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2. 初デートは義母と共に

「ねえ、アイリスちゃん。本当にいいの? せっかくのデートなのに私が一緒で」

「もちろんです、お母様。むしろ私はお母様と仲良くショッピングをしたいのです。デートはおまけですよ」

「それはデート相手である俺の前で言っていいことなのか?」


 馬車から降りるアイリスの手を取るクライヴが呆れ顔で言った。

 その隣ではマリアが困ったように車椅子に乗って首を傾げている。


「かまいません。お母様に勝るものなどありません」

「……マリア」

「殿下、ごめんなさいねえ。うちの娘ったらちょっと甘えん坊で」


 ちょっとか?

 とクライヴが胡乱な顔をしているが、アイリスは無視して周囲を見渡した。

 本日訪れたアンブローズはノーマン家から一番近い栄えた都市だ。

 実は屋敷から出るのは久しぶりだった。しかもマリアと一緒なのだから、クライヴには言わないがアイリスは実はちょっとだけこの日を楽しみにしていた。



 約束のデートの日。

 アイリスはマリアと共にクライヴの馬車に乗せてもらった。

 渋々デートを承諾したとき、アイリスは1つだけ条件を付けた。それは、デートにマリアが同行することだ。もちろんマリアの体調が悪いときは中止。

 さすがにここまで身勝手な提案をすれば断ってくれるかと思ったのだが、クライヴはあっさりと承諾してしまった。

 そして彼の用意した馬車にアイリスは驚いていた。最新式の馬車は悪路でも客室の揺れは最小限に抑えられていて、椅子にも柔らかなクッションが設置されていたのでアイリスもマリアも快適に乗ることができた。しかもマリアのために車椅子まで用意してくるという、至れり尽くせりぶりだ。

 必死すぎるだろうと思う反面、若干罪悪感を抱いてしまう。


(お母様のことを考えてくださったのね。これから婚約をお断りしなきゃいけないのにちょっと気まずいわね)


 クライヴのエスコートはムカつくが完璧だった。さすが嫉妬に狂った女に殺されると予言されるほどの遊び人なだけはある。アイリスは自分にアプローチされてもなんとも思わないが、マリアを尊重してくれる相手には好感を持つ。

 もちろん顔には絶対に出さないが。



「今日はどこへ行くのですか?」

「君が行きたいところを周ってもいいが、もしこちらに任せてくれるなら湖を見に行こうかと」


 アンブローズの街のすぐそばには公園になった小さな森と湖がある。デートスポットとして定番の場所だが、空気も良いのでマリアが行っても問題ないだろう。そこまで頭の中で考えてアイリスはにこりともせず頷いた。


「わかりました」

「懐かしいわね、お父様とのデート以来だわ」

「私も楽しみですお母様! お母様とのデートなんて久しぶり!」

「よーし、そろそろ出発するぞー」


 ふわふわと微笑むマリアの腕にアイリスは子供のように引っ付いた。

 実は今まで一緒に出掛ける機会というのが、あまりなかったのだ。特に父が亡くなりマリアが病になってからは。二人でキャッキャとしていると、クライヴがまるで引率の先生のようにマリアの車椅子を押して歩き出した。

 アイリスは慌てて仕方なく彼の隣に並ぶ。

 アイリスとマリアの様子を見てもまったく引いた様子がない。やはり命が惜しいからなのだろうか。

 よくわからない人だとアイリスは首をかしげたのだった。



 デートは意外なほど順調だった。

 クライヴに連れられてマリアと眺めた湖は、穏やかな水面に陽光がきらめいてそれは美しかったし、森から流れてくる清らかな風はとても気持ちよかった。

 少し足をのばして湖が一望できる丘の上に上ると、マリアは懐かしそうに目を細めた。


「そうそう、ここで旦那様と湖を眺めたのよ。懐かしいわ」

「マリアが喜んでくれたならよかった」

「待ってくださいませ殿下。まさかお母様を誑かそうなんて」

「そんなわけあるか」


 急な坂道をアイリスに代わって車椅子を押してくれたクライヴは、昔知り合いだったらしいマリアとどこか親しげで距離が近い。アイリスが知らない二人の関係があるのだ。なんだかそれはすごくおもしろくなくて、クライヴを睨んでみたら半眼で見下ろされた。そしてびしりと人差し指で額を突かれる。


「いた!?」

「俺は君の喜ぶ顔が見たいからここにいるんだが?」

「え」


 思わずまじまじと見つめてしまったら、ふいと紺碧の瞳をそらされた。

 嬉しそうにマリアがはしゃいでいる。


「まあ! 私ったらもしかしてお邪魔かしら?」

「いいや、まったく。今日はマリアのためにもここに来たんだしな」

「そうなんですの? ありがとうございます、殿下」


 ぽかんとして立ち尽くしているアイリスを置いて、クライヴはさっさとマリアの車椅子を押して坂を下っていってしまう。


「ほら、そろそろ昼食にするぞ。こっちだ」

「……あ、待ってください!」


 我に返ったアイリスは慌てて後を追った。

 

(私の喜ぶ顔が見たいってどういうこと?)


 死にたくないからアイリスと結婚したい、というだけならそこまでしなくてもいいはずだ。

 それともこれが遊び人というやつなのだろうか。

 なるほど、こうやって女性を誑かすのかもしれない。

 アイリスは頭を振って気合を入れる。油断してはいけない。相手は死にたくないからアイリスと結婚したいだけの遊び人なのだから。



 昼食は湖畔にあるレストランをクライヴが予約してくれていた。

 湖がよく見える個室のテーブルに並ぶのは湖や近くの川で採れた魚料理だ。


「これ、とってもおいしいわ」

「お母様……、ええ、とっても美味しいですね」


 魚の出汁を取ってハーブで香りづけしたリゾットを一口食べてマリアが呟いた。

 病気になってから食が細くなっていたマリアの言葉にアイリスは嬉しくなった。サラダとパンの籠を手に取る。


「他の物もありますよ」

「んもう! 私はいいからアイリスちゃんも食べなさい」

「そうだぞ。この皿の端に寄せられて残ったニンジンもちゃんと食べるよな」

「う」


 クライヴの言葉にアイリスはぎくりと肩を揺らした。

 昔からどうしてもニンジンだけは苦手なのだ。

 ちらりと視線を向けると行儀悪く頬杖をついたクライヴがニヤリと笑う。


「貴族学院ではとても優秀な才女だと聞いていたが、ニンジンが食べられない、なんてことはないよな?」

「も、もちろんです。食べます」

「ああ、当然だ。国民が汗水たらして作った食物を残すなど貴族がすべきことではないからな」


 うう、とアイリスはフォークを手に取った。

 昔はニンジンが出てくると、父かマリアに代わりに食べてもらっていた。お子様と言われてもしかたない行為だ。

 フォークを持って固まっていると、マリアが心配そうに覗きこんでくる。


「大丈夫? 私が食べましょうか?」

「マリア、貴女はアイリスを甘やかしすぎだぞ。なあ、アイリスはそんな子供じゃないよな」

「お母さま、心配なさらないで」


 アイリスは無理やり笑顔を作って答えた。

 食が細いのに助け船を出してくれたマリアに申し訳ない。それにクライヴにお子様と揶揄われるのは癪に障る。

 覚悟を決めたアイリスは大きなニンジンのかけらを食べた。青い顔で咀嚼してそして飲み込んでからマリアに顔を向けた。


「だ、大丈夫です。私はもう好き嫌いなんてしません」

「えらいわアイリスちゃん! そうね、私が心配することなんて、もうないわね」

「ちなみにニンジンはあと3つあるけどな」

「言わないでください……!」


 つい口を尖らすアイリスを見て、クライヴが楽しそうに笑った。そしてアイリスの皿に手を伸ばして残ったニンジンを2つとって口に運んだ。

 え、とアイリスは目を丸くする。


「ちょ……」

「行儀は悪いが、君の努力に敬意を表して少しだけ助太刀しよう」

「あら、殿下に助けていただいてよかったわね」

「……あ、ありがとうございます」


 ええ、とアイリスは戸惑った。

 アイリスとしてはニンジンが2つも減って正直とても助かったのだが、なぜクライヴはそこまでするのだろうと思ったのだ。アイリスは彼にとって取るに足らない伯爵家のマザコン娘でしかないはずだ。

 そんなに占い師の予言が怖いのだろうか。


(いいえ、きっとこれが遊び人が女性を陥落しようとするテクニックなのかも)


 アイリスはクライヴについて考えることをやめて、最後に残ったニンジンをどう食べるか思案することにしたのだった。



 食事が終わり、少し町を散策した後マリアが疲れを見せたので、その日は屋敷へと帰ることになった。

 帰りの馬車の中でマリアが申し訳なさそうな顔をする。


「ごめんなさい二人とも。私のせいで……」

「気にするな、マリア。身体を大事にしろ」

「そうです、お母様。お母様が元気じゃないのにお出かけなんて楽しめません」


 しょんぼりとした顔で隣のアイリスに寄りかかったマリアが涙目になる。


「でもでもせっかく二人の初めてのデートだったのにぃ……」

「私がお母様に着いてきてほしいと言ったのですよ。お母様が責任を感じることじゃありません」


 そもそもマリアが期待するような展開など絶対ないのだ。

 クライヴとは馬車で屋敷まで送ってもらったらそこでお別れだ。


「ところでアイリス。次のデートの予定なんだが」

「は?」


 思わず令嬢らしからぬ声が出た。

 目の前に座るクライヴは当然のように言う。


「だから次のデートだ。もし構わないのなら君の家で会うことにしよう。君も伯爵代行の仕事で忙しいだろうし」

「……と、いいますか、私とまた会うおつもりなのですか?」

「ああ、そのつもりだが。ダメか?」

「わ、私はお会いするのは一度だけのつもりで」


 ふむ、と少し考え込むようにクライヴは自分の顎に指を添えて首を傾げた。


「今日の俺のエスコートはどこか問題があったか?」


 アイリスは慌てた。

 一度デートすればアイリスのマザコンぶりにクライヴは逃げ出すと思っていたからだ。

 そもそもこちらは一度だけなら、という条件だったはずだ。

 しかし今日一日のエスコートぶりを思い返すと、アイリスとマリアへの気遣いが溢れていて、普通に断り辛い。これが遊び人の手練手管というやつなのか。

 とどめにマリアがふわりと微笑んでアイリスを見上げた。


「まあ、おうちデート。それもいいわねえ。また殿下にお会いできるのが楽しみだわ」

「ああ、今度は何か土産を持ってくるよ」

「う、うぐう……」


 こ、断れない。

 なんだかはめられてる気がして悔しくてアイリスは令嬢らしからぬうめき声を漏らした。

 結局クライヴは後日ノーマン家の屋敷へ訪問する約束をして帰っていった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

本日もう一度更新予定です。

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