[Revolutionary] Witch Hunt 11
――面倒な事になりやがった
1泊せざるを得なくなってしまったリペツクのホテルのロビーで、同じく宿泊客である老婆とロシア語で談笑するエリザベータの隣に座るレイは、壁に掛けられたディスプレイに与えられた情報に焦燥していた。
サラトフの天然資源採掘施設の爆破はテロリスト同士の仲間割れによる結末、それによりテロリストに誘拐されていたエリザベータ・アレクサンドロフは死亡を前提とした生死不明。
そう結論付けたロシア政府はテロリストの残党の掃討、平和への先導者であったエリザベータ・アレクサンドロフの追悼の為にサラトフへの部隊派遣を決定した。
そしてエリザベータが死亡を前提とした生死不明とされたのは、経済戦争を望む資産家達の思惑によるものだろう、とレイは考える。
経済戦争を終わらせてしまいかねないエリザベータのマニフェスト、そして平和を誰よりも望んでいた先導者が殺されたという新しい争いを起こすには十分な火種。
もし2人が政府が派遣した部隊に見つかってしまえばレイはテロリストとして殺され、エリザベータもまた経済戦争を望む者達に殺されてしまうだろう。
そして何より民間軍事企業の傭兵でしかないレイは条約によりテロリスト、あるいは民間軍事企業の戦力に対してD.R.E.S.S.を展開して戦闘に及ぶ事が出来るが、国が保持する防衛戦力に対してD.R.E.S.S.を展開する事は出来ない。
報酬によってはテロリストにすら味方をする傭兵達は、国防軍のD.R.E.S.S.に銃口を向ける事すらテロリズムであると断定されてしまう。
結果として傭兵は国防軍が攻撃をしてきたとしても、逃げる以外の手段を取る事は出来ない。
そして現在保持しているIDが偽造された物であるとはいえ、ネイムレス自体が手配の対象になってしまえば面倒な事になってしまう。
――国防軍の動き、アレクサンドロフ議員にとってどこが1番安全なのか
知らなければならなくなってしまったそれらに舌打ちを堪えながら、レイは腕を組むようにしながらフライトジャケットの中に隠した拳銃を確認する。
目に見えぬ相手の思惑が見えてしまった以上、レイはこれまで以上の慎重さを求められる。
ロシア国防軍はリャザン、ペンザを通過する空路を利用して、モスクワからサラトフの空港を目指すだろう。
それでも大規模なテロが起きた事からモスクワには厳戒態勢が引かれている事は簡単に理解でき、それを担当している全ての存在にエリザベータを敵視する者達の息がかかっている可能性がある。
そのためレイはエリザベータにとって1番安全な場所を聞き出し、あらゆる存在に護衛対象の存在を気取られぬようそこへ送り届けなければならない。
――まるで魔女狩りだな。何が臨機応変にだ、クソヤロウ
未だ顔すら知らないエイリアスに胸中でそう毒づいたレイは、隣で談笑していたエリザベータと老婆の視線が自身に向いている事に気付く。
「どうかしたのか?」
表情はあくまで穏やかに、そしてそれでも辺りの警戒に意識を割きながら、レイはエリザベータに問い掛ける。
「レイさんはこんな美人な奥さんをもらえて幸せだ、必ず幸せにしてもらいなさいと、お婆様が仰ってくださいましたの」
「……努力します、そう伝えてくれ」
上気する頬に両手を当て嬉しそうに告げるエリザベータの言葉に、レイは老婆に会釈をしながらそう告げる。
偽りの恋人が気付けば婚約者になっていた。
その事実がエリザベータの描いたカバーストーリーに沿っている物ではないと理解していても、それを否定する事で新たな面倒ごとが生まれると理解しているレイはうやむやに返すほかなかった。
そしてレイは重大な問題に気付かされる。
確実に引かれているであろう検問等でIDの提示を求められた場合、レイはエイリアスが用意した物を提示すればいいが、追われている上にIDや携帯電話等の全てをテロリスト達と共に吹き飛ばされたエリザベータはそうはいかない。
偽造IDを用意しようにもエイリアスと連絡を取る方法は無く、その上中途半端な出来の物を手に入れた場合下手をすればレイの偽造IDすら看破される恐れがある。
――あるか分からない検問の緩い場所を探すしかねえのか?
その上いつ雪が降り出すか分からないこの気候で、ロシアの山岳地帯を徒歩で通過出来るのは不可能。
そしてネイムレスを"1部の人間のみがその異常を発見出来る"山岳地帯で展開してしまえば、テロリストとして補足され攻撃をされてしまう。
もはや2人には検問を突破する以外の方法などありはしない。
それが叶わなかった"最悪の事態"、そして新たな懸念事項を想定しながら、レイは左手首のバングルに触れる。
殺し合いだけでは解決しない状況にあっても、兵器であるそれが精神を穏やかにしていく皮肉な自身の精神構造にレイは小さな嘆息を洩らす。
エリザベータは戦争でいくら儲けようと死んでしまえば意味がないと言ったが、レイ自身がもう戦争から、兵器から離れる事が出来なくなっていた。
――変えてみせる、ねえ
日中車内で告げられたエリザベータの言葉を、レイは皮肉るように胸中で反芻する。
どれだけ重いブレスレットを着けていても、バングルの有り無しが分かるほどに。
オーバーホールで一時的に手放さなければならなくなった数日間、一睡も出来なくなってしまうほどに。
それほどまでに戦いと力に執り付かれた自身の何を変えるというのか。
そんな事をレイが考えていると、老婆は話に満足したのかロビーのソファから杖を支えにして立ち上がる。
倒れられても夢見が悪いとレイはいつでも支えられるように手を伸ばすも、老婆はしっかりと立ち上がり2人に会釈をしてロビーの奥にあるエレベーターへと歩いていった。
「やっと終わったか」
「そういう風に言うものではありませんわ。お婆様はレイさんの事も良く仰ってくださいましたのよ?」
「興味ねえよ」
やんわりと咎めてくるエリザベータを、大きく変わってしまった状況に焦燥するレイは取り合おうともしない。
チェックインの際に話し掛けて来た老婆とエリザベータが会話を望んだためロビーに居座る事になっていたが、サングラスを掛けていたとしてもエリザベータが不特定多数に顔を見られる事は極力避けなければならないのだ。
そして立ち上がったレイは左手にエリザベータの荷物を詰めた旅行鞄を持ち、右手をぶっきらぼうにエリザベータへ差し出す。
エリザベータはそのレイの行動に驚愕から目を丸くするも、その次の瞬間には満面の笑みを浮かべて差し出された手に捕まって立ち上がる。
当然のように右腕を抱き寄せるエリザベータを連れ立って、レイはタイミングよく開いていたエレベーターへと乗り込む。
やがて金属製の扉がゆっくりと閉まり、箱状の小さな世界がエリザベータの押した数字を目指して上昇していく。
3。奇しくも早急に対処をしなければならない懸念事項の数と同じ数字を表示するディスプレイに、レイは嘆息し左手首のバングルを腰に軽く打ち付けて、ゆっくりと開かれた扉の外の様子を窺う。
――反応なし
状況が大きく変わった事から過敏に反応してしまう精神を押さえつけ、レイは導くように腕を引くエリザベータに連れられて宿泊する部屋へと向かう。
台帳への記帳以外の宿泊手続をエリザベータに任せてしまっている為、レイは自身らが泊る部屋の番号すら知らない。
決して長いとは言えない廊下の終わりにある309号室、非常階段の位置を確認するレイはカードキーを装置にスライドさせて施錠を解除したエリザベータを部屋に入らせる。
とりあえず役目を果たしたカードキーがレイによって扉横のカードリーダーに差し込まれ、自動的に点いた証明にオフホワイトを基調にした室内が照らされる。
レイはオフホワイトの塗装が欠けて端から木目が見えるクローゼットの扉を開けて旅行鞄をしまい、脱ごうとしたフライトジャケットをやんわりと脱がされる。
「変わられましたのね」
「何がだよ?」
「顔色、態度、いろいろですわ。特に顔色に関しては本当に安心しましたわ。レイさん、ご自分で思っている以上に酷い顔されていましたのよ?」
既にサングラスやアウター等をクローゼットに納めていたエリザベータは、自身が脱がせたフライトジャケットをハンガーに掛けながら笑みを浮かべる。
あの時のレイの不機嫌そうな顔に浮かんでいた隈はすっかり消え、血色の悪かった顔は熱を取り戻したように色を変えていた。
しかし当人であるレイは興味がないとばかりに脱いだトラッカージャケットをエリザベータへ押し付け、エリザベータはそんなレイの態度に嫌そうな顔1つ見せずジャケットを受け取ってそれもハンガーに掛ける。
出会って3日目、知り合って2日目。
カバーストーリーがそうさせたのか、2人がそうあるべくしたのか、2人は無意識に役柄を演じるように振舞い始めていた。




