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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Goodbye To [Nameless] Avenger
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Start The [Ghastly] Farewell 6

「……アキラさん、ゴメンなさい」

「こんなこと言うとレイ君がうるさそうだけど、子供は大人に面倒を掛けるものよ。人間は失敗して成長していくんだから、少しくらいワガママ言ったって構わないわよ」


 思わず俯いてしまったフィオナに晶は優しげな声色でそう返す。

 歳相応な振る舞いを見せるフィオナにどうにも甘くなってしまっているように感じた晶は、思わず苦笑を浮かべてしまう。

 20歳というかつての偽りの年齢を信じてしまうほどに、レイにそういった可愛げは感じられなかったのだ。


「アキラさんも何か失敗したことあったんですか?」

「そりゃあるわよ。帳簿の数字を間違えたり、調味料を間違えたり――」


 ――父の過ちを止められなかったり、ね


 意外だと言わんばかりの表情をしているフィオナの問い掛け。

 それに晶は苦笑を深めながら返すも、永遠に消えることはない罪に言葉をつぐんでしまう。

 晶の実の父である昌明マサアキ鴻上コウガミは偶然的に生まれたナノマシン兵器BLOODの存在に気付いた者達を実験と称してBLOODを投与して殺していき、挙句の果てにレイにその罪の一部を着せようとしていた。

 父の面影に囚われながら生きていたレイだからかもしれないが、レイがその事で晶を責めたりすることなかった。


 それでも晶はその罪を忘れてしまうわけにはいかない。

 その罪がレイと自身を出会わせ、晶に新しい道を選ばせたのだから。


「アキラさん、どうかしましたか?」

「……いいえ、ちょっとフィオナさんが羨ましいなって思っただけよ」

「アタシが、ですか?」


 唖然とした表情を浮かべるフィオナに晶は頷いて返す。

 自身が16歳の時には出来なかった無茶をするフィオナの行動力が、晶には少しだけ羨ましく思えていた。

 思えばフィオナのように誰かを追い掛けたり、エリザベータのように熱い情熱を伝えたり、イヴァンジェリンのように尽くした事もない。

 ただ傍らに寄り添い立ち、ただ律する事しか出来ない自身とは大違いだ。

 晶は思わず自嘲するような笑みを浮かべてしまう。


 以前話に聞いていた、トレードマークのフィールドジャケット。


 いつかのプレゼントにと購入したそれは1歩を踏み出す事が出来ない晶を象徴するように、リュミエール邸の自室で訪れる事のないその時をただ待ち続けている。


「大人になってしまうと出来なくなることがたくさん増えるのよ。立場だったり、責任だったり、自分自身だったり。縛り付けてくる物がどんどん増えていくわ、それこそ嫌になるくらい」


 そう自身の半生で理解させられたことを口にしながら、晶は埃に塗れたコンクリート打ちっぱなしの廊下を進んでいく。


 母の代わりに父を支え、父のために社を支え、そして社のために父に殺されそうになった。


 世界中のあらゆる人間の中で特別な人間であるイヴァンジェリンの傍に居る晶だからこそ、人間というのはとても小さな存在で、大きな力が働いてしまえば簡単に掻き消されてしまうのだと理解させられていた。


 昌明の罪で昌明の婚約者であった加奈子カナコ飯塚イイヅカには詰られた。

 自宅には事件を知ったマスコミが集まり晶を責め立てた。

 実の父によって穢された信用は価値を失い、ただ普通に生きていくことすら晶には許されなくなっていた。


 イヴァンジェリンが晶をカルフォルニアへ呼び出すために、脅迫めいたメッセージを告げてきたのはその頃のことだった。

 そしてカルフォルニアに着いてイヴァンジェリンに取引を持ち掛けられた時、晶は生まれて初めて全ての責任を放棄した。

 おそらくああいった機会がなければ限界まで就職活動を続け、そしていつか自殺していただろう。

 16歳の誕生日の翌日から大人として生きることを選ばされた晶は、他の道の選び方など知らないまま父の力になる事を決めたのだから。


「やりたい放題好き勝手ワガママにしていい、とは言わないけど、何もしないで後で後悔するのは最悪よ。それこそ社長がさっき仰っていたけど、取り返しの付かないことになってしまったらもうどうすることも出来ないんだから」


 そう言って晶は自身に割り与えられた部屋の扉を開ける。

 箒で軽く掃かれただけの簡素な室内に置かれた簡易式のベッドに、晶はフィオナをゆっくりと寝かせる。

 レイに怒られたこと以外は大したストレスを抱えていないように見えるその様子に安心した晶は、再度人差し指を立ててフィオナに諭していく。


「全部終わったらレイ君にしっかり謝りなさい。彼だって憎くてフィオナさんにあんな態度を取っているわけじゃないんだから」

「……はい」

「よろしい。あの冷蔵庫に飲み物が入ってるから好きに飲んでちょうだい、わたしはちょっと出てくるから大人しくしてるのよ」


 バッテリー式の小さな冷蔵庫の存在をフィオナに教えた晶は、足早に部屋を後にして3人が詰まっているはずの大部屋へと向かう。

 おそらくエリザベータがレイを宥めてくれているはずだが、あまり待たせてしまうと面倒な事になるのは間違いない事実なのだ。


 ――これでも日本に居た頃よりはずっと気持ちが楽なのよね


 レイが嫌がっていた服装規定から解放されても晶は自身の意思でスーツを纏い、部下のために身を減らす必要がなくなった仕事は晶に適度な達成感を与えていた。

 それこそ出世などありえないが金に興味のない雇用主のおかげで、晶は十分以上の収入と衣食住に困ることもない毎日を手に入れた。


 この日々がずっと続けばいい。


 晶はそんな事を考えながら、天井が使っていない3階部まで吹き抜けになっている大部屋へと入室する。

 あらゆる装置などを広げられブリーフィングルームへ作りかえられたそこには、晶にとって予想通りの光景が広がっていた。


「レイさん、この依頼が終わったらローマにでも一緒に行っていただいてもよろしくて? わたくし、1度でいいからレイさんとスペイン広場に行ってみたいんですの」

「ああ、残念だがねジェーブシュカ。任務終了後はメディカルチェックを受けさせるのがウチの義務なんだよ。それはどうにもジェーブシュカの休暇中に終わりそうにない」


 エリザベータはレイの左腕を抱き寄せその肩に頭を預け、イヴァンジェリンはそんなエリザベータを口角を引きつらせた笑みで威嚇しているその光景。

 最年少のフィオナよりも手が掛かるかもしれない2人に、晶は思わず深いため息をついてしまう。


「……嫉妬は見苦しくてよ、ドクター・リュミエール?」

「私はレイと"同じ指輪を左手の薬指にしていた家族"だからね、未成年の身柄はしっかりと守ってあげなければならないじゃないか。相手の了承も求めずに恋人扱いして家族を誑かそうとする女性は特に、ね」

「そこまでよ、男を困らせるのはいい女の行いじゃないんじゃないかしら?」


 晶はそう言って手を叩きながら2人の間に割って入る。


 国連のD.R.E.S.S.規制委員会に所属しているエリザベータ・アレクサンドロフ。

 そしてD.R.E.S.S.の生みの親であるイヴァンジェリン・リュミエール。


 運転はしていなかったもののその2名を乗せた車両が襲撃される懸念に、警戒し続けていたレイは顔に疲労を滲ませていた。

 依頼達成とレイの体調を考えるのであれば、早く終わらせてやらなければならない。

 そう考えた晶は広げられた端末の前のパイプ椅子を引いて座り、これ以上口論を続けられないように仕向ける。


「……いいさ、屋敷に帰ったら決着をつけようじゃないか」

「……まあ今日のところは結構ですわ。指輪を"していた"ならわたくしにとって何の問題もありませんもの」


 そう言ってイヴァンジェリンは端末から情報を呼び出し、エリザベータはレイの左腕をようやく開放した。

 歴戦の傭兵となりつつある元部下が少し疲れたように肩を竦めるその仕草に、晶はこれでは自身がフィオナに言ったように多少素直に生きるのは難しいだろうと、考える必要もなく理解させられてしまった。

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