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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Goodbye To [Nameless] Avenger
80/460

Start The [Ghastly] Farewell 1

 落ちていく、落ちていく。


 砕かれ溶解した灰色の装甲片が、太陽の光を受けてキラキラと輝きながら散っていく。


 落ちていく、落ちていく。


 嫉妬の目と称された単眼のマシンアイが、シアングリーンの光を失っていく。


 落ちていく、落ちていく。


 名無し(ネイムレス)と名付けられた復讐者の纏甲が、力を失ったように真っ逆さまに落ちていく。


 ――どうやら、俺はここまでみたいだな


 それを見ていたフィオナ・フリーデンは力を失ったように、テキサスの大地に座り込んでしまう。


 ――期待に応えられなくて悪かった


 エリザベータ・アレクサンドロフは半狂乱になりながら、遥か前方の落下地点へと走り出そうとする。

 アキラ鴻上コウガミは自身も取り乱してしまいそうになるのを踏み止まりながら、エリザベータを必死に羽交い絞めにして止める。


 ――今までありがとう


 そしてイヴァンジェリン・リュミエールは大きな十字架に愛しい温もりを求めるように強く握り、ただその光景を見ているしかなかった。



 ●


 ロサンゼルス郊外に1つの大きな屋敷が建っていた。

 その屋敷の外観は品性を感じさせるデザインであり、その裏には超巨大な屋内施設を設けていることから屋敷の主の財力を感じさせる。

 だがそこは海からは遠く、辺りにはただ乾いた大地が広がるだけのそこは、お世辞にも一等地とは言えない立地だった。

 その玄関先で1人の男と10人ほどの男達が対峙していた。


「SPが武装しているのは当然のはずだ! 我々は雇用主の安全を保障する義務がある!」

「なんと仰られても、武器や武器となりえる物の持込は許可出来ません。そちらに書かれているルールに従っていただけないのであれば、屋敷に入れる訳にはいきませんのでどうぞご了承ください」


 黒いスーツとサングラスに身を包み、怒鳴り声を上げるSPらしい男。

 その男に同じくシャツ以外を黒で揃えたスーツスタイル。

 見る人間が見れば一目で違いが分かる上等なスーツに身を包み、黒い髪をサイドバックに流したレイ・ブルームスがブラックフレームの眼鏡を指先で押し上げながら答える。


 その玄関の横に掛けられている合金の板には、箇条書きでルールを刻み込まれていた。


 屋敷の中で英語以外を話してはいけない。

 レイ・ブルームスが居ない状況で面会を受けることは出来ない。

 晶が居ない状況で交渉を受けることは出来ない。

 社員2人が屋敷の中に入れていいと判断した人間以外は屋敷に入る事は出来ない。

 レイ・ブルームス以外の人間が武装してはいけない。

 武器、そしてアクセサリーやペンを含めた凶器となりえる鋭利な物を来客が持ち込んではいけない。

 レイ・ブルームス以外は素手であろうと戦闘行為や威嚇行為をしてはいけない。

 屋敷の関係者を侮辱、勧誘してはいけない。

 屋敷の物を許可なしに持ち出してはいけない。

 持ち込む必要があるものはレイ・ブルームスがそれを検査し、許可を出さなければ屋敷の中に持ち込むことは出来ない(記録媒体はアナログテープレコーダー以外例外なく持ち込み禁止)。

 スリッパを屋敷に置いてはいけない。

 許可なしにどこかの部屋に入ってはいけない。

 これらを守れない者は屋敷に入る事は出来ない。


 確かにレイの言っている事に間違いはなく、来客はエイリアス・クルセイドの提示するルールに従わなければならないようになっていた。

 しかしSPに囲まれていた小太りの男はそれに不服そうな表情を浮かべ、SP達を手で制しながらレイを論破せんとばかりに大きく咳払いをした。


「しかしだね、我々は仕事で来ているんだ。彼らの仕事は僕を守ること、そしてそのためには武装は解除できない。当然の話でしょう?」

「それはそちらの事情であって、私達には一切関係ありません。私達エイリアス・クルセイドは敵対さえしなければ相手に危害を加えることはしませんし、外敵が現れれば全力でお守りします。ですので、武装はここで解除してください」


 レイの変わらない様子に小太りの男は、苛立ったように汗で脂ぎっている茶髪を指先でガシガシとかき上げる。

 しかし国を支援する者達と敵対していた主のために、レイはそこで退く訳にはいかないのだ。


「君も分からないね。仕事とはいえわざわざこんな僻地まで来て、君のような子供に体面を整えなきゃならない。その上、武装を解除させなきゃいけない? 冗談じゃない、僕の安全は僕が信用している人間達で確保する。君なんかじゃない」

「ええ、冗談ではありません。こちらに箱を用意しましたので武装を――」

「ふざけるなって言ってるの、分からないかな!? だから傭兵上がりの頭の悪い奴は嫌いなんだよ!」


 小太りの男はついにレイに対して怒鳴り声を上げる。

 エイリアス・クルセイドの戦闘担当として、そして何よりプロジェクト・ワールドオーダーという暴走を始めた不穏分子達の粛清をした救世主。

 イヴァンジェリン・リュミエール、アキラ鴻上コウガミ、レイ・ブルームス。

 稀代の天才、その天才に信頼を置かれる交渉人ネゴシエーター、最強の傭兵。

 その3人は表舞台に立つことはないものの、その存在の特異さから世界中の人間達に知られていた。


「私達には関係ありません、武装を解除できないのであればお引取り下さい」

「アポイントメントまで取った人間を追い返すと? 君の主が聞いたらどう思うかな」

「これは私の主とエイリアス・クルセイドの決定です。ご了承いただけないのであれば、どうぞお引取り下さい」


 男は融通の利かないレイの態度に思わず舌打ちをしてしまう。

 用事があって訪れている以上乱暴な真似は出来ないが、その年端も行かぬ少年に従うことがとてつもなく気に入らないのだ。


「……第1班は武装を解除、第2班はその武装を持ってここで待機しろ」


 用事があるからこそ、ここで帰されてしまう訳にはいかない。

 ついに男は折れてSP達に武装解除を促す。

 実際イヴァンジェリンは特定の仕事以外引き受けることはなく、今回のアポイントメントも仕方なく受けただけに過ぎない。

 エイリアス・クルセイドとしては、男達に帰ってもらっても構わないのだ。

 レイは黒い縁の眼鏡に付いたフレアの装飾を指でさわり、スキャンモードを起動するとSP達の手首にはD.R.E.S.S.のバングル、足には小型の拳銃が隠されているのを発見した。


「SPの皆様、袖に隠したD.R.E.S.S.のバングルとスラックスに隠した銃もどうぞこちらに」

「……それもここに残していく”僕が信頼できる部下”に預けさせてもらうよ――しかしどうにも嫉妬狂い(グリーン)(アイド)化け物(モンスター)殿の目は誤魔化せないらしい、残念ながら今日は緑色じゃないようだけどね」


 そのジョークにSP達は笑い声を上げ、その様子に満足そうにしていた小太りの男はふとレイの方へと視線をやる。

 レイは笑うどころかどこか白けたような表情を浮かべながら、眼鏡のフレームを押し上げていた。

 そんなレイの態度に激昂した小太りの男は、レイのネクタイを引っ張って頭を下げさせた。


「おい、笑えよ」

「どうやらユーモアのセンスが合わないようですね、私には理解しかねます」


 そう言いながらレイはネクタイを掴んでいる小太りの男の手首を人差し指と親指ではさみ、一瞬だけ全力で力を入れる。

 小太りの男は突然の痛みに思わず手を離し、レイは深いため息を付きながらネクタイを直す。

 こうしている間にも敷地内に設置された対D.R.E.S.S.級セントリーガンは、来客の男の贅肉に埋もれそうな頭を捉えている。

 既に訪れている他の来客を待たせていると面倒な事になると分かっているレイは、早くこの案件を片付けなければならない。


「……残念だったね、つまらない人間に生まれてさ」

「ええ、幸運でした。持って生まれた品性というのは、どうにも変えられないみたいですからね」


 苦し紛れの小太りの男の言葉に皮肉を返しながらレイは、全ての武装が外に残されることになったSP達に預けられたのを確かに確認する。当然ではあるが時代遅れのアナログテープレコーダーは、誰の手にも持たれてはいなかった。

 これでレイにはその男達を守る義務が生まれ、男達には間違いなくレイへの猜疑心が生まれただろう。

 まだ終わりそうにない今日という1日に深いため息をついて、レイは一足先に屋敷の扉をくぐって男達の方へ振り返る。


「ではミスター・ロンバードと武装を解除したSPの皆様をご案内させていただきます。他の皆様はどうぞこちらでお待ち下さい」


 そう言ってレイは男達を屋敷内へ招き入れ、扉が勝手に閉まりロックされたのを確認すると男達を先導するように黒を基調にしたロビーを歩き始めた。

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