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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
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[Forbidden] Fruit Is Sweetest 13

 天才とはいえ軍人でもない自身には予想すら出来なかった展開に、イヴァンジェリンは頭が真っ白になる。

 ディファメイションに搭載している粒子兵器は既存技術ではなく、ルードとクラックがその粒子の奔流に耐えられる保証などないのだ。

 暴走や強奪を一切考えていなかったイヴァンジェリンは人々が逃げ惑う下界を見下ろしながら、ディファメイションを止める方法を考える。だがディファメイションはクラック以上の情報攻撃を行えるように作り上げてしまったために、生半可な情報攻撃は規模を問わず通用しない。


 今まで感じた事のない恐怖にイヴァンジェリンの息は荒くなり、胃はたとえようのない重さを訴え、思考はただ空回りしていく。

 それでもなんとかして止めなければならない、とイヴァンジェリンが歯を食いしばり始めた時、状況は最悪な物へと変容してしまった。


 ディファメイションがアメリカ軍所属のD.R.E.S.S.部隊ごと、非武装の関係者達を粒子ライフルで吹き飛ばしたのだ。


 そしてその方角は、由真とその息子であるレイが居る場所だった。

 防弾ガラスに縋るようにして下界を覗き込んでいたイヴァンジェリンは、抉り取られるように消え去ったその場所を見てその場へ崩れ落ちてしまった。

 しかし戦いは止まる様子を見せず、ディファメイションは確実にアメリカ国防軍が所持するD.R.E.S.S.を撃墜し続けていく。


 インヴィジブル・エースは牽制以上の攻撃を出来ぬまま引き金を引き続け、ワイルド・カードはブレードユニットを展開したまま攻撃のチャンスを窺っていた。


 もう誰にも止められない。


 自身と由真が作り上げたその最悪のD.R.E.S.S.が、文字通りの惨劇を引き起こしている中でイヴァンジェリンが思考を止めた時、ついにワイルド・カードがディファメイションの粒子ライフルに撃たれて"中の人間ごと"右腕をもぎ取られてしまった。

 あまりにもショッキングな光景にイヴァンジェリンは目を逸らしそうになるも、ワイルド・カードはそれを好機と見たのかそのまま一直線にディファメイションへと突撃して胸部にブレードユニットの刃を突き立てた。


 砕けた合金製の刃によってディファメイションはようやく動きを止め、そして真紅の切り札(ワイルド・カード)は重力に導かれるように滑走路へと倒れていき、赤と黒の混合液をアスファルトへ広げていった。


 ――ヘンリー・ブルームスは腕を失い失血死、由真・ブルームスは死亡を前提とした行方不明


 イヴァンジェリンは報告された内容を反芻しながら、最悪の惨劇の現場となった夕焼けに染まる滑走路へ日傘を差さないまま降り立った。

 アスファルトは無残にも抉られ、そこに居たはずの人の痕跡は何1つも残っていなかった。


 ――ディファメイションは封印凍結、粒子兵器も同じく


 人がたくさん死んだというのに未だ実感の湧かない自身に、イヴァンジェリンは思わず自嘲するような笑みを浮かべてしまう。


 知らなかっただけなのだ。


 世界中でルードが、クラックが、自身が作り出した兵器がこうしているこの瞬間にもたくさんの人々を殺している。

 イヴァンジェリンは両親の会社の復興のためにD.R.E.S.S.を作り、そのD.R.E.S.S.は経済戦争を引き起こしている資産家達の尖兵達の道具となって世界を戦火の中へと押し込んでいたのだ。

 ただイヴァンジェリンは知らなかっただけ、その事実から無意識に目を逸らしていただけ。

 思わず深いため息をついてしまったイヴァンジェリンの視界の端で、動いた何かをイヴァンジェリンのピジョンブラッドの瞳が無意識に追い駆ける。


 そこに居たのは金髪をサイドバックに流した男と、その男の足元にうつろな目をして座り込んでいる黒髪と暗い碧眼を持ったヘンリーと由真の息子であるレイだった。


 生きていてくれた、とイヴァンジェリンは無責任な歓喜に思わず走り出してしまいそうになるも、金髪をサイドバックに流した男はイヴァンジェリンに気付かなないまま背を向けてレイの手を引いて歩き出した。


 その背負いきれない悲しみを背負わせてしまった少年の小さな背中を目の当たりにしたイヴァンジェリンは、自身がヘンリーと由真、そしてレイの幸せを奪ってしまったのだと理解して何も出来ないままただそこに立ち尽くしていた。


 やがて世界はディファメイションを奪われた国防軍に失望し、資産家達はD.R.E.S.S.とそれを扱える人間を集めて民間軍事企業を作り始めた。

 世界が戦火で燃やされて流れる血で染められる毎に、自身の懐が潤う事態にイヴァンジェリンは胸を痛ませた。

 そしてただ傷付けあうだけの世界を変えるために、イヴァンジェリンは戦闘を想定していないD.R.E.S.S.ナーヴスを発表した。

 テロや自然災害などに対応するための、最初に世界が求め、かつてのイヴァンジェリンが拒否した、人々のためのD.R.E.S.S.。

 今度こそ世界は良い方向へ変われる、イヴァンジェリンはただ縋るようにそう信じていた。

 しかしゲリラやテロリスト組織が武装を同梱していないために安価で売り出しているナーヴスに、装甲と武装を搭載しているのをニュースで見たイヴァンジェリンは人々とそれを変えられなかった自身に失望して第1線から退いた。


 そして数年が経ち、D.R.E.S.S.のあらゆる権利が父からイヴァンジェリンへと譲渡された。

 D.R.E.S.S.の権利を持ちながらもD.R.E.S.S.とは無縁の生活をしていたイヴァンジェリンは、ある日部屋の整理中に由真と一緒に撮った写真を見つけた。


 白衣に身を包んだアルビノの少女と、肩まで届く長さの黒髪をバレッタで止めた女。


 その写真から天涯孤独としてしまったレイという少年の存在を思い出したイヴァンジェリンは、あらゆる手段を使ってレイを捜索した。

 しかしやがて見つけたレイ・ブルームスの記録はとても悲惨な物だった。


 レイ・ブルームスは学校にはあの日から一切行っておらず、あの時レイをつれて帰った金髪をサイドバックに流した男――ジョナサン・D・スミスは軍を辞めて民間軍事企業を設立し、レイはジョナサンの元で傭兵となるための訓練を日々繰り返していた。


 戦死した男の子供を傭兵にしようとしているジョナサンの精神を疑うのと同時に、その瞬間まで罪の意識ごとレイの存在を忘れていた自身にイヴァンジェリンは強い嫌悪感を抱いた。

 その日から義務感のように、そして自身の罪の証を見届けるように、イヴァンジェリンはレイを求め続けた。


 フルメタル・アサルトを模した部隊でヘンリー・ブルームスの立ち居地を与えられるも、上手くいかずに部隊は解散。

 最初の任務であるアゼルバイジャンでの任務で部隊はレイ1人を残して壊滅。


 そして何かから逃避するように、何か明確な目的があるようにレイは任務を淡々とこなし続けた。


 その自身の罪の証を見守るだけの日々が2年と少し過ぎた頃、アメリカ国防軍が保存していたはずのディファメイションが盗まれたという連絡がイヴァンジェリンに届いた。


 しかしこの時既に両親とレイ以外の人類を見放していたイヴァンジェリンは、その連絡を無視した。


 ディファメイションに対する対抗手段を作れ、そう言われると簡単に予想出来たからだ。

 しかし民間軍事企業のスポンサーでありながら、資金力によって国防軍はおろかテロリスト組織さえ所持していた資産家達は、自身達が繰り返す経済戦争の中での安全を求めてイヴァンジェリンに新しいD.R.E.S.S.を作るようあらゆる手段を尽くした。


 Lumiereリュミエール Militaryミリタリー Industriesインダストリーズに圧力を掛けて倒産へ追いやり、イヴァンジェリンの父を殺害した上で、母とイヴァンジェリンをエリア51に幽閉して新しいD.R.E.S.S.を作らせたのだ。


 ルード以上のパワーと、クラック以上の情報攻撃、そしてディファメイションしか持っていない粒子兵器。


 恐怖と悲しみに暮れながらもそうオーダーされたオブセッションと名付けたD.R.E.S.S.を作らされていたイヴァンジェリンは、自身が巻き込まれている物の全容を自身の体内に埋め込んである非武装型D.R.E.S.S.、アブネゲーションによって把握した。


 プロジェクト・ワールドオーダー。


 武器流通を自身達にとって都合の良いように操り、反対する者達を闇へ葬り、未だ誰も知らないナノマシン兵器を量産し、そしてそのプロジェクトの象徴として最強のD.R.E.S.S.を据えるというプロジェクト。


 母が人質に取られている以上、オブセッションの製作を止めるわけにはいかない。

 それと同時にこのままプロジェクト・ワールドオーダーを成就させてしまうわけには行かない。

 そう考えたイヴァンジェリンはアブネゲーションを起動し、それを阻止するために傭兵を雇おうと考えた。

 しかし敵対者達の勢力が巨大なものであると分かっている以上、人選は厳しくないといけないと考えさせられてしまう。

 単独行動がメインで、このプロジェクトという世界の暗部に気付き、その野望を打ち砕いてくれる信用に足る傭兵。


 イヴァンジェリンはそんな傭兵をたった1人だけ知っていた。


 自身が勝手に信じた上で裏切られるのであれば、それはそれで構わないだろう。

 不測の事態を考えてプロジェクト・ワールドオーダーを阻止するという内容と自身の存在を伏せたまま、イヴァンジェリンは民間軍事企業H.E.A.T.に1人の少年を名指しで指名して依頼を送信した。


「やあ、レイ・ブルームス君だな?」

『初めまして、とでも言っておくか?』


 依頼の受諾後のなんでもない会話。

 数年前から見守り続けていたレイとの会話は不謹慎ながらとても楽しく、マシンボイスの加工の上からでも自身の喜びが滲んでいるのに気付いたイヴァンジェリンは、通信終了後いつも苦笑を浮かべていた。


 無事任務を終えたのを確認しての会話、負傷をしたという報告を受けながらも国外へ逃がすために無理を強要する会話、そして叶わぬ願いを望んでしまった会話。

 レイの両親を奪ってしまった自身がレイに許されるはずがないことくらい、考えなくても理解出来ていたのに。

 そして敵対者達のエリザベータ・アレクサンドロフ拉致のためにイヴァンジェリンの計画は大きく崩されてしまい、自身と母の救出を依頼することは出来なくなってしまったと。


 イヴァンジェリンは全てに決着がついたその時、レイに殺されるつもりだった。


 父が死んでよく理解できた。家族が死ぬという悲しみは、たとえようもないほどに冷たい不快感となって自身に纏わり続けるのだと。

 それから逃げるようにレイは傭兵家業をこなし、イヴァンジェリンはプロジェクト・ワールドオーダーの阻止に全力を注いでいた。

 そしてレイを日本に送り、鴻上製薬に潜入させ始めて1ヶ月と少しが経った頃、オブセッションは完成してしまった。

 完成したオブセッションを代償に母だけを解放する事を要求したイヴァンジェリンに告げられたのは、母が幽閉3日目で自殺していたという事実だった。

 生きる(よすが)を何もかも失ってしまったイヴァンジェリンは、必要なデータなどを用意してレイに最後のメッセージを映像付きで送りつけた。

 レイが救ってきた女達のようにどんな形であってもレイの記憶の中に残りたいという、つまらない女の嫉妬だった。


 愛しているという言葉では足りない、何度殺されても罪は償いきれない、レイの記憶に残ったとしても仇の1人として残るだけだ。


 そう思ってしまっても、イヴァンジェリンはその願いを無視する事は出来なかった。



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