[Revolutionary] Witch Hunt 10
「聞かせてもいい、そう判断した物だけ答える。依頼人の背景を探ろうとか、余計な事をすんじゃねえぞ」
「問題ありませんわ。わたくしの興味はレイさんに向いていますもの――早速ですが、お歳は?」
「17歳。免許がどうとか、うるせえ事言うなよ」
「……いえ、そんなことは言いませんが、レイさんが年下だった事に驚いてしまいましたの」
東洋人は実年齢よりも若く見える。
そういった先入観からレイを年上だと思っていたエリザベータは、簡単に覆された事実に戸惑いを隠せない。
「たった1つだ。大した差じゃねえ」
「そうは仰いますが……いくつの頃からD.R.E.S.S.に関わり始め、傭兵を始められましたの?」
「傭兵として仕事を始めたのは15歳、D.R.E.S.S.と関わり始めたのはもっと前だけどな」
「……恐いと思った事はありませんの?」
鳴り響く無数の銃声、目前で血飛沫を撒き散らしながら死んでいったテロリスト達、意識すら保っていられなかった戦場に平然と居られる事が信じられない。
そんな考えから思わずエリザベータは問い掛けるも、返された返事はあっけないほどに空虚な物だった。
「別に。少なくとも俺はこれしか生きていく方法なんか知らねえし、恐えとか言ってられねえだろ」
「そんな、他にも仕事はたくさんあるはず――」
「学校には行ってないから学はねえ、でも戦争だけが俺を価値付けてくれる。加えてこの仕事以外で俺という存在を保証する人間も居ない。しかもたまに転がり込んでくる仕事は最低なくらいリスキーで、最高のバックを保障してくれる。やめられる訳ねえだろ」
「お金など、死んでしまえば無意味ですわ!」
「金がなければ生きていけない、命を懸ければブルーカラーの俺でも大金を得られる。これ以上ないほどに十分な理由だろ? 俺みたいな傭兵が、この世にのさばる塵芥の1つが生きていくにはこれがベターなんだよ。クソったれた考えなのは自覚してるけど、まあそんなもんだろ」
あまりにも違う世界を突きつけてくるエリザベータの言葉に、レイは信頼を得る為の会話だという事を忘れて自嘲するように言葉を紡ぐ。
手段の先に目的があり、目的を果たす為には手段に従事しなければならない。
そしてそれらがレイを動かし、あらゆる可能性からその目を奪い続けている。
しかしレイはそれを理解したところで、目的を果たすまでは歩みを止める事は出来ない。それこそ生命を終えるその時まで。
「結局のところ、アンタと俺は商売敵。アンタはアンタの思う平和を目指して、俺はD.R.E.S.S.同士で殺し合える経済戦争がこのまま続けばいいと思ってる。MKウルトラ染みた事をされかけたアンタに言うには酷だけど、世界は絶対に変わらねえよ」
既に世界は大きな変化を強制されていた。
たった1人の人間のもたらした技術と、十余年の月日を持って。
車のエンジンを動かす燃料はガソリンから電気へ、人々が奪い合う物は石油から水へ、そして戦争は誰にとっても身近な物へと変わった。
エリザベータ・アレクサンドロフは、そんな世界すら変えようとしている。
しかしそれでも世界は、戦争の甘い蜜を啜ってしまった人々は変われない。
D.R.E.S.S.が使えなくなれば戦闘機を、戦闘機が使えなくなれば戦車を、戦車が使えなくなれば銃を、銃を使えなくなれば剣を。
いずれD.R.E.S.S.が朽ち果て、戦場には新旧の兵器が入り乱れる。
そしてネイムレスが動かなくなったその時、自身はどうしているのだろうか。
そんな考えるだけ無駄なほどに不明瞭な未来と、呪いにも似た自らの悲願、そして何よりアテネからあらゆる存在に揺さぶられ続け、動揺を隠せない幼稚な自身にレイは自嘲するような笑みを浮かべる。
「……言い過ぎたな、わるか――」
「気に入りませんわ」
やり過ぎたと本来の目的を見失っていたレイの言葉に俯いていたエリザベータは、小さいながらも強い声で宣誓するように言葉を紡ぐ。
言葉を遮られたレイは怪訝そうな表情を浮かべるも、そのエリザベータの様子に何も言えない。
「他の生き方を模索する気もない姿勢も、ろくに知らぬまま決め付ける精神も、わたくしに興味すらないと言わんばかりのその態度も、全てが気に入りませんわ」
威圧するでもなく、恫喝するでもなく、当然のように言葉を紡ぐ。
ただそれだけの事でエリザベータは車内という小さな世界を掌握する。
「わたくしは全てを変えて見せますわ。世界も、あなたも」
「随分と独善的な答えじゃねえか」
「多少独善的でなければ世界を変える事など出来はしませんわ。それこそ世界に無数に存在する傭兵の1人も変えられないなど、お話にもなりませんもの」
挑戦的とも言えるエリザベータの言葉にレイは嘲笑混じりの言葉を返すも、エリザベータは1歩も退こうとはしない。
アネットのようなどうでも良い存在でもなく、フィオナのように突き放せばなかなか立ち上がる事も出来ないような存在でもない、自身に立ち向かってくるレイが今までに出会った事のない存在。
戸惑いを紛らわすようにレイは嘆息し、肩を竦める。ナノマシンによる強制的な覚醒から、自然な目覚めに切り替えさせられた脳を働かすも求める答えは出てこず、レイはさじを投げるようにぼやいた。
「……勝手にすりゃいい」
「そうさせていただきますわ。大事な"恋人"が戦場で命を削っているなど、冗談でもゴメンですもの」
「ほざきやがれ」
「ええ、そうさせていただきますわ。これだけ素敵な殿方を逃すなど、わたくしには考えられませんもの」
どこか満足したような笑みを浮かべるエリザベータはレイの胸元に手を伸ばし、ネックレスに掛けられていたサングラスを手に取る。
ディアドロップ型の銀のフレーム、それに縁取られた黒のグラデーションのレンズ。
地味とは言えないそのサングラスですら霞ませるエリザベータの美貌に、サングラスごときでは無駄かとレイは考えるも自然な形で容姿をカモフラージュ出来るのはここまでだろうと嘆息する。
展開した姿を見せていないものの、最新にして最強の兵器であるD.R.E.S.S.を持っていると判明している相手に啖呵を切れるような相手を隠そうとする事すら不可能なのかもしれないのだから。
そんな事を考えていたレイの口元に、新たなBLTサンドが差し出される。
「……どういうつもりだ?」
断面から覗くトマトの赤にレイは表情を引きつらせながらそう問い掛けるも、エリザベータは差し出したそれを引っ込ませる様子はない。
「世界を変える第一歩として、大事な"恋人"の偏食を治してみる事にしましたの。それにサングラスを掛けるというそちらの要望にわたくしは応えたのですから、レイさんにも応えていただきますわ」
「待て、俺の偏食と世界平和に何の関係があんだよ」
「さあ? でもわたくしはそうしたいと思いましたの」
「俺はそんなの望んじゃいねえよ。アメリカじゃフライドポテトだって野菜だ、生のトマトが食えねえくらい問題にもならねえだろ」
「ですがその様子ではケチャップは平気でも、ピューレも苦手なのではなくて?」
「だったら何だよ?」
「わたくしのボルシチを食べていただけないではありませんの、それでは困りますわ」
「いや、そもそもアンタのボルシチを食う機会とか一生ねえ――」
「えいっ」
突然押し込まれたBLTサンド、口内に確かに広がるトマトの酸味にレイの喉からエリザベータの軽い掛け声とは裏腹の引きつった声にならない声がする。
――クソッタレが
そう胸中で毒づいたレイは飛び出しそうになる罵詈雑言を飲み下すように、口を塞ぐBLTサンドを齧り租借する。
暴力的なほどに口内で暴れ狂う、他の人間にとってはなんて事のないトマトの味に堪え切れずレイはそれを無理矢理飲み込む。
有毒な物は入っていない、それだと言うのに胃が妙に痛み出したレイに、サングラスを掛けていても分かるほどの笑顔を湛えながらエリザベータは告げた。
「まだたくさんありますので、満足いただけるまでお召し上がり下さいまし。わたくしの"恋人"」




