[Revolutionary] Witch Hunt 18
『どうしたんだよ、名無し君。もう終わりか? 終わりなのか? 本当に終わっちゃうのか?』
そう余裕ぶった態度を取り続けるブルズアイへ、レイは苛立ちから足元に転がっていた中身の詰まったルードの頭部を蹴り飛ばす。
有機質を内包する合金の塊はD.R.E.S.S.のパワーアシストにより重い金属音を打ち鳴らしながら、ブルズアイの胸部の分厚い装甲に叩きつけられ原型がなくなるほどに潰れる。
『ああ! ランペイジ君の頭が調理途中のミートソースみたいに! 名無し君は本当に酷い奴だな!』
『うるせえ! これからいろいろ食い辛くなるだろうが、クソッタレ!』
実際は何とも思っていないと窺えるブルズアイの軽い口調に怒鳴り返しながら、レイはここ数分の戦闘で得た情報の整理をする。
ブルズアイのコンテナには武装が搭載されておらず、中身はグレネードキャノンとショットガンの弾薬だけである。
D.R.E.S.S.を纏っている人間の首をへし折れる威力の蹴りで蹴り飛ばされた物を、回避しようともしなかった絶対的な装甲への自信。
ここで時間を気にせずにネイムレスを相手していられるという事は、エリザベータには何か別の手段で対抗策を用意しているという事。
そしてミサイルを含めた銃火器がショットガンや装甲によって無効化され、レイが勝利するにはブレードユニットでの近接格闘しかない。
――やってやるよ。どのみち、やれなきゃ死ぬだけだ
ネイムレスの右腕のハードポイントがブルズアイのショットガンの散弾によって抉り取られたその瞬間、視界には首から上を失ったルードと、そのルードが装備していたカーキ色の合金の盾を見納めたレイは、覚悟を決めたように右肩部のコンテナに搭載しているミサイルポッドのハッチをオープンする。
『お、やっと切り札切る気になった!? どんなのよ、どんなのよ!? つまらなかったら殺しちゃうよ!? 面白くても殺しちゃうけどさァッ!』
その声を聞き流しながらレイは砲口が2つずつ並ぶ6連装のミサイルポッドのロックを、マニュアルで2発ずつロックし、最初の2発をノータイムで射出する。
『それだけ!? これだけもったいぶってこれだけ!? バカなんじゃないの、名無し君!』
そう呆れたような言葉を張り上げるブルズアイのショットガンの散弾によって、2発のミサイルが迎撃される。
ミサイル、そしてショットガンと続けざまに発射されたグレネードの爆炎の間を縫うように、ネイムレスは上空へもう2発ミサイルを発射する。
『どうやら見誤っていたみたいだね。3流を殺せる2流、そのレベルだったなんて知らなかったよ』
迫撃砲のような上空へ弧を描く軌道で落下してくるミサイル。爆炎によって生まれた陽炎の中で、ブルズアイは無造作に振り上げたショットガンでそれを迎撃する。
新たに生まれた爆炎、巻き上げられた土煙の向こうにいる灰色と黒のルードをレーダー上で捉えながら、ブルズアイは失望したとばかりにため息をつく。
『興ざめだ、飽き飽きだ、心からガッカリだよ、名無し君』
象と蟻、戦車と自転車、軍隊と愚連隊。そんな機体差が、導かれるであろう結末が分かっていた殺し合い。
それでもネイムレスに期待を寄せていたブルズアイを纏う男はその勝手な期待を裏切られた事から、軽口を消してネイムレスを遊び相手から唾棄すべき殺害対象へと変えていく。
そしてその失望を裏付けるように、爆炎によって生まれた煙を切り裂いて射出されたミサイルはブルズアイの数m前の地面に着弾し、爆破と共に土塊を撒き散らしながら炸裂する。
もはや打つ手もないだろう。そう考えたブルズアイは土埃で殺された視界を、土煙の向こうで大きな質量の動きを視認した方へグレネードキャノンを向ける。
『死ね。お前なんか、もういらない』
ブルズアイの合金の人差し指が引き金を引き、グレネードキャノンの方向からグレネードが吐き出される。
30mもない彼我の距離を、グレネードは獲物に喰らいつかんとする獣のように詰めていく。
しかし散弾の警戒から細かな回避機動を取り続けていたネイムレスと思われる質量は、グレネードへ向かって突撃するように高速でブルズアイへ向かってくる。
自棄になったとしか思えない回避すら破棄した特攻に、ブルズアイは手向けとばかりにもう1発グレネードキャノンの引き金を引く。
時間差をつけてネイムレスへと襲い掛かる2発のグレネード。
先ほど蹴り飛ばされたルードの頭部よりは比較的軽い、金属同士がぶつかり合う音。そしてそれに続くように弾ける2つの爆音。
装甲は吹き飛ばされ、中の人間も燃やされているだろう。
ミサイルやグレネードで焼かれ、抉られた土やアスファルトが散らばる惨状を一瞥したブルズアイには、灰色の軽量機が2発のグレネードを喰らって生きているとは思えなかった。
そしてブルズアイが別働部隊のチャンネルをコールしようとしたその時、砂埃りと爆破によって生まれた爆煙を切り裂くように灰色の装甲のD.R.E.S.S.が、シアングリーンの軌跡を描きながら飛び出した。
意識してしまった瞬間に感じる爆音でかき消されていたブースター音、飛び散るカーキ色の装甲、そしてネイムレスがマシンガンの代わりに右手に握っている、もはや原型を保てていないカーキ色の合金の盾。
グレネードがネイムレスを穿った訳ではなく、ネイムレスが放り投げたルードにグレネードは叩きつけられたのだ。
その理解より早くブルズアイは、ショットガンの銃口をネイムレスに向けて引き金を引く。
しかし高速機動でブルズアイに迫るネイムレスは、盾と表面が溶解した灰色の装甲に散弾を喰らいながらも止まる様子を見せない。
そして彼我の距離が0となる。
ブルズアイは懐に入る事を許してしまった敵対者へ右手のグレネードキャノンの砲身を叩きつけようとするも、ネイムレスは装甲の欠落した左足で踏みつけるようにしてその動きを制する。
近距離から中距離、とりわけ近距離はネイムレスが最も得意とする戦闘距離だった。
ブルズアイがショットガンを持つ左手に、ネイムレスは盾を叩きつけてブルズアイの両手の武器を一時的に殺す。
そして自由になった右手で単眼のマシンアイが紫の光を灯す頭部を捕まえたネイムレスは、ブレードユニットを展開した左手を引いていた。
装甲の表面が溶け、あちこちが欠落した無様な姿のD.R.E.S.S.。
興味のある対象から唾棄すべき殺害対象となっていたネイムレスが、今のブルズアイには自身の命を刈り取りに来た死神に見えていた。
『俺だってお前なんかいらねえよ』
そう告げられた最後通牒を聞きながら、煌めいた合金の刃から逃れるようにブルズアイを纏う男は目を閉じた。




