3人の時間
ショッピングモールを目的地としていた薫たちは、駅から少し歩いて既に店内に入ろうとしている。
そのショッピングモールのためだけにあるような立地の駅なので、数分歩けばすぐに着く。逆に、駅があるところに店を構えているのかもしれないが。
どちらにせよ、元気いっぱいの里奈たちに急かされる薫からすれば、この位置関係は非常に助かるものであった。
「よーし、ついたー!まずはどこから回る?」
「服みる、そろそろ夏物もあるかも」
「かおるにぃもそれでおーけーですか?」
「OKです」
里奈は迷いなく進んでいく。陽彩の提案だが、目的地は既に決定済みのようだ。その後ろを歩く陽彩にも不満な様子は一切見られないので、彼女たち、女子高生からすれば定番の店があるのだろう。
本来であれば、薫はファッション事情、特に女子高生のものには詳しくないし、なろうともしていないため、行き先の検討などつかないはずだが、里奈に散々荷物持ち役を与えられてきた彼は今回に限っては違う。
思いついた今向かっているであろう店舗について、あそこ男は入りづらいんだよなとか考えながら、周囲の多様な店舗に目を向けながら歩いていた。
「あれ?」
薫はショッピングモールのような大型の店舗であれば、よくある店内の配置図が貼り付けられた柱を見て立ち止まった。
昔、陽彩や里奈と来ていた頃とその出店状況が異なっている。ここに来る事自体は別に久しぶりでもないので、これまで意識することがなかっただけで、目新しい発見とまでは言えない。
ただ、陽彩や里奈とともにいる状況が過去の記憶を呼び覚ましていた。まだ幼かった自分たちだけで来ることはできなかったが、薫たちの親や美波に連れられて、何度か遊びにきていたのだ。
里奈が必ず見に行っていたペットショップは、別の店舗の一画に位置していたのが、今では独立して一つの区画を使用できるようになっている。甘いものが好きな陽彩が薫の手を引っ張り連れて行っていた駄菓子屋は、若者向けの雑貨店に置き換わっていた。
「どうしたの」
「かおるにぃ~、もしかして道分かんないのー?しっかりしてよー」
歩みを止めていた薫に、陽彩は不思議そうに、里奈は呆れていますよとアピールするような仕草を取りながら振り返った。
2人に変な心配をされる前に、薫も再び歩き始めた。
「色々変わったなーと思って」
「そんなに変わってる?ちょっと前も来たのに、新しいお店なんてなかったと思うよ」
「そうだけど、3人で来ることは久しぶりだろ。それで少し昔を思い出してさ」
「確かに。でも、薫と一緒に回るのは初めてのところもある」
「あー、そういうこと!かおるにぃだけずるい!!私もひいろちゃんと新鮮な気持ちで回りたい」
「里奈は定期的に来てたんだから、新鮮な気持ちは味わい済みなんだろ」
「でも、ずるいずるい」
「新鮮な気持ちなら、三人で来るのは初めてになるでしょ。私と薫と里奈ちゃん」
「それもそうか。やったー!」
頬を緩ませながら両手を突き上げて、全身で喜びを表現している里奈。しかし、周囲にいた子供たちに笑われ、彼らの保護者に微笑ましいものを見るような扱いを受けていることに気づき、その場から直ぐに退場した。
ショッピングモールともなると、もちろん様々な服屋がある。だが、迷いのなく歩く里奈たちからすると最初にその店に訪れることは決定事項だった。
薫は女子高生たちに人気の店舗なのだろうと、里奈が普段よく訪れていることから予想していた。しかし、その真実は全く別のところにあり、薫が気づくようなら悶絶するものであった。
里奈は知っていた。その店の服を試着したり、買ってきてみせたりすると、薫の反応が普段よりも良いことを。若干ブラコン気味な彼女はその僅かな違いを見逃さない。
また、2人が結成したかおるの好きな料理研究会の成果の一つとして、陽彩にももちろん共有されている。
薫に褒められたい一心から、言葉を交わさずとも彼女たちの目的地は一致していた。
「さあ、どんどん見ていくぞー!」
「うん!」
「はーい」
陽彩たちは目にもとまらぬ早さで、店内を進んでいった。薫も居心地の悪さを感じながら、ゆっくりとついていく。彼にはこれから試着をする彼女たちへ感想を伝える重要な任務が待っている。
それが薫にとって苦痛というわけではない。妹にしても、陽彩にしても可愛い姿を全力で見せられるのは楽しいものだ。
それに、昔お菓子を持ってきた陽彩にどっちが私に合うか問われていたことと比べれば、幾分もわかりやすい。美味しいさや好みを求めているのではなく、薫に好きなものを共有したい陽彩の手段であると知らなかったので、いつも真剣に考えて困っていた。
ではなぜ、居心地の悪さを感じているのかというと、その店舗のコンセプトが影響している。女性もの専用店というだけでハードルは高いが、フリルやリボンが大量に使われるような、所謂女の子っぽさを前面に出している服をメインとしているからだ。
そこに男の自分がいることからの場違い感を強く感じるのだ。
「かおるにぃー!ほら、早く来て」
「薫みて」
意識して冷静さを保ち、不審者に見えないようにつとめていた薫は里奈たちに呼ばれて、店の奥の方に用意されている試着室に向かう。
そこには、すでに着替えを済ませた2人がいた。
「感想かもん!」
「どう?」
薫に感想を求めてそわそわしている2人。
どんな言葉を貰えるのか楽しみな里奈、彼女はこれまでの経験から薫からの評価に自信があったので、目をパチパチさせながら待つ。
白をベースとして、薄い赤色の模様や控えめなフリルがついたワンピースに、黄色の羽織物を着ていた。
半袖であるとはいえ、夏用にしては暑そうな様子となっている。それは里奈が選んだワンピースだけでは少し露出が多いと思ったからだ。
里奈自身は別に気にするほどでもないといつも言っているが、兄が心配するので一応気をつけるための対応策となっている。
「いいと思うよ。いつもみたいに似合ってる」
「えー、もっと詳細に聞きたいよー」
「はいはい。とても可愛くなっております」
「全然詳細じゃないし。妹相手に照れてるの?」
文句を言っていても、薫の様子からその本心は読み取れていたので、里奈は既に満足していた。
一方で、その隣りにいる陽彩は先に感想をもらった里奈と違い、少し緊張したような様子で、じっと薫からの感想を待っている。
陽彩が選んだのは、里奈と同じくワンピースだ。しかし、里奈のものとは違い、白一色でシンプルな色合いだが、お腹の辺りにあるリボンが目立つ作りとなっている。
「陽彩も似合ってるよ。すごくきれいだ」
「ん!ありがと」
「何にやにやしてるの!私のときとちょっと違うよね」
里奈にぽこぽこと攻撃される。それを見ながら、少し安心したような陽彩。
そして、別ににやにやしているつもりもない薫は、2人を見て疑問に思ったことを尋ねる。
「2人ともワンピースなんだな。最近よく見る気がするし、流行っているのか?」
「薫が好きって聞いたから」
「里奈」
「さあ、どんどん着替えていくぞー」
真実に到達しそうになっていたが、里奈は高速で更衣室に戻っていき、その道はまた閉ざされた。
里奈と陽彩のファッションショーはその後も続いたが、何とか薫の感想が尽きるまえに終了した。
薫も様々な服を着て見せてくれる2人に対して、出来るだけ同じ言葉は使わないようにしていたが、数を重ねるとそれも厳しくなってくる。
大変満足した2人と乗り切ることができて安心した薫が店から出でてきている。2人の手には戦利品はないようだが、何も買っていないわけではない。夏用のものをいくつか買ったが、まだしばらく歩く予定なので預けているのだ。
「次はどうする。まだ、お昼には早いけど」
「次はかおるにぃを着せ替えします!」
「おお!いい」
「え?」
服を買う予定はないと伝えようとしたが、里奈と陽彩に手を引かれていくうちにそのタイミングも失った。
薫はやってやると謎のやる気を見せる妹は置いておくとしても、急に訪れたビックイベントに目を輝かせている陽彩を見て抵抗を止めた。
その様子は、彼らが過去の幼馴染みであった時期、そのときの雰囲気ととても良く似ていた。




