4. 【幕間】最大のライバル ※マリア視点
※マリア視点になります。短めです。
その数時間前。
マリアは屋敷を訪れたクライヴを出迎えていた。
アイリスが仕事中だったため、久しぶりに二人きりでお茶を飲んでいた。
「まあ、今日はレモンパイなのね。毎回頂いてしまって申し訳ないですわ」
「いいんだよ。別に俺が好きで買ってきているんだからな」
「アイリスちゃんの喜ぶ顔が見たくて、ですわね」
「……別に、そんなことは言ってない」
図星だったのかむぅと口を閉じて視線を逸らすクライヴにマリアは笑いをこらえた。照れ臭いときにそれを隠す表情は幼い頃から変わらない。
甘いお菓子が好きなアイリスのためにクライヴが買ってきてくれたレモンパイは宝石のようにきらきらと輝いている。
「王都はここから馬車で二時間もかかりますでしょう。こんなにしょっちゅう来るのは大変ではありませんか?」
「ああ、おかげで遊びに出る暇もないほどだ」
「まあ! 女性の心をもてあそびすぎて、嫉妬に狂った女性に殺されてしまうかもしれないほどの殿下が、遊ぶ暇がないだなんて!」
「そこまで言ってないだろ」
まあ、と口に手を当て目を丸くして大げさに驚くマリアに、クライヴがむくれた顔で反論する。
すっかり大人びてしまったが、こういう顔は幼い頃とあまり変わらないなとマリアは懐かしく思った。
「うふふ、あの常に私のスカートの裾を掴んで離さなかった可愛い殿下が遊び人だなんて。最初噂を聞いた時は驚いたものですわ」
「子供の頃の話しだろ! まったく、あんまり揶揄うなよ。元々そんなに遊んでなんかない。わかるだろ」
そうでしょうとも、とマリアは微笑んだ。
クライヴは幼い頃からまじめで優秀だった。しかし二人の兄がいること、そして母が民間の出であることもあり、王位についてはずっと距離を取っていた。万が一にも担がれることが無いように、わざと遊び人のふりをしていたのだろう。
きっとアイリスに会いに来る時間を作るため、王都では王子としての公務をがんばっているのだろう。
「アイリスちゃんも、殿下が来て楽しそうですわ」
「そうか? 今のところ菓子目当てにしか見えないが……」
行儀悪く頬杖をついてクライヴがため息をつく。
当のアイリスはまったく気づく気配がないけれど、クライヴは周囲から見ているとアイリスのご機嫌をとるために必死だ。
最初に訪れた時、手土産に彼が持ってきたリンゴのケーキを食べた時のアイリスの花が咲いたような笑顔。それをまた見たくて、都会の美味しいお菓子をせっせと持ってくる王子様にマリアは微笑ましい気持ちになる。
「アイリスちゃんが私を好きすぎるばかりに殿下にいらぬご苦労をかけてもうしわけないですわ」
「満面の笑顔で言うことかそれが」
クライヴの最大のライバルがまさか自分だなんて。
今度こそマリアはこらえきれなくて笑った。
「私の大切なアイリスちゃんと結婚したいなら、これくらいの試練は乗り越えてもらわなければ困りますわ」
「アイリスはマザコンだが、君もかなり娘を好きすぎる母親だな?」
「あら、当然ですわよ。私は実の母ではありませんが、親が子を想う気持ちは無限大ですのよ」
マリアはそう微笑んで、幼い頃のアイリスを思い出した。
出会った頃のアイリスは、なかなか心を開いてくれなかった。本当にアイリスに受け入れてもらうことができるのだろうか、と不安に思った日もある。けれどそれも今では懐かしい思い出だ。
結婚してからの十三年間、大切に守ってきた一人娘だ。
「なるほど、これは手ごわいな」
「いやだわ、これじゃあアイリスちゃんがいつまでも結婚できないわ」
「アイリスは君といるときが一番幸せそうだからなあ」
「ええ、でも……」
紅茶のカップをゆっくりとソーサーに置く。細い自分の指先は以前よりも痩せてしまったように見えた。
苦笑するクライヴを見つめて、マリアは自嘲気味に呟いた。
「私にはなんだか殿下と話してるときのあの子は肩に力が入ってなくて楽しそうに見えるのですよ。最近は、私にも無理して笑ってみせるので……」
「……マリアのことを案じているんだろう」
「ええ、本当に自分が不甲斐ないですわ。本当は私が母親としてあの娘を守ってあげなくてはいけないのに……」
病でろくに働けない自分の身体が恨めしい、とマリアは思った。
アイリスはまだ十八歳で、これから自由に恋愛も結婚もできるはずだった。けれど夫であるノーマン卿が病で突然この世を去り、その心労のためか自分まで倒れてしまった。その負担がすべてアイリスに伸し掛かっていることをマリアはずっと気に病んでいた。
けれど、そんなことを言えばアイリスは笑顔で首を横に振るだろう。
マリアのせいではないと。
「そう思うなら、早く病を治して元気になることだ。彼女もそれを一番に願ってるだろう?」
「……そうですわね。ああ、嫌だわ。こんな弱音吐いちゃって。これはアイリスちゃんには秘密でお願いしますね」
「わかっているよ」
うふふ、といつものように笑えばクライヴはしかたないな、という風に頷いてくれた。
心配をかけて申し訳ない、と思うと同時に彼がいてくれることがマリアにとってはとても心強かった。
クライヴもまた、マリアにとっては息子のような存在なのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
本日はもう一話更新予定です。




