[Forbidden] Fruit Is Sweetest 5
この世のどこにも存在しない、誰もが知らない新しい刃。
灰色の装甲の中でそれに口角を歪めたレイは、自棄になったように飛び掛って来たクラックをそちらも見ずに首を斬り飛ばす。
軽い金属音と何かが引き千切られる音。
首を失ったサンドイエローのクラックの体は、慣性に身を任すまま地面に激突し、荒れ狂うブースターによって強制的にのた打ち回らされる。
いつも通りの殺人。違うのはその手際の良さと、その場を支配する圧倒的な存在感だけ。
『な、なんなんだよ!? かろうじて生き残った裏切り者を殺すだけの、簡単な仕事じゃなかったのかよ!?』
『黙って撃てよ! あいつを殺せば死なないんだからさ!』
足を止めてしまったクラックを纏う部下に、隊長格の男はスナイパーライフルの引き金を引きながら檄を飛ばす。
以前小隊を組んでいたヴィクター・チェレンコフとの戦闘後、消耗しているターゲットを同じく以前小隊を組んでいたアネット・I・スミスと共に襲撃を掛けて撃墜する。
女を抱いて、情報攻撃を仕掛けて、ターゲットを撃破する。簡単な仕事のはずだった。
しかし1人は真っ二つに分割されて爆死、もう2人は首を抉られ切断され、どす黒い混合液を流して死んだ。
そして残存戦力はルードが2機、クラックが2機。しかしその内のクラック1機は戦闘すら出来ない。
『C―1は弾幕を張って近づけさせるな! R―3はミサイルスタンバイ、ターゲットが動いを止め次第撃て!』
ミサイルポッドを格納出来ないクラックを前線に出させながら、隊長格のルードは狙撃を続ける。
近接格闘機であるのなら、封殺は出来るはずだ。
結局のところ根本的に何も変わっていない戦術を再構築しながら、部隊はネイムレスへと銃火を放ち続ける。
それを不規則な機動で回避しているネイムレスは、両手に装備したマシンガンで弾幕を張りながら前線に出てきたクラックへと一気に接近する。
『何してるんだ! ミサイルスタンバイ!』
『正気ですか!? 今撃ってしまえばC―1を巻き込んでしまいますよ!?』
『今やれなきゃ死ぬのはこっちなんだよ! ミサイルスタンバイ!』
隊長格のルードはそう部下を恫喝しながらスナイパーライフルの引き金を引くも、引き金は残弾がなくなった軽い感触だけを返した。
その感触に舌打ちをした隊長格のルードを纏う男はスナイパーライフルを破棄して、腰のハードポイントに付けていてたアサルトライフルを手に取った。
裏切りはアネット・I・スミスを通してH.E.A.T.に報告されてしまうかもしれない、裏切らなかったとしても成果を出せなければ無様な余生を過ごす事になる。
もはや男達にはレイとアネットを殺す以外の道など残されては居ないのだ。
そしてR―3と呼ばれたルードがコンテナに格納したミサイルポッドのハッチを開いて、ミサイルを発射し、推進剤に火をつけられたその音にC―1と呼ばれていたクラックは思わず味方のほうへ振り返ってしまう。
『何しくさってんだクソヤロウ!』
『バカ! 動きを止めたら――』
斬り殺される。そう危惧して隊長格のルードを纏った男は声を上げるも、隙を見せた敵に情けを掛けるほど傭兵は甘い生き物ではない。
ネイムレスはチェーンソーの刃でクラックの上半身と下半身を分割するよう横薙ぎに斬りつけ、その勢いを殺さぬまま上半身を自身とミサイルの間に蹴り上げる。
そして破壊されたクラックの背部ブースターと、合金のD.R.E.S.S.の破片に打ち付けられたミサイルが爆発する。
『ミサイルスタンバイ! もう味方も居ないんだ、何かが動きを見せ次第撃て!』
『味方も居ないって、あなたがやらせたんでしょうが!?』
『ならお前が死にたかったのか!?』
『保身ばかり考えて戦況を悪化させたのはあなたでしょう!? 近接格闘機に近接戦を挑ませる意味がどこにあるんですか!?』
8対1。最初の作戦が失敗したとはいえ、無理せず牽制を続けていれば勝てたのではと思える戦況。
しかしその数は一気に減らされ、残るはルードが2機と非戦闘員のクラックが1機と心許ないものだった。
『黙りなよ! このままいけば報酬は2人で山分けになるんだ! ゴタゴタ言ってないでさっさと奴を殺せよ!』
そう怒鳴り散らしながら隊長格のルードは眼前に広がる爆煙に銃口を向ける。
ネバダの乾いた土は爆風によって巻き上げられ、より視界を不鮮明にして男達の恐怖心を煽る。
逃げる事はないだろう。そんな確証もない何かと、カーキ色の装甲の中で流れる汗をを感じながら、隊長格のルードを纏う男はアサルトライフルを1丁ずつ握る両手に力を入れる。
そしてその次の瞬間、爆煙が何かによってゆらりとした動きを与えられたのを黄色の視界で捕らえたルードはミサイルを発射した。
濁った大気の中で金属同士がぶつかり合う重い音、その大気を吹き飛ばす暴力的なほどの爆風、そして爆破の光と共に生まれた炎。
確実に捕らえた。今度こそ殺した。
悪い夢を見ていたと言えるほどに泥沼と化していた戦いを終えた。
そんな安心感から隊長格の男がアサルトライフルの銃口を下ろしたその時、爆煙を裂いて禍々しい刃を携えた嫉妬狂いの化け物と名づけられた灰色のD.R.E.S.S.が現れる。
ミサイルを発射したまま油断なく臨戦態勢を整えていた僚機のルードはネイムレスへ向けて引き金を引くも、ネイムレスはそのほとんどをチェーンソーで薙ぎ、ブースターを吹かせて回避しながら一気に距離を詰めた。
刃を恐れたルードはスウェーバックのように構えながら、マシンガンの銃身に取り付けた銃剣をネイムレスに向ける。
しかしネイムレスは左側の背部ブースターを切って、銃剣ごとルードを回し蹴りのように蹴り飛ばした。
片側のブースターの推力で放たれた回し蹴りはルードを後方へと押しやり、援護射撃をしようとしていた隊長格のルードを巻き込んで地面に重なり合うように倒れこんでしまう。
『どけよ! 早く体制を整え――』
『させる訳ねえだろ』
レイはそう言うなり隊長格のルードの上に重なっている僚機のルードを、ブースターが誘爆しないように首だけ斬りおとした。
隊長格のルードを纏う男は体にのしかかっている重量が軽くなるのを感じ、中身が詰まった金属塊が地面に叩きつけられる音を耳元で確かに聞いた
死にたくはない。そんな必死な想いから隊長格のルードはなんとか抵抗しようとするも、僚機が蹴り飛ばされた際に咄嗟に両腕でガードをしてしまったせいでアサルトライフルの銃身は曲がってしまった。その上コンテナに格納してあるロケットランチャーは自身を巻き込みかねない。
『チクショウがァッ!』
そう叫びながら隊長格のルードは部下の亡骸を内包している、首を失ったルードの体をネイムレスへと蹴り飛ばす。
無様でも生き延びて見せようと背部ブースターを吹かせて逃げ出そうとする。だが僚機に下敷きにされた際に歪んでしまった背部ブースターのノズルは、小爆発を起こしてルードを地面へと叩きつける。
それでも這い蹲りながら隊長格のルードはなんとか逃げ出そうと、折れた肋骨の激痛に歯を食いしばりながら無様な匍匐前進をし始める。
『もう頑張るなよ、見てるこっちが辛くなる』
見るも無残な姿に成り果てたルードを思い切り踏みつけて、ネイムレスはチェーンソーの刃をカーキ色の装甲の隙間へと近付ける。
『これのテストをさせてくれたアンタには感謝してるんだぜ? 礼と言ってはなんだけど、一瞬で終わらせてやるよ』
『ま、待てよ、やめ――』
感謝しているという言葉とは裏腹に、レイは無感情に首筋にチェーンソーの刃を入れた。
高速回転する刃はカーキ色の装甲片と血飛沫を撒き散らし、やがて脅威は去ったとばかりにその動きを止めた。
そして回転を止めた刃を棺桶のような形をしたユニットに戻していると不意にレイに、戦場には似つかわしくない愉快な声が掛けられた。




