[Forbidden] Fruit Is Sweetest 9
――凝る割にはセンスがねえんだよな
買い与えられた服、一緒に観させられた映画、車のプレーヤーに入れられた曲。
その最後まで共感出来なかったジョナサンの趣味に苦笑を浮かべながら、レイはその扉に点いたセンサーに手をかざして開いた。
――大規模地下施設、オブジェクトは等間隔に並んだ円柱のみ。ミサイルの使用は有効的ではない
突然現れた鴻上製薬の地下施設ですら比べ物にならない、円柱が幾つも並ぶコンクリートで打ちっ放しの広大な空間に、レイは感想を抱くよりも先にこれから戦闘の事をただ思考する。
勝てなかった相手との戦闘に神経質になってしまうのも無理はない。
ここで死んでしまえば自身の目的を果たせないどころか、女達を道連れにしてしまうのかもしれないのだから。
「遅かったですね。待ちくたびれましたよ、レイ君?」
半ばとまではいかないが、その地下施設内を大分踏み込んだ頃、聞き覚えのある声がレイに掛けられる。
その声にレイが目を凝らすと、遥かに前方に決して短くはない金髪をサイドバックに流し、ネイビーのスーツの上に黒いMA-1を羽織っているジョナサンが見えた。
「しかし相変わらず容赦がなかったみたいですね。レイ君がここに居るという事はアネットもチェレンコフ君も死んでしまったという事なのでしょう?」
「それを見越して寄越したくせによく言うぜ」
「レイ君を篭絡する、もしくはレイ君が裏切った際にその命を奪う。彼女に関しては最初にした契約すら守れなかったのですから、同情も出来やしませんよ」
後者は期待すらしていませんでしたが、と言わんばかりに椅子から立ち上がるジョナサン。
その自身にとっての絶対的な強者に警戒をしながら、レイは自然に振舞いながら接近していく。
ジョナサンはインヴィジブル・エースを展開している様子はないが、クラックによる情報攻撃は今もエリア51に続けられているのだから。
しかしジョナサンはそんなレイを余所に穏やかな笑みを浮かべ、そしてレイへと歩み寄り始めた。
「それにしても本当にお見事でしたよ。アレクサンドロフ議員に対する接触方法を変えなければ、日本で先手を打つことは出来ませんでした。流石はヘンリーの息子ですね」
「関係ねえよ」
「関係ありますよ。私はレイ君を亡きヘンリー以上のパーフェクトソルジャーになるよう育てたんですから。まさかアネットの篭絡も通用しないとは思いませんでしたがね。彼女、売春街じゃ有名だったみたいなんですよ?」
そう嗜めるように言いながら、ジョナサンはやれやれと言わんばかりに首を振る。
ジョナサンはレイに対して決して少なくはない金と手間を掛けていた。
銃器からD.R.E.S.S.、そしてH.E.A.T.への推薦状などを与え、それらの全てに見合うように教育を施した。
他の勢力からのハニートラップに引っ掛からないように、アネット・イズマールという娼婦をしていた少女を養女として迎え、レイを篭絡するように契約をした。
それら全てはヘンリー・ブルームスの息子であるレイ・ブルームスを、自身が代表を務めるH.E.A.T.の切り札とするためだった。
しかし結果としてレイはイヴァンジェリンの手に落ち、ジョナサンはレイを使って最後に損失補填をする事を決めた。
「まあそんな事も、もうどうでもいいです――レイ君、君はH.E.A.T.にとっても私にとっても邪魔な存在となってしまいました。大事に育てたつもりのレイ君を手放してしまうのはいささか悲しいですが、最後に取引をしましょう」
「BLOODのデータならくれてやる気はねえよ」
居場所がなくなってしまうと、暗に含ませた言葉にレイは強い姿勢を崩さずに即答する。
しかしそんな物がとっくの昔になくなってしまったこと、そしてもう引き返せないことを理解しているレイは目測では計りきれない彼我の距離を歩み寄り続ける。
「交渉は始まる前に決裂していましたか、困りましたね。いくら出したら譲ってくれ――」
「俺はアンタと取引をしにここに来たんじゃねえし、もうH.E.A.T.に戻る気もねえよ。分かってんだろ?」
「そうは言いますが、私達にはBLOODのデータがどうしても必要なんですよ。代金なら支払います。日本からの輸送費も上乗せしましょう」
「それならいいよ、とでも言うと思ったかクソヤロウ。俺は運び屋じゃねえんだよ。それにテロリストとの取引に応じるなって教えてくれたのはアンタだろ? 都合が良い事にアンタが俺をテロリストにしてくれたじゃねえか」
吐き捨てるようにそう言いながら、レイはジョナサンの白々しい言葉に眉間に皺を寄せる。
テロリストからの取引には応じず、こちらが提示した取引に応じたテロリストは取引後に殺す。
それがレイが教わったH.E.A.T.、ひいてはジョナサンのやり方なのだから。
「……しょうがないですね。なら君を殺してから君の行動を辿り、データを回収することにしましょう。そして私は君を殺す事でヘンリーを越え、私の因縁を終わらせる事にします」
そう言ってジョナサンは羽織っていたMA―1を脱ぎ捨てて、スーツの袖を力任せに引く。
そしてレイは露わになった鉄色の大きなバングルに驚愕から目を見開いてしまう。
それはレイの知っているジョナサンのD.R.E.S.S.である、ライトブルーの海上迷彩に塗装されたインヴィジブル・エースのバングルではなかったのだ。
「レイ君、これが最後の命令です――死になさい」
そうレイへと宣告しながらジョナサンはそのバングルに触れ、赤い粒子の光を広げていく。
その規模はレイのネイムレスとは比べ物にならない物であり、レイは自身がここへ誘い出された目的を理解させられた。
粒子の赤い光はやがて塗装すらされていない、所々が溶接による変色を残したままのD.R.E.S.S.へと変わった。
超重量型のブルズアイすら越える7mほどの重厚な装甲を纏う巨体、両手に装備されたそれぞれが大口径のバトルライフル、そして背中に付けられた1対の翼のように広がる無数の銃身。
レイはBLOODのデータを無事アメリカ国内へ持ち込むため、そしてその新型のD.R.E.S.S.のテストの為にここまで誘い出されたのだ。
「いいぜ、やってみろよ。俺は――」
辿り着いた結論に深いため息をつきながら、レイは左手首のバングルの表面を叩く。
くすんだ灰色のバングルはシアングリーンの粒子への光となってレイの体を包み込み、やがて灰色を基調とした灰色と黒のツートンの合金製の鎧へと変容していく。
そしてレイはシアングリーンの視界で育ての父を睨みつけ、イヴァンジェリンの救出のために銃身にシェルカプセルのランチャーを取り付けたマシンガンを向ける。
『――アンタを殺して、アンタに俺を認めさせてみせる』




