病弱令嬢、嘘がばれる 2
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翌日。
やる気になったファビアンは領地の貧乏脱却の案を練るため自室にこもりっきりで、思いがけず自由を手に入れたブリジットはベッドから抜け出して化粧水作りを再開させた。
試作品の使用感レポートが集まったので、これを集計して調整を行うのである。
(ニキビ効果はあったみたい。ただちょっと乾燥するってあるから、もう少し蜂蜜をたした方がいいかしら)
すっかりデイビットとの橋渡し役になっているベラは少々不満そうだが、試作品を多めに渡せば、なんだかんだと「仕方がないですね」と折れてくれる。
「ブラハムによると、ファビアン様の計画書はどれも素晴らしいそうですよ。……問題は費用面だけだそうです」
「でしょうねー。お坊ちゃんだから、お金儲けには疎そうだし」
ドリューウェット公爵領は広大だ。幼いころから父について学んでいれば、領地経営の基礎が身についていても不思議はない。しかし彼は優秀だが、公爵領と違ってここには金がない。先立つものがなければ、どれだけ素晴らしい計画も水の泡だ。
「お嬢様が少しお金を出してくれればいいのになとも申しておりましたが」
「……ブラハム、いったいどっちの味方よ」
この様子だと、勤勉で優秀なファビアンに絆されつつあるのかもしれない。
ブリジットだって、領地が貧乏から脱却するのは願ったりだが、領地が潤えばファビアンとの結婚が近づくとあれば話は別だ。みんなには今しばらく耐えてほしい。
「それともう一つ。……大奥様が、お嬢様の書いた計画書の一部をファビアン様に横流ししました」
「なんですって⁉」
ファビアン信者と化しているオーロラは、完全に敵に回ったらしい。
「どの計画書が回ったの⁉」
「養蜂計画です」
「……くっ」
化粧水やクリームの原材料にも使っている蜂蜜を一大産業にしようと、ブリジットは養蜂について計画を練っていた。養蜂場はあるけれど、それほど大きくない。そこで、レモン農家とも共存して、レモン畑にも養蜂場を作って回る計画を立てていたのだ。養蜂だけでは大きな収入は見込めないが、レモン農家の副収入として蜂蜜をちらつかせれば、農家も潤うし蜂蜜も手に入る。
「まあいいわ。それだけじゃ多くの収入は見込めないもの」
だがこれでわかった、オーロラに事業計画書を渡すのは危険だ。ファビアンに回される。よかった、石鹸工場の計画書は提出前で。
(あー、でも、王女からの定期購入が確定する前に工場計画に着手しないと間に合わなくなる……)
従業員を雇うにも面接などで時間がかかるし、場所の確保も急がなくてはならない。工場と言っても大きな長屋があればいいのだが、それを建てるにも時間がかかる。それまではどこか別の空き家を借りて作業するとしても、明日や明後日のことにはならない。
(おばあ様に頼んでお父様にあげてもらうつもりだったのに……どうしよう)
これだけは後回しにできないのだ。後回しにして王家に納品できませんでしたなどすまされるはずがない。デイビットによると、城からは最低でも毎月数百個の注文が入る見込みだそうだ。今のところ、石鹸の使用感も、どの香りも、高評価だという。
王女が使っているとなれば瞬く間に貴族令嬢たちに広まるのは間違いないから、各方面からの注文数を考えると、月に一万個は生産しておきたいらしい。
とてもではないが、今の生産能力では間に合わない。
(事業計画は後回しにして、取り急ぎ、デイビットに石鹸の生産拡大だけ頼んでおいて、当面はしのいでもらうしかないかしら)
ほかの商会へ石鹸を下ろすのならば一万個の生産でも間に合わないだろうが、そこはデイビットにうまく調整してもらうしかない。
ブリジットははーっとため息をつくと、気分転換に外でも眺めようと窓際へ移動した。
だだっ広い庭を見下ろしつつ、またため息をつく。買ってあげると言った花の苗も仔馬もまだ買えていない。
(花の苗はこっそり買えても、さすがに仔馬は無理だものね……)
ブリジットが窓の桟に頬杖をついてどうしたものかと頭を悩ませた時だった。
「……ん?」
前方。伯爵家の門の向こうに、見覚えのある馬車が見える。
「……って、まさかお父様⁉」
あれはアンブラー伯爵家の馬車だ。あのおんぼろ具合間違いない。ブリジットがここで暮らしはじめて八年、一度も領地に帰ってこなかったくせに、どうして前触れなくやって来たのだろうか。
(ファビアン様にしてもお父様にしても、先に連絡くらいいれなさいよ‼)
ブリジットは大慌てで寝室へ駆け込むと、ベッドにもぐりこんだ。
ベラがブリジットが散らかした化粧水の試作品などを目につかない棚の中に片付けてくれる。
もう十年は戻って来ていなかった伯爵の帰還に、伯爵家は騒然となったようで、ベッドに横になっていてもバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「わたくしも行ってまいりますね」
ベラも父を迎えるために部屋を出ていく。
(いったい何の用かしら。ファビアン様の様子を見にでも来たのかしら? ……八年も娘を放置しておいたくせに、未来の婿の様子は見に来るのか、あの父親は)
父からも母からも定期的に手紙は届いていたが、どれも「忙しくてそちらへ行けそうにない」という謝罪の文面ばかりだったくせに。
忙しい父のことだ。ファビアンと違って居着いたりはしないだろう。おそらくすぐにとんぼ返りに違いない。そんなことを思いならがベッドでごろごろしていると、バタバタと階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。
騒々しいなと眉を寄せたブリジットの寝室の扉が、大きな音を立てて開かれる。
「ブリジット‼」
現れたのは父親だった。
ファビアンと言い父と言い、扉をあけ放ちながら人の名前を叫ぶのが昨今の流行なのだろうか。
ブリジットは気だるそうに父親を振り向いて、弱々しく挨拶しようとしたが、父が手に持っていたものを見てくわッと目を見開いた。
(げっ!)
父、アンブラー伯爵が手に握りしめていたものは、ウサギの形にくりぬいた百合の香りの石鹸。
「これはどういうことだ!」
娘が病人と言うことも忘れているのか、アンブラー伯爵は叫んだ。
「王女殿下が購入した石鹸の出所がうちだと聞いたから不思議に思って調べたところ、この石鹸の利権登録がお前の名前になっていたぞ!」
(……やっばー……)
腐っても宰相。やはり調べてしまったか。
クインシア商会の刻印だけでなく利権登録者まで調べるとは。
(……もしかしなくても、それでぼろ儲けしようとか考えたんでしょうね)
お堅い職に就いている父もブリジットとは血のつながりのある親子。考えることは同じだろう。
「いったいどうなっているんだ! 利権登録など私は聞いていないぞ! なぜ黙っていた‼」
ブリジットは視線を泳がせた。
騒ぎを聞きつけてファビアンまでやってきてしまった。ファビアンのうしろに立っている祖母は、楽しそうにころころ笑っている。孫娘のピンチに笑顔を向けるとは何事だ。
さてどう誤魔化したものか。ブリジットが必死に考えている間に、石鹸を握りしめた父がこう宣った。
「ともかく、この利権は我が家に移すからな! お前は病人のくせに、余計なことを――」
「なんですって⁉」
思わず、ブリジットは跳ね起きた。
「横暴よお父様! せっかく試行錯誤を重ねて完成した石鹸なのに、人の権利をネコババしないでよね! それが完成するまでに何個試作品を作ったと思って――はっ」
元気いっぱいに父親を怒鳴りつけたブリジットは慌てて口を押えたがもう遅かった。
ベッドの上に仁王立ちになって頬を紅潮させている娘に、アンブラー伯爵とファビアンが目を点にしている。
ベラが額に手を当てて天井を仰ぎ、ブラハムが両手で顔を押さえた。
バーサは「やっちゃいましたね」と首を横に振っている。
これはもう――言い逃れはできそうもない。
「ブリジット……、どういうことだ?」
父の低い声が、何とも気まずい空気の落ちる寝室に響き渡った。
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