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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
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[Revolutionary] Witch Hunt 9

 レイ・ブルームスは戦慄していた。

 役に立たない随伴機2機が即時撃墜判定を受け、たった1人で民間軍事企業H.E.A.T.の1番の腕利きであるジョナサンと相対する事となった模擬戦。

 味方が次々と撃墜されていったアゼルバイジャンでの任務。

 気が付けばすぐ傍にアネットが居続けたあの頃の日常。

 その時以来、感じた事のなかった絶望感。


「口を開けてくださいまし、レイさん」


 ヴォロネジで入手したレンタカーの助手席から、への字になるほどに硬く閉ざされたレイの口元に差し出されるサンドイッチ。

 何の変哲もないBLTサンド、ハンドルから手の離せないレイはそれから顔を遠ざけながら呻く。


「……何でトマトが入ってる奴にしてんだよ」

「トマトは美容にいいんですのよ? それにトマトがお嫌いなんて存じ上げませんでしたわ」


 昨晩宿泊した宿でロシア語を話せない事が露見したレイは買い物のほとんどをエリザベータに依存することになり、その結果レイは差し出されたそれに戦慄することとなった。

 ケチャップは平気、ロッソのパスタも食べられる。

 しかしトマトだけはダメなのだ。


「頼む、トマトだけは抜いてくれ」

「しょうがない方ですのね」


 レイの懇願を聞き届けたエリザベータは、おかしそうな笑みを浮かべサンドイッチのトマトを指でつまんで自らの口に運んだ。


「随分と淑女然とした食べ方じゃねえか、感服したぜ」

「粗野な"恋人"からの影響ですわね。あまりそういう事を仰るのであれば、そのまま召し上がって頂きますわよ?」

「ハッ、冗談だよ、冗談」


 ソースとトマトの水気が付いた指先を舐めるエリザベータに、レイは鼻で笑うように毒づくも、返されたエリザベータの言葉にすぐさま手の平を返す。

 喉が渇き、空腹はピークを達した状況で、最後にトマトが残っていても食べれない。レイにとってトマトはそういった物なのだ。

 再度差し出されたトマトが抜かれたBLTに噛り付く。

 多少トマトの酸味が残っているものの、我慢出来る範囲の味にレイは安堵した。


「それで今日はどこまで行きますの?」

「モスクワまで、って言いたいところだがリペツクで1度情報収集をする。ラスールの残党、もしくはラスールと協働していた民間軍事企業の動きが知りたい」


 サンドイッチを飲み込んだレイは、デジタル表示の時計を見ながらエリザベータの問い掛けに答える。


 サラトフの天然資源採掘施設がテロリストによって爆破された。


 ”世間の人々にとっての事実”はそうなっているが、当事者である双方にとってはそうはいかない。

 味方の部隊を全滅させられた敵の連合勢力、それに対して1人で物資を手に入れる為のカードとなるフィオナ・フリーデンよりも優先された、エリザベータ・アレクサンドロフという女を守らなければいけないレイ。

 多少が時間が掛かったとしても、慎重にならざるを得ないのは無理もない。


「では、場合によってはリペツクで1泊するということですの?」

「場合によってはな。頼むから今日はベッドが2つある部屋にしてくれ。アンタと一緒だと疲れてしょうがねえ」

「ですがああいう部屋の方が、ベッドが複数ある部屋よりもお安いんですのよ?」

「うわ、嘘くせえ……嘘だよな?」


 思わずレイはそう問い掛けるも、エリザベータは曖昧な笑みを浮かべて無言でサンドイッチを差し出すだけで答えようとしない。

 レイは答えを諦めたように嘆息し、差し出されたサンドイッチを咥えて器用に口に引きずり込んで租借する。

 自身が食べられる物であれば食に大したこだわりもないレイは、しゃきしゃきとしたレタスの歯ごたえに大した感想も持たぬまま飲み込み、ずっと提案しようと思っていたことを口に出す。


「それはそうと、俺のサングラスを掛けててくれねえか? 対向車からすげえ見られてる気がする」

「わたくしではなく、レイさんをご覧になっているのではなくて? 先日も申し上げましたが、青い目の東洋人など初めてお会いしましたわ」


 誰が触れたか分からないハンドルを触った手で食べ物に触れるべきではないと強く言ったものの、結果的にレイがしたマナーとしては最低な食べ方をさせてしまった事実に呆然としていたエリザベータは我に返りレイに言葉を返した。

 いくら自身の顔が売れているとはいえ、スーツ姿以外の姿を知らない人々が擦れ違う一瞬で自身に気付けるとは思えない。

 しかしエリザベータはそう思うも、レイは違う所に引っ掛かったらしく不機嫌そうな表情を浮かべた。


「一目見て分かるような色じゃねえよ。それにアンタがどう思ってるか知らねえけど、俺はアメリカ人だ。黒髪のアメリカ人が居ねえ訳じゃねえだろ?」

「そうは仰いますが、お顔立ちは東洋人にしか見えませんわ。ご両親のお国は?」

「親父がアメリカ、お袋が日本だ。それがどうした?」

「いえ、ただ"恋人"だというのに、わたくしはレイさんの事を何も知らない。そう思いましたの」

「それで? 短ければあと数時間の付き合いで親睦を深める必要はねえだろ」


 何かを思案するように人差し指を唇に当てるエリザベータの言葉に、レイは鼻で笑うように言葉を返す。


 ――買い被り過ぎたか?


 こちらの背景を探るには杜撰すぎるエリザベータの前置きに、レイは自身が下したエリザベータの評価に疑問を抱く。相手の事を知らないという点においては、レイもエリザベータも大差はないのだ。


「ですが長ければもう数日ありますのよ? 命を懸けて守って下さる相手の事を知りたいと思うのは、おかしな事ではありませんわ」


 ――少ない設定を破綻させなければ好きにしてもらって構わない。何より大事なのは信頼を得る事だ


 当然のように告げるエリザベータの言葉に続くように、レイの脳裏によぎるのはエイリアスの不気味な低音のマシンボイス。

 ここで沈黙を決め込み不信を買うか、毒にも薬にもならない情報だけを与えて場を誤魔化すか。失敗が許されないレイに選択の余地などありはしなかった。

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