[Forbidden] Fruit Is Sweetest 10
その言葉を皮切りにネイムレスは背部ブースターをいきなりフルブーストさせ、横へ飛び出しながらマシンガンの引き金を引く。
しかしルードともクラックともつかない、歪な5角柱のような頭部に赤いデュアルアイを輝かせたそのD.R.E.S.S.は、ばら撒かれたマシンガンの弾丸を受けながらも回避する様子すら見せない。
『すごいでしょうレイ君、これがプロジェクト・ワールドオーダーが生み出した最強のD.R.E.S.S.。リュミエール博士はこれをオブセッションと名付けていましたが、私はこれをファスフォルスと呼ばせてもらいましょう。このファスフォルスはルード以上の火力と装甲を搭載出来る上に、展開せずともクラック以上の情報攻撃を仕掛けられる、正真正銘の最新にして最強の兵器ですよ』
誇らしげにそう語りながら、ジョナサンは無造作にファスフォルスのバトルライフルの銃口をネイムレスの軌道を追うように向けて引き金を引いた。
大質量の弾丸は柱を吹き飛ばし、ネイムレスはその奔流に飲み込まれないように複数のブースターを駆使して回避行動を取る。
――余裕ぶりやがって、クソが
いつか誇らしげに自慢していたパンにバターを塗るだけの家電。
その時と同じように自慢げなジョナサンの口調に、レイは苛立ちを紛らわすように舌打ちをする。
ナノマシンで痛みを緩和させた上でもまだ肋骨は軋み、しかしながらその痛みを無視してレイは回避行動を取り続ける。
ファスフォルスのバトルライフルはグレネードキャノンやハウザーほどの威力はないが、それらとは比べ物にならない速射性でネイムレスを飛び回らせていた。
『知っていますかレイ君。ヘンリーはパーフェクトソルジャーと呼ばれていましたが、空軍時代は私の部下だったんですよ』
ネイムレスが盾にする円柱をバトルライフルで端から吹き飛ばしながら、ジョナサンはあくまで穏やかな口調を崩さないまま話し始める。
『それがD.R.E.S.S.を手に入れた途端に立場は逆転しました。D.R.E.S.S.、というよりはワイルド・カードとの相性が良かったんでしょうね。彼は私とヴィリー・ザ・キッドを率いてあらゆる作戦を成功させていきました。ヘンリーは生き様から死に様まで、D.R.E.S.S.を導入したアメリカという国が思い描いた通りのヒーロー象と言っても過言はないでしょう』
度々起きたテロへのカウンターという血生臭いものから、ナショナルモールの人質救出作戦のような分かりやすく人を救ってみせた任務まで。
ヘンリー・ブルームスが残した功績はD.R.E.S.S.の優位性を世間に示す物だった。
そしてヘンリー・ブルームスはD.R.E.S.S.部隊フルメタル・アサルトの小隊長の座に就き、ヘンリーが自身を僚機に指名した時にジョナサンが感じたのは親友に認められているという喜びと、かつての部下の下に就くという屈辱だった。
『私は彼を尊敬していましたが、同時に妬んでもいました。たとえ親友であっても、置いて行かれているという感覚は好ましい物ではありませんからね』
『随分小せえこというじゃねえか!?』
円柱から顔を出す度にマシンガンの引き金を引きながら、レイは苛立ちを誤魔化すように怒鳴り声を上げる。
マシンガンの銃口から吐き出された弾丸はファスフォルスの装甲を穿つも、たいした痕跡も残せないまま地面へと落とされていた。
ミサイルを使うには円柱が邪魔で、ネイムレス・メサイアを使うにはファスフォルスの翼のように生やされた銃身があまりにもレイに忌避感を抱かせる。
『ええ、レイ君の言う通りです。だからヘンリーの代わりに君を殺させてください。そうしなければ、私はいつまで経っても歩き出せないままなんですよ』
『知ったこっちゃねえよ、クソッタレ!』
ランダムな軌道を描きながらレイはミサイルポッドのハッチを開け、ろくにロックもせずにミサイルを発射する。
大まかな設定しかされていないものの、3発のミサイルはファスフォルスへと向かって飛んでいく。
たとえ強固な装甲を持っていたとしても、喰らってしまえばひとたまりもないそのミサイルをファスフォルスは回避行動を取らずにバトルライフルで次々と撃ち落としていく。
『起動』
マシンボイスによって耳元で囁かれた相変わらず薄ら寒いその文言を聞いたレイは、近くの円柱を蹴リ飛ばして3発目のミサイルを撃ち落したファスフォルスへと一気に飛び出していく。
そして左手の棺桶のようなユニットから飛び出したチェーンソーの刃は、高速で外歯を回転させていく。
ミサイルで作った爆煙を利用した隠密攻撃。
いつも通りの戦い方であり、小隊の面倒を見ていたジョナサンの指導から離れた後に導き出した戦い方。
確実とは言えないが経験と実績に裏づけされたレイなりの必勝法。
レイがいつも通りに事を進め、今まで通り敵対者を殺そうとネイムレス・メサイアを装備した左腕を後ろにして半身になって突撃を掛けようとしたその時、爆煙の向こうから眩い青白い光が溢れ出した。
レイが咄嗟に円柱を蹴って方向転換し、円柱に影に身を隠したその瞬間、エリア51の地下施設は青白い光の奔流と大気が超高熱によって焼かれた音に満たされていく。
――ふざけんなよ、マジで
ファスフォルスを中心に360度に広がる全ての鉄筋とコンクリートで出来た円柱を吹き飛ばし、バトルライフルとミサイルによって生まれた瓦礫すら焼き尽くして更地にしたその兵器。
その兵器がそれだけの破壊力を発揮する仕組みをレイは知っていた。
『避けられてしまいましたか。しかし流石ですね、1人で戦う方法を磨き続けていたなんて知りませんでしたよ。やはりファスフォルスの実働データを取るのであればレイ君相手がベストである、という私の考えは正しかったみたいですね』
そう言ったジョナサンは円形に展開していた無数の銃身を元の状態へと戻していく。
その口振りは予想通りの威力に感心するも、得られたデータに納得がいっていないと言わんばかりだった。
『……殺してやる』
尚も速度を上げていく、チェーンソーの外歯が慣らす甲高い音にかき消されてしまうようなレイの呟き。
『殺してやる、殺してやる、殺してやる!』
しかしそれは苛立ちを発露するように段々と、強さを増していく。
『くたばれェッ!』
そのレイの怒鳴り声が合図であるかのように、ネイムレスはチェーンソーの刃を振り上げてファスフォルスへと襲い掛かる。
しかし冷静さを失ったレイの襲撃など、模擬戦で勝ち続けてきたジョナサンにとってたいした脅威にもならなかった。
ファスフォルスはネイムレスの大降りの斬撃を片足を引く事で回避し、バトルライフルを握った右手でネイムレスのシアングリーンのマシンアイが光る顔面を殴りつけた。
『理想を口にするだけでは何も実現したりしない、とも教えていたはずですよ。レイ君?』
殴り飛ばされ地面に叩きつけられたネイムレスを見下ろしながら、ジョナサンは出来の悪い教え子を嗜めるようにそう言った。
ファスフォルスの赤いマシンアイは何かを確かめるようにネイムレスを見つめ、困ったものだとばかりにジョナサンは鉄色の肩を器用に竦めた。




