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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
74/460

[Forbidden] Fruit Is Sweetest 14

 ――この暗闇が私の棺か


 眼前に広がる、広がっているのかも分からないような、ただ黒いインクで塗り潰されたような暗闇。

 遠くで聞こえる物音がもしデータや機材などの搬出であれば、自身はもう用済みだとイヴァンジェリンは自嘲するような笑みを浮かべる。


 ――レイは喜んでくれただろうか


 ネイムレス・メサイアと名付けたチェーンソー型のイヴァンジェリンの罪の証にして、レイが戦い続ける事を選んだ復讐と救済の象徴。

 レイが戦い続ける理由を知っているイヴァンジェリンには、復讐(それ)を止める権利などありはしない。


 ――禁じられた(Forbidden)果実は何より(Fruit Is )も甘い(Sweetest)


 それが自身を粉飾して重ねた逢瀬であっても、自身を殺すであろう愛しい刃の冷たい感触であっても。


 辱めてやりたい、犯してやりたい、殺してやりたい。


 そんな感情でも構わない。イヴァンジェリンはただレイに向けられる感情の熱を欲していた。

 自身の死を恐れた事はない。恐れていたのは母が殺されてしまう事と、罪を重ねてしまう事と、そしてその罪が忘れ去られてしまう事。

 ただレイの手によって裁かれたいと、イヴァンジェリンはそれだけを願っていた。

 やがて何かを引きずるような音、壁に何かが叩きつけられる音が、イヴァンジェリンを閉じ込めた独房へと近づいてい来る。


 ――死刑台へ向かうのではなく、死刑台がやってきたか


 イヴァンジェリンは誰かに影響されたような皮肉を胸中で呟きながら、薄汚れたシャツに手を入れて没収されないように下着の中にずっと隠し続けていた指輪を取り出した。

 この暗闇では見えない、ヴァインの模様を立体的に掘り出した指輪を、左手の薬指に嵌める。

 伝えるべき事は伝えた。与えるべき物は与えた。

 心残りなのはたった1人の少年と、この10年で生み出してしまった2つの自身の罪を置いていってしまう事だけ。


 ――もし神が居て天国と地獄があるのなら、私はもう父さんと母さん、それに由真さんに会うことは出来ないな


 最後まで好きになることが出来なかったヘンリーを省いて、イヴァンジェリンは暗闇の中で自嘲するような笑みを浮かべる。

 そして塗料と罪に穢れた右手が指輪を撫でたその時、独房に銃声が響き渡った。

 突然の銃声にイヴァンジェリンが思わず両手で耳を塞いでいると、合金製の扉は乱暴に蹴り開けられる。

 あまりにも粗暴な開け方をされた扉のデジタルの錠前は、害意を持った鉛弾によって無残にも吹き飛ばされていた。

 そして差し込む光は暗闇の中に居たピジョンブラッドの瞳に突き刺さり、イヴァンジェリンは前がよく見えない。


「……よう博士、迎えに来たぞ」


 その聞き覚えのある掠れた声にイヴァンジェリンは、手で光を遮りながらそちらへと視線をやる。

 銃口から硝煙を昇らせるワルサーPPKを握っている手からは血が滴っていた。

 胸にぶらさげた十字架は折れ曲がり、腰から下げたチェーンはその半ばから引き千切れていた。

 レザー製のフィールドジャケットとデニムのボトムは所々が破れ、そこから血を溢れ出していた。

 そんな無残な姿を晒すその男は、レイ・ブルームスだった。


「何をしているんだ!? 任務は終了したと、来なくていいとそう言っただろう!?」


 溢れ出す夥しい量の血に動揺したイヴァンジェリンは、思わず怒鳴り声を上げてしまう。

 レイと直接顔を合わせることはイヴァンジェリンにとって悲願でもあったが、それはレイを傷付けてでも叶えるべきことでない事くらいは考えなくても分かる。


「……うるせえな、説教ならゴメンだぜ。こっちは死ぬほど疲れてんだよ」


 焦点の合っていない暗い碧眼を見つめ返しながら、イヴァンジェリンは自身が寝ていたベッドのシーツを乱暴に引き千切る。

 清潔とは言えないが何もないよりはマシだろう。

 そう考えたイヴァンジェリンは、壁に寄りかかりながらなんとか立っているレイの腕へと引き千切ったシーツを巻きつけて止血を始める。


「レイがここにいるということは、オブセッションは?」

「ジョナサンが自慢げに振り回してたオモチャのことならぶっ壊してやった、あのクソヤロウ以外の兵はここに来てから見てない。それよりアンタ、薄々感づいていたけどネーミングセンス最悪だな」

「君の母もそんな風に思っていたろうさ」


 巻いた瞬間に白から赤へと色を変えていくシーツに顔を青ざめながら、イヴァンジェリンはナノマシンの注射器を求めてフィールドジャケットのポケットを探す。

 しかし見つかったのは無残にも半ばから折れ曲がり、隙間から薬液をあふれ出させる合金製のシガレットケースだった。

 そうしている間にもレイの顔色は青ざめていき、早急な治療が必要だとイヴァンジェリンは乱雑に伸ばされた白髪で隠した首筋の十字架の刺青に触れる。

 そして脳裏に直接投影された赤のディスプレイにノイズが走っていないという事実に、ファスフォルスとオブセッションという2つの名前を持ったD.R.E.S.S.が破壊されたことをイヴァンジェリンは理解する。

 罪の1つが消えた事に驚愕しつつも、イヴァンジェリンは目視認証(アイタッチ)で架空の名義で何度も取引をしている、これまでも金さえ払えば何でも用意してみせた運送会社(トランスポーター)へのメッセージを製作する。

 車、ナノマシン、RH+のBの血液を指定するポイントに持って来い、イヴァンジェリンは簡潔に製作したメッセージを間髪置かずに送信する。

 エリア51という場所柄と、未だ解決出来ていないレイに着せられた濡れ衣のせいで、医療機関を頼る事は出来ないのだ。


「……すまない、何もかも私のせいだ」


 力になれなかったどころか、結果としてレイを傷付けてしまったことから目を逸らすようにイヴァンジェリンは俯く。

 イヴァンジェリンにとってジョナサンは戦死した男の息子を傭兵に仕立て上げた最悪な男だが、レイにとっては育ての親の1人であり、イヴァンジェリンはそんなジョナサンをレイに殺させたのだ。

 しかしレイは壁に背中を擦りつけながらゆっくりと床に座り込み、俯いたイヴァンジェリンを見上げながら口を開いた。


「……親を殺したのは2度目だ、別に気にしちゃねえよ」

「違う! 由真さんとヘンリーは私のせいで――」

「お袋もジョナサンも殺したのは俺だ。誰がなんて言っても、それだけは譲るわけにはいかねんだよ」


 ほとんど家に帰ってこない父、自身が拒んでしまった母。

 黒い暴力が父を引き裂き、青白い粒子の光の奔流が母を飲み込んだ。

 それを近くで見ていたレイにとっても、その光景を忘れられないものだった。


「……BLOODのデータを入れた例のデバイスは、外に倒してあるバイクと一緒に置いてある。後で回収してくれ」

「ああ、いいとも! レイの治療を終えたらすぐにでも取りに行くさ!」


 床に座り込んだことで白い無機質なな床に血を広げていくレイの足に、改めて引き千切ったシーツを巻きつけながらイヴァンジェリンは声を荒げてしまう。

 死んでしまってもおかしくないこの状況に置かれてもまだ、レイに任務の報告をするようにさせてしまった。


 そういう人間に育てる要因を作り出してしまった。


 その事実がイヴァンジェリンを苛立たせ、同時に時を刻む毎に閉塞感をその胸中に広げていく。


「……どうして、来てしまったんだ」


 心残りがあったとはいえ死ぬ覚悟は出来ていた。

 レイに殺されることは望んでいたが、レイは自身を迎えに来たと言っていた。

 願ってはいたが、叶ってはいけない望み通りになってしまった事実。

 その悔恨からイヴァンジェリンは思わず問い掛けてしまう。

 金は渡した、"金では買えないプレゼント"であるネイムレス・メサイアも渡した、未練がましい自身の心の醜さの結晶である指輪も渡した。

 損得で考えれば追われる事になってでも、育ての親を殺す理由などないはずだとイヴァンジェリンにとっては考えるまでもない事実なのだ。

 その問い掛けをそっぽを向いて舌打ちをしたレイは、答えなくないとばかりに青ざめた顔を歪める。

 イヴァンジェリンはその意図が分からず顔をしかめていると、レイは深いため息をついて意を決したように口を開いた。


「……家族に、なってくれるんだろ」


 その掠れた声で拗ねたように紡がれたその言葉に、イヴァンジェリンの目から本人の意思とは関係なく涙が一筋溢れ出した。

 それは日本にいたレイに冗談めかしながらも、イヴァンジェリンが自分勝手さから思わず望んでしまった願いへの返答だった。


 ふざけるなと罵って欲しかったのかもしれない、ただ受け入れて欲しかっただけなのかもしれない。


 その願望から外れた答えにイヴァンジェリンはレイの前へと膝立ちになり、我慢しきれずにレイの頭を胸に抱き寄せる。


「……ああ、そうだとも。レイと私は家族になるんだ。レイが私を必要とする限り私はずっと傍に居る、レイは私を必要としておくれ。だから――」


 奪ってしまった両親、育ての親、少年として過ごすべきだった時間はもう戻ってこない。

 その罪はどう足掻いても償う事は出来ないが、それでもイヴァンジェリンはレイの傍らで(あがな)い続ける事を望んでしまった。


「――私の傍に居て欲しい」


 そのイヴァンジェリンの心からの願望にシニカルな笑みを浮かべたレイは、力なくゆっくりを目を閉じながら囁いた。


「……親父代わり以外なら、傍に置いてやるよ」

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