第65話 準備期間 2
さらに少しの日数を経て、ヴィヴィアは毎日の基礎鍛錬を再開できる程度には体力を取り戻した。寒さも和らぎ、徐々に春へと近づきつつある頃合いの、よく晴れた夜。
「エティ……」
旅路に備えて新たに拵えられた三つめのテントで、ユリエッティとヴィヴィアが抱き合っていた。片や簡素なシャツとズボン、片やあちこちほつれた片袖無しのネグリジェという、それぞれの寝間着姿で。
「わたくしの、ヴィヴィア」
普段ユリエッティらが使っているものよりもさらに小さく簡素なテントは、けれども雨風を──あるいは他者の視線を遮るのには十二分。ムーナもネビリュラもいない自分たちだけの空間で、二人は互いの名を何度も呼ぶ。
「エティ……」
あぐらをかいたユリエッティの膝の上に、跨がるような格好で座るヴィヴィア。首に腕を回し、隙間なくしなだれかかる。近くのテントで眠る二人に気を使ってか、声量こそ抑えられているものの……その声音と擦り付けるように揺れる細身からは、どこか必死な様子すら窺えた。
ユリエッティに助けられた当初こそ、自身の衛生状態から背負われることすら申し訳無さげにしていたヴィヴィアだったが、今では野晒しで水浴びをするのにもすっかり慣れていた。王女らしからぬ、慣れざるを得ない境遇にあるとも言えるが……ともかくもう何の遠慮もなく、幾年ぶりかの恋人の体を、清められた全身で感じる。
再会してからこれまでは、流石にそれどころではなかったというのもあり、ユリエッティもこういった行為は控えていた。毎週の相互自慰も行われない日々。ヴィヴィアの状態が万全に近く戻り、テントも完成した今日この夜に、どちらからともなくそういう雰囲気に。
療養に努めどこかぼやけてしまっていたが、もう二度とこんなこともできないと思っていた恋人と、確かに再会を果たしたのだと、二人は今その身の熱でもって実感していた。
「すっかり大人になりましたわねぇ。以前にも増して美しく」
「エティだって一層、一層素敵な顔立ちに……」
成長し、三年前よりも随分と大人びた恋人の体を、受け止めながら堪能するユリエッティ。右手をヴィヴィアの腰に回し、左手を後ろに突いて2人分の体重を支える。身長もスタイルも年相応に成長している。まだ指を這わせることはしないながらも、服越しに触れ合う肌の感覚だけでそれが分かり……それだけの月日が過ぎたこと、それでもこうしてまた出会えたことが、無性に奇跡的に思えてくる。
テントの中に熱が籠もってしまうほどに二人の体は火照っており、同じく熱を帯びた吐息同士もまた、少しずつその距離を縮めていく。どちらかというとヴィヴィアのほうから。けれども主導権を握っているのは間違いなくユリエッティ。そんな力関係で、唇が重ねられた。
「──んっ」
「ん、ふ……」
ちゅ、ちゅと小さくリップ音を鳴らしながらの、啄むような軽いキス。音と感触が、二人の身体に思い出させていく。まだユリエッティが公爵令嬢であったころ、ヴィヴィアの寝所に忍び込んでは行われていた情事を。
「エティ、えてぃっ……」
我慢できず、すぐにもヴィヴィアが舌でユリエッティの唇を撫でた。ちろちろと窺うように、乞うように。唇のしわの一本一本まで湿らせるかのような丁寧な仕草に、ユリエッティの目尻がにんまりと緩んだ。お互いに目は薄く見開かれ、至近距離で見つめ合ったまま。視線ですら互いを貪っている。
もう少しだけ唇への奉仕を続けさせ、それからユリエッティは、ゆっくりと自身の口を開いた。ヴィヴィアを招き入れるように。ユリエッティほどではないが、ヴィヴィアの舌もよく伸びる。ユリエッティからよく伸ばすやり方を仕込まれたとも言えるが。とにかくべろりと差し出されたそれが、ユリエッティの口腔へと入り込んでいった。
「ん……れ、ぇ……」
より粘性の水音が二人の、特にユリエッティの口内から漏れ出ていく。吐息や色を帯びた喘ぎも同じく、けれどもそれらはヴィヴィアのほうが、より切羽詰まった声音で。ユリエッティの長い長い舌が、入り込んだヴィヴィアを絡め取っていた。
「ほぁ……もっと舌を伸ばして……」
合間合間に、口の中に直接吹き込むように言いながら、舌を蠢かせるユリエッティ。ヴィヴィアの濡れそぼったそれを撫で回し、味蕾と味蕾を擦り付け合い、時にはやさしく甘噛みする。そうすればヴィヴィアの舌はますます欲しがって逃れられなくなるのだと、よく知っているから。
撹拌され泡立つ二人分の唾液が、やがて口の端からこぼれ落ちるほどになっても、ヴィヴィアもユリエッティも唇を離そうとはしなかった。互いの体温で熱せられたそれが、顎を通って胸元に染みを作る。それに気付いたユリエッティは、ヴィヴィアの頭が下になるように体勢を変えた。勿論、唇はまだ合わさったまま。ユリエッティの口内にたっぷりと溜め込まれた唾液が、結合した舌を伝い、ヴィヴィアのほうへと流れ込んでいく。
「んぅ、ぇひぃ……」
やはりいくらかはこぼれて胸元を濡らし、残りのいくらかはヴィヴィアの口内へ。抗うことなく、受け止め、そしてこくりと嚥下した。どろどろで、甘いと錯覚してしまうほどに愛おしい、二人の混合物。それは見下ろす恋人の眼差しとも合わさって、ヴィヴィアの脳天を痺れさせていく。ただでさえ熱を帯びていた瞳がさらに潤み、夢見心地に。無意識のうちに背が反り、腹から胸まで全てをユリエッティに押し付ける形に。
「ふっ……ん、ぅ……っ」
まだ、まだ唇は合わせたまま、ユリエッティが右手を動かし始めた。支えていた腰を指で撫で、背筋に沿ってゆっくりと、上へ上へと登っていく。ネグリジェ越し、常に短く整えられた爪の先で、傷つけることなくヴィヴィアの肌を愛撫する。そうすればヴィヴィアはますます体を押し付け、二人の胸が互いを潰し合って。僅かばかり、ヴィヴィアのほうが大きいだろうか。みぞおちまでべったりと密着し、口づけと合わさって少し息苦しさすら感じる中で、ユリエッティはますます恋人の成長を肌で感じ取った。触れ得ないと思っていた体。それを貪ることに夢中になっていく。
隙間なく合わさる上半身も、太ももが重なり合う下半身も、疼いてやまない下腹の辺りも。どこもかしこもが帯びた熱と汗が、蒸していく。二人の劣情を。小さなテントの中を。あるいは、これまでの空白の期間を。
やがてユリエッティの手指がヴィヴィアの服の下へと入り込んでいくまで、そう時間はかからなかった。




