Drunk It [Poison] Blood 22
ネイムレスは晶をブースターの炎に巻き込まないようにしながら反転し、プラント群の合間を縫うように、そして円軌道を描くようにレーダー上に浮かぶD.R.E.S.S.へと接近していく。
その速度は2,3週間ぶりにD.R.E.S.S.を纏っているという事実を霞ませるほどに早く、ネイムレスはレーダー上の敵機が反応する前にマシンガンの射程内に辿り着いた。
そしてネイムレスは敵機を中心に円軌道を描きながら、プラントの合間合間で右手に持ったマシンガンの引き金を引く。普段なら躊躇いもせずに懐に飛び込んで蹴りをいれ、ブレードを突き立てる距離に入りながらも牽制以上の行動に移そうとはしない。
なぜなら相手はレイの戦い方を知っているのだから。
『コソコソしてねえで出て来いつってんんだろ、クソチビが!』
『堂々と出て行くバカがいるかよ、クソッタレ』
人の手で扱える程度の銃から、D.R.E.S.S.による銃撃戦の戦場へと変容した地下施設内。
そこでノイズ混じりの声を張り上げる男とそのD.R.E.S.S.をレイは知っていた。
白、青、赤のというヒロイックな印象を受けるトリコロールカラーで彩られた不恰好なほどに盛り固められた装甲。
肩のコンテナに描かれた装甲と同じトリコロールカラーのドラゴンのエンブレム、そして黄色の単眼のマシンアイを持つルード。
コンタクトレンズを外した後の特有の疲労感のある目で見たそのD.R.E.S.S.はかつての同僚にして、同時に敵でもあったヴィクター・チェレンコフのルード改修機、ゴリニチだった。
そしてそうと分かってしまえば、不可解だったいくつもの事実がレイには理解出来た。
執拗に続けられた嫌がらせは自身の正体を正確に把握していたからである。
気持ち悪いほどに整えられた顔はレイがコンバットブーツで文字通り潰してしまった結果。
そしてH.E.A.T.は本気で自身と敵対しているのだ、と。
――あの時のジョナサンのクソッタレが邪魔しなければ
レイは胸中でそう毒づきながらも、ジョナサンに次ぐ実力を持ったジャスティン・ファイアウォーカーのルード改修機、デウス・エクス・マキナが居ない事に安堵と疑問を感じていた。
ジョナサンと同じくレイが勝利する事が出来なかったファイアウォーカーを差し向ければ、かなり高い確率でレイを仕留める事が出来たはず。
レイを近くで監視する目的と、レイがアメリカを発つ前に起きたH.E.A.T.の人員のほとんどを割かなければならない案件があった、とはいえレイ相手に模擬戦で負け越しているチェレンコフを送り込んでくる理由がレイには理解出来ない。
――ロシアと同じように戦力が必要な戦場でも出来たのか
ロシアでレイが交戦したD.R.E.S.S.は18機、その内の何機が民間軍事企業ネイキッドガンの所属で、その残りの何機がラスールの所属なのかは分からないが手段さえ選ばなければ戦争が出来るその戦力。
H.E.A.T.がそれだけの戦力を割かなければならない案件があったとしてもおかしくはないが、レイにはそれが奇妙に思えてしまう。
――最初はともかく、今は指揮官がいねえのか
チェレンコフは目的の1つとして"レイの依頼人を知る"と言っていた。
テロリストに仕立て上げられてしまったレイの粛清の為に戦闘要員を派遣し、通信の発信場所さえ掴めなかったエイリアスの情報をレイから得るには余りにも杜撰な作戦。
結果としてチェレンコフはレイと晶に疑いの目を向けられ、そしてこの地下施設でD.R.E.S.S.を用いた戦闘を始めてしまった以上プラントの被害は抑えられないだろう。
その上、晶が居なければレイは施設を破壊して脱出する事が出来た以上、チェレンコフのした事はただの時間稼ぎにしかならない。
その自身を捕らえるという任務が発起が違ったとしてもその内容がチェレンコフ自身の判断で決められているような杜撰な任務に、レイは指揮官の不在を確信する。
――都合がいい、さっさと殺して逃げるか
レイが任務を遂行するにも、晶を生かして帰すためにも、レイはチェレンコフを殺さなければならない。
H.E.A.T.側の指揮官がどうやってエイリアスより先に鴻上製薬にチェレンコフを送り込めたのか。
劉とボヌールを拉致、殺害をした所属不明はチェレンコフの援護になぜ来ないのか。
それらの疑問達に答えが出ないが、指揮官が居ないのであれば戦闘後の逃亡はたやすい。
任期を終えてしまえばH.E.A.T.もエイリアスも関係ないレイには、相手の指揮官の動きなど重要ではない。
そしてもはやかつての同僚を殺す事に躊躇いなどないレイは、左腕に装備しているブレードユニットを展開する。
エイリアスがレイに与えた装甲パーツは以前より使っているオリジナルの物であるとはいえ、自身が行った修繕に完璧な自信が持てないレイは短期決戦を決意した。
しかしチェレンコフはレイの予測を超えた、下策中の下策に踏み切った
『チョコマカしやがってぇっ!』
そう叫んだチェレンコフのゴリニチは右手に握っている、短筒で大口径のハウザーを水平に構えて、狙いもつけずに乱射し始めた。
――何考えてやがんだあのクソッタレ
重量機であるゴリニチが軽量機であるネイムレスに追い着けないとレイは確信していたが、護衛対象であるはずのプラントがあるフロアでこんな暴挙に出るとは想像もしなかった。
ネイムレスを纏うレイはハウザーの榴弾に吹き飛ばされるプラントの残骸を避けながら、牽制の手を一切緩めようとはしない。
引き金を引き続ける事でネイムレスが描く軌道を教える事になってしまったとしても、ゴリニチの注意を引き続けなければ脱出出来たかも定かではない晶に危害が及ぶ可能性がある。
自身の進路を塞ごうとするプラントの瓦礫を右背部のブースターの出力を弱め、ネイムレスは左背部のブースターの勢いが乗った蹴りで右手にいるゴリニチへと瓦礫を蹴り飛ばす。
マシンガンの弾丸程度ではビクともしない装甲、ミサイルは小火器で迎撃し、重火器で決定打を与える。
ロシアで痛手を負いながらなんとか撃破出来た、ネイキッド・ガンのブルズアイと似た思想の機体。
それがチェレンコフのゴリニチだった。
しかしゴリニチは瓦礫の衝突を嫌がり、ブースターを吹かせて回避した。
ブルズアイはネイムレスが蹴り飛ばしたD.R.E.S.S.級の兵器の攻撃を想定した装甲で覆われていたルードの頭部を回避もせずにその装甲で受け止め、ゴリニチはある程度の強度があるとはいえ大きく強度に差がある瓦礫を回避した。
――似てるだけって事なんだな
その考えを確信に至らせるために、ネイムレスは右肩部のコンテナのハッチを開いてゴリニチへミサイルを発射する。
過去の模擬戦闘でゴリニチに搭載されている事を知っているフレアも、これだけ近い距離で発射されたミサイルに対抗する事は出来ない。
アサルトライフルで迎撃出来るのか、迎撃出来なかったとしてもその装甲で耐え切る事が出来るのか、それとも無様に逃げるのか。
『クソがァッ!』
そう怒鳴るチェレンコフはハウザーとアサルトライフルを振り回していたゴリニチを、殺到する3発のミサイルからフルブーストで回避させる。
――決まりだな
放った3発のミサイルが空のプラントを吹き飛ばしたのを遠くに見ながら、レイは確信に至った考えに口角を歪める。
ブルズアイは回避を捨てて、自身が砲台となることで拠点蹂躙型として出来上がった。
しかしゴリニチはチェレンコフの保身から装甲を盛り固めるも、回避を捨てる事も出来ずに中途半端な機体として出来上がってしまっていた。
『相変わらずだせえなチェレンコフ! アンタには荷が重い任務だったんじゃねえのか!?』
『あぁっ!? なんて言いやがったクソチビ!?』
『だせえつってんだよ! ウォッカの飲みすぎて耳までイカレたか、クソヤロウ!』
立ち止まり挑発をするネイムレスと怒鳴り返すゴリニチ、両者は銃口を向けながら罵りあう。
3m級の軽量型であるネイムレスと、5m級には届かないもののネイムレスとは比べ物にならない重量型であるゴリニチ。
傍から見ればネイムレスが自暴自棄になっただけに見えるその光景。
それでもレイは自身の思い描く勝利に向かって駒を進めていく。
『……ぶっ殺してやるよ、クソチビがァッ!』
『同じ事何回も言ってねえでやってみろよ、クソッタレがァッ!』
その言葉を切っ掛けにゴリニチはハウザーの引き金を引き、ネイムレスはマシンガンの引き金を引きながらゴリニチの方へと飛び出した。
銃声というには生ぬるい轟音ともに接近する榴弾を、ネイムレスはマシンガンを持った右手を突き出すような形で半身になって回避して、そのままゴリニチへと突撃していく。
擦れ違う弾丸に死の恐怖感を感じてない訳じゃない。
しかしブルズアイとの戦闘のような絶望感はない。
お互いの戦い方を知っている以上、有効な策はない。
それでもお互いに勝機が無いわけじゃない。
この戦いを生き抜けたとしても帰る場所などない。
しかし戦う理由とここで死ぬ訳にはいかない理由がある。
フルブーストにより生まれたGが治りかけの肋骨を軋ませるのを感じながら、レイはネイムレスとゴリニチが擦れ違うその瞬間に、ブレードユニットを装備した左腕を振りぬく。
合金の刃が装甲と内部フレームを斬ったのを確かに感じながら、レイはブースターを制御して高速で反転する。
致命傷は避けられなかったはずだとレイは考えるも、腹部が大きく裂かれたゴリニチはゆっくりとした動きで反転しながら右肩部のコンテナに弾丸帯で繋がれたハウザーの砲口をネイムレスへと向ける。
その震えるハウザーの砲身を嘲笑うように、レイはシアングリーンのディスプレイを目視認証で操作しながら左腕を振り上げる。
『ほら、アンタには荷が重かっただろ?』
そしてネイムレスが左手を振り下ろすと、スライドアタッチメントを解除されていたブレードユニットがハウザーに突き刺さる。
ハウザーから生まれた炎ば弾丸帯を伝ってコンテナに伝わっていき、ゴリニチは断末魔のように爆音を轟かせて爆炎に飲み込まれていった。




