第71話 順調に
ネビリュラが晴れてユリエッティのセフレに堕ちて以降も、四人+チェリオレーラの旅路は順調そのものだった。
身をもって快楽を知ったネビリュラは、なんのかんのと言いつつ時折順番待ちに参加するようになった。ユリエッティが喜々として自分を抱くと理解らされ、それが不快ではなくむしろ嬉しいと自覚させられ。その得も言われぬ幸福感は、なるほどこんな旅の中でこそ求めてしまうというのも、まあ、分からなくはないと。そうなればもう、他の二人にヤリ過ぎだなんだと文句を言える立場でもない。ニマニマと笑うムーナには、ひと睨みふた睨みくれてやったが。
ともかく、共通項ができたことで、ネビリュラとヴィヴィアの関係も少しだけ気安いものになった。言ってしまえば同じ穴の狢、という感覚。ネビリュラのほうは相変わらず表面上素っ気ないが、それはまあ誰に対してでもある。「別に」と鼻を鳴らす音が、少しばかり柔らかくなった。
そんなこんなで林を抜け、廃鉱を越え、例によって人目のある街道付近はこそこそと通り抜け。一行は“禁止山林”とはまた別の危険区域に足を踏み入れた。“入らずの山岳”と呼ばれるそこはかなり古くから危険区域に指定されているようで、付近にはほとんど村レベルの小さな町があるばかり。
「──ここもそうですが、危険区域は水資源に優れておりますわねぇ」
「……まあ、言われてみれば確かに」
ユリエッティの言葉に、ネビリュラが荷を降ろしながら頷く。
“入らずの山岳”内では、水質も良さげな小川がいくつか分岐して流れている。踏み入ってすぐにそのうちの一つの末端を発見したユリエッティらは、ひとまず今日の野営地をその付近に定めた。
「近くの町もかなり緩そうな雰囲気だったし、一回物資補充に行っても良いかもなぁ」
「わたくしかムーナか……どちらが行くにしても、入念に身を清めておきませんと」
「あー確かに……アレだ、だんだん感覚が麻痺しつつあるな……」
「……ええ、正直なところわたしも」
「王女様がそれはちょっとマズいんじゃないすかね……」
こんな旅である。水浴びもできない日が続くなどもよくあることで。それでも可能な限り衛生面に気を使ってはいるものの……十分に文化的な生活を営んでいる者たちからすれば、色々と無視できないところはあるだろう。
「なんにせよ、綺麗な水源があって良かった」
「「ええ、本当に」」
ユリエッティとヴィヴィアの声が揃い、首の動きはムーナまで一緒に縦振りに。
“途絶えの森”では尽きる気配もない泉が。“禁止山林”とここ“入らずの山岳”では十分な水量の清流が。やはり危険区域というのは自分たちに都合がいい。ヴィヴィアを除く三人は、つくづくそう実感していた。
◆ ◆ ◆
「ただいまー」
そして四日ののち。
なるたけ身なりを小綺麗にまとめたムーナが、町での物資調達から帰ってきた。
「おかえりですわー」
「ん」
「ご苦労さまです、ムーナさん」
張りっぱなしにしている第一〜第三テントの周辺から、三者それぞれの返事が飛ぶ。往復で二日、今も日も暮れるギリギリのタイミングでの帰投だったが、遠話器でつぶさに連絡を取り合っていたこともあってみな気楽なものである。
物資補給、損耗が見られる荷の修繕、小休止。そういった諸々のため、少しのあいだ“入らずの山岳”山麓で足を休めることにした一行。やはり他所と変わらず例の“果実”が栄えており、モンスターどもは少数かつ凶暴で、けれどもユリエッティらにとってはさほどの苦戦もない。ネビリュラに当てられてか、ぼちぼち一行から距離を置きつつもある。当然ながら人の気配もない。
一応の警戒として最小限の火を熾しつつ、夕食がてらにムーナの戦利品を確認していく一行。資金を増やすことが難しい現状、購入物は厳選して。不可欠な調味料、壊れたランプの替え、同じく破損したネビリュラの一部裁縫道具、その他諸々必需品。そして情報。
「アタシらの手配書もちらほら張り出されてたけど、まあ気にしてる人はいなかったな」
辺鄙といえば辺鄙で、あまり活気のない町だからだろうか。フードを被ればお尋ね者と気付かれることもなく。おかげで買い物も済ませられたと笑いつつ、ムーナはもう一つ、ヴィヴィアが気がかりにしていたことにも言及する。
「それから、王国側の動き? ってのも、とくに聞かなかったなぁ」
「そう、ですか……」
国境までの距離で言えば、旅程はもう三分の一を越えている。かかった期間は二ヶ月ほど。ヒルマニア国内に入りさえすればそう人目をはばかる必要もなくなると考えれば、最終的な王都到着までは合計で半年かそこらだろうか。このペースで順調に行けたら、という前提のもと、脳内でそう概算するヴィヴィア。
希望的観測を多分に含んでいるが、それでもなお、半年というのは長い。そも、ヴィヴィアが行方知れずだと知っていれば、王室側もとっくに何らかの動きを見せているはずなのだ。それがないのはやはり、一連の出来事が完璧に隠蔽されているということか。それともあるいは、水面下でキシュルを問いただしている段階なのか。王女が外遊先で失踪などとんでもない事件で、とても公にはできないというのも理解はできる。両親や姉は、現状をどこまで把握できているのか。
名状しがたい懸念は、変わらずヴィヴィアの背に張り付いている。
だから今の彼女にできるのは、それを口に出して共有することくらいだった。ユリエッティと、ムーナと、ネビリュラと。
「チェリオレーラ的にはですねぇ…………よく分かんないですっ」
あとついでに、不意に顕界したチェリオレーラと。恐らく独り言のつもりなのだろうが、ユリエッティ越しにそれが漏れ聞こえることも、最近はどんどんと増えてきている。だものでヴィヴィアもムーナもネビリュラも、会話の頻度は少ないながらも、かの精霊を身近に感じるようになりつつあった。雑に言ってしまえば、良い賑やかしだと。うるさい時はうるさいが。特にネビリュラが陥落した辺りからずっと上機嫌なのは、皆が知るところである。
「ええ、わたしも分かりません」
「ぴぃっ!? また聞かれてる!?」
「ここんとこはしょっちゅうだぞ」
「ん」
「いい加減、“無だと思っていただいて”とやらは諦めたほうが良いと思いますわよ」
「そんなぁ……」
「……ふふっ」
静かな笑い声に合わせて、ヴィヴィアの髪がさらりと揺れた。もう白と黒の比率が半々か、白に傾きつつある程度には染料が抜けている。長旅でどうしてもベタついていたそれも、小川のお陰ですっかり綺麗に。艶こそ少しばかり失われてしまっているものの……それでも、何色にも映るきらめきは健在であった。




