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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
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Drunk It [Poison] Blood 5

 劉が足りないものの、ほぼ全員が揃った第1総務部室で晶はディスプレイに表示された企画書に不備が無いかどうかを確認していた。

 その企画書に書かれているのは錠剤、水薬、そしてナノマシンの生産ライン、そして薬用植物生産プラント、試薬醸造プラントの増設プランだ。

 計算し導き出された予算にもそれが生み出す利益にも、そして増設するための敷地にも問題はなく、晶はその企画書に議会への提出を許可するマーカーをつけた。


 ――これがどれだけの利益を出すかは分からないけど、いい加減ウチにも人を増やして欲しいものね


 そう胸中で叶わない願いを呟いた晶は、凝った体をほぐすように大きな伸びをしながら調光ガラスで仕事をするのに差し支えない程度の日が差し込んでいる第1総務部室を見渡した。

 第1総務部室の存在意義は不穏分子の炙り出しにあり、他の社員が影響されたりしないように隔離部屋である以上人員増加など望めるはずが無いのだ。

 そして第1総務部が冠しているその数字とは裏腹に、ほとんどの仕事は大人数を抱える第2総務部が担っていた。


 ――出世欲の強い人間には向かない仕事ね


 切れ長の目をディスプレイに向けながら、晶は脳裏によぎっている思考を刺激しないように玩ぶ。

 それは、新しい生き方を模索するというものだった。

 晶がこれまで会社に尽くしてきたのは、単に自身を男手1つで育ててくれた父に尽くしたいという感情からだった。


 しかしその昌明には加奈子カナコ飯塚イイヅカという、公私に渡ってサポートをしてくれるパートナーが出来た。

 恋人パートナーが欲しいわけではない。仕事以外の事をロクに考えられない今の自分が、人と向き合っていけるとは思えない。

 出世がしたい訳ではない。第1総務部長という仕事は、自身にしか出来ない仕事であると理解している。

 そしてどういう形であってもいつかはここに居る全員がこの部屋から消えて、どういう相手がどういう取引を持ち掛けてきても会社を裏切らない、このポストを唯一こなせる晶だけが残される。

 いくつかの理解出来ない感情が産み出した得体の知れない何かから逃れるように、晶はただ漠然と変化を求めていた。

 脳裏を侵食し始めた答えの出ない思考と晶を切り離すように、昼休みを告げるチャイムが社内に響き渡る。


「あぁ……、やっと昼休みか。部長、お昼行きましょうよー」

「悪いけどわたしはパスよ。皆も仕事は中断して、お昼食べてきなさい」


 まるで大仕事を終えたかのような疲労感を滲ませるブルームスに、晶はディスプレイの右下にメールが来た事を告げるサインを眺めながら断りを入れる。

 それは父としてではなく、鴻上製薬の社長として昌明が、第1総務部部長である晶に宛てた出頭命令であり、いつも通りの産業スパイの炙り出しに関する報告を求めているのだろう、と理解した晶はそれを受諾した。

 その仕事が極一部の人間のみにとって暗黙にして公然な仕事であり、機密性を重視される物であるため報告は不定期に、そして業務時間から外れた晶の個人的な時間に行われている。


「えー、行きましょうよ。あの根暗より働いていた俺に、ご褒美くらいくれてもいいんじゃないですか?」


 微妙に丈が足りていないスーツを身に纏うブルームスは、下卑た笑みを浮かべて此花を親指で指差す。


 それが純粋な食事の誘いではなく此花に対する当てつけであると理解した晶は、たった数週間とはいえ後輩に無意味な対抗心を燃やしているブルームスに深いため息をついてしまう。

 しかしそんなブルームスに当の此花は呆れたように肩を竦め、何も言わないまま壁に掛けてあったコートを手に取って退室してしまい、ブルームスの真意に気付いている巽はブルームスと同様に下卑た笑みを浮かべていた。


 ――どうしてうちの部署はこんなにも幼稚な人が多いのかしら


 確かにブルームスはこの日、この時間までの成果で言えば此花よりも成果を上げていたが、それ以前に仕事をしていなかった事が問題だとブルームスは気付いていない事に晶は頭を抱えてしまいそうになる。

 自身より4つ年上のブルームス、自身よりも2つ年上の劉、そして1つ年上の巽。第1総務部の半数は22歳の晶よりも年上であり、そして第1総務部長の晶にとっては無能達ばかりだった。


「いい? 此花君はブルームス君がふざけている間も真面目に仕事をしていたの。それをちょっと仕事したくらいで調子に乗るんじゃないわよ――もういいから皆、早くお昼でも食べて来なさい。始業時間までに帰って来れなかったら、遅れた分は残業してもらうわよ」


 そう説教をするも理解できていないどころかブルームスは不服そうに眉間に皺を寄せ、その様子に呆れはててしまった晶は自分の席で心配そうに状況の推移を見守っていた花里にそう促して自身も第1総務部室を後にした。

 大理石調の白い床、金のヴァインの模様が走る白い壁、海沿いの景色を取り入れ暖かな日差しを取り入れる床。

 少々成金染みた昌明の趣味が垣間見えるも、製薬会社らしい清潔感に満ちた廊下を晶は進んで行き、エレベーターホールへ辿り着く。

 しかしボタンを押してもエレベーターはなかなか来ず、あまり時間があるわけではない晶はエレベーターを諦めてエレベーターホールに併設された階段の扉を開いた。

 埋立地に作られた鴻上製薬の社屋の周りにはコンビニの1つもなく、お昼時のこの時間は2階にある社内食堂と売店に皆が向かうため、こういった事は良くある事なのだ。

 そしてパンプスの靴底が階段を叩く音を聞きながら、晶は第1総務部室がある3階から目的地である社長室がある6階を目指す。


 ――運動不足かしらね


 学生時代にクラブ活動をしていなかったとはいえ、たった3つの階を上るだけで晶は乳酸で重くなり始めた足に思わず苦笑してしまう。

 学生時代、それこそまだ鴻上製薬が小さな製薬会社だった頃から、晶は電話対応、資料の整理、数字の管理、試薬などの発送手続き等の免許が必要ない父の仕事を手伝っていた。

 学業の傍らでそれらをこなしていた晶にはクラブ活動どころか、友人達と遊びに行く余裕もないまま社会人となり更に仕事に没頭していった。


 ――週末くらい体動かすようにするべきかしら


 趣味が仕事であるような無趣味な晶が持て余している週末の使い方を思案し始めた頃、晶はようやく6階に辿り着く。

 秘書課と複数の会議室と応接間、そして社長室しかない6階には人影が少ない。

 長い廊下大理石長の廊下を横断するように引かれたダークブラウンのカーペットを歩み、晶は目的地である社長室の扉をノックする。

 ノックに対して返事は返されないが、ドアノブの上につけられた赤いLEDが消えたのを確認した晶はその重厚な木目調の扉を開けた。

 ブラインドが下ろされ薄暗い社長室にはセンスがいいとは言いがたい調度品が並べられており、ブラインドが下ろされた窓を背にする形で座っている昌明へ晶は頭を下げた。

 昌明はこの時代の社長にしては珍しく傭兵を抱えたりはしておらず、晶はボディチェックも何もなく昌明と対面する事が出来た。


「遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした」

「いや、急に呼びつけたのはこちらだ。気にする必要はないよ――早速で悪いけど、まずは報告を聞かせて欲しい」


 革張りの椅子に腰を掛け直した昌明は社長として晶に報告を促す。

 時間を細かく指定していなかったのだから遅刻もなにもないのだから。


「花里、此花の両名は真面目に業務にこなしており、PCの通信履歴などを見てみても懸念しているような事をしている様子はありません」

「限りなく白に近いグレーであると?」


 頭を上げて報告を始めた晶は、昌明の問い掛けに頷いてそれを肯定する。


「花里に関しては特にそう思います。此花は短大卒業後から日本に来るまでの空白期間が気になりますが」


 花里は東京の一般家庭で生まれ大学卒業後すぐに前の職場に就職しているが、此花には日本に来るまでの空白期間があり、晶にはそれが引っ掛かり続けていた。


「そして最後にブルームスですが――」

「その彼のことで話があるんだ――レイ・ブルームスの調査は終了だ。以降は花里、此花の両名だけの調査を続行して欲しい」


 そう言って自身の言葉を遮って告げられた昌明の言葉にに、晶は思わず怪訝そうな表情を浮かべてしまう。

 自身以外に調査をしている人間が居たのだろうか、そう考えた晶は昌明から情報を引き出す事にした。


「……理由は聞かない方が良さそうですね。ブルームスの配属は?」


 真面目に働いている2人を贔屓目で見ていることも、ブルームスに対してあまり良くない感情を持っているのも理解しているが、それでも晶には中立的な視線で3人を見ている自負があった。

 しかしそれが社の決定であるのであれば、社員でしかない晶はそれに従わざるを得ない。


「物分りが良くて助かるよ。他の部署が引き取りに来るまで、彼はこのまま第1総務部に置いて欲しい」

「ブルームスはお世辞にも勤務態度が良いとは言えませんが?」

「それでもだよ。彼をクビにする理由があるのは分かるけど、それ以上にここにおいておく必要がある。それだけの話さ」


 ――託児所か何かと勘違いしているのかしら


 ブルームスの背後には何かが居る。その疑いを確証へ変えた昌明の言葉に、晶は思わず胸中でそう毒づいてしまう。

 そして悟らせるべきではない出来事を自ら口にしてしまった昌明の駆け引きの拙さに、それをサポートしているであろう秘書(イイヅカ)の有能さを晶は再認識させられてしまう。

 そして昌明が金の腕時計で時間を確認しているのを見て、晶は報告の終了を理解した。


「言いたい事はそれだけだ、時間を取らせて悪かったね――そこに売店のサンドイッチを用意してある。お昼に持っていっておくれ」

「ありがとうございます。では、失礼しました」


 晶はそう言いながら一礼し、扉の横のテーブルに置かれた白い無地の紙袋を持って会議室を後にした。

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