かせない。
腕に力は入れられるようになったし大丈夫そうかな。
ちょっと鎖骨周辺が痛いけどそこは我慢…
「瑠衣、そこの芋っぽい野菜の皮剝いて。
ソユンさんはそっちの人参っぽい野菜の皮をお願い」
「わかった」
「はい」
私は肉の下処理をしていく。
うーん、これは捌き方や血抜きのやり方から教えた方がいいのかも?
いやでも竜族だとそこまで気にしないのかな。
もしかして丸飲みしてるとか・・・
皮を剥き終わった野菜も切った後塩水で下茹でしておく。
調味料が塩胡椒しか見当たらなかったので、塩胡椒のごろっと野菜スープにしようと思う。
骨付き肉だから出汁も取れるだろうし、まともな食事をしていないなら煮込んだスープが胃にも優しいだろう。
欲を言えばハーブも欲しいけど見当たらないので仕方が無い。
煮込む間はお茶を飲んで待つ事にする。
ここまで運んでくれた竜族の人はやっぱり護衛騎士で、私専属になったゼファーさんと言うらしい。
護衛騎士というからには強いんだろうなと思う。
詳しくは私の体調が戻ってから話があると前置きをしたうえでゼファーさんが簡単に説明してくれた。
この世界には私達がゲームや映画でお馴染みのような色々な種族が混在しているのだそうだ。
ただ竜族は希少種で数も少なく、神樹の守りを受け持っているらしい。
その神樹というのは世界樹と似たような物だと考えればいいと瑠衣が言った。
魔法や妖精、魔物なんかも存在するとかモロファンタジーな世界じゃないか。
と、ここでスープが出来上がった。
芋っぽいのを1つすくって味見をしてみる。
うん、これなら大丈夫だ。では肉の方は?
うん、美味しいじゃないか。やはり下処理をちゃんとしていなかったからなんだろうな。
部屋まで運ぶのも面倒なのでこのままここで食べる事にした。
「かぁちゃん、めっちゃ美味しい!」
「アジュモニ~、美味しいです~」
ソユンさんは泣き出してしまった。
大丈夫だから、泣かなくてもこれからは私がちゃんと食べられる物を作ってあげるから。
抱きしめて背中をトントンして落ち着かせた。
食べ終わって後片付けをして部屋に戻ると白衣を着た人が待っていた。
白衣を着ていることから医師さと思われる。
「怪我人が何処へ行ってたんですか!」
鎖骨にヒビが入っているのに包丁を使うとは言語道断!
瑠衣とソユンさんを巻き込んで3人でお説教を喰らってしまった。
そして肩の脱臼が治っているのを見て無茶をするなと更に怒られてしまった。
そう言われましてもね?と思ったけど口にはしない。
もっと怒られそうだもの。
何とも言えない味の薬を処方されて医師は退室していった。
回復を早めてくれる薬なのだそうで、苦くても我慢するしかない。
これ後何回飲まなければならないのだろうか、早く治って欲しい。
その夜は瑠衣と一緒に寝る事になった。
ソユンさんは久々にお腹いっぱいなのでゆっくり眠れそうだと自室に戻って行った。
「それにしてもかぁちゃんよく来れたね。
それでもってよくパニックにならなかったね」
「本当に謎よね、まぁ瑠衣に会えたからいいんだけどさ。
まだあんまり実感が無いからパニックにもなってないんじゃないかな。
どこかまだ夢なんじゃないかって感じがするし」
「アタシもまだ夢でも見てるんじゃないかって思ってたけどさぁ。
かぁちゃんが天井から降って来たのを見て、あぁ夢じゃないんだって思ったよ」
「ん? 今なんて言った? 天井から降ってきたの?!」
「そうだよ、最初は手が出てきたからなんのホラーかと思っちゃったよ」
「手… 天井から手… そりゃホラーだわ。
と言うか私が降って来てもホラーだわよ!」
「そう言われればそうかも。でもかぁちゃんの顔見た時に安心したんだぁ。
かぁちゃんが居れば大丈夫って…」
そう言って瑠衣は泣き出してしまった。
気丈そうにしていても実際は不安だらけだったんだろう。
きっとソユンさんだって不安だったはずだ。
「何がどうなってるのかとか異世界だとか解らない事だけどさ。
3人も居るんだからなんとかなるでしょ。
1本の矢なら折れるけど3本の矢なら折れないって毛利公も言ってたしさ。
3人で頑張っていこうよ。ね」
「う、ん。かぁちゃん、来てくれて…ありがとう」
「母の愛は海より深しだからね!
生きていてくれてありがとう瑠衣」
こうしてこの日は眠りに就いた。
なんだかよく解らない1日だった気がする。
次の日は絶対安静でベッドから抜け出すなと言われてしまった。
仕方が無いので食材の下処理方法をメモに書いて調理場の人に渡して貰う事にした。
それが終わるとひたすら暇だったので、この世界についてというかこの国について書いてある本や魔物の大量発生による大災害について書いてある本なんかを持って来て貰った。
話を聞くのもいいけどこうやって文字を読む方が私にとっては理解しやすいのだ。
本を読んだ感じだと世界観はよくある小説だのゲームだのと似たような感じがした。
若い頃からオンラインのMMOはやっていたからまぁまだ馴染みはあるかも?
小説も娘に勧められて読んでいたしね。
FPS系の世界観じゃなくてよかったよ。
種族が色々といるのも理解したけど、この番と言うのがよく解らない。
小説なんかでは見た事あるけどね?
魂が魅かれあうとか本能で番の事が解るとか言われてもね?
これに関しては瑠衣もソユンさんもよく解らないと言っていた。
魔法についてもよく解らない。
この世界の人ならばちょっとした魔法ならば皆使えるらしい。
瑠衣もソユンさんも気が付いたら使えるようになっていたと言う。
ソユンさんの治癒も瑠衣には効くのに何故私には効かないのやら…
まぁ深くは考えない様にしようと思う。
医師が居て薬もあるのだから治癒が効かなくてもなんとかなるでしょ。
大前提として怪我をしなければいいのだし。
魔物の大量発生による大災害というのは所謂スタンピードや強襲の事のようだった。
魔物を殲滅するときに出る死傷者を減らすために癒しの聖女が現れ、殲滅後に淀みが溢れる場合には浄化の聖女も現れるのだとかで、今回は淀みが溢れると言う事なのだろう。
ちなみにこの淀みと言うのは所謂瘴気の事だと思われる。
なるほど。では今回の勇者や賢者や大魔法使いはこの世界の中から誕生したのだろうか。
瑠衣やソユンさん曰く、勇者はオーガ族の青年とドワーフ族の青年で賢者はエルフ族の女性と竜族の少年、大魔法使いは魔族の少女と人族の青年なのだそうだ。
2人ずつなんだ… まぁそうよね。映画や小説なんかじゃ主役は1人だけどゲームだと複数居るし!
近い内にその大災害とやらが起こるのかと思えば1~3年の間に起こるらしい。
一応はこちらの世界に馴染む期間があると言う事なのかな?よく解らないけど。
何処でその大災害が起こるのかは不明で前兆が現れたら全員が集合する事になっているのだとか。
事前に会っておかなくていいのだろうか、直前に集まって連携が取れるのだろうかと心配になる。
が、過去も同じような状態で討伐出来ている様なのでなんとかなっているのだろう。
こうやって本を読んでみて改めて思う。
よく私この世界に来れたね。
過去の人達も皆神樹の実から桃太郎よろしくパッカーンッと現れている訳で、それ以外の方法で現れた人っていないのよ。
現れた人もさ、時代も国もバラバラで驚いたよ。
江戸時代の日本人もいたし、中国王朝時代の人もいたし、ナチス軍の人とかアサバスカンの人まで居た。
そう言った意味では同じ時代の2人でまだよかったのかもしれないね。
困ったのはやはり元の世界に帰ったという人は居なかったという事。
それぞれは番と出会えて幸せな余生を送ったとあるだけだ。
50代とか60代の人でも番と出会ったらしい、これには驚かされた。
どうしたもんかね、私は此処で何をすればいいんだろうか。
いや瑠衣達のご飯は作るけどもさ…
何か私に出来る仕事でもあればいいんだけどね。
まぁまずは体を治す事からだよね。
あれから1ヶ月、すっかりと怪我も治った私は今騎士の人達と一緒に誘拐犯を追いかけている。
誘拐されたのは瑠衣。
瑠衣が自分の番だとか言って攫っていきやがったのよ、クソエルフが!
馬鹿じゃないの、番だからってなんで攫うのかな。
まずは自己紹介から始まって、お互いを知る事から始めるべきなんじゃなかな。
この世界だと番を攫うのが普通なのだろうか。意味が判らない。
まぁ聞けば普通ではなかったんだけども。
そもそも聖女なんだから大災害終わるまで待てなかったのかしらね!
「ちょっとやだ、なんなのよあんた!放しなさいよ!
かぁちゃぁぁんっ!」
瑠衣は抵抗してギャーギャーと暴れている様だった。
エルフが乗っているのはチョコ〇みたいな鳥で、私が乗っているのはスカイブルーの竜だ。
そう護衛であるゼファーさんの本来の姿で惚れ惚れするような格好良さなんだよこれが。
「ご母堂殿、いかがしましょう、このまま突っ込みますか?」
「あのエルフの真ん前に行ってもらえる?飛び降りるから」
「大丈夫ですか?ムブニに蹴られるやもしれませぬが」
「鳥なんぞに負けないから大丈夫!」
チョコ〇だろうがダチョウだろうがエミューだろうがあの足にさえ気を付ければ大丈夫だろう。
それに熊や猪に比べれば可愛いもんじゃないか。
ゼファーさんは低空飛行で飛び降りやすいようにしてくれた。
「ありがと!行ってくるね!」
受け身の体制をとってゴロンッと転がり勢いを逃がして立ち上がる。
「はい、そこの鳥!止まりなさい。止まらないと唐揚げにして喰うわよ!
そしてそこのクソエルフ!うちの娘に何してくれてんの?
さっさと娘を返しなさいよ!」
ムブニと呼ばれるチョコ〇もどきは言葉を理解したのか本能で察したのか急ブレーキを掛けて止まった。
行き成り止まったものだからエルフと瑠衣はつんのめって前方に投げ出されてしまった。
まずい、瑠衣は?!
「瑠衣様はご無事ですよ」
ナイスキャッチゼファーさん!
ゼファーさんが前足?手?でしっかりとキャッチしてくれていた。
安心した私はズカズカとエルフに近寄ってコブラクラッチを掛ける。
グェッと蛙が潰れたような音が聞こえたが気にしない。
「さて。もう一度聞こうか。
うちの娘に何してくれてんの?
おまけに聖女誘拐とか世界を亡ぼす気か!このピョンテ!」
「あのご母堂殿、そのエルフ白目むいてますが・・・」
「ん?… あら本当だ、これじゃ答えられないね」
コブラクラッチを解いて駆け寄って来た騎士さんにエルフを渡した。
「かぁちゃん、本当に逞しくなったね…」
「それ親に言うセリフじゃないよね。
まぁいいや、怪我は無い?どこか痛いところは?」
「ちょっと掴まれた手首が痛いかな。後は大丈夫」
「は? ちょっとそこの騎士さん待って!」
「かぁちゃん?」
エルフを縛っていた騎士さんに駆け寄る。
縄を受け取って縛り直した。特に手首を念入りにそりゃもおギチギチと。
本当なら手足の1つや2つへし折ってやりたいところだけどこれで勘弁してやる。
暴れたりしたら手首か足首がちょっとポキッてな音はするかもだけど。
「かぁちゃんあれって…」
「ん? まぁ気にしないで。あれが一番動けなくていいからさ」
私がやったのは海老責めと言う縛り方で江戸時代なんかの拷問で使う縛り方だね。
なんでそんな物知ってるのかは内緒。ふふふ…
某チンピラさんに教えて貰ったとか言えない。
後の事は騎士さんにお任せしてゼファーさんに連れて帰って貰った。
その後あのエルフがどうなったのか報告を貰った。
番でも何でもなかったらしい…
王妹の子で聖女を娶れば王になれると周囲に唆されてその気になったと…
番だと言い張ればなんとかなると思ったと…
馬鹿じゃない? それってその唆したタヌキ親父(女狐かもだけど)の都合のいい傀儡になるだけじゃないよ。
少しは自分で考えて判断しなさいよ!ってそれが出来ないから傀儡として適材なのか…
そんなの勝手に国内でやっててもらいたいしうちの娘巻き込まないでいただきたい!
番って言葉を免罪符に使うんじゃないわよ、それって本当に番を大切な存在として扱っている人々に失礼でしょ!
そもそもうちの娘の気持ちとか無視してるんじゃないわよ!
何発か殴っとけばよかったかしらね…
エルフの国王様が直接謝罪をと申し出てくれたらしいけどお断りさせてもらった。
説教と言うかお小言言いたくなるから…
お詫びに何か贈りたいと言ってきたようなので、人族の口に合う料理が作れる人の派遣をお願いした。
私だって3食毎回作るのは面倒臭いのよ。
瑠衣の護衛は別の人になったらしい。
そりゃね?あのエルフの接近を防げずに誘拐までされてしまったのだから仕方がない。
もっとも瑠衣もソユンさんもこの世界や魔法の勉強会の時以外は私の傍から離れなくなってしまったのだけど…
私はと言えば勉強会は免除になった。
ベッドの上でしっかりと本を読み漁ったからね。
瑠衣もユアンさんも文字よりも直接話を聞かせて貰う方が解かり易いようだった。
さすが現代っ子と言うべきか、本やWIKIで調べるよりもUチューブだもんねぇ。
では瑠衣達が勉強している間に私は何をしているのか。
エルフの王様が派遣してくれた料理人と料理の教え合いをしたり一緒にお菓子を作って見たり、騎士達の訓練に混ざってみたりしている。
竜族とは体力差や力の差があるから割とキツイのだけど、それでも新人達の相手位ならなんとかなっている。
私の動きは誰かに習ったりしたものではなく、実戦で覚えた我流だ。
だからこそ、新人にはいい練習相手になるらしい。
魔物は型通りに動いてくれる訳じゃないからね。
でもね? やっぱり人族だからとか女だからとかでなめてかかる若者はいる訳だよ。
そういうのは隙が多いので倒すのは楽だったりもする。
負けて悔しいなら精進すればいいものを、竜形態で襲ってくるから質が悪い。
そんな輩はゼファーさんにいなされてるけどね。
「ご母堂殿、あのような若造の相手などせずとも…」
「いい練習になるじゃない。竜の動きが確認できるし弱点探せるし」
「そうかもしれませぬが、見ているこちらがヒヤヒヤしてしまいます」
「そう?じゃぁ安心して見ていられるように頑張るよ」
「いやそうではなくてですね…」
もう少し控えめにとか言いたいんだろうけど無理かな。ごめんね?
私だって瑠衣やソユンさんを守れるようになっておきたいからね。
何度かは魔物討伐にも参加した。
人が住んでいる場所の近くでうろついている魔物は被害が出る前に討伐しておくのだそうだ。
単体だったり群れていても3~5体だったりと数が少ないので瑠衣やソユンさんも一緒に出向いた。
魔物に慣れておかないと本番で動けなくなったりするからね。
初めて見た時なんかは3人して「MHかよ!」って叫んでしまった。
クシャル〇オラやジン〇ーガ、テオテ〇カトルみたいなのが居るんだもの、そう叫んでも仕方がないよね。
巨大な姿だったからさすがに驚いて一瞬硬直してしまったし、鳴き声がうるさくて耳塞いだりもしたけれど何回か対峙すればそれも慣れていった。
3人で「もっと恐怖心で動けなくなるかと思ったけど案外慣れるもんだねぇ」なんて言ったけど、これも転移特典なのか神様チートなのかこの世界に順応してきたって事なのだろうか。
少なくとも聖女が「きゃぁーこわいっ」なんて言って動けなかったら意味がないもんね…
そんな日々を送って1年と少々が過ぎた頃に前兆が現れた。
場所は南にある森林地帯だと言う事でそこへ集合する事になった。
色んな国から討伐隊が参加していて結構な人数が集まっている。
これだけ人数が集まれば私の存在を不思議に思う人たちも居る訳で文句を言ってくる人も居る。
適当に聞き流してはいたけどもさすがにババァと言われた時にはカチンときて殴ってしまった。
瑠衣は勿論ソユンさんや女性騎士までもが怒ってくれたのでその場はそれで収めたけども、次にババァとか言われたら踏み潰すよ?(何をとは言わないけど)と言えば本人よりも周囲が平謝りして立ち去った。
その後は特に問題も起きずに、他の救世主達とも無事合流出来て挨拶も交わした。
個人的な感想を言えばこの世界は皆容姿が整っている様で魔族の少女が特に可愛かった。
3日後に本番である魔物の大量発生、大災害が始まった。
HMどころじゃなかった、エイリアンみたいなのからジェイ〇ンみたいなのまで多種多様。
数だって半端ないし大きさだって大小様々だ。
聖女の2人は基本戦闘に参加する事は無い。
救護テントに運ばれてきた重傷者に治癒や浄化を掛ければいい。
(軽傷者は他の救護テントで治癒師・医師・薬師が対応)
負傷者の中に淀みが纏わりついてる人がいるんだよね。
淀みは見ればすぐわかる。黒い靄っぽい物だ。
なんか怨霊とかがとりついている様なイメージだ。映画でしか見た事無いけどね。
不思議と無傷の人には纏わりついていない。
私はと言えば万が一に備えて瑠衣とソユンさんの近くに居ながらちょっとした手伝いをしている。
治癒を施したとはいえ失血量が多いので重傷者は安静にさせなければならない。
そんな彼等に水分補給の水を飲ませて廻っているのだ。
「大変だ、勇者殿がやられた!聖女様治癒をお願いいたします!」
運び込まれてきたのはドワーフの青年だった。
炎を浴びたのか体の表面が2/3ほど黒焦げになっている。
この状態でよく生きていられるな、さすがドワーフの生命力と言うべきだろうか。
いくら聖女とは言えゲームの様に生き返らせる事は不可能なので生きていてくれてよかったと思う。
ソユンさんが治癒を掛けるとドワーフの青年はジワジワと回復していく。
その様子を見てほっとしたのも束の間、なんとも表現出来ない耳障りな咆哮と共に地面が揺れた。
「逃げて下さい!巨大な魔物が… うわぁっ」
外に居た警護の騎士が叫んでいる途中で灰になった。
何が起きた?…
「かぁちゃん!」
瑠衣が叫ぶ。そうだ呆けてる場合じゃない。しっかりしろ私。
周囲を見ればテントは無くなっていて外の様子が丸見えになっていた。
ここから100mくらいの位置だろうか、炎を纏ったヤマタノオロチみたいなのが見える。
「あれはマズイ。聖女様ご母堂殿、逃げましょう」
「でも勇者様の治癒がまだ終わっていません」
「しかし!」
ヤマタノオロチもどきが深く息を吸い込むのが見えた。 ヤバイ来る!
「瑠衣!ソユンさん!」
二人を抱え込んで魔物に背を向ける。
少しは炎を防げるだろうか、2人を守れるだろうか。
この子達だけでも生き延びて欲しい。
グォオッと音が聞こえたので炎と衝撃に備えて身を固くし目を閉じた。
……
………
なのにいつまでたっても炎の熱も衝撃も感じない。
「かぁ…ちゃん?」
「アジュモニ…」
恐る恐る目を開けてみれば、皆無事だ。何が起きたのだろうか。
「かぁちゃん、いくらなんでも逞しすぎない?」
「アジュモニ、炎を吸収しちゃってましたね…」
「はい? ごめん聞き間違いかな。炎を吸収って聞こえたんだけど」
「聞き間違いじゃないよ。
かぁちゃんの中に炎がシュゥゥって吸い込まれていったよ」
「いやいや、そんな事出来たら人間じゃないでしょうがよ…」
とは言ったもののゼファーさんや負傷者達の視線が私に集まっている。
え? マジで?…
私人間辞めたって事?嘘でしょ、まだ人間辞めたくないわよ。
「ご母堂殿、考えるのは後にしましょう、まだ終わってはおりません」
はっ、そうだった。まだ戦いの最中だった。
ヤマタノオロチもどきが再び炎を吐いた。
シュゥゥと私の中に炎が吸収されていく。マジか…
その様子を見ていたヤマタノオロチもどきは咆哮をあげて身に纏うモノを炎から雷へと変化させた。
そして私めがけて雷を放ったのだけど、それもシュゥゥと吸収してしまった…
その後もヤマタノオロチもどきは氷だの水だの毒だのと属性を変えていくけどすべて私に吸収されてしまっている。
ちょっと待って欲しい、私はいったいどうなってしまったのか。
ヤマタノオロチもどきはとうとう物理的な攻撃を仕掛けて来た。
必死に勇者のオーガ青年達が応戦している。
私に魔法?は効かなかったとしても、他の人には効くはずだ。
それなのに魔法攻撃を仕掛けてこないのはもしかして魔力切れ起こしてるって事?
なるほど、魔物も人と同じで魔力は無尽蔵にある訳ではないと言う事か。
ならば今がチャンスじゃないのか。
「どうやらあの魔物は魔力切れおこしてるみたい!
今がチャンスだと思うから皆頑張って!」
「なるほど、了解しましたご母堂殿!」
オーガ青年にまでご母堂とか言われたよ、いいけどさ…
さてここで疑問が浮かんだ。
私に吸収された魔法達はいったい何処へと行ったのだろうか。
パターンとしては2つ。
1つは自分の魔力へと変換される。
もう1つはそのまま放出。炎なら炎、雷なら雷といった感じに。
私が魔法を使えるのかどうかは解らない。
だからまずはそのまま放出を試してみようと思う。
……
どうやればいいのだろう。
「ねぇ瑠衣。魔法ってどうやって使えばいいの?」
「え?あたしの場合は悪霊退散!て思いながらやってる」
「ぶ、なんで悪霊退散なのよ…」
「浄化っていうからつい…」
「私はオンマソヌン ヤクソンと思いながらですね。
日本でいう痛いの痛いの飛んでいけと似たようなものです」
「なるほど。ちょっと試してみるね」
頭に浮かんだのは正月明けの大きなどんど焼き。
何故それが浮かんだ、私よ…
もう一度考え直して次に浮かんだのは降り注ぐ火の玉。
だけど具現化する事はなくて、吸収した魔法を放出する事は出来ないようだ。
であれば魔力に変換されたのだろうか。
自分では変化を感じないのでそれも解らない。
まぁ敵の魔法攻撃を吸収出来るのが解っただけでも良しとしておこうかな。
私が魔法攻撃を吸収する事で、戦況は少しずつ有利になっていった。
そうは言っても随分と長い時間戦闘を繰り広げているので討伐隊の面々にも疲労が見え始めている。
時々こちらに向かってくる小型の魔物なんかは私でも対処出来るのだけどね。
魔法が使えたらもっと役に立てたのになと残念に思う。
「かぁちゃん大丈夫?」
「私は大丈夫。瑠衣とソユンさんは大丈夫?疲れてない?」
「あたしは討伐終了後の浄化が本番だから大丈夫だけど
ソユンさんの魔力がきつそう」
「さすがにこうも重傷者が多いときついですね…」
そうだよね。戦闘が終わらなければ負傷者は次々とやってきてキリがない。
うーん、吸収した魔法が魔力に変換されているなら渡せればいいのに。
某大人気アニメの元〇玉のような物が作れてソユンさんに渡せれば…
ポンッ!
ぶっ、出たよ元〇玉… そしてソユンさんの体の中に入っていったよ…
驚いて目が点になってしまった。
でもそれは私だけではなかった。瑠衣やソユンさん、ゼファーさんまでも目が点になっていた。
「かぁちゃん今のは…」
「吸収した魔法が魔力に変換されて渡せたっぽい?」
「凄いねかぁちゃん…」
「ねー…」
「アジュモニ、ありがとうございます。
これでまだまだ頑張れます!」
「あ、うん。ほどほどにね、無理はしないようにね」
なるほどそうか、そうきたか。
私自身は魔法が使えないけど人に渡す事が出来ると。
つまりは給油所みたいなもの?
そうと解れば賢者や魔法使い達にポンポンッと魔力玉を投げていく。
受け取った人々は歓声を上げて魔法攻撃を再開しているけどあくまでも魔力を渡しただけなので体力的にはキツイはずだ。
それでも皆頑張っている。
「ご母堂殿、自分にも魔力を頂けますか」
「ドワーフ青年、君はまだ回復しきってないのでは?」
「ご母堂殿お陰で魔物達は魔力切れを起こしています。
回復される前に畳み掛けたいのです!」
「確かにそうなんだけどね。
ん~、本当にきつくなったら後退する事。命を無駄にしない事。
生きて家族の元へと帰る事、これが守れるなら渡すよ」
「勿論です、皆で勝利を手にして帰りましょう!」
魔力玉を渡すとドワーフ青年は元気に魔物の群れへと走って行った。
きっと自分の限界超えてるんじゃないかな。
それでも立ち向かっていく姿はさすが勇者だと思えた。
私も近づいて来る小型の魔物の処理を頑張ろう。
瑠衣もソユンさんもゼファーさんも、救世主の皆や討伐隊の皆だって頑張っているのだから。
それからどのくらいの時間が過ぎただろう。
やっと最後の1匹、しぶとかったあのヤマタノオロチもどきが倒れた。
同時にワァァ!と歓声が上がった。
長かった、本当に長かった。そして疲れた。
後は瑠衣が最後の仕上げとしてこの地の浄化をするだけとなった。
淀みが溢れかえった大地に膝をつき祈りを捧げる瑠衣の姿はまさに聖女に見えて、ちょっとばかし感動してしまった。
潤んでぼやけた視界の端でヤマタノオロチもどきが動いたのが見えた。
嘘でしょう、まだ生きてたの?!
頭の1つが胴体から離れて瑠衣めがけて飛んでくる。
「瑠衣!」
「瑠衣ちゃん!!」
祈りに夢中で動かない瑠衣に駆け寄って覆いかぶさる。
この子だけは、瑠衣だけは守って見せる!
ドサッ。
「お二人共ご無事ですか?」
私達の前に立ちはだかっていたのは飛んできたヤマタノオロチもどきの首を鷲掴みにしている真っ白な竜だった。
誰?…
「かぁちゃんこの竜、王子様だよ」
あー… 初日に会ったあの王子様。
「ありがとうございます殿下」
「いえ、間に合ってよかったです」
勇者達や他の竜がヤマタノオロチもどき本体に剣や牙を突き立てて心臓を抉り出し、今度こそ完全に死滅したのを確認した。
そして浄化の祈りも無事終了し、今夜はこのままここで休息をとる事になった。
私は気力体力共に疲れ果ててすぐにテントで眠りに就いた。
翌日は各々が故郷へと向かって帰って行った。
皆帰り際に挨拶に来てくれて「ご母堂殿には随分と助けられ感謝しています」などと言って貰えた。
私としては頑張って戦ったのは皆であって、その皆を治癒や浄化で助けていたのは聖女の2人だと思うから礼を言われるとは思ってもみなかった。
「ご母堂殿のあの力がなければもっと苦戦を強いられていたでしょうし
長期化していたでしょうね」
「そうですよ。
ご母堂殿のお力添えがあったからこそ、この様に早く終結出来たのです」
ゼファーさんも王子殿下もそう言ってくれるけど、褒められ慣れていないので照れてしまう。
「さぁ我々も帰りましょうか」
王子殿下の声で皆一斉に竜の姿で飛び立っていく。
私はゼファーさんに、瑠衣は王子殿下に、ソユンさんは護衛騎士さんに乗せて貰った。
ん? 瑠衣は何故王子殿下に乗せて貰っているのだろうか。恐れ多い…
神樹の国へと戻った私達は1週間、のんびりと休養させて貰った。
思った以上に疲労困憊だったようで中々疲れが抜けなかったのよ。
その後は祝勝会兼慰労会とお披露目のパーティーが開催された。
何のお披露目かと言うと、瑠衣と王子殿下の婚約とソユンさんと護衛騎士さん(ノトスさんと言うらしい)の婚約だ。
つまりは番だったらしい。
なるほど、だから初日に一緒に居たのかと変に納得したけどそれならそうと早く言って欲しかった。
2人共番についてはよく解らないとか言いながらもちゃっかりと巡り合ってるじゃないよ。
でもこれで安心出来るね。
親の手を離れるのはちょっと寂しい気もするけど、幸せならばそれでいいと思う。
魔物の大量発生という大災害も数百年の間は起こらないらしいし。
さて私は今後どうしようか。
元の世界には戻れないらしいし、娘の心配は必要なくなった訳だし。
のんびりと旅でもしてみるのもいいかもしれない。
なんせ討伐の功労者と言う事で報奨金をたんまりと貰ってしまったのでお金はある。
そう思っていたのにゼファーさんに捉ってしまった。
「名前を教えて頂けませんか。
大災害の討伐も終わりやっと伝える事が出来ます。
貴方が私の最愛、番殿なのです」
「はい?!」
待って?誰が誰の番だって?
いやそう言われても私にはまったくピンとこないのだけども。
「かぁちゃん。
ゼファーさんの事惚れ惚れするくらい格好良いって言ってたじゃん」
「アジュモニ、お似合いの二人だと思います」
確かにそう思った事はあったけども。
え? えぇ? えぇぇ…
「ゆっくりとで構いません。私の事を知って頂きたいのです。
勿論惚れて頂けるまで諦めませんが」
「かぁちゃん、悪あがきはしないでさっさと惚れる方がよいよ」
「そうですよアジュモニ。竜族の方々の愛情はとても深いですから」
「それ私に選択の余地がないじゃないか…」
そこの竜族3人! ニコッじゃないのよ…
「それにさぁ、かぁちゃんにはずっと側に居て貰わないと困るのよ」
「そうですよアジュモニ。アジュモニにはこれからオンマになって貰って
いずれ孫が生まれたら一緒に可愛がって貰わないと」
「そうそう、孫も曾孫もそのうち増えるんだから」
「オンマはいいとして。孫だの曾孫だのって気が早くない?!
そもそも曾孫が生まれるまで生きてるかも解らないのに」
「かぁちゃん、心配いらないよ。
私達みたいな異世界人は番の寿命と同じになるんだって。
つまり竜族と同じ様にご長寿だから安心して!」
ご長寿… 番と同じ寿命… 竜族って何年生きるのよ…
眩暈がした。
私はただ行方不明になった娘を見つけ出して助けたかっただけなのに。
それが異世界に来て、魔物の大量発生という大災害の討伐に参加して、魔法吸収とか変な能力が身について、護衛としてついていた騎士が番でしたとか。
うん、無理。頭がパンクしそうだ。
「瑠衣、取り敢えずかぁちゃん寝る。
寝て起きたら考えるわ。ほら長い夢見てるのかもしれないし。じゃぁおやすみ」
「え? かぁちゃん? いやいや現実逃避しないで!これ今が現実だから!」
「オンマ?! 大丈夫?お薬持って来る?」
「まぁまぁ2人共、寝かせてあげよう」
「後の事はゼファーに任せておけばいいさ」
それそれのカップルが仲良く退出して行った。
残されたのは私とゼファーさん…
「寝る前に名前を教えて貰えるとありがたいのですが…」
「うっ… 七海…です」
「そうか、ナナミ。良い名ですね」
ニコリと嬉しそうなゼファーさんとは対照的に、戸惑う顔を見られたく無くてベッドに潜り込む私だった。
今後の事はどうなるか解らない。なんとなくは想像つくけど今は考えたくない。
取り敢えず寝よう、そうすれば少しは気持ちも落ち着くだろうと思う。
こうして七海は自分が思っていた未来とはかなりかけ離れた人生を歩むのだった。
~ 終わり ~
足を運んで下さりありがとうございました。
別の短編『おかんの丼物屋』もこの短編も、いつか連載版で書けるとよいなと思っております。
相変わらず誤字脱字に誤変換がある拙い作品ではありますが、各作品に評価やアクションを下さる皆様に感謝です。




