Deadly [Lucid] Reason 1
砂埃を混じらせた強い潮風に不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら、レイは護衛対象が訪れている他社の社屋周辺の哨戒任務に従事していた。
あれから小隊とジョナサン・D・スミスの模擬戦は1ヶ月間毎日続けられたが、ジョナサンはその結果が出ないどころか日々酷くなっていく戦績に小隊の解散を決めた。
情報攻撃を仕掛けながらの電撃戦。
それぞれがそれぞれを勝手に囮にしていた陽動戦。
挙句の果てにはネイムレスとゴリニチが相打ちをして、模擬戦にすらならなかった戦闘。
その結果、ヴィクター・チェレンコフはロシア系の人間達が中心となる戦闘部隊に配属。
アネット・I・スミスはジョナサン直属の諜報部隊に配属。
そしてレイ・ブルームスは元の望み通りに部隊に所属する事を逃れた。
扱い方次第では使い物になるチェレンコフ。
傭兵としての結果を望んでいるわけではないアネット。
そしてヘンリー・ブルームスの代替として手札に加えて置きたいレイ。
そんな見え透いたジョナサンの歪んだ考えを理解しながらも、レイはようやく受けることが出来た任務に従事していた。
レイの初任務は、数え切れない紛争に沈んでいるアゼルバイジャンの首都バクーでの依頼人の護衛だった。
護衛対象は、アゼルバイジャンの石油会社重役であるイルハン・カスパロフ。
先日関係者がテロリストの襲撃を受け、大手の1つである民間軍事企業H.E.A.T.に護衛の依頼をした人物だった。
戦場に出たいと思っていたレイには護衛の任務は退屈に感じられた。
しかしカスパロフという狙われる可能性のとても高く、戦闘を視野に入れたこの護衛にレイは納得することが出来ていた。
ジョナサンにもH.E.A.T.の2番手であるファイアウォーカーにも勝てなかった自身が、偉そうに戦場に出たいなどと言えるはずもないのだとレイは理解しているのだから。
ただ1つ、レイには無視できない不満があった。
「レイ、歩くの速い」
「アンタが遅えんだよ、あと気安く名前を呼ぶんじゃねえ」
レイはトラッカージャケットの袖を引いてくるその手を振り払い、後ろから付いてきている女へと険しい視線を送る。
脱色しているのだろう金髪と黒髪のツートンのミディアムヘア、その髪を掛けている耳にはダガー、ハート、フープのピアス達。
その身にブラックレザーのフィールドジャケット、真っ白なインナーとインディゴのデニムボトム、コンバットブーツを。
フレアの装飾が施された黒縁の眼鏡越しに、半分閉じている灰色の瞳でレイを眺めていた小柄な女。
その女はこの作戦で協同することとなったH.E.A.T.所属D.R.E.S.S.部隊ダガーハート小隊の隊長、アイリーン・フェレーロだった。
「アンタじゃなくて、アイルと呼ぶの」
「人の言うことも聞けねえ奴が偉そうに言ってんじゃねえよ」
「レイ、可愛くない」
「うるせえな、じゃれたきゃ部下とじゃれてろよ」
レンズ越しに灰色の瞳で見つめてくる年上の小隊長に、そう毒づきながらレイは深いため息をつく。
アゼルバイジャンは複数の国から成り立つ共和国であり、首都バクーであっても英語が通じない状況が想定される。
そのため数カ国の言葉を操る事が出来る人間が所属しているダガーハート小隊がこの護衛を受け、レイはそのおまけだった。
護衛という任務が1人で行えるものではないことを理解しているレイはその決定に不満こそなかったが、東洋人の血が混じっているせいか歳以上に幼く見える自身を構ってくるアイリーンの存在がレイは気に入らなかった。
小走りでレイに追い着いたアイリーンの身丈はレイよりも1回り小さく、そんな小さな人間に子ども扱いされている自身が悲しく思えてくるのだ。
「年下の新兵を気に掛けるのは、隊長のワタシの役割だって皆が言ってた」
「……あのクソヤロウ共が」
今頃対象と対象の所有しているの車両を護衛しているであろう、ダガーハートの隊員達にレイは思わず毒づいてしまう。
この頃には厭世家なきらいが出来上がりつつあったレイは、何かと自身の思うように自身を動かしたがるジョナサンとは違う鬱陶しさを、アイリーンを含めたダガーハートの隊員達にも感じてしまっていた。
そんな苛立ちから歯噛みしているレイを余所に、アイリーンは通信用に隊員達に持たせた携帯電話をポケットから取り出す。
その結晶体で出来たディスプレイには、対象の会談が終わったことを告げるメッセージが表示されていた。
「レイ、会談が終わった」
「じゃあ合流するか、この後の対象の予定は?」
「本社に戻って19時まで仕事、その後は帰宅――言っておくけど今夜の夜間警備もレイ以外の成人した大人達で行う」
「はぁ? マジで言ってるのかよ」
車両を止めているポイントへと向きを変えたレイは、そのアイリーンの言葉に思わず顔を歪めてしまう。
アゼルバイジャンに入国してからというもの、レイは未だアイリーンとする哨戒以外の仕事をこなしていなかった。楽をして金を稼げるのに文句はないが、子供扱いされているのには納得がいかなかった。
「マジ。成長期にちゃんと寝ないと、ワタシみたいに小さいまま」
そう言ってアイリーンは、150cmに達していない自身の体を見せ付けるように両手を広げる。
最低でも25cmほど差がある金と黒の髪を見下ろしながら、自分を一人前と認めないアイリーンの言葉にレイは苛立たしげに舌打ちをする。
「余計なお世話だ。俺は傭兵としてここまで来てんだ、アンタらに保護されるためじゃねえんだよ」
「プロとして言う。レイは未熟、まだ恐い」
「ヘマをするとでも?」
「それだけなら大したことない。恐いのは、もっと違うもの」
苛立ちから段々と早くなるレイの歩みに、小走りで追い着いたアイリーンは顔色も変えずに言う。
レイは自身が傭兵として完璧であるとは思ってはいないが、アイリーンの言わんとしていることが理解出来ずにいた。
やがて見えた1台のベンツと2台のジープの傍らに立っているダガーハート小隊に所属している茶髪の男が、2人に向かって手を振っていた。
レイは足を速めて車両へと向かっていき、アイリーンは更に速くなったレイの歩みに驚きながら走り出した。




