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花と狼  作者: riki
第二章 花護の騎士
32/43

30

「わかっているとは思いますが、これは試合です。相手に致命傷を与えたり、物を破壊することのないように注意して下さい」


 全額給料から差っ引きますよ、とのヘンリクさんの宣言に苦笑したのはラルフさんだ。「副団長は締まり屋だからな」という呟きには妙に実感がこもっていた。取り立てられた経験があるのかな。

 対戦者を囲むように神聖騎士たちが遠巻きの輪を作っている。

 ヘンリクさんが腕を一振りし、それが試合開始の合図だったようだ。

 直後に剣を抜いたダニエルさんに対し、クラウスさんは無手のままだ。振り下ろされた刃をまともに受ければ大怪我をするだろうに、剣とは別に対抗する手段を持っているのだろうか?


「……抜かないのか?」

「必要ない」


 自信家、と感じたのはわたしだけじゃなかったようで、少年騎士が肩を怒らせた。


「抜かせてみせるさっ、吠え面かくなよ!」


 吐き捨てた言葉の後を追うようにダニエルさんが踏み込んだ。二人がぶつかるっと思った次の瞬間、鉄パイプを打ち合わせるのに似た金属質な音がし、弾かれた剣が宙を舞った。

 もつれあう人影は勢いよく倒れた。ダンッと鈍い音が響き、わたしは反射的に身をすくめた。

 仰向きで床に転がっているのはダニエルさんだ。痛そうな音。ろくに受け身もとれなかったんじゃないだろうか? 苦しそうに呻くダニエルさんの声が途切れた。少年を押さえこむクラウスさんが容赦なく首を締めあげたからだ。

 傍目にもダニエルさんの劣勢は明らかだった。振り払おうと身をよじる抵抗は次々封じられ、首にかかる腕を掴むも、力負けしているのか引き剥がせないでいる。酸欠のために顔色が徐々に赤黒く変わっていくのが見えた。


 ……いつまで続くのだろうと心配になってきた。

 ずいぶん時間が過ぎた気がするけれど、制止の声がかからない。

 まさかこのまま誰も止めなかったりしないよね? あくまで腕試しだって言ってたもの……。

 口角から泡を噴くにいたり、ようやく審判の手が上がった。


「――そこまで。勝者はクラウス・リッター・フォン・セーヴェリングとする」


 わたしは肩から力を抜き、強く握っていた拳をゆるめた。

 激しくむせる相手から離れ、転がっていた剣を拾ったクラウスさんは少年へ柄を反す。受け取る余裕がないと見て傍に置くと、無言で輪の外へ足を向けた。

 自然と割れた人垣は声高に彼を讃えもしないが、拒絶もしていないようだった。

 クラウスさんは認められたということ……?

 嘆息したのはラルフさんだった。


「乗せられたとはいえ、ざまあないな。練氣が甘えんだよ」


 物言いがつかないのは歴然とした実力差が存在していたためなのだろうか。

 あっけない、と言ってしまうのはダニエルさんに失礼だけど、それほど一方的な試合だった。


「真っ直ぐなのはダニエルのいいところですが、力量を測るどころか己の未熟ぶりを露呈させただけではね……。午後から鍛え直しです」

「そりゃめでたいね。いやご愁傷さまか? おまえにしごかれりゃ直情径行のガキもひねくれて育つだろうさ」

「君の単純さも一緒に矯正してあげましょうか?」


 左右で軽口の応酬をする士長は置いておいて、わたしはジークベルトさんに気になっていたことを尋ねた。

 素人のわたしに騎士同士の戦いを見てとれる方がおかしいけれど、ダニエルさんの剣が弾き飛ばされた時に聞こえた金属的な音は何だったのだろう? 素手で殴ったらあんな音はしない。

 片方が剣を抜いたのだから斬り合いになると想像していた、と言うと「リン嬢は狼の戦いをあまり見たことがないらしいな」と納得したように頷かれた。

 一度ロベルトさんとフィリップさんが剣を交えるのを見たけれど、唐突に始まり一瞬で終わった攻防は、何が起こっていたのかよくわからなかった。


「《ルーフェン》という言葉を聞いたことは?」

「狼だけが使える力、なんですよね?」

「説明は私より適任がいる。ユーリウス」

「私も花に講義をした経験はないですよ。自信はありませんが……」


 ――ここになにがあると思いますか?、とユーリウスさんが右手の指を一本立てた。

 視力検査にしては脈絡がない。わたしは意図がわからず、見たままを答えた。


「指が一本あります」

「他には?」

「人差し指です」

「他には?」


 ……ほかに? 目を凝らしてみたけれど、万国旗もハトも現れることはなかった。

 ただの指だと思う、と正直に伝えると、ユーリウスさんが立てていた指をクッと曲げた。

 確かに何もなかったはずなのに、指の動きに合わせるように生じた風がぶわっと顔に吹きつけてきて思わず目を閉じた。団扇で強く扇がれたみたいだ。

 なびいた前髪がふわりと額に落ちるのを待ってぱちぱち瞬きをしていたら、「これが《氣》です」とユーリウスさんが微笑んだ。わたしはポカンと間抜けな顔をしていたらしい。


「すごいっ……まるで魔法みたいですね!」


 人間の成り立ちからして御伽噺のようなテュリダーセ。花紋や誓約といったものはもちろん不思議だけれど、女性も男性も姿形はわたしとほとんど変わらない。だからこそ同じ人間が指一本で風をおこせることが純粋な驚きだった。


「氣は我ら狼が花を護るために神より授けられた力。質や量に差はあれど狼なら生まれつき誰もが持っている能力です。体内を巡る精気のようなものですが、そのままではただ発散しているだけで使えません。氣を練る、これを《練氣れんき》と呼び表しますが、練氣ができるようになってはじめて氣を使えるといえます。先ほどは練りをゆるくしたので微風程度でしたが、さらに精錬すると――」


 ユーリウスさんがラルフさんに向かってデコピンするように中指を弾いた。

 当たるはずがない距離。ところがラルフさんは素早く顔の前に手をかざした。

 シャンッと鈴をふるような音がして、強い風を浴びたようにラルフさんの短い髪が乱れる。元々跳ねていた金茶の髪がさらにくしゃくしゃになってしまった。

 「~~おまえはっ!」と凶悪に凄む相手を見もせずに、「剃刀替わりに髭を剃ることもできます」と青い目が細められた。

 ……本当だろうか? ラルフさんが親切に対して感謝しているようにはとても見えないけれど。


「真面目にやれユーリウス。リン嬢が信じたらどうする? 防がなかったら髭どころか顎ごと削がれていただろうに」


 呆れたようにジークベルトさんが補足してくれた。

 狼の冗談は物騒でついていけません……。

 コホンッと咳払いをしたユーリウスさんが改めて説明してくれた。


「練氣することによって、たとえば広範囲に風をおこしたり、縒り尖らせて刃と投げたり、剣や拳に通い纏わせ打ち合うこともできます。個々で得手不得手がありますから、氣の使い方は様々です」


 幅広い用途がある能力のようだ。

 ロベルトさんが剣の間合いに居ないクリストフェル殿下の襟をどうやって斬ったのか、謎が解けた気がする。デコピンで氣を飛ばしたのと同じ。練氣することによって威力を高められるなら、そよ風を暴風に、剃刀をかまいたちに変えることも可能なのだろう。


「氣による攻撃は氣で防ぐ、これは戦いの基本です。そっくり同じ造りの剣を用意しても、氣を篭めるか否かによって小枝と鉄剣ほど変わってきます。面白いことに氣にも相性というものがあり、反目する氣がぶつかるとがなり合う。ラルフが氣を砕いたとき、音が聞こえませんでしたか?」

「はい、鈴を鳴らすみたいな音がしました。……じゃあさっきの試合のときも?」

「ダニエルの剣を払ったときですね。あれは剣の持ち手と柄を氣で覆っていたところを、クラウスが氣を篭めた拳で殴って砕き、剣を弾いたのです。戦闘において相手の得物を奪うのは勝利への常道ですからね。ダニエルは挑発に乗って刀身により多く氣を振り分けてしまった。氣の使い方以前に太刀筋を見切られていたので、剣術だけ取り上げてもクラウスには及ばなかったでしょうが」

「つまり、クラウスさんって強いんですか?」

「……ダニエルが新米であることを差し引いても、腕は立つようですね」


 苦虫を噛み潰した顔でユーリウスさんが認めた。内務士長として心情的にはダニエルさんの肩を持ちたいはずだけど、公平に見てくれている。


 ようやく動けるようになったのか、ダニエルさんがふらつきながら立ち上がった。うつむく少年騎士の表情は窺えないけれど、剣を拾って鞘へ戻す手の震えに彼の感情が表れていた。

 今日会ったばかりで、クラウスさんという人はよく知らない。ダニエルさんのことも知らない。

 一部屋につき、二人の花護。ときに身内からも花を守護するという花護騎士は内務の精鋭なのだろう。日々の厳しい鍛錬で培った実力を認められ、選出される栄誉。

 ロベルトさんが花護になってくれたら嬉しい、そんな軽い気持ちでいたことが恥ずかしくなった。

 彼がいるならもう一人は誰でもいいなんて、他でもないわたしを護るために強い花護を、そう思って真剣に戦っている騎士たちに対して失礼な話だ。

 人が戦う姿を見るのは苦手だからといって目を背けず、わたしが一番試合を見届けなくちゃいけない義務があるんだ。

 クラウスさんは舞台の下へ戻り、ダニエルさんも輪から外れた場所へ下がった。


「次はロベルト、ハンス、お前たちだ。行って来い」


 ジークベルトさんの促しに、静かな答えが重なった。

 どちらも気負った様子はなく、先陣の退いた中央へゆっくりと歩を運ぶ。


「ハンスか。まあ悪くねえ。おまえが次期副士長に推しているやつだろう? 血気盛んな坊主を二人いなして花護じゃ、疑われるもんなあ」

「別に仕組んではいませんよ。ハンスが名乗り出ないときは私が出るつもりでした」

「内務士長殿自らがか? 負ければ格好がつかねえぜ」

「……君とは一度じっくり語り合わなければいけませんね」


 ――拳で、と声なき台詞が聞こえたのは空耳でしょうか。仲がいいのか悪いのか、じゃれ合うというジークベルトさんの表現がぴったりの関係だ。

 ヘンリクさんが試合開始の合図をすると、ロベルトさんとハンスさんはすらりと剣を抜き放った。冷たい鋼の輝きにゴクリと唾を呑む。

 お互い隙を狙っているのか、睨み合ったまま動かない――動けないのかもしれない。


 …………ロベルトさんって、強いのかな?

 ふと心配になった。

 フィリップさんと戦ったときは互角に見えたけれど、剣の技量にくわえて氣の要素がからんでくる狼の戦いは想像もつかない世界だ。

 たぶんクラウスさんは戦う前から剣対素手という不利な状況でも、勝つ自信があったんだと思う。ハンスさんは熱血新米騎士じゃない。ロベルトさんが迷わず剣を抜いたのは侮れる相手じゃないと判断したからだろう。

 わたしは泰然とかまえたジークベルトさんの耳にこっそり問いかけた。


「ジークベルトさんはどちらが勝つと思いますか……?」

「さあて、勝負は時の運という。終わってみなければわからんなぁ」


 ある程度結果が予測できるから教えてくれないのか、本当にわからないから答えてくれないのか……。騎士団一の実力者を困惑して見つめていると、「そら、仕掛けるぞ」とウィンクされた。

 ハッと顔を戻すと、ガキィィィンッッ!と甲高い金属音の悲鳴が響く。十歩以上あった間合いを瞬時に詰めた両者が剣を交えていた。あいにく動きが速過ぎてわたしの目では追えない。ガッガッと間断ない音に激しい攻防を察するだけだ。

 大きく身をひるがえしたロベルトさんの体すれすれを凶刃が通りすぎた。

 目の錯覚じゃないなら、勢いづいた剣先がまるでパンを切るみたいに、木の床にストンと突き立った。

 …………これが、“氣”の力?

 さあっと頭から血が下がる。寒いわけでもないのに鳥肌が立った。

 腕試しだって言ってたのにっ……!!

 先の試合はあっさりクラウスさんが勝ったため甘い認識を改める暇がなかったけれど、剣を持ち出した時点で気づかなきゃいけなかった。

 刃物は遊びで振り回すものじゃない。ここは平和な日本じゃないんだ。本来武器とは相手を殺傷するための道具。一回でも防ぎ損ねたら簡単に腕が飛ぶような、そういうレベルの攻撃が繰り出されているんだ。


 ロベルトさんの剣を受けたハンスさんが腰を落とし、上体を沈めた。さらに一撃と剣を振り下ろしかけていたロベルトさんが、突然何かに殴られたように後ろへ吹き飛ばされた。きっと氣の攻撃を受けたんだろう。バランスを崩して倒れるかと思ったら、彼は猫のように体をひねり、体勢を整えて着地した。間髪入れず迫っていたハンスさんの剣をガキンッと真っ向から受け止める。

 隣でヒュウッと称賛の口笛が吹かれた。


「やるなあ、あいつ! 図体のわりに身軽じゃねえか!」

「ハンスは速攻型です。いつもなら決着がついているころですが、攻めあぐねているようですね」

「ことごとく凌がれてるからな、決め手に欠けるってか。……あいつは、なんで自分から行かねえんだ?」

「何か狙ってるんでしょうか?」


 のんびり実況する士長たちこそ正しく高みの見物というもので、物理的に高みから見守っているだけのわたしは気が気じゃなかった。

 怖くて見たくないのに、目を逸らしたらその間にもっと怖いことがおこる気がして、瞬きもできずに見つめる瞳が乾いていく。わたしは前を見たままジークベルトさんの服をぎゅっと握った。


「どうしたリン嬢?」

「これ、試合なんですよね? 致命傷を与えたらダメだってヘンリクさんが言ってたから、大丈夫なんですよねっ?」

「――我らにとって戦いで負った傷は勲章だと言ったろう?」


 答えになってませんっ……!!

 おおっ、とどよめきが起こった。

 心臓が早鐘を打つ。指先が氷のように冷たい。

 無造作に剣が払われると、空中に撒き散らされた飛沫が重力に従って落ち、パタパタと床に深紅の花を咲かせた。

 右腕を押さえているのはロベルトさんだ。足元の赤い小さな水たまりがじわじわ広がっている。

 対峙するハンスさんが剣をかまえたまま言った。


「己の負けを宣言しろ。利き手がそれでは満足に氣も篭められないだろう」


 こちらに背中を向けているロベルトさんの表情はわからない。だらりと垂れた右手から剣は落ちなかったけれど、かわりに血が絶え間なく流れ落ちていた。

 悪夢のよう……。ううん、悪夢の方がましだ、こんな現実よりは!

 わたしのために。わたしのせいだ。わたしを助けたばかりに、彼は負わなくていい傷を負ってしまった。

 こんなことになるなら、ロベルトさんが花護に選ばれない方がよかった!


「……ご冗談でしょう? ここで退く《狼》がいればお目にかかりたいですね」

「ロベルトさんっ!?」


 自分の耳が信じられなかった。あの腕で、まだ彼は戦おうというのだろうか。


「もういいですロベルトさんっ! わたしのために無理しないでくださいっ、負けでいいです!」

「――リン様」


 甘い響きの低い声。

 苦痛の色を排した声音だけを聞いていれば、騙されてしまいそうになる。


「あなたの花護は私です。他に譲るつもりはありません」


 ……どうして。

 ロベルトさんには迷惑をかけるばかりで何一つ恩を反せていないのに、偶然わたしを保護しただけの彼が傷ついてまで戦う理由があるだろうか。

 神聖騎士のプライド? もし花狼としての責任感なら、お願いですからそんなもの放り出してくださいっ!


「では副団長が止めるまで耐えてみせるんだな!」


 ハンスさんが斬りかかった。斬り結びながら移動する先々で血が振りまかれる。試合を中止して止血しないと、どんどんロベルトさんの血が失われていく。

 ここで泣いてもしょうがないのに、瞳が熱くてたまらない。


「ジークベルトさんっ、二人を止めてください! ロベルトさんがっ!」

「無茶を言う。花を賭けて戦う狼を止めるのは至難の業だ。心配せずとも、リン嬢の身を損なうような真似はヘンリクが許さんよ」


 わたしの身を損なう? ロベルトさんが危ないから?

 二つのことはイコールで繋がらないのに、ジークベルトさんは自明の理として語った。

 わたしとロベルトさんを繋ぐものは――花狼の誓約だ。わたしに益を、彼に不利益を与える縛り。氣の力が上がるといっても現に彼は押されているから、あまり効果はなかったんだろう。

 一見偏りのある関係は何において公平だった? シラーさんの言葉がぐるぐると脳内を廻る。

 それって、それってっ……!

 生死を左右するような事じゃないと言われても安心できるはずがない。

 ジークベルトさんはどこまでも余裕の態度で助けようとしてくれない。ごうを煮やして彼の腕から飛び降りようともがいたら、肩を掴まれ動きを封じられた。


「やっ、いやっ!」

「こらこら、暴れると落ちてしまうだろう」

「落としてくれたらいいです!」


 困った顔のジークベルトさんを睨んで言った。落とされたらロベルトさんの元まで走って行ける。

 唐突に剣戟の音がやんだ。

 心臓が凍りつく沈黙。潤んでぼやける視界で必死に目を凝らす。

 血の演武でいびつな模様を描く床、膝を突いたロベルトさんの右手からついに剣が離れ、転がっていた。


「まだやるのか?」

「愚問です」


 再び問うハンスさんに、ロベルトさんの答えも同じだった。

 ~~どうしてヘンリクさんは止めてくれないの!?

 三度目の正直なんて信じられなかった。

 ハンスさんが剣をかまえ、一気に距離を詰める――。


「やめてぇぇっっっっ!!」


 激しい氣の摩擦音が聖堂を震わせた。


「――そこまで。致命傷を与えることは禁止していたはずですが?」


 ぴたりと動きを止める二人の間に割って入ったヘンリクさんの手には剣が握られ、首筋に突きつけられた剣と交差して押し返している。


「申し訳ありません」


 ハンスさんの首に向けていた剣を引き、ロベルトさんが謝罪した。ヘンリクさんもそれを見届けて剣を引く。

 ……ハンスさんが振り下ろした剣はロベルトさんにあと一歩、届いていなかった。けれどその一歩を踏み出していれば、ハンスさんの首は斬り裂かれていただろう。

 ううん、違う。ヘンリクさんが止めなければもう……。


「へえ、両利きかよ」

「徹底的に右手を使い、最後に左手とは。役者ですねぇ」

「ああ、とんだ“役者”だな。おまえも気づいてるんだろう?」

「……まったく。腹立たしいですね、トリスタン狼というものは」


 立ち上がったロベルトさんは腰の鞘へ剣を収めた。危なげなく、左手で。

 そしてハンカチを取り出すと手早く右腕を縛り、確かな足取りでこちらへ戻ってくる。

 舞台の下にロベルトさんとクラウスさんがそろった。


「これで二人の試合が済んだわけだが――八花片の花護として、異存のある者はいないな?」


 ジークベルトさんの言葉に異議を唱える人はいなかった。

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